飛べない鳥は走るしかない。
倉庫の切れ目。両足は地へ。行く手には森が広がっていた。追っ手はそこまで迫っていた。
「ぢででででーーーっ!」
加速。爆速。
「ケアェーっ!」
阻まれた。アーケンに。否アーケンの「分身」に。
俊敏なステップに合わせ増える鳥。鳥。鳥。5回分の〈かげぶんしん〉へ
「ちっ!? ぅーてっ!」
闇雲に撃つ電気網。
散った。羽が。分身が。稲妻の隙に赤、青、黄が乱れ舞うと
「「「「「ケアーっ!!!!!」」」」」
5匹分の〈アクロバット〉。宙へ転がる塊を
受け止める手は、深々と。
「向こう見ずな所は主譲りですか?」
電気ねずみは胸に抱かれる。青白い頬に笑みが仮止めされた。
「影を」
かりそめのそれは瞬く間に剥がれ落ち。瞳が射す先――5匹のアーケンへ、投げかけられる
「バルバールバールバッ!」
振動に合わせ生まれる星屑。だだっ広い青空を流れ、ひとつ。またひとつ。影とぶつかり霧散する。4つの分身は姿を消し。
「ケケケケアっ!?」
残った鳥は五角の光をもろに喰らった。
「マルマイン、もう一度〈スピードスター〉。あなたは〈フラッシュ〉で動きを止めてください」
賞金稼ぎは昂ぶらない。電気ねずみを宙へ返し、指示する様はあまりにも、淡々と。
「ちててーっ!」
「バルルーバッ!」
閃を振り撒く。流星を架ける。畳み掛ける攻撃の後
「〈エレキネット〉」
痛手を負ったアーケンに、とどめが刺される――
筈だった。
その光は
その岩は
その攻撃は避けられる。
そして
ばつんっ
その前歯は
「相性が有利だからって油断したね?」
撤退。大立ち回りを決めたミルホッグが、アバゴーラから一旦離れた。
「そんなんじゃ100年経っても倒せやしないよ?」
このあたしをね。相棒の隣に立つ主――アロエの顔には余裕の笑み。
賞金稼ぎは焦らない。によによ上がる口角は、良からぬことを企む者のそれ。おかしい。咄嗟浮かんだ違和感を拭う間もなく
「油断してんのはあんただよ、館長!」
その頭蓋は
背後から仕掛けられた猛攻に成す術など無い。頭突きは狩った。丸腰のミルホッグを。やすやすと。
「グゲーッ!」
重々しい囀りは屋根瓦を震わせ、空へ。倉庫と倉庫の間に潜んでいたラムパルドのそれは勝利の雄叫びか。それとも空虚な咆哮か。
「なんてこったい……」
相棒は起き上がらない。
「……いいねぇいいねぇ!! そういう卑怯なやり方、きらいじゃないよ!」
振り向く翡翠は鮮やかだ。輝きはあの時――迷惑な彼を行かせた時から変わらない。
途端への字に曲がる男達の口角。おかしい。咄嗟浮かんだ違和感を拭う間もなく
その翼は
その尾は
「遠慮せずボコボコにできるからね!」
空から。地から。降り立つウォーグル。飛び出すノコッチ。両翼がラムパルド、ドリルの尻尾がアバゴーラを仕留め。
化石はもはや目覚めない。重々しい二つの声は屋根瓦を震わせ、街へ。雲間と地中に潜んでいた2匹の、それは勝利の雄叫びか。それとも無意味な咆哮か。
相棒達の隣に立つ、アロエの顔には余裕の笑み。隕石を破壊させないため――大義こそあれどその面持ちは、
「さあ、次は誰が相手だい!?」
空が反転、した。
反転したのは彼らだった。縦横無尽に暴れる地面に、跳躍する土くれに、巻き上ぐ砂塵に、そのあまりの衝撃に、
どさり。
ごろり。
効果抜群のわざに呆気なく倒れる二匹。
「――〈じしん〉ですか」
咆哮は呟きまでも吹き飛ばす。止むことしらぬ風と砂に目を細め。
「「「「「「ケケアケアーっ!!!!!!」」」」」」
金眼は見た。新たな分身を作り出し自らに迫る、6羽の鳥を。
風。
辻風。
天つ風。
「ハハコモリ、〈リーフブレード〉だよぉ」
最後に吹いた、刀風。
#7
見晴るかす海色に映った点は黒、茶、緑。
そのひとつ――黒が振り返り、彼女にゆるり微笑みかけた。
「遅かったですね」
「ヒロインは遅れてやって来る、でしょ?」
悪気はまったくないらしい。唇の描く流線は、目の前の彼と同じ笑み。
『それを言うならヒーローなのでは』。『そもそもヒロインは待つ側なのでは』。溢れんばかりのツッコミを、アクロマはなけなしの応用力で抑え込む。
「なぜ分かったのです?このポケモンが隕石泥棒だと」
代わり吐き出したのは問い。指は目を回す茶――アーケンを指し。少女の脳裏に甦ったのは
「飛べない鳥は走るしかない……って」
森で聞いた、お告げ。
「ね、ボクの言う通りだったでしょ?」
がざざごぞぞっ
周囲の木々をざわめかせ、若葉を巻き添えに繭が落ちる。
汚れのない白を食い破る十本の指。 やがて顔を出したのは、くせっ毛の、緑の瞳の、
「あっ、天使」
「やぁ、お嬢さん」
這い出した青年は口許だけを器用に持たげた。立ちついでにマントを剥げば、白糸まみれのそれは風に流れる。
「あなたが噂のエンジェルですか。そして彼は――」
「そう、ボクのポケモンだよぉ」
ねばついた手が緑――ハハコモリを愛しげに撫で。とぅーん。とぅーん。摩訶不思議なその音は、左レンズの起動を伝える。
「なるほど、〈つるぎのまい〉に〈こころのめ〉ですか……アーケンがこてんぱんにやられる訳です」
眼鏡の向こう、2枚のレンズには異なる景色が広がっていた。右。変わらぬ青空。左。ポップアップに書き込まれるこそだてポケモンのステータス。
んぬん!
「きみのスウィートハートは良い目をしてるねぇ、お嬢さん!」
嘆声をあげ、息巻く天使は興奮気味だ。
『それを言うなら「良いメガネ」なのでは』。『そもそもそういう関係ではないのだが』。溢れんばかりのツッコミを、メイとアクロマはなけなしの応用力で抑え込む。
「それだけ鋭かったら分かってるんじゃない? 隕石泥棒の真犯人」
思惑など気にも留めない。歌うような声が続けた。意味深長な言葉の羅列に、賞金稼ぎの首肯は軽く。
「えぇ……この事件の首謀者は」
しなやかな指が、アーケンの背から隕石を頂戴し。
「あなたですね、キダチさん?」
彼は森を踏み締め現れた。
「誰です、これ?」
「シッポウ博物館副館長、そして700万の賞金首です」
訝しむ少女相手に、薄い唇は事実だけを、あっさりと。
「賞金首って……副館長がですか!?」
「その通りですよ、お嬢さん」
柔らかな笑みだ。眼鏡の奥のそれは少女へ向けられる。そして、長身痩躯にも。
「注目を浴び客を集め、博物館の財政を立て直す。動機は粗方こんなところでしょう。ポケモンに石を盗ませれば自らのアリバイも確保できます。どうですか、副館長?」
険もなければ温もりもない。無機質な問いに、賞金首はゆっくり頷いた。自らの行いを改めて確かめるように。
「ほとぼりが冷めたらそっと返す予定でした。語り草は移ろうものですから」
立ち尽くす。呆然と。
「嘘……だろ?」
独り言は力なく洩れる。『隕石頂戴します』――予告状の文言が体中をぐるぐる。ずるずる。
「あんた……なんてことしたんだいっ!」
戦いを終えやって来たアロエの、当然の叱責には触れず。二人の賞金稼ぎをちらり見遣ると
「私は生きていくために妻が必要です。妻は生きていくために骨が必要です。この計画は、互いの必要をどちらも満たせる、ただひとつの手段だったんです」
またも柔くキダチは笑った。
むぅん
森の瞳がわずか翳り。
「ちょっぴり違うんじゃないかなぁ……ね、姐さん?」
やんわり尖らせた口の、その先は巨躯を向いて。
「……あぁ。全然違うね」
エンジェルの指摘に頷き、妻は夫を見つめる。まっすぐ。
「手段なんか幾らでもあった。眠る骨と同じ数くらいね。でもキダチ、あんたは一人しかいないんだ」
濡れた翡翠を行き交う感情は単純なものでない。掻き上げたドレッドヘアの下――または浅黒い肌の上
「あたしに必要なのは、あんただよ」
祈るように為された女の告白に、男は
「僕たち、少し遅かったみたいだね。アロエ」
優しく笑んだ。
だけだった。
#8
淡やかな、指で押せば凹みそうな空を少女は指す。青年は眺める。森の中腹、蒼天に一番近い樹上にて。
「――なんか、めんどくさいですね」
「そんなもんだよぉ」
言葉が落ちる。虚しく。悲しく。繁茂した葉をすり抜け落ちる。
伸ばした指をそのまま右へ。
「死にかけること、でしょ? あなたに必要なのは」
青空を撫でた少女は、悪戯っぽく微笑んだ。
軽口をしれっと流し今度は彼が笑う番。
「きみは今『必要なもの』を必要としてるのかな?」
笑みが消える。
瞳に無数の青が滲む。
雑じり気のない青。深い緑を湛えた青。限りなく白に近い、午前五時の海の青。
閉じ込めるように瞼を伏せる。分からない。自分のことなんて、誰も。自分自身も。
「……大丈夫。見つかるよ。きっと、すぐそこで」
まっ暗な青に、溶ける言葉は温かかった。
「ところで」
目を開く。そこにはいつもの彼女。
「何で知ってたんです? 飛べない鳥は走るしかないって」
「そりゃあ」
至極真面目に問えば、
「ボクが天使で妖精さんだからさぁ」
笑みと答えはへにゃはにゃで。
「……なぜ私に教えてくれたんです? 賞金稼ぎなんて、他にもたくさんいたのに」
「きみがボクのミューズになってくれたからさぁ」
めげずに続ける。のんきな返事に、少女は「ふぅん……」とぼんやり頷き。
「…………ミューズって、あんたっ」
「じゃあ」
言葉尻を捉えるには一足遅かった。
「霊感を授けられたボクとはここでお別れでーす」
飛び出したハハコモリの、〈くさぶえ〉が少女を誘い。
(後日、芸術家のアトリエにひとりの女が加わった。おさげをゆあり漂わせ、
久々となる彼の新作はイッシュ内外で絶賛され。やがて『
「考えただけです。誰が1番得をするか、と」
大理石の白壁と緑の古びた屋根瓦が威圧する博物館。その前で、アクロマは口を開いた。
「ただでさえ地味な隕石。真の価値を知る人間は多くいません。学術的興味を抱く者なら、正攻法で取引を持ちかけるでしょう。
差出人不明の予告状にも違和感を覚えました。本当に石が欲しいのであれば、そんな物などばら撒かないはず」
受け止める瞳は翡翠。彼女が尋ねた――いつ気づいたんだい? うちの旦那だって。注がれた疑問に、流れる解は滔々と。
「ここまで鑑みた時、ふと思いついたのです。ひょっとして茶番なのでは……と」
薄い唇は自ら口説を次ぎ。それは「館」の名がつく施設の現況――減少する来館者、かさむ施設費に文化財管理費、軒並み傾く経営状態そして破産――を語った。その光景に、シッポウ博物館館長も心当たりがない訳ではない。
「ショー紛いの派手な宣伝。延々と入場料を払わされる賞金稼ぎ……すべて辻褄が合いました。そして、見えてきたのがあなた方2人だったのです。『隕石泥棒は、博物館財政建て直しのための自作自演』を仮説とした場合」
「確かにあたしらが一番儲かるね。その話だと」
冗談めかしてアロエは笑う。研ぎ澄まされた金に、驚く様も表へ出さず。
「仮定さえ組み立てれば、あとは実験と観察を繰り返すのみです。昨日行ったささやかな実験は、副館長が
驚嘆。それは『ガラスを被せた方がいいですよ』という影の忠告に対する、館長の態度。あの瞬間、隣で強張る柔らかな笑みをアクロマは見逃さなかった。
「最後までガラスケースを被せなかったのは、手持ちのアーケンに容易く盗ませるためだったんだね」
最後の問いに彼は頷き。巨躯はその浅黒い手を腰に当てる。
「……ったく。一番無礼なのは旦那だったってことかい」
ため息とサイレンが、絡まりながら消えてゆく。
『各都市、団体、個人も懸けることが可能』である賞金。当然取り下げの権利も行使できたが、彼女は警察へ電話をかけた。
夫は振り向かなかった。両隣を警官に挟まれ。二人の前を横切る顔は、最後まで穏やかで。
ようやく日常を取り戻した煉瓦の道。倉庫の群れ。街を包む光は寂しい。一回り小さく見える館長の背中さえ、雲はぺろり飲み込みそうで。
「『生きてれば良くないこともあるけど、悪くないことだってある』」
耳に届いたのは、彼の、
「でしょう?」
振り向けば、得意気な顔とぶつかった。
悄気面なんて束の間だ。強くしなやかな女の、晴々とした笑みを飾る
「――そうさ。そのうち、きっとね」
雲間から射す光。
やがて全てが終わる。懐から取り出された札束。
「さ、持ってきな」
痛い損失を前に、すらりとした指が抜き取る2、3枚。
「あんた……何して」
見開かれる翡翠を前に
「入場料です。それと、わたくしにも必要なものがありまして」
ゆあり綻ぶ口許は、たったひとつの言葉を紡いだ。
「洗濯機ですよ」
――I'm Confessin end――
今回もバッカルー節が炸裂ですね~!
ターゲットは招待不明の大泥棒、ということで、ついにポケストカーニバルに現れた某怪盗さんが出てくるのかと思い込んでいました。途中までは心の中で「いやーっ! ヒルダ様ーっ!」なんて叫びながら読んでいたのですが、まさか自作自演とは……。これまた見事に裏切られましたよ。くやしい!! ちなみに博物館大騒動と言われて、ポケスペBWのデスカーンと竜骨の話を思い出しました。
それにしてもセリフや小ネタのチョイスがお上手過ぎて毎回ニタニタしてしまいます(^^)
以下、お気に入りのシーンを。
>かわいく言ってアンポンタン
これまた懐かしいネタを~! 個人的にこのセリフ大好きなんですよ。
>ゆあり綻ぶ口許は、たったひとつの言葉を紡いだ。
「洗濯機ですよ」
もうこれダメ! そんなカッコよく言われたらどんな女子だって思わず洗濯機を買ってあげたくなっちゃいますよ。
賞金稼ぎのアクロマさんは人間らしくてかわいいですね。小江戸さんのお陰でどんどん彼のことが好きになってきました。
そんでもって、トイくん&ボンちゃんのフェアリーズの活躍にも注目ですね。私はフェアリータイプが大好きなので、このメンバーは嬉しいです。
それではこの辺で。
これからも、疲れない程度にゆっくり気ままに創作を楽しんでくださいね。次なる彼らの活躍を期待しています(^^)d