第4話 “疑惑”

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レイとフラットは新型インカムで互いに言葉を交わせるようになり、連携に一層磨きがかかる。
ある日、レイの上司であるオズワルド副長官が、ポケモンGメンを裏切ったグレイの抹殺と盗まれたハードディスクの回収を命令する……。



——1年前、3月9日


 ふたつの回転翼を持つ大型ヘリコプターが、闇夜の風を切って飛んでいた。
 目的地はカロス地方、辺境の町セキタイタウン。かつて古代兵器が長きにわたって眠り、フレア団の活動拠点が地下に隠されていた、曰くつきの町である。
 フレア団が古代兵器を呼び起こして以降、およそ2年もの間、町は政府によって完全に封鎖されていた。しかし古代兵器の解体が終わり、町が解放されたものの、それまで住んでいた住民たちが戻ってくることはなかった。ただ時折、フレア団の基地の跡や廃墟と化した町を探索しに訪れる旅人が、少なからずいたようである。

 だが、ここに訪れる者は気をつけなければならない。
 一度廃墟と化した町は、法が及ばない無法地帯となる。それは日陰を好む悪人たちの隠れた巣窟にうってつけであることを、心得なければならない。

 月が雲に隠れた真夜中、セキタイタウン郊外に広がる森の奥地にヘリコプターが着陸する。
 片耳にワイヤレスイヤホン——もとい新型インカムを装着したレイとフラットは、開いたハッチからおそるおそる外を伺う。森は不気味なほどに静かで、野生ポケモンの気配さえ感じ取れなかった。
 レイは中に振り返り、オズワルドに報告する。

「外は異常なし」

 そうか、とオズワルドは頷いた。そして改まった様子で続けた。

「今しがた潜入捜査官から報告が入った。グレイはセキタイタウンでフレア団の残党と取引を済ませたようだ」
「奴は今どこに?」
「我々が手を下すまでもなかった、仕事はフレア団の残党がかわりにやってくれたよ。取引の最中に価格交渉でトラブルが起きて……グレイは殺された」

 元・仲間の悲報を聞いても、レイは表情をまったく崩さなかった。
 悲しみは湧いてこない。怒りさえも。ただただ虚しく、ため息を吐いた。

(……大丈夫か?)

 フラットは外を警戒しながら、ちらちらとレイに視線をやった。
 一昨日にグレイの裏切りを知ってから丸一日ほど、レイは混乱していた。かつて恋人の命を奪った悪に、グレンが成り下がってしまったことへの激しい怒り。そして、長年の友人を失ってしまったことへの深い悲しみ。やり場のない感情が彼の心を乱していた。酒に頼り、ひたすら感情を吐き出す彼を、フラットは隣りで支え続けていた。
 だから心配だった。ようやくグレイを殺める覚悟を決めたレイに、あっさりとその悲報が伝わったとき、彼はどうなってしまうのか。
 心配をよそに、レイは一見穏やかな笑みを浮かべていた。

「ああ、大丈夫だ」

 それが虚勢であることは、フラットにはすぐに分かった。
 オズワルドはひとつ咳払いをして続けた。

「グレイは死んだが、問題のハードディスクがまだ残っている。中の研究データをフレア団に渡すわけにはいかない、なんとしてでも回収しろ」
「それができない場合は?」
「構わん、破壊しろ。敵に機密情報を与えないことが最優先事項だ」
「了解です」

 返しながら、レイは銃に弾倉を装填した。
 この銃は相手が鋼タイプ以外ならば、岩タイプのポケモンでも粉砕できる威力を持つ。今日この時ほど冷徹に撃てる日はないだろうと確信していた。

 先にフラットが外に出て、レイもそれに続こうとしたとき、オズワルドが不意に呼び止めた。

「待て、レイ。もうひとつある」
「もうひとつ?」

 尋ねると、オズワルドは声を潜めて言った。

「ハードディスクを回収、または破壊した後で……フラットを退場させろ」

 彼の言う「退場」の意味は、殺せということだ。
 レイは驚きもせず、眉ひとつ動かさずにオズワルドを冷たく見つめた。そして間を置いてから確認するように尋ねた。

「10年以上も一緒にやってきたパートナーを殺せと?」
「監視映像の記録を遡り、グレイに接した人間とポケモンを調査していて、新たな証拠が出た。3年前にフレア団がミアレシティを攻撃し、君が休養のために長期休暇を取り始めた頃、フラットが散歩に出かける機会が増えただろ?」
「俺は塞ぎ込んで引きこもり状態だった。フラットを外に出して自由に散歩させたのは俺です」
「その散歩で奴はフレア団の残党と出会った。以来、奴は散歩の度にフレア団と会っている。おそらくフレア団のポケモンスパイになったんだ」
「動機は?」
「奴は強さを追い求めているポケモンだ。ところがパートナーのお前は恋人を失って傷心、底が知れてしまった。さらなる成長のためにフレア団を選んだのだろう。パートナーなら気づくべきだったな」

 レイは言い返さず、少しだけ視線を伏せた。

「改めて調べ直す時間をくれませんか」
「ダメだ。確証が必要なら、自分で聞いてみるといい。それでもパートナーを信じるのなら、ボールに閉じ込めて拘束しろ。後のことはお前の責任だ」

 言い切られて、レイは口をつぐんだ。そして、外で待っているフラットに目を向けた。彼は「まだ行かないのか?」と言いたげにこちらを見つめ返していた。
 しばらく思いつめて、ようやくレイはハッチをくぐって外に出た。たった一言の返事を残して。

「了解」






 最初は恋人を亡くした。次に親友が裏切り、そして死んだ。今度は10年来のパートナーを殺せと命じられた。
 人生の中で、心から信頼できる相手と巡り会える機会はあまりない。だが、俺は幸運だった。フラットと旅をして、クロエと恋に落ちて、グレイと友情を誓い合った。彼らになら、何でも打ち明けることができたんだ。
 それが、今はもう……。

 森を先行するフラットの背中を見つめながら、レイは銃を握りしめる。
 まだだ。
 レイは自分に言い聞かせる。
 まだ撃つな、パートナーを撃つのは確信を持ってからだ。もしもフラットが裏切っているのなら、俺には分かる。少し揺さぶりをかければ、普段の奴との違いが浮き彫りになるはずだ。

 主の葛藤もつゆ知らず、フラットは茂みをかき分け、立ち止まった。

(ちょっと待て、何かが変だ)
「どうした?」
(町の方から匂いがする……血の匂いだ、それも大量の)
「グレイと奴のポケモンたちか?」
(それどころか、町中から漂っているぞ)

 レイはゴクリと唾を飲んで、言った。

「行って確かめよう」


 セキタイタウンには、そう言ったことも、見たことも後悔してしまうような、おぞましい光景が広がっていた。
 人間とポケモンの分け隔てなく道端に転がる、おびただしい死体の数々。腐った肉の臭いが鼻の奥を刺激して、思わずむせ返る。流れた血は乾ききっておらず、死体を避けて血だまりを踏めば、ヌチャッと嫌な音を立てて赤い糸を引いた。

「おそらく町に巣食っていた悪党どもだな……見たところ、死後そんなに経っていない」

 ぽつりと零しながら、レイは膝を折り、人間の死体の首筋に触れる。
 動脈の鼓動なし、間違いなく死んでいる。脇腹から心臓の辺りにかけて深い切り傷あり、これが致命傷なのだろう。さらに呟いた。

「どの死体にも同じような切り傷がある、しかも恐ろしく傷口が綺麗だ。やったのは同一のポケモンだろう。よほど切れ味が鋭い爪を持っているか……」
(または《神速》や《辻斬り》の使い手か。これだけ大勢を殺害できる手際の良さを見ると、敵は相当素早いポケモン。おそらく軍で訓練を受けたポケモンだ、厄介だぞ)

 フラットは両拳に炎を灯し、辺りを警戒しながら言った。

(危険だ、もう少し下がった方がいい)
「今さら俺の心配か? それより任務の事に集中しろ、ハードディスクを探すんだ」
(そう簡単にはいかない。言われた事だけに従うエージェントはプロじゃないって、いつもお前が言っていたじゃないか)
「……昔のことをよく覚えているな、その通りだ」

 レイがふっと微笑んだ、瞬間、背後から一陣の風が駆け抜けた。
 背中にできた深い切り傷から血が噴き出すのと、フラットとレイが敵の姿を視認したのは、ほぼ同時の事だった。
 バシャーモだ。左手にハードディスクを抱え、右手についた血をペロリと舐めとっていた。

「かッ!?」

 背中が熱い、痛い、何が起こった!?
 思わず全身から力が抜けて、レイは銃を落とし、地面に膝をついた。

 心臓が激しく脈打ち、耳鳴りにも似た音が頭の中でこだまする。背中からシャツを伝ってジワリと生暖かいものが広がっていく。押し寄せる不快な感覚と混乱する意識の中、レイの頭は回転していた。
 襲われた。フラットと話している最中に。どうしてフラットは事前にバシャーモの気配に気づかなかったんだ? どんな劣悪な環境下でも匂いを嗅ぎわけ、動く気配を察知する事ができるはずなのに。まさか、奴は本当に……?

 レイが目を見開いて地面を見つめている傍ら、バシャーモは二撃目を与えるべく地面を蹴って《加速》した。再び凶悪な爪《ブレイククロー》がレイに迫る、寸前、フラットが《炎のパンチ》のボディブローで割って入り、バシャーモの脇腹を的確に刺した。
 大して吹っ飛びはしなかったが、バシャーモをひるませる事ができた。

 続けざまにフラットはバシャーモに飛びかかった。
 バシャーモは特性《加速》もあって、動き出せば手に負えなくなるが、今は片手が荷物で塞がっている分だけハンデを負っている。動き出す前に短期決戦に臨めば、十分に勝機はあると読んだのだ。

 飛びかかってきたフラットに、バシャーモは片手で《ブレイククロー》を仕掛ける。しかしフラットは確実に技を捕捉し、同じく片手でバシャーモの手を掴んで止めた。
 今だ!
 フラットはもう片方の拳で、バシャーモのみぞおち目掛けて《炎のパンチ》を叩き込んだ。

 ように、思えた。
 命中寸前でバシャーモの膝がフラットの拳を蹴り上げるまでは。
 刹那、フラットは目を見開いた。バシャーモがハードディスクを手放し、フリーになった片手で《ブレイククロー》を……。

 ダァン!!

 鼓膜に刺さるような発砲音と共に、《ブレイククロー》を放とうとしたバシャーモの手が破裂した。レイの撃った銃弾が見事に命中したのだ。
 耳をつんざくバシャーモの悲鳴と同時に、フラットは弾かれた《炎のパンチ》を、その頭に振り下ろした。ぐしゃり。頭蓋の割れる音がして、バシャーモは地面に倒れた。

(危なかった……)

 フラットは胸を撫で下ろして呟いた。
 バシャーモに殺されかけたと同時に、危うくレイの弾が自分に当たるところでもあった。あれほど接近戦を繰り広げている状態で、敵に向かって撃つのは味方を死に至らしめる行為だ。フラットは不満げに振り返りながら言った。

(今のは一体どういうつもりなんだ? もう少しで俺の腕が吹き飛ぶ……とこ、ろ……)

 振り返った先で、フラットは言葉を失った。
 レイは、まだ銃を下ろしていなかった。
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