第7話 髪が短くなったワケ。伸ばさなくなったワケ。

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 はじめての旅の不安、はじめてのポケモンセンターでの宿泊の楽しさ。
 そんないっぱいいっぱいのマイがその日見た夢はとても懐かしいものだった――



「じゃあ昼飯食ったらまた公園で会おうな」
「はい」

 この夢はまだゴールドと出会って一年目のある夏のできごと。
 当時はマイは八歳、ゴールドは十歳とても暑い夏だった。まだ五月だというのに。
 その日、マイは珍しくウツギ博士の研究が昼前に終わるということで久しぶりに親子水入らずで昼食をとることになっていた。
 なので普段は、ゴールドとその母さんの三人で昼食をとっているのだがその日は一緒に食事をしなかった。
 それで、まさかあんな事件が起きるなんて。

「あ! そうだ、なあマイ」
「なんですか?」
「髪、結ばねえの? 暑苦しいぜ?」

 今でこそ肩につく程度の髪の長さだが、この時のマイは髪が腰まで伸びていてとても長かった。
 普通、それだけ長いのだから髪を縛って少しでも首の辺りの風通しをよくしたいとか考えるもんだとゴールドは思ってそう言ってきたのだ。

「うーん……考えておきます」
「あっそ! まあいいけどな。じゃ、また後でな!」
「はいっ」

 互いの家に帰り、それぞれの昼食をとる。
 ウツギが用意していた昼食は、気温が暑くなったということで食べやすいそうめんだった。あっという間に平らげて早めに待ち合い場所である公園に向かう。
 この公園はワカバタウンの中心から離れていて近くには林の草原があり、見渡しはあまりよくない。そのせいか人があまり来ないのでマイは安心してこの場で一人でも待つことができた。

(早く来すぎちゃったかな。ゴールドさんが来るまであと十五分かあ)

 はあ、ジリジリと太陽に照らされるコンクリートに身体の体温がどんどん上昇していくのがわかり、思わず何回目かのため息がでてしまう。
 下を見ているとひとつの影が現れた。それは――

「ゴールドさ……」

 それはポケモンだった。
 黄色い人の顔のようなツボをしていて、身体がとてもとても細く、その枝のような身体から葉っぱが二本、腕のように生えているポケモン。

(たしか、マダツボミだったかな)

 ピンポン! その通り! まさにフラワーポケモン、マダツボミ。

(なんだか元気がなさそうな気がする)

 つぶらな瞳がウルウルと泣きそうでいて、眉があるとしたらハチの字になっているであろうマダツボミ。
 マイがマダツボミに手を伸ばし、だいじょうぶ? と声を掛けた。その瞬間。

「マダツボミ! 葉っぱカッター!」
「きゃっ!?」

 どこからともなく響くトレーナーの指示声。反射的にマダツボミはその腕のような葉っぱを生かして、身体を半回転させ、その戻る勢いで葉っぱを刃物のように鋭いものに変えてみせる。

「え……」

 マイも本能で攻撃される! とその場にしゃがみこんだのだが……

「髪が……」

 しゃがみこんだ時に長い髪が宙に浮く。その浮いた髪を思い切りマダツボミが切ってしまったのだ。落ちた髪をマダツボミがツボのような口で回収している。

「よし! 戻れマダツボミ!」
「…………」

 短くなった髪を両手で頭を包み込むように触るマイと、マダツボミをモンスターボール内に収める少年。

「どう……して、ですか?」
「どうしたもこうしたもないね。お前が俺達からゴールドをとったのがいけないんだよ」
「ゴールドさんを? とった? わたしが?」

 マイだってわかっている。わかってはいたのだ。ゴールドは人当たりもよく、他人のためなら危険があったとしてもかまわないと守ってくれる。だからワカバタウンのみんなから誰からも好かれていたのだ。
 そんなみんなの人気者でいて、かつ二年前まではいつも遊んでいたような友達を、突然現れた女の子に独占されたどうだろうか。醜い嫉妬だって起こる。

「……っ」

 少年が立ち去った数分後、ゴールドがやってきた。遠目からはボーっとしているように見えたマイが近くまで行くと頬にポロポロと涙をこぼしていたのが分かった。
 何より長い髪がなく、今まで隠れていた背中が見えている、それにはかなり驚いた。

「どうしたんだよ、その髪!?」
「こっ転んだんです」
「転んだだけじゃそうはならねえだろ!? 誰にやられた!?」

 ほんとに転んだんです、と泣きながらマイは言う。こうなったマイは本当の理由を言わない。きっと泣き止んだとしても転んだ、と言うだろう。
 本当はワカバタウンの中心部にあるデパートに行きたかったのだが行けるわけがない。
 ひとまずゴールドの家に行き、母さんに相談することになった。

「まあまあ。マイちゃん。ロングヘアーも似あってはいたけどショートも似合うわね~! ただ、うん~そうね、そのギザギザの毛先はどうかしら?」
「ちげーんだよ! 誰かに切られたんだ!」
「転んだだけです」
「うん。わかった、わかったわ! マイちゃん私に任せなさい!」

 じゃ、ゴールドは部屋の外で待ってなさい! と背中を押され部屋から追い出されたゴールドは扉に耳をあて話を聞く。

「転んじゃったのね~。それは痛かったわね。でも大丈夫よ。私が可愛く変身させてあげる!」
「えっ? えっ?」

 転んだ、ということを真に受けたわけではなく子供の扱いを知っている母であるからこそ、マイのいうことを繰り返していう。そうすることで受け入れられている、という安心感が生まれる。
 引き出しから髪切りバサミを取り出すと、マイを椅子に座らせその椅子の周りに新聞紙を敷く。
 チョキチョキとハサミがいいリズムを刻む。シャギとかレイヤーとか入れちゃっていい? なんて聞き、答える前にシャギを作り髪をふんわりと空気が入るように空間を作る。

「はい! これで完璧ね。これ鏡ね。ど~う?」
「わあっ! すごいっ! か、かわいいです!」
「なんだなんだァ? ってオオ!? 髪が整ってる!」

 はじめてのショートヘアーにマイもゴールドも驚いている。あんなに乱雑に切られた髪が、今では美容院に行ったかのように整えられている。
 これで出掛けられるな! とゴールドは笑顔で言う。もちろんマイも笑顔で、行けます! 行きたいですっと珍しく高いテンションで応えた。
 家から出るとゴールドが疑問を問いかけた。

「なあ、ショートヘアー似合うのになんで今まで髪切らなかったんだ?」
「安心したんです。髪で……髪が自分を守ってくれるみたいで」
「そうか。じゃ、伸びるまでしばらく辛抱だな」
「ううんっもうだいじょうぶです。このままショートにしたいです」

 今までずっの伸ばしていたのに急な心変わりに困惑するゴールドにマイは小さく聞こえないように言った。

「だって、ゴールドさんがいれば安心するから」
「そうか~……はっ!?」

◆◆◆

「――! ……ろ! 起きろ! マイ!」
「わあ!? お、おはようゴールド」
「おはよう、ずいぶん幸せそうな顔で寝てたけど、なんかいい夢でも見たのか?」

 旅をはじめて二日目。朝はゴールドに起こされたマイ。髪型がいつもと違うゴールドにそんなこと言われると、夢をまた思い出してしまう。

「うん! すっごいいい夢!」
「それはよかったなー。さ、歯磨きしたら朝飯食いに行こうぜ」

 はーい、と布団から出てゴールドが洗面所に向かう背中を見てマイは思う。

(いつかゴールドのことを守れるくらい強くなったら) 
「なにボーとしてんだ? 早く来いよ」
「わっわかってるよ~!」

 それはまだまだ先の話、なのだけれど――
マイがよく平仮名で「だいじょうぶ」と言っているのは幼い、ということを思ってほしいからなので間違っているわけではないです…!
言わなきゃわからないですけどね汗

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