十一

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 月明かりが照らす夜道を、少女は歩いていた。てっぺんが花びらのように広がった赤いニット帽を被り、花柄の半袖シャツの裾を結んで留め、緑のショートパンツを着けていた。左肩から下げた肩掛け鞄には、彼女の手持ちのポケモンと、傷薬やモンスターボールなどの道具がたくさん詰まっていた。メレメレ島の大試練を無事に終えた彼女は、手持ちのポケモンたちを回復させるためにポケモンセンターへ向かっていた。
 入り口の扉をくぐった時、いつもと違う光景に彼女は一瞬目を疑った。受付に向かって左側。いつもなら配達員の男の人が立っている場所に、この日は別の人間――彼女と同じくらいの年齢の少年が立っていた。肩まで伸びる黒髪。カントー出身の彼女と同じ黒い瞳。青と白のボーダーシャツに、膝のあたりに赤い絞りのあるグレーの短パンを着けていた。髪と同じ黒地に白いモンスターボール柄の入った帽子を被り、背中には肩掛け紐が水色の黒いリュックサックを背負っていた。
 ポケモンセンターに入ってきた彼女を見るなり、その少年は彼女めがけてまっしぐらに歩いてきた。彼女の目の前まで来た彼は、おもむろにリュックサックの中から小さな紙袋を取り出した。
「君に、これを」
 彼女が受け取ろうかどうしようか迷っているうちに、少年は紙袋を無理矢理彼女の腕に押し付けた。恐る恐る紙袋を開けると、中には何に使うのかよく分からないものばかりが入っていた。見た目が綺麗な羽が十枚。かぐわしい香りのキノコが一つ。キラキラした赤い砂が詰まった、小さな布袋が三つ。砂と同じく赤く輝く宝石の欠片。見るからに高く売れそうな金の玉。
そしてもう二つ。ごつごつした灰色の石ころと、ゲッコウガと呼ばれるポケモンが入ったモンスターボール。
「……どうしてこれを?」
突然のことに困惑するして彼女が訪ねると、彼は真っ直ぐに彼女の目を見て言った。
「これが、ぼくの役割だから」
 それほど大きな声ではなかったが、そのほんの一言に、随分と力がこもっているように少女は感じた。少年は憑き物が取れたようなすっきりとした笑顔で軽く手を振って、彼女の隣を通り過ぎていった。置いてけぼりを食らった少女はふと思い返したように、
「あ……待って!」
と叫んで少年を追った。少年は既に、ポケモンセンターの出入り口をくぐった後だった。
彼女がポケモンセンターの外に出た時には、少年の姿はもうどこにもなかった。辺りを見回してみても、近くに身を潜められるような場所はない。近くのを訪ねても、少女以外には誰も入ってきていないという。少年の姿は、文字通り幻のように消えてなくなっていた。
あの少年が何を思ってこの紙袋を渡したのか、正直なところよく分からなかった。それが“役割”なのだとは言っていたけれど、その心の内まで読み取ることはできなかった。
「また、どこかで会えるといいな」
 ぽつりと溢した言葉は誰の耳にも届くことなく消えていった。思い返した彼女の頬が、少しだけ顔が赤くなった。彼女の髪を、頬を撫でて通り過ぎていく風が、熱を奪っていく。
「あれ……誰だっけ……」
 頬の熱がすっかり冷めた頃、彼女は首を傾げた。ほんの数分前に誰かに出会ったはずなのだが、それがどんな人だったのかが彼女の記憶の引き出しからぽっかりと抜け落ちていた。だが、不思議と不安はなかった。
「君の名前は知らない。顔もはっきりと覚えてない。でも、きっとまたどこかで会えるといいな……ね、メテノ」
 期待のこもった笑顔で、真新しいモンスターボールに呼び掛ける。つい最近仲間になったばかりのそのポケモンは、本来メレメレ島には生息しないはずの、宇宙から降ってきたポケモンだった。

 ふと見上げた空に、一筋の白い光が流れていった。
 青白く輝くその光は、七色の光の衣を纏って、緩やかな弧を描きながら、ゆっくりと、ゆっくりと、空を翔けていった。
 まるで夢を見ているかのようなその眺めの中で、その白い光は淡い残像だけを残して、月明かりの照らす濃紺の星空のどこかに、消えた。
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