1章 2.春先の迷宮
しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「……」
「……」
「イズミ。喋る」
僕は。路頭に迷っていた。クチバシティにこんな地域があるとは思っていなかった。
ある日出勤したら、辞令で形だけの昇進が伝えられて、「ここの住所に行って、封筒と荷物を渡してこい」と新しい上司に命令された。たぶん、先日のポリゴン暴走事件で、僕より上の研究員たちが遠方へ飛ばされてしまったから尻拭いをさせれるのだろう。尻拭いが終わったら僕も何処かへ飛ばされるのだろう。そう思うと、足取りも自然と重くなる。
途中、何も持たずに行くのはどうかとと思い買った和菓子の袋が、重たい気持ちのせいで余計重たく感じる。でも、僕も一会社員。上司の命令には逆らえず……。とりあえず、今の仕事だけに集中する。未来を考えると、なんとも気が重くなるだけだ。
今歩くこの地域は、このクチバシティの丘の上にある旧居留地とも、近年開発が続く北部の新市街とも、南部の港湾部の商業区とも違う街。街の西部に広がる雑然とした旧市街は、クチバ開港と当時に流入してきた人々が勝手気ままに作り上げた街だ。そして、戦火で焼かれた後も生き残った人々が好き勝手復興した地域。おかげで、地図にもない道が入り組んでいて何度も道に迷ってしまう。
さらに、この地区はいろんな人種が住み着く。マフィア、博打打ち、流れ者、芸術家、隠棲者、探偵、情報屋、貧乏学生、長屋住まいの会社員etc、掃き溜めのような場所であるが、それだけに活気がある地区だ。道行く人の目つきは様々だが、何かやる気がみなぎっている。死んだ魚のような眼をしているのは僕だけだろう。
僕が訪ねるのは、情報屋。屋号を「迷宮老婆」と名乗る情報屋らしい。
それ以外はよくわからない。
とりあえずは、右に行くのか前に進むのか、戻ったほうがいいのか。悩みながら僕は情報屋の住む雑居ビルを目指す。
つづく