25話 地獄のロックスター

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 窓の無い暗がりの部屋。部屋の隅に並べられた棚には、素人目では何のためなのか良く分からないような機械が至る所に詰め込まれている。そこに忍び込んだ男二人と女一人は、デジカメと懐中電灯を片手にあちこちを物色している。
「先輩、写真ばっか撮ってどうすんすか。どれ持って帰るか決めてさっさとズラかりましょうよ~」
「アホンダラ。目的忘れとるな? 写真だけでええんや。写真撮ってオークションアプリにアップロードするやろ。それでいい値がついたやつだけ、後でもう一回ここに来て盗りに来るんや。どれが価値あるかなんて分らんやろ。重いもん持って帰ってゴミにするくらいならそっちの方がええ。廃墟なんか知らんけど、ここまで侵入すんのは難しないしな。姐さんもそう判断しとる」
「そういうこと。だからさっさと写真撮りなさい」
「なーるほど! 流石二人とも頭いいっすね」
「口よりも早く手を動かせアホ!」
 関西弁の男が、一番若い男の尻を蹴飛ばす。とはいえ、その雰囲気は至って和やかだ。
 この研究施設はそれなりに広い敷地面積であるにも関わらず、警備員はわずか一人。しかも周囲に人の住んでいるような気配もなく、外部から人が来ることもほとんどない。さながら廃墟も同然の施設だ。監視カメラも一部は動いておらず、あっても旧型の装置。ジャミングするのも容易く、施設に侵入するのは難しくない。
 事前に調査をしたのち計画を立てて、ほとんどこの研究施設に人が立ち寄らない金曜日を狙って忍び込んだ。
 しかしこの三人の運は決して良くはなかった。今いる部屋と別の棟に、彼らが忍び込んだ後に風見や踏矢達が来たことを彼らは知らない。そしてそれが運命の分かれ道になるということも。
「慌ててやってきてみれば、資料室に鼠が三匹」
 薄暗い部屋に突如外からの光が差し込む。踏矢満と、その背後に白髪混じりの頭髪をオールバックにしてスーツを着崩した壮年の男、保城宗一(ほしろ そういち)が、資料室の唯一の入口から現れる。
 踏矢は眼鏡のブリッジを押し上げ、三人を見やる。オドオドした小心者の男、拳を構えた勇ましい男、強い意志を秘めた眼差しでこちらを睨みつける女。一人一人品定めをしながら踏矢はあれこれ思案する。一人を除いて悪くはない。たかが賊だとは侮っていたが、なかなかどうして、強い心を持っているかもしれない。
「私は今とても機嫌がいい。君たちをそのまま警察に突き出しても構わないが、少し話がしたくなった」
 想像と違う踏矢の言葉に三人はたじろぐ。底知れぬ不安と違和感に、互いに互いを見やるも何故だか肝が冷える。まるで金縛りにあったかのように動けないのだ。二人ともガタイは良いとは言えない。入口にいる二人に向かってタックルをすれば、この場を逃れることは容易いだろう。なのにあの眼鏡の奥の瞳を覗き込んでから足が動かない。
「君たちの目的はなんだ? 金かい?」
「そっ、それに答えてどうすんねん。お前らが金をくれるって訳やないやろ!」
「今の私は質問をしている」
 踏矢の穏やかな口調が、矢庭に激しくなる。その言葉の圧に屈さぬよう、勇ましい風体の男がそうだと力強く答える。
「金、か。くだらないと思わないか? 金という鎖があるからこそ、人は本来持つその可能性を見失う。金を得る為、働くにしろ盗むにしろ文字通り命を削って人は生きなくてはならない」
「……何が言いたいんや」
「人はあらゆる鎖に縛られている。社会、人間関係、時間、金、道徳、理想、物理法則、場所、環境、そして肉体。人の魂はどんどん澱み、地に堕ちていく。それはなぜか? 力が無いからだ。力が無いからこそ人は何かに縋り、その結果魂は縛られていく」
「せ、せせせ先輩! ヤバイっすよこの人」
「あ、ああ……」
 三人は呆気にとられる。こいつは何を言っているのだ。普通じゃない。街中で同じことを言っている人間がいれば蹴飛ばすなんて簡単だが、この筆舌し難い得体の知れない雰囲気が判断を鈍らせる。遠大な理想を語る踏矢の目は、既に三人を映していない。
「君たちがこの現世を嘆き、力を欲するのであれば我々はその協力を惜しまない。あらゆる束縛から、精神の真の意味での解放。我々はそれを『チェーン・フリー』と呼ぶ。我々は人手が足りない。君たちが真の自由を欲すれば、我々はそれを供与する」
 言葉の意味が全く理解出来ないわけではないが、状況と危機感が理解を拒む。宗教染みている。なのにその声が妙に耳に馴染む。このままでは危険だ、と本能が警鐘を鳴らす。今すぐにここから出なくてはいけない。
 入口を抑えられた状況ではあるが、人数はこちらの方が一人多い。幸いにも部屋は狭くはないし、相手は細身の男が二人。三人で攪乱すれば、力づくで逃げ出すこともできるかもしれない。女はそう思案し、前にいる二人の肩を思いっきり押す。
「無理やりでも突破するよ!」
「ふう、交渉は決裂か。ならばタダで帰すわけにはいかない。君たちが何を見たか分からない以上はね」
 肩を押された二人は先に入口へ、そして女はその後を追うように駆ける。しかし、どこからともなく現れた霧が部屋を覆い尽くす。とんでもない濃霧だ。ほんの少し前すらも見通すことが出来ない。自分のつま先を見るのがやっとな、猛烈に深い霧がこの部屋を包み込む。毒ガスかもしれない、と一瞬躊躇ったのが運の尽きだった。仕切り直して女は真っ直ぐ走るが、すぐに棚とぶつかる。まっすぐ走ったのであれば、入口にたどり着くはずだ。そこに至るまでは障害物は無かった。なのになぜ棚が目の前に。
 女に続くように、鈍い音が二つ響く。皆壁か棚か何かとぶつかったのか。三人は思い思いに困惑の声を上げる。互いの声は聞こえる。そして互いにその声に向かって走る。決して狭くはないが、広くも無い部屋だ。だというのに、三人は再び顔を合わせることが出来ない。声の方へ向かっているのに、いつの間にかその声は違う方角から聞こえる。異常だ、と認識するのにさして時間はかからなかった。
 視界はほぼゼロの霧の中、幼児のように両手を伸ばして歩き回ることしか出来ない。汗は噴き出る一方で、体は冷え込むばかりだ。焦りが心臓の鼓動を乱す。狭い部屋にも関わらず、部屋の壁にも辿り着くことが出来ない。声はするのに仲間に出会うことすらない。そして入口を塞ぐ二人の元にも辿り着くことが出来ない。近いのに遠い、まるで夜空を彩る星座のような、近くて遠い孤独を感じる。
 互いに声を上げることでしかその存在を確認することが出来ない、あまりにもか細いやり取り。全員が無事でいる。それだけが心を安らげるたった一つのファクターであった。
 当初の逃げるという目的も、まるで霧に紛れて見えなくなってしまったかのように、数分も経てば互いに互いの存在を探すことだけに必死になっていた。
「この霧から抜ける方法はある。なのに他者との繋がりという鎖に縛られて、身動きすら出来ない」
 と、踏矢は霧の中で叫び続ける三人を、霧の外から遠巻きに眺める。無論踏矢は霧の中にいる三人を見ることは出来ない。だが、見ずとも結果は分かっている。
 霧の中でも強い輝きを放ち、この幻の霧を打ち破る者。そのような強い精神の人間を待ち望んだ。だがそれは未だに一人しか彼の前には現れない。
「いやいや、諦観するには早いさ。君も俺も最初から一人で生きていたわけではない。なに、始末はしておくよ」
 保城が踏矢に耳打ちする。そうですね、と小さく笑みを浮かべた踏矢は答える。
「ではここは貴方に任せましょう」
 保城は静かに笑みを浮かべると、自分から霧の中へ入っていった。



 雨野宮が指定した湘南のライブハウスに長岡恭介は辿り着いた。ライブハウス内に足を踏み入れた所、エレキギターの速弾きが恭介を歓迎する。
 スポットライトが当たったステージで一人、橙色の髪の男が一心不乱にギターを掻き鳴らす。左手は人差し指、中指、小指を器用に動かし、それに合わせてピックを掴んだ右手の手先が小刻みに震えながら弦を弾く。
 音楽経験のない恭介からすれば、その技術がどれほどまでにすごいものかは分からない。ただ、上手いな。と月並みな感想を抱いた。
 ワンフレーズを弾き終えて、余韻を響かせる。しかし彼は物足りなさげに、観客席で立ち尽くす恭介を睨む。
「オイオイ! 客はお前一人だってのに拍手も無しかよ」
「そりゃ悪ぃな。でもこっちも急ぎなもんだから、さっさと用件済ましたいんだ。お前が雨野宮陽太郎でいいんだな?」
 恭介が問いかけると、雨野宮は舌打ちをしながらエレキギターをステージの端に立てかける。
「なんだなんだ。しけたやつだなオイ。遊びに付き合う気も無しか? 余裕がないこった」
「うるせえ。お前のお遊びに付き合わされるためにこっちはバイト休んでんだ。さっさとやるぞ!」
「そりゃ災難だ。だがやる気があるのは良いねェ。遊びが足りなくて退屈してたんだ」
 恭介は雨野宮に言われたように、ステージに上がる。デッキをデッキポケットに差し込み、二人が対峙する。
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ』
 陽太郎の最初の場のポケモンはアブソル100/100。そして対する恭介のポケモンはエモンガEX110/110。互いにベンチにポケモンは無しだ。
「余裕のあるオレが優しさを発揮してやろう。先攻はくれてやる。お前、あのダークナイトを倒したんだろう? だったらその実力拝見したくなるのは性だよなぁ」
 癪に障る物言いに、少しカッとしてしまう。落ち着け、ヤツの手に乗っちゃいけない。落ち着くんだ。望み通り実力を見せてやるんだ。
「手札からサポート『コルニ』を使う。その効果で闘ポケモン、グッズを一枚手札に加える。俺はルカリオEXとルカリオソウルリンクを選択。そしてルカリオEX(180/180)をベンチに出し、手札の雷エネルギーをエモンガEXにつける。そしてルカリオEXにポケモンの道具『ルカリオソウルリンク』をつけ、これで俺の番は終わりだ」
 先攻はワザを使うことが出来ない。HPの低いエモンガEXをベンチに下げても良かったが、次の番に先送りをする。焦ってはいけない、自分のペースで展開していくんだ。
「じゃあ行くぜ。オレは手札からフーパEXをベンチに出し、特性『バンデットリング』を発動。その効果で山札のEX二枚をベンチに出す。オレが呼ぶのはタブンネEXとカイオーガEX」
 黄金のリングから這い出るようにベンチに現れた、解き放たれた姿のフーパEX170/170は関節のない宙に浮いた腕を振り回して、自身の左右のベンチスペースに、叩きつけるように二つの黄金のリングをセットした。片方からタブンネEX180/180、そしてもう片方からは怪獣さながらの鳴き声を上げながらカイオーガEX180/180が現れる。
「でけえな」
 ある程度はデフォルメされたサイズではあるが、巨躯のフーパEXとカイオーガEXが狭いステージを圧迫する。その背後に控える雨野宮本人の存在を忘れてしまうほど、強烈な存在感だ。
「オイオイ! 何感嘆してんだよ。真打はまだだぜ。ポケモンの道具『カイオーガソウルリンク』をカイオーガEXにつけ、サポート『Af地獄のロックスター』! オレはバトル場のアブソルをトラッシュしてこのカードをバトル場の横に置く。このカードがある限り、お互いにグッズを使うことは出来ない」
「おい、グッズロックかよ」
「ま、オレのポケモンが気絶したらこのカードもトラッシュされちまうがな。おっと。そういやバトル場にポケモンがいなくなっちまったな。じゃあカイオーガEXをバトル場に出す。そしてカイオーガEXに水エネルギーをつけ、オレの番は終わりだ」
 雷タイプを前に水タイプ、と思ったが、カイオーガEXの弱点は草。ここに俺が来るのを予測していたのかは知らないが、エモンガEXで有利は取らせてくれそうにない。
 そして問題は場に置かれたAf地獄のロックスター。音楽のロック(Rock)と相手の行動を制限する戦術のロック(Lock)をかけてきてるのか。
 それはさておき、お互いにグッズカードが使えなくなる効果だが、ポケモンの道具も分類としてはグッズに含まれる。ルカリオソウルリンクを出し惜しみしていたら、手札で死に札になる所だった。恭介は息をつくが、油断はならない。多くのAfはグッズカード。すなわち、恭介がデッキに仕込んだAfもあのカードをどうにかしない限り使えない。しかもその行く手を塞ぐのはEXポケモン。いきなり崖っぷちに押し込まれた気分だ。しかし雨野宮もグッズを使えない。とにかく今は出来ることを一つずつやっていくんだ。
「俺の番だ。ルカリオEXに闘エネルギーをつけ、サポート『カスミのやる気』を使うぜ」
「確かにサポートはグッズではない。地獄のロックスターがあってもカードを使う事は出来るな」
「そうだ。手札を一枚トラッシュし、山札の上から八枚確認する。そして一枚手札に加え、残りと山札を混ぜてシャッフル」
 手札に加えなかった七枚を山札に戻すと、デッキポケットがオートシャッフルをする。手札に加えたカードはスタジアムカード、記憶の祠。先の番で必ず必要になるはずだ。
「エモンガEXのワザ、エネグライド。山札の雷エネルギーをエモンガEXにつけたあと、ベンチのルカリオEXと入れ替える!」
 その場で旋回しながらエネルギーを補充したエモンガEXは、ベンチへ引っ込んでいく。そしてルカリオEXは静かにバトル場へ踏み込む。
「オレの番だ。まずはサポート『ダイゴ』を発動。山札からサポートと基本エネルギー一枚を加える。オレが選ぶのはフウロと水エネルギー。そしてカイオーガEXに水エネルギーをつけ、バトル。水の波動!」
 カイオーガEXの大きな口から水の輪が断続的に放たれる。その攻撃を正面から受け止めたルカリオEX150/180は、片膝をついたまま動けない。
 訝しんだ恭介がモニターで確認すると、ルカリオEXは眠り状態。眠り状態のポケモンは眠りから覚めない限り、ワザを使う事も逃げることも出来ない。
「マズったな……」
「水の波動を受けたポケモンは眠り状態になる。さあ、オレの番が終わったことでポケモンチェックだ」
 コイントスをしてオモテなら眠り状態から回復。ウラなら眠りのまま。もちろん眠りから回復してほしいが、コイントスの結果はウラ。
 しかし回復の手段は他に無いわけではない。一つ、ポケモンを進化させる。二つ、グッズ或いはサポートの効果で回復させる。ただし今の恭介の手札にメガルカリオEXやサポートのカードはない。更にグッズが引けたとしても、雨野宮のAf地獄のロックスターの効果で使うことが出来ない。
 頼むぜ、と心の中で山札に声をかけてからカードを引く。来た、引いたカードはメガルカリオEX。
「っし! ルカリオEXをメガシンカする。鋭敏なる蒼き光速の闘士よ、情熱の咆哮で夜明けへと誘え! メガルカリオEX」
 虹色の光と共にメガルカリオEX190/220の体躯が一割程大きくなる。頭部の黒い管の先端や両手両足は一部が赤く変色し、鋼鉄の棘が増えていく。胴体に跨って顕になっていた黄金色の体毛も、上は首元、下は尾を覆い尽くすほどまで拡がっていく。
 冷静沈着な態度が一変し、爆発的に膨れ上がった闘争心が剥き出しとなって唸りをあげる。
「へえ! 眠り状態を無理にでも突破してきたか。だが頭は冴えてねーなァ。メガルカリオEXのワザを使うためには闘エネルギーが三つ。この番つけたとしてもひとつ足りねえなあ」
「そう思うか? 悪ぃーがハズレだ! メガルカリオEXに闘エネルギーをつけ、スタジアム『記憶の祠』を発動」
 スポットライトが当たるステージが一変、黄土色の砂岩が剥き出しになった山岳地帯に変わっていく。恭介の背後には切り抜かれたような洞窟があり、そこから水色の光が些か漏れ出している。
 これで残りの手札は一枚。しかしグッズカードであるポケモンキャッチャーは使えない。このカードの効果を使えば相手ベンチポケモンをバトル場に出すことが出来た上、弱点を突けるタブンネEXを攻撃出来ればよかったがここは仕方がない。まずは出来ることを積み重ねていく。
「チッ、地獄のロックスターじゃあスタジアムも防げねえ」
「記憶の祠が場にある限り、互いのポケモンは進化前のワザを使うことが出来る。つまり俺のメガルカリオEXは、ルカリオEXのワザも使うことが出来る」
「なるほどねェ。だが仕掛けが大掛かり過ぎたな! もう手札が一枚だけじゃねえか」
「いいや、これがそうでもないんだな。メガルカリオEXでバトル。スクリューブロー!」
 宙に浮かぶカイオーガEXの真下まで駆けたメガルカリオEXは、体と腕を回転させながらカイオーガEX120/180の土手っ腹に強烈な一撃を加える。
「スクリューブローの追加効果。俺は手札が六枚になるようにカードを引く」
 今の手札は一枚なので、計五枚カードを引く。
「やってくれるねェ! それくらいはしてもらわなきゃつまんねえよな」
「そういうお前も俺を退屈はさせないんだよな!」
「当然。さあ、オレの番だ。まずはサポート『ティエルノ』を使い、山札の上からカードを三枚引く。そして カイオーガEXをゲンシカイキ! 古より来たれり海洋の主よ、有象無象全てを飲み込め!」
 ただでさえ大きい体格がさらに倍以上に広がっていく。体やヒレに走っていた紋様は輝き、体は透明度が増して向こう側が透けて見えるように変化していく。宙に漂っていたゲンシカイオーガ180/240はステージのスポットライトの光を遮ったが、透明な体はステンドグラスのようにスポットライトを透過して、海底の中に佇んでいるかのような錯覚に呑まれる。
「手札の水エネルギーをゲンシカイオーガEXにつけるとき、ゲンシカイオーガEXの古代能力『αグロウ』を発動。もう一枚水エネルギーをつけることができる」
 これでゲンシカイオーガEXには水エネルギーが四枚。大技が来る。
「さあやれ、タイダルストーム!」
 雨野宮の宣言と共に巨大な渦潮がメガルカリオEX40/220を飲み込み、ベンチのエモンガEX80/110も巻き込まれたまま、渦がその体を天井まで跳ね上げる。その嵐の風を受け、恭介は両腕で体を守りながら一歩、二歩と下がらざるを得ない。
「タイダルストーム一つ目の効果は、相手ベンチのEXポケモン全員に30ダメージを与えられること。そして二つ目の効果を発動だ。ゲンシカイオーガEXの水エネルギー二枚をベンチポケモンに移し替える。オレはタブンネEXにエネルギーを移す」
「っべえなこれ……」
 タイダルストームは150という高い威力もそうだが、それ以上にエネルギーを味方ポケモンに渡す追加効果があまりにも強力すぎる。ゲンシカイオーガEX自身が水エネルギーを二つ失っても、αグロウの効果で毎ターン二枚エネルギーをつけることができる。つまり、ゲンシカイオーガEXがいる限り雨野宮の場は常にエネルギーがハイペースで供給され続ける。
 メガルカリオEXのワザの威力ではゲンシカイオーガEXのHPが40残ってしまって次の番に倒し切ることが出来ない。もう一度タイダルストームを食らえばメガルカリオEXが倒され、そしてその次の番にはエモンガEXのHPも文字通り吹き飛んでしまう。
「オイオイ。青ざめるにはまだ早いんじゃねえか? ダークナイトを倒した奴だと思ってはちょっとは期待したんだがよォ、見当違いか?」
 ポーカーフェイスであれ、と心がけていたにも関わらず雨野宮に鼻で笑われる始末だ。雨野宮は左手を額に当て、眉を顰める。
「いや待てよ。……評価を違えちまったかもしれねえなァ」
「どういうことだ」
「見ろよこのフィールドを。同じEXポケモン二匹を従えちゃあいるがな、状況は全く違う。お前のポケモンはHPが少なくて虫の息。オレのポケモンはエネルギーも体力も十分あって元気ハツラツってとこだ。オレとお前、どっちが勝ちそうか外出てテキトーにガキ捕まえてもオレって言うだろうよ。だから困る! 困っちまう! 弱いのはお前か、それともダークナイトの方か、それともその両方か!」
 今の雨野宮の言葉に、恭介の心に火が点く。自分を馬鹿にされたのも腹が立つが、自分の弱さのせいで亮太のことまで馬鹿にされるのが腹が立つ。しかし感情的になるその一歩手前、間一髪で理性が囁く。鷹揚自若であれ、そっちの方がクールだろう、と。
 だからこそ山のようにドッシリと構え、ニヤリと笑って言ってやるのだ。
「安心しな! 困っている暇はすぐ失くしてやるぜ」
「へぇ、言うねェ! 威勢だけかもしんねーけどよ」
 今の手札だけでは雨野宮が言う通り、威勢が良いだけで終わってしまう。
 雨野宮の場にあるAf地獄のロックスターによって、安易にポケモンの道具やグッズを使ってメガルカリオEXを強化することは出来ないが、ゲンシカイオーガEX180/240を倒す手段が全く無いわけではない。そのためにはキーパーツが二枚必要だが、一枚足りない。
 分岐点はこの番のドローだ。このドローで、勝負の趨勢が大きく決まる。緊褌一番、強気で行くしかない!
「俺の番だ」
 引いたカードを手元に寄せて確かめる。引いたカードはファイティングスタジアム! チャンスはまだある。
 下を向いていればチャンスも見逃してしまうかもしれない。あの有名な「蜘蛛の糸」だって下を向いていれば、掴んで登ることすら叶わないのだ。追い込まれていてもめげずに上を見据える。そうすれば逆にチャンスが引き寄せられる!
「威勢だけ、かどうか答え合わせしようぜ」
「ほぅ。遊びがあって良いねえ」
「メガルカリオEXにストロングエネルギーをつける。このエネルギーは闘ポケモンにのみつけることができ、闘ポケモンのワザの威力を20増やす。さらにスタジアム『ファイティングスタジアム』、発動!」
 山岳地帯の風景がフェードアウトすると同時に、闘技場のリングに変わっていく。恭介と雨野宮はリングの外に立ち、リング内でバトルポケモン達が対峙する。
「ファイティングスタジアムがある限り、闘ポケモンがEXポケモンに与えるダメージを20追加する」
「やるねェ!」
「蒼き闘士よ、その空蓋をぶち破れッ! ライジングフィスト!」
 残像が見えるほどの速さで打ち込まれたアッパーカットが、ゲンシカイオーガEXの体を打ちあげる。ライジングフィストの威力は140+20+20=180。残り体力が無くなったゲンシカイオーガEX0/240は、浮き上がる力すらなくその場に倒れ、消えていく。残された水のエネルギーだけがその場に残され、リング内外にARの雨を降らす。
「俺はサイドを二枚引く。さあ、次のポケモンを出しな!」
 恭介は半身になり、構えた右手をクイクイ、と動かして雨野宮を挑発する。しかし、それに雨野宮は動じない。まだ余裕がありそうだ。
「オレはタブンネEXをバトル場に出す。そしてオレのポケモンが気絶したことで、地獄のロックスターはトラッシュされる」
 引き当てたサイドのうち一枚、これは亮太から借り受けたAf。そして地獄のロックスターがトラッシュしたことで、互いにグッズカードを使う事が出来るようになった。
「ホッとしてるな? 勘違いするんじゃねえぜ、グッズを使えるようになるのはオレもなんだからよォ! ポケモンのどうぐ『タブンネソウルリンク』をタブンネEXにつけ、タブンネEXをメガタブンネEXに進化させる。さらにメガタブンネEXに水エネルギーをつける」
 ソウルリンクの効果で、メガシンカしても雨野宮の番は終わらない。それどころか、まだまだやる気だ。
「サポート『フウロ』の効果で山札のトレーナーズを手札に加える。オレが手札に加えるのはグッズ『レスキュータンカ』。そしてこれを発動。トラッシュのポケモン一匹を手札に加えることが出来る。トラッシュのアブソルを加え、ベンチに出す」
 リング外に現れたアブソル100/100は、赤い目を強く輝かせる。
「アブソルの特性、『カースドアイズ』を発動。手札からベンチに出た時、相手のポケモン一匹に乗っているダメカンを三つ、別のポケモンに乗せ換える」
 メガルカリオEXのHPが40/220から70/220に、エモンガEXのHPは80/110から50/110へ変化する。
 雨野宮のメガタブンネEXは既に攻撃耐性に入っている。次を見据えて、先にベンチのエモンガEXにもダメージを与える算段か?
「メガタブンネEXでバトル。マジカルシンフォニー。オレの番にサポートを使っている場合、相手ベンチポケモン一匹に50ダメージを与える。やっぱお前もダークナイトも大したことは無かったなァ! これで終わりだ!」
「ぐっ……!」
 メガタブンネEXの音波攻撃がメガルカリオEX0/220を襲い、リングポストまで吹き飛ばされる。その攻撃の余波はエモンガEX0/110にもダメージを与える。バトルポケモンへのダメージは110だが、ベンチへのダメージ50を加えるとゲンシカイオーガEXのタイダルストームを上回る威力だ。
「EX二匹を倒してこれでゲームセットだ。ゲンシカイオーガEXを倒して『よっしゃ』だの『やったぜ』だの思ったかどうか知んねえがよ、勝負が決まるまで慢心しちゃいけねえよなぁ!」
「……慢心だと? 聞き間違いじゃなければ、今慢心するなって言ったのか?」
「聞こえねえなら何度でも言ってやるよ。勝負が決まるまで慢心するなって言ったんだよ」
「確かに言ったよなあ! その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ。サポート、『Af決死のロープタッチ』を発動!」
「何っ!? まだオレの番なのにサポートだと。それどころかお前のポケモンは全員気絶したはずだ」
 この対戦の最中、終始余裕を見せていた雨野宮の表情が初めて曇る。
「相手のワザによって自分のバトルポケモンとベンチポケモンが同時に気絶するとき、手札を二枚捨てることで使えるカードだ。ベンチポケモン、つまりエモンガEXは気絶せず、残りHPが10の状態でバトル場に出す!」
「オイオイオイオイオイオイオイオイ! ワザを耐える!? ざけんな! だが耐えた所でどうする。何も状況は変わらねえ」 
 瀕死のメガルカリオEXが、地を這いながらリングの外へ手を伸ばす。それを見てリングに駆け寄ったエモンガEXがメガルカリオEXの手を取る。その姿勢のままメガルカリオEXが光となって消滅し、残された光はエモンガEXの体を覆う。エモンガEXはロープを伝ってリングポストの上に立ち、メガタブンネEXを睨みつける。
「ここからが決死のロープタッチの真価。次の俺の番、サポートを使う事が出来なくなる代わりにエモンガEXが相手に与えるワザの威力は気絶したメガルカリオEXの超過ダメージ分だけ増加する」
 メガルカリオEXのHP220に対し、受けた累積ダメージは260。つまりその差分の40だけ、エモンガEXのワザの威力が上昇する。亮太から借り受けたカードで、お前の分までディスられたツケを返してやる。
「一瞬は、驚いた。たかが40上げただけで何が変わるっていうんだ。メガタブンネEXのHP、220を削り切れるとでも思ってんのか?」
「すぐわかるぜ」
 雨野宮がサイド二枚を引き、これでメガルカリオEXが気絶したことによる処理が終わった。恭介の番が始まり、カードを引き抜く。
「エモンガEXに雷エネルギーをつけ、グッズ『ポケモンキャッチャー』を発動。コイントスをしてオモテなら、相手のベンチポケモンをバトル場に引きずり出す」
 Af地獄のロックスターがトラッシュしてその効力を失ったからこそ、キラーカードであるポケモンキャッチャーが活きてくる。あとはこれが不発に終わらぬように信じるだけだ。強い気持ちで念じ、モニター画面を覗き込む。
「オモテ! よってポケモンキャッチャーの効果が成立する。俺が選ぶのはアブソルだ」
「クソがっ!」
「その用意周到さが逆に仇になったな!」
 確かに雨野宮は頭がいいのだろう。機転も利くし、相手の心理を煽ることも長けている。デッキ構築の腕も良いのだろう。だけどそれだけでは勝てない。雨野宮の強さを理解したとともに、その弱点も同時に浮き彫りになってくる。
 雨野宮は絶対にリスクを取らないし、隙を見せない。だからこそ攻めるなら、その想定外の所から殴りかかるしかない。最初からこの状況を想定していたわけではないが、結果として石橋を叩いて渡った雨野宮の橋は崩れた!
 強い相手であればあるほど、経験から得られる独自の強固なセオリーがある。それを真正面から切り崩すのはほとんど難しい。だからこそ、その外から攻めていく。
「お前の一番の不幸は、対戦相手が俺だった、ってことだ! エモンガEXでバトル。エレクトロクラッシュ!」
 エレクトロクラッシュの基本威力は60。それに決死のロープタッチの効果を合わせ、60+40=100ダメージ。
 帯電したエモンガEXが、リングポストからアブソル目がけて飛びかかる。反撃をしようとアブソルは構えるも、エモンガに触れると同時に体中が電撃が流れて動きが止まる。そのままタックルを受けたアブソル0/100はロープまで吹き飛ばされ、力尽きて地面に倒れる。
「これがお前が虚仮にした亮太、いや、ダークナイトと俺の力だ」
 最後のサイドを引き、拳を雨野宮に突き付ける。片膝をついた姿勢の雨野宮は、恭介を見上げる構図となる。
「やってくれるねェ! 感心したオレが前言撤回してやる。『流石はあのダークナイトを倒したヤツだ』ってな……。これは完敗だ。お前に敬意を表するぜ」
 そういうと同時、雨野宮の姿が透け始めていく。これが翔が言っていた分身の能力、ブランクアルターか。
「敬意ついでに一つ、良いことを教えてやる。急いで東京に戻った方がいいぜ……。はぁ、この決着を『学習』出来ねえのがたった一つの悔いになるねェ」
「おい、どういう意味だそれ!」
 雨野宮の分身はそれに答えぬまま消滅し、恭介だけが一人ステージに取り残される。
 役割は果たした。その言葉に何か嫌な予感がする。皆の無事を案じ、恭介はまずは再び美咲が待つ横浜に向けて駆け出した。



翔  「来たな、陽太郎。何を考えているかは知らないが、ここでお前を食い止める!」
雨野宮「食い止める? へぇ、言うじゃねえか! やれるもんならやってみろよ」
翔  「俺と亮太のタッグでお前を負かす。そして全て吐いてもらうぜ、何をする気かってのをな!」
亮太 「次回、『破滅のブックマン』。……いや、待つんだ。ここは僕一人で相手をする」

●TIPS
能力
????
物理干渉
設置型の濃霧を任意の空間に発生させる。
空間が狭い程霧は濃くなる。この霧の中では方位と平衡感覚が常に狂った状態になる。
視力にまつわるオーバーズがあれば、霧の影響を受けない。
射程距離A 成長性E 影響力B 持続性C
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