29話 孤独の摩天楼

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───六年前───
 ここまでなんとか喰らい付いてきた。サイドはお互いに残り一枚。残されたポケモンはゴウカザル一匹のみ。山札からプラスパワーを引くことが出来れば相手の陽太郎のエンペルトを倒せる。逆に引けなければ、そこで負けてしまう。
 ここで勝てなくちゃ才知のデッキは帰ってこないし、父さんからもらったこのデッキも奪われてしまう。確率はあまり高いとは言えないけれど、ここでやるしかない。
 どうしようもなくピンチなのに、心の奥から笑みが浮かび上がってくる。そんな翔の不敵な態度を見た陽太郎は、苛立ちを募らせる。
 さあ、これが俺の最後のドローだ!
「おい、先生が来たぞ!」
 二人の机を囲っていたギャラリーが慌てふためいて自分の席を離れる。そんな中、翔が最後に引いたカードは───



「先攻はワザが使えねえ、オレの番は終わりだ。さあどっからでも来な!」
「いいぜ。俺の持てる全てをぶつけてお前に勝つ!」
 陽太郎のスタジアム、Adv.FフィリンダムとAdv.Fスカイスクエアーによって、夜の公園から一転、大都会を貫く摩天楼の屋上へと戦いの舞台は変化した。
 場にはダブル無色エネルギーをつけた陽太郎のギャラドスEX180/180と、翔のボルケニオン130/130が向かい合う。そして陽太郎のベンチにはケロマツ60/60、翔のベンチにはフォッコ60/60。
 ただしスタジアム、Adv.Fフィリンダムにはフィリンダムの下にスカイスクエアー、フラッグリーが既に重ねられている。
 二人の戦いを静かに見守る亮太は、既にフィリンダムが秘めている高いポテンシャルに警戒していた。今はまだ確信はないものの、何か形容しきれない不安が残る。それを言葉にして伝えられないまま、翔の最初の番が始まる。
「俺は手札の炎エネルギーをボルケニオンにつけ、ベンチにこいつを呼び出す。来い、ヘルガーEX!」
 暗い空の下、忠実な黒い番犬ヘルガーEX170/170が翔のベンチに現れる。風見と戦った時と同様、メガヘルガーEXになれば少ないエネルギーの枚数で高い攻撃力を持つ。陽太郎が水タイプを使うのであれば、勢いづく前に叩く。という考えの下用意した対策カードの一つだ。
「ガンガン行くぜ。サポート『プラターヌ博士』。手札を全てトラッシュし、カードを七枚引く」
 翔がトラッシュしたのはテールナーと二枚の炎エネルギー。テールナーをトラッシュしてしまうより、もっと重要なのは二枚の炎エネルギーをトラッシュしたことだ。
「ボルケニオンで攻撃。パワーヒーター!」
 アーム状になった背のリングから熱風が放たれ、ギャラドスEX160/180に20ダメージを与える。
「パワーヒーターの効果発動。ベンチのポケモン二匹に、トラッシュの炎エネルギーをそれぞれ一枚までつけられる。ベンチのヘルガーEXとフォッコに炎エネルギーをつける!」
「ちっ、そのためにプラターヌ博士を使ったのか」
「これで俺の番は終わりだ。どんどん来い!」
 陽が完全に落ち、周囲のビルに明かりが灯り始める。頬を撫でる風は少し肌寒いが、振り返れば霞ヶ関一帯を臨む夜景が広がっている。こういう場合でなければ、少し贅沢なロケーションだ。
「オレの番だ。Adv.Fフィリンダム第一の効果! 手札のAdv.Fをこのカードの下に置く。オレはAdv.Fスクリーンカネーションをセット」
 翔と陽太郎の横に立つように、野球場を髣髴とする大型のスクリーンが現れては、そのスクリーンに二人の場のカード状況が映し出される。
「観客がいないのに贅沢だな」
「そしてフィリンダム第二の効果。手札のAdv.Fアテンショーを相手に見せる事で発動だ。フィリンダムの下にある全てのAdv.Fの効果を使う。まずは一つ、スカイスクエアーの効果!」
 Adv.Fスカイスクエアーの効果は、山札のランダムなAdv.Fをフィリンダムの下に重ねる効果。陽太郎はAdv.Fウォークライトをフィリンダムの下にセット。それと同時にスタジアムの四方から、複数の照明器具が集まった巨大な鉄塔が現れ、カクテル光線さながら二人と場を照射する。思わず左手で影を作りたくなるほどの強烈な光量に、翔は思わず眩しいなと声を漏らす。
「次にフラッグリーの効果。山札からカードを一枚引く。そして最後、スクリーンカネーションの効果! フィリンダムの下にあるAdv.F一枚を選択し、選択したカードの効果を得る。オレはフラッグリーを選択。山札からカードを一枚引く!」
 スクリーンにAdv.Fフラッグリーのカードイラストが大きく表示され、陽太郎は更にカードを引く。フィリンダムの効果を使うと陽太郎はサポートが使えないが、それでもコンスタントにカード補充を行っている。相当に厄介でもあるし、スカイスクエアーによって追加されたAdv.Fが次の番は追加されていく。亮太が言っていたように長期戦は危険だ。
「ベンチのケロマツをゲコガシラ(80/80)に進化させ、ギャラドスEXに水エネルギーをつける。そしてギャラドスEXで大しけだ!」
 陽太郎の赤いギャラドスEXが天に向かって咆哮する。それに続くように、突風が翔と亮太に襲い掛かる。高波こそないが、荒れ狂う風はさながら嵐の海のようだ。
「大丈夫か!」
「あ、ああ」
 あまりにもAR離れしたAdv.Fフィリンダムの能力と演出に、今二人が立っている場所が海抜0メートルの地上なのか、地上云百メートルを超す摩天楼なのかの区別が本当につかなくなっていた。ここから落ちてしまえば命があるのか分からない。Adv.Fの能力で本当に地上から遥か高い場所にいるのかどうか、確証がないのだ。
「大しけの効果。ウラが出るまでコイントスをし、オモテの数だけ山札の水エネルギーをギャラドスEXにつける。……オモテ、ウラ。よって一枚の水エネルギーをつける」
 突風がおさまり、場は再び静まり返る。これでギャラドスEXにはエネルギーは水無無の三つ。次の陽太郎の番にエネルギーがつけば、エネルギー四つ以上の大技が飛んでくる。しかも翔の炎ポケモンは水タイプが弱点。どれだけHPを補強しても、まともに攻撃を喰らうことが出来ないだろう。
「俺のターン! まずはグッズ『不思議なアメ』。俺のたねポケモンを二進化ポケモンに進化させる。フォッコをマフォクシー(140/140)に進化させ、マフォクシーに炎エネルギーをつける。更にもう一枚。グッズ、『ペンキローラー』!」
「ペンキローラーはスタジアムをトラッシュするカード。これでAdv.Fフィリンダムをトラッシュ出来れば」
「オイオイオイオイ! まさかそれでどうとでもなると思ってんのか? そうは問屋が卸さねえ。フィリンダム第三の効果! フィリンダムの下にカードが三枚以上ある場合、このカードはトラッシュされない」
「ぐっ……!」
 まさにこの空間は雨野宮陽太郎の独壇場だ。スタジアムの効果を使うためにはAdv.Fを見せなければ使えず、トラッシュしようとすれば他のカードの干渉を受け付けない。それでも少しでも前に進まなくては。
「ならばボルケニオン、パワーヒーター!」
 トラッシュに炎エネルギーはないため効果は使えない。それでも20ダメージでもギャラドスEX140/180に与えれば、必ず後に響くはず。今はそう信じるしかない。
「どうした! 持てる全てを出すだとか大きく出た割にはえらく消極的で中身がねえな! オレはフィリンダムの第一の効果で、ネオンフォールをフィリンダムの下に置く」
 ネオンフォールが置かれたと同時に、翔と陽太郎を囲むように階段状の観客席が現れ、華やかなネオンの蛍光が場を彩る。翔の背後にいた亮太もその変動に巻き込まれ、階段状の客席の上で翔達を見下ろすような形になる。
「翔君!」
「亮太っ!」
「余所見してんじゃねえ。フィリンダム第二の効果発動。オレは手札のAdv.Fフェイカードを見せ、フィリンダムの下にある全てのカードの効果を使う。まずはスカイスクエアーの効果。山札からAdv.Fクラウドールをフィリンダムの下にセット」
 新たなAdv.Fの登場により、顔の無いマネキンが観客席を埋めるように現れる。特に意味もなく歓声を挙げ始める様子はさながら不気味だ。あれよあれよとマネキンの一団に囲まれた亮太はとてつもなく居心地が悪そうだ。
 これで何もない空間から始まったこのスタジアムは、超高層ビルの屋上で執り行われる格闘技のような異様の光景に様変わり。しかし恐ろしいのは、ここからまだまだ効果のラッシュが止まらない事だ。
「そしてフラッグリーの効果でカードを一枚引く。次にウォークライトの効果。相手の山札の一番上をトラッシュする」
「俺のデッキだって?」
 翔がトラッシュしたのはヘルガーソウルリンク。マズい、このままではヘルガーEXをメガシンカさせたとしても、デメリットを回避できずに進化させたと同時に俺の番が終わってしまう。
「さらにネオンフォールの効果。この番、オレのポケモンが相手に与えるダメージは10追加される。最後にスクリーンカネーションで、オレはウォークライトを選択しその効果を得る。もう一枚カードを捨ててもらおうか」
 次にトラッシュしたのはフォッコ。これで翔のたねポケモンは出尽くしてしまった。コモンソウルの能力を使わなくても、陽太郎の喜色満面な表情から感じていることは手に取るようにわかる。これ以上ない突き抜けた愉悦が、陽太郎の心を高揚させていく。
「いいねいいねいいねェ! ここまでカードの効果が強いと何をやっても楽しいなァオイ。オレは楽して結果が出せる。たまんねえ。オレ自身が生み出したカードだ。当然と言えばそうだがよォ!」
「結果?」
「結果だけだ! 結果だけがすべてを語る。結果の伴わない努力や研鑽は、永遠に陽を見ることなく消えていく。努力じゃ人は救われない。だからオレはオレのすべてを肯定するために、結果に拘る! オレはベンチのゲコガシラをゲッコウガ(130/130)に進化させ、ギャラドスEXをメガシンカ。内より湧き出る衝動で、一切合切ぶっ壊せ! メガギャラドスEX!」
 赤いギャラドスEXの体長は収縮していくものの、新たにメガギャラドスEX200/240に生えた顔ほどの大きさのひれがより一層威圧感を醸し出す。さらにメガギャラドスEXはギャラドスソウルリンクをつけているため、メガシンカしても陽太郎の番は終わらない。
「さあバトルだ。見せつけろ、ブラストガイザー!」
 体をうねらせたメガギャラドスEXの口から風圧と共に鉄砲水が打ち付けられ、ボルケニオン0/130の胴にヒットして背後の客席まで吹き飛ばす。
 元の威力120に加え、ネオンフォールの効果とボルケニオンが水弱点であることから受けたダメージは(120+10)×2=260ダメージ。最大HPの倍のダメージだ。
「おっとどうした。先にサイド一枚引いちまったぜ」
「くそっ、止められねえ」
 翔は倒されたボルケニオンに変わってマフォクシーをバトル場に送り出す。
 Adv.Fの効果で今後陽太郎の番の度に翔の山札は一枚ずつ減っていく。翔の番が始まってカードを引いたことで、残りの山札は八枚。山札が引けなくなった時点でゲームに敗北してしまう。かといって、ただでさえ弱点というビハインドを背負って水タイプポケモンと戦わなくてはいけない。あのメガギャラドスEXの強烈な攻撃をかわしながら戦うのは相当にタフさを求められる。山札も、ポケモンも。双方向からじりじりと削られて追い詰められ始めている。
 Afはそれぞれが強力であるものの、カードそのものは単体であった。しかしAdv.Fは単体はさほど脅威ではないものの、場に残り続ける性質上どんどんと効果が強くなっていく。まさにたった今、爆発的なスピードで使い手と共に成長している。今でさえ十分恐ろしいが、まだ進化していく。
 かろうじて良心的なのはその効果が統一感が無いことだ。たとえば全てのAdv.Fがデッキ破壊、ワザ威力上昇など何かに特化しているとあれば、もっと苦戦を強いられていただろう。悪く言えば器用貧乏なのが弱点か。
 そこまで考えて、翔は器用貧乏という言葉に引っかかる。陽太郎はオレ自身が生み出したカードだ、と言っていた。そしてAfは使い手の持つ欲望などを吸収する、と。そうであればこのカードの効果はまさに陽太郎そのもの。そしてこの光景は陽太郎が見たいモノではないのだろうか───



「雨野宮七秒九、飯原九秒、奥村八秒六」
 初めて陽太郎の事を認識したのは、中学一年の時の五十メートル走の時だった。たまたま同じレーンで走り、目の前をぐんぐん駆け抜けていく背を、羨ましいなあと眺めていた。
 同じクラスでは陸上部の男子に次ぐ二位であった陽太郎だったが、当の本人は嬉しい素振りを見せなかったのが印象的だった。
 違うグループに属していたが、同じクラスだったこともあって噂が良く届く。悪評が多く、いろいろできて凄いやつの割にはパッとしない。それでいて嫌な奴だ、と言われていた。
 取り巻きこそいたが、見る限りは友人関係とは思えない。こう言うと本人は認めないだろうが、なんとなく寂しそうな雰囲気を醸し出していたのをよく覚えている。
 何をしてもクラスや学年で一位になれず万年二位と揶揄されていたが、一つのことでも二位にすら中々なれない俺からすれば羨ましいし、すごいと思っていた。話しかけたいと思っていたが、いつも妙にタイミングが合わず中々喋りかけられなかった。
 そうやってロクに交流する事がないまま、事件が起きた。最初は隣のクラスの生徒のデッキがアンティ(賭け)で奪われていた。事前にそういうルールでやっていたんだから、自業自得だと皆思っていたが、事態は雨野宮が連勝するにつれて悪化していく。
 増長した陽太郎は嫌がる相手にもアンティ(賭け)での勝負を強要し、やがては翔も一度は敗れ、親友の冴木才知のデッキとコインまで奪われた。結果的に事件そのものは有耶無耶となって時効となったが、多くの禍根を残して陽太郎は更に孤立した。それでもなぜか陽太郎の事を憎み切れなかったのは、いつも学校や塾で最後まで居残っていた姿を見ていたからだ。
 決して才能だけでいろいろ出来たわけではない。むしろ、才能が足りなかったからこそ多芸に走り一般人を越えるよう努力をしていた。
 事件の後は自分も意地を張って声をかける事も無く、結局まともに話をかわす事は出来なかったけど、陽太郎が人一倍。あるいはそれ以上に努力をし続けていたことを知っている。だからこそ、そんな直向きな姿を知っているからこそ翔は落胆した。
 Af事件の一件を担っている事。あまつさえ、風見に暴行を加えてAfを奪った。あいつは本当に越えてはいけない一線を越えてしまった。だからこそここで止めなくては。今ここで俺が諦めたら、誰一人救われない。もしここで陽太郎が勝ったとしてもあいつは真の意味で救われたことにはならない。声をかけ、手を伸ばすのは今しかないんだ。
「どうした、もう降参か?」
「状況が悪いからって諦めるわけにはいかない。俺だって譲れない理由があるんだ! 前の番に水タイプのポケモンの攻撃で俺の炎ポケモンが気絶したことにより、俺はこのカードを使うことができる。グッズカード『ヴェイパーウォールP*S(プリズムスター)』!」
 マフォクシー140/140とメガギャラドスEX200/240の間に、壁というにはあまりに脆い、蒸気の膜が現れる。
「ヴェイパーウォールは発動と同時にオモテのままサイドに置く。このカードがオモテでサイドにある限り、俺の炎ポケモンの弱点はなくなり、さらに水ポケモンのワザの威力を20減らす。ただし、効果は二ターンだ。二ターン終わればこのカードはロストする」
「うまい! これでタイプ間同士の弱点は無くなったどころか抵抗力を得たのと同じだ。しかもヴェイパーウォールはサイドにあるから、雨野宮も手出しが出来ない」
 プリズムスターのカードはデッキに一枚しか入れられない。そしてカードはトラッシュには行かず、ロストゾーンに置かれるため再利用の手段がない。それでも水タイプと戦闘することを予期して用意したカードがここで活きてくる。
「一手遅いなァ。今更すぎて欠伸が出るぜ。それでオレのメガギャラドスEXを倒せると思ってんのか!」
「やってもないのに諦めるのは勿体ないぜ。サポート『サナ』を使い、手札を全て山札に戻してシャッフルした後、手札が五枚になるようにカードを引く。そして俺は手札の炎エネルギーをマフォクシーにつけ、BREAK進化させる。行くぞ、マフォクシーBREAK!」
 マフォクシーの体が金色に染まり、マフォクシーBREAK180/180へと更なる進化を遂げる。BREAKポケモンは進化前の能力を引き継ぎ、さらに新たな能力を得る。
「マフォクシーBREAKの特性『フレアウィッチ』、発動。山札の炎エネルギーを自分のポケモンにつける。俺はヘルガーEXを選択。マフォクシーで攻撃、サイコストーム!」
 マフォクシーが持つ木の枝から発せられた熱波と念波がメガギャラドスEXへと襲い掛かる。
「サイコストームの威力は互いの場のエネルギーの数を20倍した値になる」
「翔君の場にはマフォクシーに三つ、ヘルガーEXに二つ。そして雨野宮の場にはメガギャラドスEXにエネルギー二つ分として扱うダブル無色エネルギーを含めて四つ分で合計九つ。だけどこれでは……」
「オイオイ、一つ足りねえな!」
 20×9=180ダメージの攻撃を受けたメガギャラドスEX20/240は、痛そうなそぶりを見せたがまだまだ支障なく戦える。どうしても一枚エネルギーが足りず、倒し切れない。引き直した手札もイマイチぱっとせず、この現状を打開する策に至らない。
「残念だがお前の攻撃じゃあオレには届かねえ。攻撃の手本を教えてやる。ゲッコウガの特性『水手裏剣』。手札の水エネルギーを捨て、相手ポケモン一匹にダメカンを三つ乗せる。対象は勿論マフォクシーBREAK」
 陽太郎のベンチにいるゲッコウガが、宙に現れた水エネルギーを握りつぶして水手裏剣に作り替える。素早く放たれた三つの手裏剣が、マフォクシーBREAK150/180を傷つける。ベイパーウォールは相手のワザのダメージを軽減してくれるが、特性による攻撃は勿論対象外だ。
「そしてフィリンダムの第一の効果。手札のAdv.Fアラートレンドをフィリンダムの下にセット」



 アラートレンドが発動し、既に設けられたスクリーンの上に大型の時計が現れる。その様子を観客席から見守っていた亮太は、視界の奥に見覚えのあるシルエットを見かけた。間違えるはずがない。あの奇妙な面をつけた女、雨野宮の分身が言っていたノーネームだ。
 視線が合ったのか、なんとノーネームはビルから飛び降りた。そもそもこのビル自体が雨野宮のAdv.FフィリンダムによるARビジョンであるはずだ。今ここでアレを逃すわけにはいかない。雨野宮に因縁があると翔君が一人で戦う事を許したのだから、僕がノーネームを追いかける事にも文句はないはずだ。
「待て!」
 亮太は衝動のままノーネームの後を追うようにフィールドから飛び降りる。両足首に僅かな衝撃が走ったが、気付けば元の都内の公園に戻っていた。振り返れば翔と雨野宮が戦っていた先ほどの空間は、白い光の柱のように伸びていて外部から中を覗くことが出来ない。
 翔のことは心配ではあるが、今は頭の隅に追いやってノーネームを追いかける。ほんの僅かでも目を逸らす訳にはいかない。
「逃げるな!」
 先を走るノーネームにつられ、見通しの悪い林道の中へ飛び込んだ。整備こそされているが、単純な視界の悪さと夜の暗さでノーネームの姿が見当たらない。
 万事休す、と思ったがここで諦めるわけにはいかない。ノーネームはダークナイトの鎧と同様、あの仮面や全身タイツのような服装にステルス機能を装備している。
 本気になれば最初から姿を消せばいい。わざと追いかけさせるように姿を見せたのは、どう考えても罠であるのは推測できる。それがなんだ。罠だろうがなんだろうが正面から向き合って口を割らせる、それだけだ。
 ふと風を切る音が耳に届く。ノーネームの姿を視認できないまま、地面を横に転がって紙一重で攻撃をかわす。
「背後から飛び蹴り……?」
 奇襲を外したからか、ノーネームはステルス機能をオフにして再び姿を現す。そして息つく間もなく多彩な足技で亮太に襲い掛かる。
 まともに立ち上がれないまま、転がり、僅かな隙を見逃さず、片手を突いて中腰の姿勢に。強烈なミドルキックを交差した両手で受け止める。その反動でふらつきながらも立ち上がり、なんとか距離を離す。
 なぜ襲われているのか亮太自身が理解できない。それでもさっきの跳び蹴りやミドルキックといい、明確な敵意。いや、殺気めいたものを体が感じ取る。
「警告する。デザイアソードを五秒以内に渡せ」
「何だって?」
 デザイアソード、亮太がダークナイトとして活動していた時以来使っていた大剣のバトルデバイスだ。元々ノーネームから借り受けていたものだが、亮太が持ちっぱなしになっていた。なぜ今になって取り返しに来たのかは分からないが、渡すわけにはいかない。そこに理屈はないが、少なくとも渡して良いことが起きる事はなさそうだ。
「何が目的だ」
「答える必要はない」
「くっ……、せめてポケモンカードで戦え……!」
「その必要はない。どちらにせよ、結末は同じだ。弱い者と戦う時間は勿体ない」
 五秒経ったのか、再びノーネームがポニーテールをなびかせて肉薄してくる。ストレートパンチを首を傾けてかわし、ローキックを予期してバックステップで回避。続く蹴りを後ろに下がって回避すると、知らずのうちに木と激突する。
「があっ」
 突然の衝撃に声が漏れる。そんな亮太の事を厭わず、ノーネームは依然迫る。後ろに下がることはできないし、回し蹴りが来れば横に回避するのも困難だ。仕方がない。亮太はスイッチを入れ、どこからともなくデザイアソードを取り出してノーネームの蹴りを再び受け止める。
「それを出すのを待っていた」
 ノーネームが自らの仮面に手を伸ばす。亮太は息を飲む。仮面が僅かに引き剥がされた瞬間、脳に電流が駆け抜ける。どこか懐かしいが忌まわしい痛みが体の内側に走る。間違いない、ホットスポットの能力だ。複数の感情が制御が効かないまま亮太の中で暴発しそうだ。間髪無く身を護るために能力破断のオーバーズが発現する。その仮面の下をもはや見るまでもない。いろんな思いが交錯する中、最も前面に現れたのは単純な疑問だ。
「姉───」
 ノーネームの強烈な一撃が、亮太の鳩尾を強打した。



「フィリンダムの効果発動。オレは手札のAdv.Fフェイカードを見せることでフィリンダムの下のカードの全ての効果を使える。まずはスカイスクエアーの効果で、山札のAdv.Fアテンショーをフィリンダムの下に置く」
 翔と陽太を囲むフィールドが数十センチほど隆起し、本格的なライブやコンサートのステージの様相を帯びてきた。この舞台だけでなく観客や強すぎる照明、そのほとんどがこのゲームそのもの、ひいては陽太郎自身に注目を集めたい、歓声を浴びたいという願望の顕示なのか。
 アテンショーは今効果を使われることは無いが、これでフィリンダムの下にあるカードは全部で八枚。
「フラッグリーによりカードを一枚引き、ネオンフォールの効果でこの番のワザの威力が10増える。さらにウォークライトでお前の山札の上を一枚トラッシュし、クラウドールの効果でお前の手札を一枚ランダムにトラッシュする」
「山札だけじゃなく手札までも……!」
 ウォークライトの効果でメガヘルガーEXが山札から、クラウドールの効果でテールナーが手札からトラッシュされる。まずい、ソウルリンクどころかメガヘルガーEXがトラッシュされてしまった。これではベンチのヘルガーEXを進化させることが出来ない。
「まだまだあるぜ。Adv.Fアラートレントの効果。トラッシュの基本エネルギーを手札に加える。俺は水エネルギーを手札に戻す。そしてスクリーンカネーションの効果で、俺はクラウドールを選択。もう一枚お前には手札のカードを捨ててもらう」
 翔が捨てたのはマフォクシー。これで山札の残りは四枚、手札は一枚。手札にカードがなければ行動を起こすことすら敵わない。少し先の状況を封じにきたとあらば、陽太郎は更にこのままチェックメイトに追い込んでくるために今この場に対しても決定打を叩きつけてくるに違いない。
「水エネルギーをゲッコウガにつける。一足先にトドメを刺してやる。メガギャラドスEXで攻撃、ブラストガイザー! そして攻撃と同時に効果を発動。山札を二枚トラッシュすることで、このポケモンについている水エネルギーの数かける20ダメージを追加する」
 ブラストガイザーの基本威力は120。ベイパーウォールでワザの威力を20殺せるが、ネオンフォールで10強化されるため、ワザの威力は120+20×2-20+10=150ダメージ。弱点を消したとしても、マフォクシーBREAK0/180がたった一撃でやられてしまう。
 これで残る翔のポケモンは、進化先を失ったヘルガーEX170/170のみ。そして陽太郎はサイドを一枚引き、残るサイドはあと一枚。対して翔は依然一枚もサイドを引けていない。
「オイオイ! これはオレが勝つまで時間の問題じゃねえか。お前の六年間、無駄だったってわけだ。お仲間もお前を見捨ててしまった訳だしなァ」
 そう言われて翔は背後を振り返る。先ほどまでいたはずの場所に亮太がいない。慌てて視線を動かすが、どこにもその姿が見当たらない。
「おっと、逃げるなよ。決着が着くまで逃がしやしねえ」
「……逃げるかよ。俺たちは子供じゃない。別にいつどこに行ったって関係ない。大切なのは今何をするかだ!」
 亮太はそんな気まぐれで動く人間ではない。決して情に厚いタイプとは言えないものの、利がなければ動かない人間だ。きっと何か考えがあってのことだ。まずは自分がしっかりしなくては。
 翔はカードを残り僅かの山札から引き抜く。引いたカードはクラッシュハンマー。ダメだ、ここ一番で運気も来ない。それでも今できる事をするしかない。
「ヘルガーEXに手札の炎エネルギーをつける。そしてグッズ『クラッシュハンマー』を使う。コイントスをしてオモテなら、相手のポケモンのエネルギーを一つトラッシュする」
 しかし、コイントスの結果はウラ。効果はまたしても不発。これで手札は全て使い切ってしまった。
 フィリンダムを崩す手か、それならせめて陽太郎のポケモンを倒す手が欲しい。その最後のチャンスが無為に崩れ去った。大見得を切って見せても出来得る選択肢が無い。
「ヘルガーEX、メガギャラドスEXにグランドフレイム!」
 ヘルガーEXの口から灼熱の玉が放たれ、メガギャラドスEX0/240にようやっと引導を渡す。追加効果でトラッシュの炎エネルギーをベンチポケモンにつけることができるが、ベンチにポケモンがいない今それもまた不発に終わる。
「EXポケモンを気絶させたことで、俺はサイドを二枚引く」
 ここが貴重なカードを引くチャンス。引き寄せたカードは不思議なアメとAf追憶のコイントス。Adv.Fに変化したのはあくまで陽太郎が持っていたAfだけで、それ以外のAfは今までのままだ。しかし今はそれがいいとは言えない。もし追憶のコイントスも何かしらのAdv.Fに変化していれば、俺もフィリンダムの効果を使うことが出来たのだから。しかし勝負はまだ終わっていない。さっきよりかは活路は見えた!
 陽太郎の最後のポケモンはゲッコウガ。まだヴェイパーウォールの効果でヘルガーEXの弱点は消えている。次の俺の番が回ってくるか。まずはこの番を凌ぎきれるかどうかに全てがかかっている。
「さあお待ちかねオレの番だ。ゲッコウガをBREAK進化。いくぞ、ゲッコウガBREAK!」
 ゲッコウガBREAK(170/170)の全身が金色に光り輝く。スタジアムに照らされた数多の照明がそのボディの光沢を引き立てる。
「ゲッコウカBREAKの特性『水手裏剣』。手札の水エネルギーをトラッシュし、ヘルガーEXにダメカンを三つ乗せる」
 先の番と同じく、ゲッコウガBREAKの手から小さな手裏剣三つが放たれ、ヘルガーEX140/170に襲い掛かる。
「このっ……!」
「そしてフィリンダムの第一の効果だ。オレはAdv.Fリプライドをフィリンダムの下にセットする」
 陽太郎の足元から、表彰台のような台座がせり上がる。まるで自分が一番だ、と相手に喧伝するかのようだ。陽太郎本人は、それぞれのAdv.Fの意味を自覚しているのだろうか。
「手札のAdv.Fフェイカードを見せてフィリンダムの第二の効果が発動する。まずはスカイスクエアーの効果から、と言いたいところだがオレの山札にもうAdv.Fは残っていないから不発に終わる。続けてフラッグリーの効果でカードを一枚引き、ネオンフォールの効果で与えるワザのダメージをこの番だけ10増やす。そしてウォークライトの効果でお前の山札の一番上のカードをトラッシュし、クラウドールでお前の手札を一枚トラッシュ」
 トラッシュしたのはそれぞれ不思議なアメと炎エネルギーの二枚。これで手札はたったの一枚。
「まだまだ! アラートレンドの効果でトラッシュの水エネルギーを手札に戻す。Adv.Fアテンショーの効果。手札を任意の数だけ捨て、次のお前の番にオレのポケモンが受けるダメージを捨てた枚数かける10だけ減らす。オレは手札を二枚トラッシュする。そしてAdv.Fリプライドの効果を発動。トラッシュの好きなカードを一枚、オレの山札に戻してシャッフル。オレはギャラドスEXを戻す。最後にスクリーンカネーションの効果でウォークライトを選択し、もう一枚お前のデッキのカードをトラッシュ!」
 翔の山札からプラターヌ博士がトラッシュ。これでついに翔の山札はあと一枚。今Adv.Fフィリンダムの下にカードは九枚。合計九つのカードの効果を受け、翔の山札と手札は共に一枚だけ。陽太郎のゲッコウガBREAKはアテンショーによって強化され、次の番に受けるダメージまで軽減する。仮にウルトラCな方法でヘルガーEXをメガシンカさせれたとしても、倒す術が無い。陽太郎はこちらの息の根を止めに来ている。
「ゲッコウガがBREAK進化したことで、新たな特性を習得した。『巨大水手裏剣』発動! 手札の水エネルギーをトラッシュし、相手のポケモン一匹にダメカンを六つ乗せる」
「何っ!?」
 ゲッコウガBREAKが両手で練り上げた一メートル足らず程の水手裏剣。高速回転を伴いながらヘルガーEX80/170を強襲する。その攻撃の衝撃を受け、翔は尻もちをつく。
「さあここからが通常攻撃だ。ゲッコウガBREAK、ヘルガーEXに攻撃。霞斬り!」
「ヴェイパーウォールがある限り、俺の炎ポケモンは水ポケモンから受けるダメージを20減らす」
「残念だったな! 霞斬りは相手にかかっている効果、弱点、抵抗力を無視する」
 両手に水の刀を携えゲッコウガBREAKが駆け寄ってくる。どちらで攻撃してくるか、読み切れないヘルガーEXが痺れを切らして右手側に迎撃を行う。しかしそれを見越したかのように、右手側の水の刀が弾け、ヘルガーEXの動きを鈍らせる。その隙を見逃さず左手側の水の刀で一閃。
 エネルギー一つで使えるワザであるため、その威力は低い。ネオンフォールの効果を含めても、その威力は50+10=60ダメージ。なんとかヘルガーEX20/170の命は繋がった。
「二度目のオレの番が終わったことで、お前のヴェイパーウォールはサイドからロストされる。これでお前を守る盾は無くなった。そして手札も山札も一枚。チェックメイトだ!」
 二人の間を阻む蒸気の壁は失われた。守る術もなく、頼る事ができるカードは併せてたったの二枚だけ。陽太郎は切迫した表情の翔を見て高揚する。いつか置き忘れた尊厳を取り戻す瞬間が肉薄している事に!



陽太郎「どうだ。このオレの完璧な作戦は! ギャラリーが沸き立つような華麗なプレイングだろ?
    もう万策尽きたと言うのなら、降参くらいは認めてやるよ」
翔  「いいや、決着が着くまでは勝ちも負けも無い。俺はお前のように、負ける前から勝負から逃げない。
    次回、『勝負の世界で』! その安全って椅子から降りてきな。知略と度胸の勝負の世界にな!」

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