23話 奈落のゲームマスター

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 九月十三日、午後一時前。美咲の住む一軒家の前で、恭介と美咲は合流した。美咲が横浜、恭介が湘南方面へ向かうこともあり、恭介がバイクで美咲を途中まで送ることになっていた。
 ダークナイトの時に並ぶ、或いはそれ以上にAfの核心に近づく事が出来るチャンス。更に負けられない重圧はあるが、二人からすればいつもと変わりないことだ。
 今までの戦いの中で負けてもいいような戦いなど一度も無かったし、気負えば良いわけでは無いのだ。
「お昼ちゃんと食べれた?」
「はい、ちゃんと。恭介さんも食べました?」
「バッチリさ。しっかり腹八分目食ったぜ。体のコンディションも問題なしだ」
 美咲は恭介の腕に目をやる。ダークナイトとの戦いで傷だらけだった腕からは、ガーゼも絆創膏も無く、外傷の跡も殆ど見られない。
 連戦で消耗した精神も、様子を見る限り問題なさそうに見える。
「さ、行くか。途中高速道路乗って保土ヶ谷までだったかな。平日昼だし混んでないとは思うけど、早めに行こうぜ」
「そうですね」
 美咲用のヘルメットを恭介が手渡したと同時、そういえばと恭介が切り出す。
「この前お礼言い損ねてたんだ。……この前はカードくれてありがとう。あれが無ければ勝てたかどうか」
「いえ、少しでもお役に立てて良かったです。あのとき私が出来る事なんて、あんなことだけです。それに、すごいのは恭介さんの方ですよ。私だったらあれだけ傷ついた直後にもう一度立ち上がろうなんて思いませんし」
 恭介は少し目を丸くするも、穏やかな笑顔を見せる。柔らかい表情を残したまま、先にバイクに跨ってヘルメットを被った。
「そっか。……まあ普通はそうだよな。まあとりあえず行こうぜ。乗りながらでも話は出来るんだ。時間もあるしな」
 二人を乗せた大型バイクは閑静な住宅街を抜け、国道へ出る。ヘルメットに付属している指向性のインカムを通じて、先に切り出したのは恭介だった。
「俺さ、今はこんなだけど昔いじめられてたこともあってさ。小学校低学年くらいの頃かな。そん時は結構意思薄弱で、あんま喋る方じゃなかったんだ。いじめっ子的なやつに嫌われないようビクビクしてたりしてさ。まあ最終的にはいじめっ子の気まぐれでいじめの対象になっちまう訳なんだけど」
 美咲が知る長岡恭介は、少し前のめりだが自分の分をわきまえていて、情に熱く、筋をきっちり通す好青年の印象だ。そんな彼が昔はいじめられていた、というのは驚きだ。
「意外、ですね。あんまりそういうのと縁がない人だと思ってました。いじめる側もいじめられる側も」
「そうでもないさ。ま、結局は年の離れた兄貴が助けてくれてたんだけどね。たまたま兄貴が俺がいじめられてるときを見かけて、助けてくれたんだ。家族にいじめられてるって言い出せなくてさ。結果迷惑かけたしそれがすっげえ申し訳なくてさ、そっから自分の考えてること感じてること、ちゃんと言葉にしようって思った。楽しかったら楽しい。辛かったら辛い。それを言葉にし始めてからはいじめられたりはもう無くなった」
 合間合間で相槌を打ちながら話を聞いていると、良いお兄さんがいるんだな、と美咲は思った。会ったことは当然無いし、今聞いた話の範囲でしか知らない。それでもきっとそのお兄さんの意志は彼にしっかり継がれているんだろうなと感じた。
「兄貴がカッコいいなって思ったから、兄貴みたいに体鍛えて困ってる人に手を差し伸べたいって思うようになった。別に傲りじゃないよ。俺が全員助けれるわけない。だから手が届く範囲でいいから誰かを助けよう、って。それで実際やってみたら分かったことが三つある」
「三つ、ですか?」
「ああ。まず一つ。何が救いなのかは人によって違う。話を聞くだけで良かったり、しっかり根本的なとこを解決したり。そんで次。やっぱ力が必要だ。物理的な力だったり社会的な力だったり。人を救うっていうのは自分の限られたリソース部分から捻出したエネルギーが要る。要は自分に余裕がないのに、自分が弱いのに誰かを救うことは出来ない」
「それは……、そうですね」
「次が最後なんだけど、人はほぼ確実に人を救える。人を苦しめるのが人である以上、人を救うのも人だ」
 ズン、と楔のように美咲の心に恭介の言葉が打ち込まれる。人が人を苦しめるのは分かっていた。しかし、であるならば人が人を救うのだという言葉に舌を巻く。考えればたどり着ける当然の帰着ではあるものの、言葉で聞くと改めてハッとさせられる。
 それと同時に美咲の脳裏に幼馴染の顔が過る。憧れて背を追いかけていたのに、その人が困っていた時に手を差し伸ばせず救えなかった。成し遂げてきた恭介の広い背を見れば見るほど、今も悩み続けてる自分が惨めになってくる。
「だから、美咲ちゃんには感謝したいんだぜ。この前亮太と戦う時に、ルカリオEXを貸してくれたの。アレがなければ俺は勝てなかった。力を貸してもらえなければ、亮太を救う事も出来なかった」
「いえ、お役に立てれば幸いです」
 想外の言葉をかけられて、美咲は目を丸くした。自分がすごいと思ってる人に褒められるのは、嬉しさ半分、謙遜半分。いや、この人に限っておだてようと思って言ったわけではないだろう。素直に喜ぼう。
「そうだ。借りっぱなしだから後で返さなきゃな」
「いえ、そのまま持っていてください。使っても使わなくてもどちらでもいいので」
「でもそれだとそっちが困らないか?」
「私もデッキを新調したので大丈夫です! ……要らないっていうなら預かりますけど」
「まさか! それならありがたく使わせてもらうぜ」
 幸せが幸せを呼ぶ。それを体現した人が、この人なんだな。と美咲は思った。明るく元気なこの人がいれば、自分もその影響を受けて明るく元気になる。自分があげたカードがこの人の幸せになれば、きっと自分も幸せになれる。いや、既になっているのかもしれない。視界の端で背の低い建物が流線形に溶けていく。今は流れ消えゆくものより、ここにあるものを大事にしたい。薄ぼんやりとそんなことを考え始めた。



 指定された横浜のショッピングモールに到着した。恭介のバイクから降りると、頑張れよと声をかけられる。恭介さんも、と答えれば、もちろんさ。と言って、アクセルを踏み込んで湘南へ向かって走っていく。
 午後三時まではまだ余裕があるが、ショッピングモールの中へ足を運ぶことにした。
 服や小物類を軽くウインドウショッピングして時間を潰していると、近場から歓声が聞こえる。その声の方へ行けば、それなりの人だかりと見慣れたポケモンのホログラム映像。しかしこれはカードではなくゲームの方のポケモンバトルのようだ。ポケモンカードでなくゲームの方もホログラム映像を出力する機械が出来た、とは聞いていたが実物を目にするのは初めてだ。
 そんなホログラム映像で臨場感を醸し出すポケモンバトルのイベント。その決勝戦の決着が今ついた所だった。
 オレンジ髪の釣り目の青年がしたり顔になっている。彼はイベントMCのお姉さんから感想を求められ、マイクを受け取る。
「いやあホログラム映像で観ながらゲームをやるってのも面白かったです。やっぱ白熱する方が良いですもんね。……でもまだ面白いものが見れると思いますよ」
 そう言って笑う青年と、美咲の目が合った。その視線に込められた強い敵意。奥村翔から事前に聞いていた特徴と合致している。彼が雨野宮陽太郎に違いない。
 戸惑うイベントMCをよそに、雨野宮は美咲を指さす。
「今すぐここでやりたい所だが、ちょっとここじゃあ邪魔が過ぎる。二つ上のフロアのイベントホールで遊ぼうじゃねえか」
「望むところです」
 美咲の声は届いたのかどうかは分からないが、雨野宮は満足そうに笑って観衆に喧伝する。
「ホログラム映像で面白いのはゲームだけじゃない。ポケモンカードならもっと面白いモン見せられますよ。気になる人はまた上のフロアで会いましょう」
 そう言って雨野宮は戸惑うMCにマイクを押しつけ、壇上から降りていった。



 人ごみをすり抜け、エスカレーターを昇った先で雨野宮陽太郎が待っていた。
「お前は確か澤口……だったか。全国大会経験者だって? やるじゃん」
 先ほど雨野宮が煽ったからか、二人を何十人かのギャラリーが囲い込む。異様な熱気、少し不慣れな空間だ。
「どうしてわざわざ人を集めたんですか?」
「ああ? 言葉が通じねえのか? 先に質問したのはこのオレだ。カードは出来てもそれ以外はなーんにも出来ねえのか?」
 先ほどの壇上と違って非常に粗野な言葉遣いだ。言葉の圧だけじゃない。鋭い目で睨まれるのもプレッシャーで、少し胸が押し潰されそうだ。ここまで強い敵意が向けられたことが今までにあっただろうか。
「まあいい。見せしめだよ。今からこのオレの余りある力でお前を叩き潰す。あのクソ野郎に見せつけてやる」
 クソ野郎、が何を示すか分からない。しかし先ほど問いかけた時に浴びせられた罵声が耳に残って、言葉が出ない。少し怖い、という第一印象を撥ね退けようと必死にならざるを得ない。
「さあとっととおっぱじめようぜ。再起不能にしてやっからよォ!」
 陽太郎の後に続いて、美咲もバトルデバイスを広げる。
 気合を入れ直さなくては。相手の言葉に一々反応していれば、それこそ相手の思うつぼ。もっと毅然とした態度でいかないと。目を閉じ精神を落ち着かせ、なんとか美咲は自分を奮い立たせようとする。
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ』
 雨野宮のバトルポケモンはドーミラー50/50、ベンチにゲノセクトEX180/180。そして対する美咲のバトルポケモンはジガルデEX190/190。ジガルデEXは俗にいう100%フォルムと呼ばれる巨大な人型の姿だ。
 EXがどちらも並ぶが、互いに嫌なマッチアップになる。そして相手の鋼タイプは超タイプに抵抗力を持つ。鋼タイプ自体の総数は少ないものの、手堅く突破するには厄介なポケモンが多く並ぶ。そこから考えれば、ジガルデEXも相手の鋼タイプも、タフだが決めてに欠ける構造になる。
「さあゲームをはじめようぜ。オレが先番だ。ゲノセクトEXに鋼エネルギーをつけ、まずはスタジアム『Afエネルギー再生機構』を発動。自分の番の終わりに手札を一枚山札に戻すことで、この番トラッシュされたエネルギー一枚をポケモンにつけられる」
 二人を囲うように、工場の大型設備のホログラムが現れる。単調な動きを繰り返す機械達が、ラインに乗せて手のひら大の球体を運び続けている。
「そしてもう一枚。手札を三枚山札に戻すことでサポート『Af奈落のゲームマスター』を使う! このカードはバトル場の横に置き続ける。オレのポケモンが気絶した場合、このカードをトラッシュするが、場にある限り効果を発揮し続ける。さあオレの番は終わりだ」
 旧いルールではサポートを使う時、バトル場の横に置いて効果処理をしていたことを思い出す。が、場に残り続けるのは異様だ。左手首に巻き付けたデッキポケットのモニターをチェックしても、他のAf同様にカードテキストが読み込めない。
「行きます、私の番です。まずはジガルデEXに闘エネルギーを。続けてグッズ『ハイパーボール』を使います。手札を二枚捨て、山札からポケモンを手札に加えます。私が手札に加えるのはミュウツーEX。そしてそれをベンチに出します」
 美咲は闘エネルギーとこわいおねえさんをトラッシュ。これでAfエネルギー再生機構の恩恵を受けることが出来る。そして美咲の二匹目のミュウツーEX170/170。そのまま攻撃すれば抵抗力が作用して相手が受けるダメージを20軽減される。まだバトル場に赴かせるわけにはいかない。
「サポート『ティエルノ』を使い、山札からカードを三枚引いて戦闘です。ジガルデEXで攻撃、大地の鼓動!」
 ジガルデEXが片足を高く持ち上げ、強く踏み込んで地均しをする。その衝撃波が周囲の工場ラインを震わせ、ドーミラー10/50にダメージを与える。
「大地の鼓動はスタジアムが場に出ていれば相手に与えるダメージを20増やします」
「ハッ、気絶さえしなければ同じこと」
「私の番が終わると同時に、Afエネルギー再生機構の効果を適用します。手札を一枚戻し、トラッシュの闘エネルギーをジガルデEXにつけます」
「さぁオレの番だ」
 雨野宮は右手首を回し、関節の音を鳴らしたままカードを引かない。見かねた美咲が声をかける前に、雨野宮が声を張る。
「オレの番が始まると同時に、場にあるAf奈落のゲームマスターの効果発動! オレの番の頭にカードを引く前、山札の上からカードを三枚確認し、それらを好きな順番で山札の上か下に戻すことが出来る」
 雨野宮の前に三枚のカードのホログラムが現れる。無論、美咲からはカードの裏しか見えないが、雨野宮は右手を顎に当てながら楽しげにカードを選ぶ。
 本来カードゲームは次に何を引くかが分からない、不確実さが勝負の肝となる。しかしこの奈落のゲームマスターはその根底をひっくり返す。必要なカードを好きな順番にし、不要なカードを山札の底に押し込むことで、確実性を手にするまさに「ゲームマスター」と称するに値するパワーカードだ。
 雨野宮の手札は今0枚。それを一度でひっくり返すカードを、選んでくるはずだ。
「よし。二枚を山札の上に、一枚を底に戻す。そしてカードを引いて、サポート『プラターヌ博士』を発動。手札を全て捨て七枚カードを引く。が、オレの手札は0。つまりノーコストで七枚引かせてもらう。そしてグッズ『ハイパーボール』を使うぜ。手札二枚を捨て、ドータクンを加える」
 美咲はモニターで捨てたカードを確認する。雨野宮がトラッシュしたカードは鋼エネルギーが二枚。
「ドーミラーをドータクン(50/90)に進化させ、ドータクンの特性『メタルチェーン』を発動。トラッシュの鋼エネルギーをベンチポケモンにつける。当然つけるのはゲノセクトEX。更にポケモンの道具『かるいし』をドータクンにつけ、ドータクンをベンチに逃がす」
 かるいしをつけたポケモンは逃げるために必要なエネルギーが0になる。そのためノーリスクでポケモンの入れ替えが可能となった。新たにバトル場に出てきたのはゲノセクトEX。
「ゲノセクトEXに手札の鋼エネルギーをつけ、道具『闘魂のまわし』をつけるぜ」
 闘魂のまわしはたねポケモンのHPを40、ワザの威力を10増やすポケモンの道具。これでゲノセクトEXのHPは220/220に。これでジガルデEXのどんなワザを使っても、一撃で倒すことは出来なくなった。
「さァ楽しいバトルの時間だ! やれ、ゲノセクトEX。ラピッドブラスター!」
 ゲノセクトEXが前傾姿勢になり、背の砲台にエネルギーが凝縮されていく。
「ゲノセクトEXについているエネルギーを好きなだけトラッシュすることで、トラッシュした数かける20を追加する。オレは二枚トラッシュ」
 基礎威力100に、闘魂のまわしの効果も併せれば威力は100+20×2+10=150ダメージ。エネルギーを吸い込んだ砲撃がジガルデEX40/190の腹部にヒット。衝撃のあまりに巨体が倒れ、埃が舞う。
「ターンの終わりと同時にAfエネルギー再生機構の効果だ。手札一枚を戻し、トラッシュの鋼エネルギーをゲノセクトEXにつける」
 エネルギー再生機構はあくまでゲノセクトEXの攻撃を補助するためのもの。高い火力の派手な攻撃を連続して打ち続ける、これも奈落のゲームマスターと同じく自らのプレイを有利にするためのカードだ。
 美咲の目に色が宿る。処理向上のオーバーズで、先の展開をシミュレーションする。
 この番でゲノセクトEXを倒す手段はない。すなわち次の番で確実にジガルデEXを倒されることになる。
 美咲のデッキにはプラスパワーや闘魂のまわしのような、瞬間的にワザの威力を上げるカードは無い。となれば手札のパワーメモリ、これで最後の足掻きをかけるしかない。エネルギー再生機構を使って次のミュウツーEXに繋げるために、この番の間でエネルギーをトラッシュしなければならない。
「手札から闘エネルギーをジガルデEXにつけます。続けてポケモンの道具『パワーメモリ』をジガルデEXに、『ミュウツーソウルリンク』をミュウツーEXにつけます。そしてサポート『プラターヌ博士』を発動。手札を全て捨て、カードを七枚引きます」
 引いたカードはマジックパーティ☆アクトレス。まさ(にぃ)にもらったカード、このタイミングで引くことに運命を感じる。ただこのカードはサポート。サポートは自分の番に一枚しか使えない以上、次の番だ。奇術のタネはもう出来た。
「ジガルデEXにつけたパワーメモリは、ジガルデEXについている場合このカードに書かれているワザを使うことが出来ます。ジガルデEXでバトル。オールセルバーン!」
 ジガルデEXの体の中央に緑の輝きが集中する。その体の内側から爆ぜるように、緑の衝撃波がフィールド全体を包み込む。エネルギー三つを全てトラッシュする代わりに、そのワザの威力は200。基礎威力でこれを越える攻撃はそうそう無い。
「が、残念だな! まだオレのゲノセクトEXのHPは20残ってる。闘魂のまわしが無ければ倒されていたが、生き残りさえすればこっちのもんよ。これが無駄な足掻きだ」
「これは全て布石です。私の番が終わると共に、手札を山札に一枚戻すことでAfエネルギー再生機構の効果を適用します。この番にトラッシュされた闘エネルギーをベンチのミュウツーEXにつけます」
 他のジガルデEXのワザではエネルギーをトラッシュ出来ず、この番にトラッシュされたエネルギーをつけ直すエネルギー再生機構の効果を使うことが出来ない。大丈夫、有利は取れてなくても、出来得る最良の選択は出来ているはず。
「オレの番が始まると同時に奈落のゲームマスターの効果でカードをチェック。二枚山札の底に戻し、一枚山札の上に置く。そしてその引いたばかりのカード、サポート『サナ』を使う。手札を全て戻して山札からカードを六枚引く。が、またオレの手札は0。六枚普通に使わせてもらうぜ」
 どれだけ雨野宮の手札が尽きていても、奈落のゲームマスターがあれば簡単に立て直すことが出来る。一見すれば美咲と雨野宮は同じ土俵の上で戦っているようだが、その根は異なる。次が確約されていない不確かな状況で戦う美咲と、常に見通しが確かな雨野宮では天と地の差。悠々と戦う雨野宮に対し、その土俵の上で美咲は目隠しをされているようなものだ。
 サナやプラターヌ博士などのサポートで引いたカードは何を引くかは分からない。それでも不要なカードを山札の底に置いていること。そしてサポートで六、七枚カードを引くことは三十枚のカードで構成されるハーフデッキでは山札のほぼ五分の一をごっそり引き当てることが出来る。
「まずはグッズ『キズぐすり』でゲノセクトEXのHPを30回復する。そしてゲノセクトEXの特性『カセットチェンジ』。自身についた道具を手札に戻す。そして代わりに手札の『かるいし』をゲノセクトEXにつける」
 闘魂のまわしが無くなったことで最大HPも下がり、ゲノセクトEXのHPは10/180。それにかるいしをつけたということは逃げられる……!
「オラよ! 二匹目のゲノセクトEXをベンチに出す。こいつに手札に戻したばかりの闘魂のまわしをつけてパワーアップだ。そのまま一気にやンぜ。ベンチのドータクンの特性『メタルチェーン』でトラッシュの鋼エネルギーを二匹目のゲノセクトEXにつける。手札の鋼エネルギーも同じく二匹目のゲノセクトEXにつける。更に更に! グッズ『エネルギーつけかえ』を使い、バトル場のゲノセクトEXの鋼エネルギー一枚をベンチのゲノセクトEXにつける。さあ、かるいしの効果で逃げるエネルギーが必要なくなったバトル場のゲノセクトEXを下げ、二匹目のゲノセクトEXを新たにバトル場に出す。そして攻撃、ラピッドブラスター!」
 今度はエネルギーをトラッシュせずに攻撃だ。当然、ノーリスクで放たれる二匹目のゲノセクトEX220/220のワザの威力は100+10=110、攻撃を受けたジガルデEX0/190は耐えきれずその場で崩れ落ちる。
「サイドを二枚引いてオレの番は終わりだ」
「私はミュウツーEXをバトル場に出します」
「この勝負、もうオレの圧倒的有利だな。観念してさっさと降参するのが身のためだぜ」
 ニヤけた顔で雨野宮がこちらの顔色を窺ってくる。他人を屈服させたい、そういう意図が見え見えな行為。陽太郎に感じていた恐れが、徐々に怒りに変わっていく。煽られている。状況は雨野宮に傾いているが、心情でも相手の土俵に乗る訳にはいかない。堪えるんだ。
「確かに雨野宮さんの有利です」
「だろ? オレは懐が広いからな。痛い目に合わせたくて戦ってるわけじゃない」
「──雨野宮さんを私の土俵に引きずり込まなければ、の話ですが」
「あぁ?」
 雨野宮の眉がピクリと動く。勝負を畳みかけるならこの番しかない。自分よりも一つ上の視点から俯瞰してゲームを動かしていた雨野宮を、予測不能な世界に落とし込む。そのために、まさ(にぃ)の力を借りるしかない。
「私はミュウツーEXに超エネルギーをつけ、メガミュウツーEX(230/230)にメガシンカ! 滾り漲る藍の鼓動。今ここに旗を掲げよ!」
 ミュウツーEXの四肢が伸び、内側の筋肉が膨張していく。そのエスパーに似つかわない重厚な体躯は、一般的にメガミュウツーXと呼ばれる姿だ。
 本来メガシンカするとそれで番が終わるが、あらかじめミュウツーEXに持たせたミュウツーソウルリンクの効果でメガシンカをしても番は終わらない。
「手札からグッズ『メガターボ』。トラッシュの闘エネルギーを私のメガミュウツーEXにつけます。続けてスタジアム『次元の谷』を使います」
 新たなスタジアムカードが場に出ることで、既に場にあるAfエネルギー再生機構はトラッシュされる。無機質な工場が一変、不可思議な色彩で埋め尽くされた浮島に風景が上書きされていく。
 このカードが場にある限り、お互いの超ポケモンのワザエネルギーは無色一つ分無くなる。これでメガミュウツーEXのワザが使えるようになった。仕込みはあと一つだけ。
「グッズ『穴抜けの紐』を発動。互いのバトルポケモンを入れ替える。どのポケモンを新たに繰り出すかは、それぞれのプレイヤーが選択できます」
「甘ェな! 他のカードと違って拘束力はゆるゆるだ。残りHPが10のゲノセクトEXを出すわけねーだろ! オレはドータクンをバトル場に出すぜ」
「私のベンチにはポケモンがいないため、穴抜けの紐の効果で入れ替えは発生しません」
 残された手札は二枚。この状況を切り抜けるためにはこのカードに頼るしかない。あの人が捨てたカードで、あの人が生み出した以上の奇跡を。
 雨野宮陽太郎との真の意味での勝負を仕掛ける!
「ここからが、運と実力のイリュージョン!」
「……なんだァ?」
「サポートカード『マジックパーティ☆アクトレス』。山札からマジックと名前がつくトレーナーを手札に加え、その後任意で手札のカードを一枚山札の上に置くことが出来ます。その効果で山札からマジックカード☆D-AIDを手札に加え、手札一枚をデッキの一番上に。そしてグッズ『マジックカード☆D-AID』を発動します! 相手はポケモン、エネルギー、グッズ、サポート、スタジアム、ポケモンのどうぐ。この六つのうちから二つを選択。その後私の山札の一番上のカードをめくり、そのカードの種類が外れていた場合条件を無視してそのカードをプレイ。当たっていた場合、そのカードをトラッシュします。さあ、選んでください!」
 美咲が雨野宮を指さすと、雨野宮がたじろぐ。クソ、と悪態を漏らしつつ雨野宮は考える。
 何が運と実力のイリュージョンだ。マジックパーティ☆アクトレスの効果で、少なくとも相手は自分が何を山札の上に置いているのか知っている。運でもイリュージョンでも何でもない、推察じゃねえか。
 だが相手のカードはこれで0枚。それにあの目、ヤケクソになっているというわけでもない。そのカード次第では俺が圧倒的に有利なこの状況をひっくり返すかもしれねえ。当たる確率は単純に三分の一。考えろ。そして叩き潰してやる。
 まずエネルギー、これは無い。ヤツのメガミュウツーEXは既にエネルギーが足りている。それを考えるとスタジアムも無い。今のスタジアム、次元の谷が無ければメガミュウツーEXはワザを使えない。となれば残りは四択だ。
 ポケモンの道具もありえない。メガミュウツーEXは既にミュウツーソウルリンクをつけている。ポケモンの道具はポケモンに一つしかつけられない以上、無条件でカードをプレイしてもメガミュウツーEXにつけることが出来ない。
 だったらポケモンはどうだ? 今新たにベンチにポケモンを置いたところで、それがなんになる。条件を無視することが出来るから、二進化ポケモンだって一気にベンチに置けるだろう。しかしポケモンが増えれば的が増えることになる。オレの残りのサイドが一枚。つまりあと一匹、どんなポケモンであれ気絶すればオレが勝つ。そんな相手に有利になる状況はない。仮に特性持ちのポケモンだとして、この戦況を一気に変えるようなポケモンはいない。となれば。
「見切った! グッズとサポートを選択だ。さあ、さっさとめくれ!」
「私の山札の一番上のカードは……。グッズカード、マジックカード☆リストア」
「残念だったな。そいつはトラッシュしてもらうぜ! 大仰な取り越しご苦労、読み合いならオレに勝てると思ったか? ちげーんだなそれが。てめーら風情とやり合うのに読みあいなんか要らねーってことだよ!」
「……奇術の扉は開かれた。マジックカード☆リストアは、マジックと名のつくカードの効果でトラッシュされた場合、発動する効果があります。この番サイドを引いたなら、その枚数と同じ数だけ、相手のポケモンにダメカンを乗せる」
 もう勝ったも同然。そう決めつけ、高笑いをしていた雨野宮の様子が急転する。笑みは止み、紡ぐ言葉は震えだす。
「あ……? あんだって? ば、馬鹿な。トラッシュして効果が発動? そんなことあるか、オレは的中させたんだぞ……。オレは読み勝ったんだぞ」
「あなたの実力ならこの程度は読んでくれる。つまりあなたの読みを読んだ、私の読みの勝利です!」
「くそっ、チンケな奇術風情に……! このオレが!」
「メガミュウツーEXでバトル。バニシングストライク!」
 瞬間移動を繰り返しながらドータクンに接近するメガミュウツーEX。サイコパワーで強化した右腕がうなり、150+50-0=200のダメージがドータクン0/90の体を打ち抜く。
「バニシングストライクは場にスタジアムがあるなら威力は50増し、さらに相手の抵抗力も無視出来る。……そしてサイドを一枚引くことで、マジックカード☆リストアの効果。雨野宮さんの傷を負ったゲノセクトEXにダメカンを一つ乗せます!」
 吹き飛ばされたドータクンが、手負いのゲノセクトEX目がけて吹き飛ぶ。金属同士がぶつかる鈍い音の後、ゲノセクトEX0/180は仰向けに転倒する。
「EXポケモンが気絶したことで更にサイドを二枚引きます。これでワンショットのイリュージョン、大成功!」
 ゲームが終了したことで、次元の谷を始め全てのホログラム映像がフェードアウトしていく。その様子を見ていた周囲の観客から拍手が巻き起こり、美咲は晴れ晴れとした気分を得たと同時に、ホッとしていた。
 戦い方を真似しただけで、まだ自分の戦術になったとは言い難いが、手ごたえはある。読みあいならそうそう負けるつもりはないから親和性は高い。見えないように右手で小さく握りこぶしを作る。
「ククク……。残念だがオレは『分身の方』だ。お前は本命の足止めを食らったって事だ。今頃どうなってるだろなぁ」
 負けてなお、不敵な笑みを浮かべる雨野宮。まるで試合に負けたが勝負に勝ったとでも言いたげだ。
「本命? どういうことですか?」
「オレが答える義理はねえ。なんとかしたかったらお得意の奇術でもしてみせるこった」
 そう言うと目の前の雨野宮の姿がふっと消えていく。分身能力がある、とは聞いていたが正直な所半信半疑だった。しかし目の前でこうも見せつけられると、もう信じざるを得ない。
 何故かは分からないが、物理現象を超越した能力がある。そして何より、それを悪用しようとしている人間がいる。
 胸騒ぎがする。スマートフォンを手に取るが、通知は無い。困惑した自分の顔が写り込むだけだった。
『チンケな奇術風情に……!』
 雨野宮が漏らした言葉に胸が痛む。勝利の余韻はどことやら。負け犬の遠吠えと切り捨てるには難しい、後味の悪さが胸に募った。



希「あなたが雨野宮陽太郎ね。あなたは分身なの? 本体なの?
  ダークナイトと繋がっていた仮面の女は君とも繋がっているの?」
陽太郎「おいおい、えらく質問が多いじゃねえか。さあどうだろうな。聞きたきゃ聞きだして見な」
希「次回、『失楽のアーティスト』。押してダメならぶっ壊す! いいわ、覚悟しなさい!」

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