4話 劣情コンプレックス

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「……流石は風見くんのお友達とあって、中々厳しい所を突いてくるわね。でもあたしだって負けられないし、負けるつもりはない。今まで以上にシビアに攻めるわ」
 今までとはまるで空気が違う。そう恭介は肌で感じ取った。いや、違うのは空気だけじゃない。仁科の眼の色が文字通り、暗い深緑に変わっていく。
「オーバーズかよ……」
 息を吐くように、恭介は呟く。研ぎ澄まされた集中力がある点を超越した時に訪れる、究極の集中状態。そしてその凄まじい気迫から、本当に眼の色が変わったように感じる。それがオーバーズだ。ここから先、相手のミスを期待することは出来ない。
 EXポケモンを持ってないし、オーバーズを発現出来ていない恭介からすれば、仁科は完全に上手の相手だ。風見が言っていた出禁の言葉から考えると、これと言った強みが無い俺を本当にAf事件のメンバーから外す気があるのだろうか。
 この先続くAfとの戦いは、この前翔が戦った相手のようにEXポケモンと対峙することが多くなるだろう。ここで負けるようであれば、今後俺には戦わせない、だとか。そんなまさか。とは思いたいが、果たしてどうなんだ? 保証はどこにもない。
 疑心暗鬼になり自ら霧の中に突っ込む恭介に対し、心の中が冴え渡った仁科はここで一気に仕掛けてくる。
「フレフワンの『フェアリートランス』の効果により、ゼルネアスEXについているエネルギーを全てフレフワンにつけ替えるわ。そしてエーススペック『ポケモン回収サイクロン』! 自分の場にいるポケモンを手札に戻す。あたしが戻すのはゼルネアスEX!」
「戻す、だと?」
 エーススペックはグッズの中でも強力な効果を持っているグッズだ。しかしその強さゆえ、エーススペックと銘打たれたカードはデッキに一枚しか入れることが出来ない。
 手札に戻されたゼルネアスEXの代わりに、押しだされる形でフレフワンがバトル場に出る。
「今手札に戻したゼルネアスEXをもう一度ベンチに出す。そしてグッズ『穴抜けのヒモ』を発動! 互いのプレイヤーはポケモンを入れ替える」
 仁科はもちろんゼルネアスEX170/170を、恭介は二匹目のレントラーをそれぞれ選択する。
「ゼルネアスEXに手札のダブル無色エネルギーをつける。このエネルギー一枚で無色エネルギー二つ分として作用する。そしてフレフワンの『フェアリートランス』でフレフワンにつけていた二枚のフェアリーエネルギーをゼルネアスEXに付け直す」
 手札に一度ゼルネアスEXが戻ったことによって、今まで加算されていたダメージは全てリセットされている。そしてその際に生じがちなエネルギーのロスを、フレフワンの特性を使うことで0に抑え込んでいる。
「ゼルネアスEXでバトル! 一閃、ブラストX!」
 ゼルネアスEXの角が虹色に輝くと共に、X字型の波動が大地を抉りながらレントラー10/140をいともたやすく吹き飛ばす。対するゼルネアスEXも反動のせいか、流動的に光の粒子が駆け巡っていた角から光が失せる。
「くっ、固いお守りで耐えてもこのダメージ! 素だと一撃の威力か」
「ブラストXの反動で、次の番もう一度ブラストXは使えないわ。さあ、あなたの番よ」
 ダメだ、迷ってる場合じゃない。俺が勝てば仁科さんがどうなるだとか、そんなこと考えている余裕があるような実力差じゃないってのは、最初から分かっていたはずだ。今は目の前にただ集中するんだ。
 まずはとにかくバトル場のレントラーを下げないと、もう一つのワザブレイクスルーが次の番に飛んでくる。
「レントラーの雷エネルギーを一つトラッシュすることで、ベンチに逃がす。そしてもう一匹の方のレントラーをバトル場に出す。ベンチのレントラーに雷エネルギーをつけて攻撃だ! 噛み砕く」
 コイントスの結果はウラ。追加効果は出ないものの、ゼルネアスEX90/170に再度ダメージは通せた。それにバトル場のレントラーのHPは80/140で、威力60のブレイクスルーは耐えれる。次の番ブレイクスルーを受けてもゴツゴツメットで20ダメージを与え、噛み砕くで80ダメージを与えれば勝てる!
「そう楽にはさせないわ。あたしのターン。スタジアム『フェアリーガーデン』の効果によりゼルネアスEXを逃がし、フレフワンをバトル場に出す。続いてグッズ『ポケモン入れ替え』を発動。あたしのバトル場のポケモンとベンチポケモンを入れ替える。あたしは再びゼルネアスEXをバトル場に出す」
 ゼルネアスEXをベンチに下げたと思えば、またバトル場に出す。一見何を意図した行動か分かりづらいが、再び目の前に対峙するゼルネアスEXの角には輝きが戻っている。
「ベンチキャンセルだ。一度ベンチに下がれば特殊状態はもちろん、全ての効果がリセットされる。ブラストXが次の番使えないというデメリットを消して、もう一度バトル場に現れたというわけだ」
「おいおい勘弁してくれよな。折角ここまで来たってのによ!」
 風見の解説に、恭介は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。ゼルネアスEXのステータスだけじゃない、恭介からすれば文字通り想定していたプランまでキャンセルされた。
 ポケモン回収サイクロンしかりベンチキャンセルしかり、どれも恭介の急所を突く画策だ。最初のようなミスがもう仁科からは出てこない。これがオーバーズの力なのか。
「さあ、ゼルネアスEXで攻撃。ブラストX!」
 ゼルネアスEXから発せられたX字型の波動が、猛然とレントラーに迫り来る。しかしレントラーは怯むどころか、それに果敢に飛び込んで行く。
「『ゴツゴツメット』の効果でダメージを受けたとき相手にも20ダメージを与えるぜ。一矢報いてやれ!」
 ゼルネアスEX70/170と差し違えるレントラー0/140の攻撃も、痛がるそぶりこそあれど相手にはあまり効いていないようだ。
 それもそうだ。残ったレントラー30/140には雷エネルギーが一つだけついている。次の恭介の番ではエネルギーが三枚必要な噛み砕くは使えない。せいぜいよくて威力60のフラッシュインパクトが限界だ。それではゼルネアスEXのHPを削りきることが出来ない。
 仮になんらかの手段でベンチのフレフワン90/90をバトル場に出しても勿論威力が足りなくて倒すことが出来ないし、サイドが二枚残っている状況ではEXポケモンを倒さなければいけない。
 もっと単純に言えば、恭介のデッキのカードではもう勝つ術は残っていない。それを見越してか、今の今まで必死の形相だった仁科の口元が緩んでいる。
 いや、少し待てよ。そう心の中で呟く恭介の頭の中に、少し前のやり取りが過る。
『仁科と対戦しろ。そして仁科が勝てば家にあげよう。だがそのとき恭介、お前が俺の家から出禁だ。仁科が負けたときは逆に仁科には帰ってもらう』
 要は俺が負けなければいいわけだ。たとえどんな結末になろうと、漢気決めて行くしかない!
「俺のターン! グッズ『プラスパワー』を発動!」
「なるほどな。ダメージを10増やす効果で、フラッシュインパクトの威力が60から70になるわけか。だが……」
「行くぜ、バトルだ。レントラーで攻撃、フラッシュインパクト!」
 帯電したレントラー10/140の決死の攻撃が、ゼルネアスEX0/170にトドメの一撃を喰らわす。
「ここで……、フラッシュインパクトの効果が発動。自分のポケモンに20ダメージを与える。俺の場にいるのはレントラーのみ。よってダメージを受けるのは当然、レントラーのみだ」
 とはいえプラスパワーのせいで、レントラー自身が受けるダメージも30になる。固いお守りで受けるダメージを20減らしても、残った10のダメージがレントラーのHPを0にする。
「これで俺も仁科さんも、どっちもサイドは0枚。どうだ、勝てはしなかったが引き分けだぜ」
「いや、違う」
 風見の言葉に聞き返す間もなく、勝利のブザーが響く。モニターにはDRAWではなく、勝者の名がしっかりと刻まれていた。
「互いにサイドが0になったとき、ベンチにポケモンが残っている方が勝つ。仁科はまだフレフワンが残っているが、お前のベンチにはポケモンが残っていない」
 向かい合う仁科はオーバーズが解け、疲弊しきった表情で恭介を見つめる。オーバーズの反動だろうか、その全身には多量の汗が流れている。
「驚いたわ。勝つか負けるか最後まで分からなかったし、あたし自身もあなたの勝利への気迫に飲まれそうだった」
 オーバーズが解けた仁科のその眼差しは、まるで同情するような目だ。意図したものでなくても、そうした言動が恭介の心を容易く抉る。
「負けちまった……。くっそぉ!」
 右手で強く握りこぶしを作り、叩き付ける先も無いまま小刻みに震わせる。星の見えないダークブルーの夜空を見上げ、ただ声なき咆哮を上げて立ち尽くす恭介の肩に風見の手が置かれる。
「健闘したな」
「でも負けたら何の意味もねえ」
 風見なりの賛辞の言葉のつもりだったが、予想に反して帰ってくる言葉はそっけない。日ごろから朴念仁と言われがちな風見でも、薄々と察しがついた。
「まさかお前、出禁の件を本気だと思ってたのか」
「は?」
「アレは仁科がAf使いじゃないかと思って、それを確認するために本気で戦わせようと仕組んだんだ──んぐっ、痛いぞ」
 風見が言い切る前に、行き先未定だった恭介の右拳が風見の左肩に突き刺さり、鈍い音が響く。慌てたように仁科が大丈夫? と駆け寄ってくる様子を見て、恭介はなおのこと煮えくり返った腹が収まらない。
「かー! マジでさあ、お前それ先に言えよな! いっつもそうじゃねえか……。あーもうムカつくし恥ずかしいし帰るわ」
 手早くバトルデバイスを片付け、踵を返して恭介は二人を後にしてマンションから出る。
 まだ体が火照る。興奮から熱気が冷めないからなのか、あんな馬鹿みたいな恥をかいたからか。
 EXポケモンもなく、オーバーズもない。そんなコンプレックスをこじらせて、それよりも大事な親友の事を信じれなかった。そんな自分がただただ恥ずかしかったのだろう。



──次回予告──
翔「仁科さんが加わったことでAf集めも捗るぜ!
  そんな中でAfを回収している最中、Afは破棄すべきだという女の子と出会う。
  次回、「対峙する眼差し」
  まだこいつを渡す訳にはいかない! 最初からフルスロットルだ!」

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