eye-catching #3

※作品によって表示に時間がかかります
できれば夜に読んでください。

 真っ黒な眠りは新しく生き始めてからずっとで。「夢が人をいきいきとさせる」なんて偉そうに誰かは言うけど、夢なんか無くたって生きてけることを知った。なんとなく。
 それはきっと年頃の女の子が、まだ知らなくても良かったこと。とはいえ自分の年齢(とし)なんて分かんないし、まして生まれも育ちも不明だし、言ってしまえばあの日あの時あの場所で呼吸をしてたのが「私」という人間の始まりなのだ。どうでもいいけど今、目覚めた。ちょっと吐きそうなくらいの、渇き。


とん  とん  とん  とん


 「300」と言うようにしてる。年を聞かれたら。くらりキそうな笑みと一緒に。見た目は子供。中身も子供。ライモンのネオンみたいにきらきら光る嘘だけが飾る。惑わす。虜にしちゃう。謎の女を演じたって、別にバチは当たらないでしょ? それになぜか300という途方もない数字は、唇からこぼすたび、私の胸にしっくりと落ちた。今、吐きそうな渇きを覚えるこの胸に。悪くない。ベッドを抜ける。


とん  とん  とん  とん


 物置――を改装した私の寝室――を(くぐ)れば廊下は薄明かり。誰か起きてる。と言ったって、私以外に起きてる人間はひとりしかいない。きっとまた研究室(ラボ)にこもってマッドな実験でもしてるのだ。それか外。時々ふらり、幽霊みたいに船を出て、港でぼんやり喫ってるって、知っていた。言わないけど。

とん  とん  とん  とん

 フットライトの影に化けて夜はこっそり触れてくる。すれ違うコイルに挨拶し目指すはキッチン。「キッチン」なんて仰々しい名を冠するもその役目を果たす日はせいぜい年に1度か2度で、使途はだいたい実験の舞台。それかココアの下ごしらえ。廊下ではトイがひっくり返って眠っていた。微笑み、呟く。“まぬけづら”。

とん  とん  とん  とん

 と。足音と交互に響くこれは水、きっと。蛇口は強めにひねること。いつか交わした約束(きまりごと)をうっかり破ってしまったのは、彼か。私か。どうでもいい。どうせひねる。渇いている。猛烈に、渇いている。

とん  とん  とん  とん

 とん。

 先客が、いる。







 彼は立っていた。
 シンクに手をかけて。
 ‎電気も点けず。私にも気づかず。
 水の落ち続ける蛇口を、ひねろうともせず、見つめ。


とん  とん  とん  とん


 そこだけ一滴、
 ‎夜を多く垂らしたみたいで。


とん  とん  とん  とん


 らしからぬ代物ばかりが所狭しと肩を並べる、雑然としたキッチンの真中(まなか)
 静かだった。ビーカーも。フラスコも。メスシリンダーも。彼も。私も。二人を包む闇さえも。


とん  とん  とん  とん


 時間はどれくらい、二人を置き去りにしたのだろう。






 「水が好きなんです」

 だから驚いた。
 彼が口を開いた時は。

 「どうして?」
 少しだけ破れた静けさ。窒息しそうな人が空気を貪るように、それでも問いはひとつだけ。
 振り向いた。やっと。遠くフットライトの灯さえ吸い吐き出す金の瞳を、なぜかひさしぶりに見た気がして。
 「落ち着くから、でしょうか」
 「だから海の上に住んでるんですか?」
 深呼吸。否、肺を満たすはそれとも夜か。
 「そうかもしれません」
 彼は笑む。そして、沈黙。またも夜は深海のように静まって、ゆるり口角のもたぐ音まで聞こえてしまいそうなのだ。


とん  とん  とん  とん


 時間はどれくらい、二人を置き去りにしたのだろう。





 だから動かなかった。
 動けなかった。
 「そういえば」
  (おも)に笑みを貼りつけた夜の
 「あなたの瞳は、海の色をしていますね」
 突然の所作に。





 いつのまにか私の体はひょろっちい夜とシンクの間。すらり伸びた右手が爪を、左の指が瞼を撫でる。
 近い。今までになく、近い。多分少女漫画なら、甘いくちづけの予感に目を瞑るシーン。だけどしなかった。できなかった。いま目を閉じるなんて、そんな、


 「見せてください」


 救いを乞うように、囁かれたら。



 すらりとした彼の指は顔と同じくらい青白く、特段夜に埋もれた今は穏やかな死人みたいで、それでも熱は(かよ)っていた。不自然なくらい通っていた。
 一回。二回。数えることさえ飽きるほど執拗に指はなぞる。瞼。見つめる金はあまりにまっすぐで、痛くて、体のどこかに穴が空くんじゃないかって、でもここまで来たら我慢比べ。もういい。ままよ。好きなだけやれ。
 言われなくてもやっている。行き来し。見つめ。規則的な動作を繰り返す。呼吸さえも、正しく。
 ‎そしてそれがあまりにも丁寧で、硝子細工でも愛でるみたいで、うん。なんだかおかしくなりそう。ここはどこ? 夜。今は? 刹那と永遠をぐちゃぐちゃにしたキッチン。私のなかの海を求める、この男は?


 戦慄く瞳。


 震えていた。
 振り向き、ゆるり笑んだ時から。
 ‎もちろん彼は気づかない。きっと気づいたこともない。「見てると不安になる眼」とは度々言われたらしい。そうだろう。ふたつの金は往々にして鏡のように映し出す。冷徹を。興奮を。退屈を。不満を。混乱を。


 いま。
 ‎底知れぬ夜の、感情を。

 


 「メイ、さ」



 (私の指が彼の薄い瞼に触れていると、気がついたのはしばらく後で)



 ‎落ち着くから。
 遠い昔――或いは×秒くらい前――‎あっさり言ってのけられた言葉。
 その奥に何を抱えているのだろう。
 ‎どんな“夢”を背負っているのだろう。





 時間はどれくらい、二人を置き去りにしたのだろう。

















 「落ち着きましたか?」
 私達は急速に浮上する。
 「ちっとも」
 水底はもう見えない。
 「人の時間奪っといてそれ?」
 瞼から。爪から。体はだんだん離れていく。心はそもそもくっついちゃいない。
 「――ですが」
 ‎見上げた。気づいた。口許だけの綺麗な破顔はいつしか形を変えている。
 ‎「おかげでもう一度眠れそうです」
 不器用な、頬笑に


 ‎“まぬけづら”

 ‎
 ‎微笑み、呟く。飛んでくるはずだった“ありがとうございます”より早く。
 ‎おかげで貴重な謝辞はおじゃん。代わり流れてくるのは「その言い草はないでしょう」やら「少なくとも髪型には自信あります」やら、ちんたらした恨み節。かまわない。それでいい。礼なんか聞きたくない。
 「――で。あなた、何をしに来たのです?」
 恨み節の‎フィナーレを飾る素朴な疑問。彼に問われ、こちらもふと思い出す。シンクの方へ振り返るも、無音。もういない。
 ‎「忘れました」
 ‎とん
 ‎「変な人ですね」
 ‎とん
 ‎「あなたにだけは言われたくないです」
 ‎とん


 ‎穴なんて塞がらないし、渇きだって治まらない。救う気なんてちっともないし、あっても救える気がしない。
 かわし。くぐり。目を背け。そうやって生きてきた。私も。そしてたぶん、彼も。時々回ってくるツケには、今夜みたいに立ち竦んで。どこまで仲良しなんだろう。ほんと。ふたりとも、生きるのがへたくそだ。


 ‎
 まぁ。それでも。
 ‎へたくそでいいから、生きて。
 ‎不器用でいいから、笑んで。
 ‎



 (こんな夜も悪くないって、私だけが思ってればいい。)










サブタイ:眠れぬ眼
本年もよろしくお願いいたします。
2018.1.2 小江戸
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感想

お名前:北埜とら さん
尊い……(語彙力の低下
美しかった……底知れぬ二人の関係性よ。この人たちはお互いのことをどこまで分かっててどこまで分かってない(と自分で思ってる)んだかちっとも分かりませんね、キャラ本人も関係性もここまで掴めないと、本当に外側から完成された箱庭を覗かせてもらっているような気持ちになります。私が下手に触れられる世界じゃない……次話もお待ちしております。
書いた日:2018年01月02日
作者返信
とらさん
シェイミシェイミ……(語彙力の低下
実をいうとこいつらが互いをどこまで分かっててどこまで分かってない(と自分で思ってる)のか、最近は作者さえ把握しかねておりまして。どちらも多くを語らないのがまた面倒ですね……。
とはいえ内に空白を抱える少女、奥底に混沌を揺蕩わせる男、それを互いのなかに垣間見るだけで救い合おうとも埋め合おうともしない関係※2018.1.2時点 ってことだけ伝わればもう万々歳です。文章共々ますます取っつきにくくなってきておりますが、これからも小江戸と一緒に難儀な二人を見守ってやってくだせえ……
改めまして、感想ありがとうございました!  小江戸
書いた日:2018年01月03日
お名前:ioncrystal  さん
ionです。ぶっちゃけ、Buckarooは焦点となるふたりの性格も表しているのか、あるいは単にそれが影響しているだけかしていないのか、
日常パートが続く間はなかなか連載全体の核心や動きに触れさせてくれないな、という趣があり、(Allmost Blueは除く)
そういう哲学的な?形而上的な?ことを語る事くらい以外苦手な私にとっては感想を書くのが今までちょっと難易度高かったんですが、(あくまで私個人にとっては、です。)
この数百文字は何ていうか(Buckarooの)表紙にしたいですね。
とにかく!メイさんの心理描写が精緻でかつダイナミックで、そのダイナミックさには小江戸さん特有の感覚的な文体が生かされてるなあと思いますです!!
の一言に、感想は尽きます!!
空白の空け方からは時間の余白を、ロゴスや内容を伝えるためのみに構成された一般的な意味での文章からの崩れ方からはメイさんの混乱した心情が切実に伝わってきます。
ついでにケチつけると、それと対比させたりする意味でも「文章を崩していない文体の部分」も日常回の、スピードがついていないどこかで状況説明とかの何処かに盛り込むといいんじゃないかなってちょっと思ってたりもするんですけどね。(注1)
 当事者たちにはほんとうに大きい出来事で、(でも当人たちは大事になんてあまりしていないほうが自分の解釈には合致する)
でも客観的にこれまでを記していったら真っ先に削られるタイプの特に具体的な出来事が起こっていない、何度も繰り返される数分と言うべきか。
ここまで彼女と彼が過ごした日々をドロドロに煮詰めて鍋の底に残ったものを短編の形で改めて見せられている感じがする。(注2)

 たぶん初めてスポットが当てられてみた(らものすごく直球を投げられた)内面のメイさんが思いの外ピュアな?少女っていうか少女趣味してて驚かされました。これは作者の計算通り、ではないのか、どうだろう。
その挙句混乱が収まっても「こんなのも悪くない」やらふたりとも生きるのがへたくそ、ふたりってもうわかってるんじゃないかよとか。
メイさん、底を見せないくせに。
 あと夢なんか無くたって生きてけることを知った。のくだりに割と共感する僕がこれからどうすればいいのかって話ではなく彼女は11とか13とか
外見原作通り(まず設定が原作通りではない)ならそのくらいですし、難儀ですね、と。
しかしこれで心がくっついちゃいないってそりゃ当然でしょみたいにその前に言われちゃったらどうすればいいんだろう…
確かにくっついて具体的な相手の過去や思いが言葉で見えてはいないんだろうけど…それ以外で繋がってはいそうな気がして…当人たちが実際は内心どうなってるのか…
  アクロマさんも、まあ。まだ謎が多い人ですね。それはメイ視点でも。ちょっと語るより今は感想送るのを重視しようと思う。
この文章全体を芸術として見るなら、(質の高い芸術です!)記憶喪失であることの解説と300の話については、
他の部分から趣旨がここだけ離れていて、ちょっと余計かなと感じました。私は。

ところでeye catchingが今回は名(タイトル)が体(内容)を表してるんだけど偶然だろうか。
あとこういうこと(注2参照)された後って不穏系の作品だと大体その日常が破綻していくんですよね!いやこれをされる以前のリアル時系列で私たちSNS見てる民はそれを仄めかされてるわけですが!

いやあ突然の直球ですね。
そして最高です。読者へのデッドボール。私はこれで少し創作意欲を取り戻した。
こう言う精緻な心理描写を生かしたワンシーンも書きたいと思いました(書かない/こういう例えぐらいしか私は感情が動かされたことを証明するのに使えそうな例えの蓄えをしてこなかった)
繰り返し、心理描写が精緻でダイナミックで云々の先程の一言に尽きます。文章(の、主に可能性)への情熱を注いでくださり、ありがとうございます。
書いた日:2018年01月04日
作者返信
いおさん
感想ありがとうございます尊い(合掌)。以下箇条書きかつほぼ「それな」しか言ってないお返事となりますひあうぃごー!

・ぶっちゃけBuckarooは焦点となるふたりの性格も表しているのか、あるいは単にそれが影響しているだけかしていないのか、連載全体の核心や動きに触れさせてくれない→そうですね~5話中1話核心をつく展開があったら多い方かもしれません!(ぇ

・とにかく!メイさんの心理描写が精緻でかつダイナミックで、そのダイナミックさには小江戸さん特有の感覚的な文体が生かされてるなあと思いますです!!→ありがとうございます!

・文章の崩れ方からはメイさんの混乱した心情が切実に伝わってきます。→ありがとうございます、伝わってて良かったです!

・「文章を崩していない文体の部分」も日常回の、スピードがついていないどこかで状況説明とかの何処かに盛り込むといいんじゃないかなってちょっと思ってたりもするんですけどね。→おおおこれは貴重なご指南……ちょっと気をつけてみますありがとうございます!

・当事者たちにはほんとうに大きい出来事で、でも~略~特に具体的な出来事が起こっていない、何度も繰り返される数分と言うべきか。→それな!

・ここまで彼女と彼が過ごした日々をドロドロに煮詰めて鍋の底に残ったもの→それな!(合掌)

・たぶん初めてスポットが当てられてみた(らものすごく直球を投げられた)内面のメイさんが思いの外ピュアな?少女っていうか少女趣味してて驚かされました。→ありがとうございます、小江戸もびっくりしてます! 彼女もっとハードなガールのはずなの! みねふじこちゃんみたいに!

・その挙句混乱が収まっても「こんなのも悪くない」やらふたりとも生きるのがへたくそ、ふたりってもうわかってるんじゃないかよとか。メイさん、底を見せないくせに。→ありがとうございます! 分かったふりできるのは女の子の特権ですよね!

・あと夢なんか無くたって生きてけることを知った。のくだりに割と共感する僕がこれからどうすればいいのかって話ではなく彼女は11歳とか13歳とか略→ここ重要! 今まで言及せず大変申し訳なかったのですが、こちらのメイは15歳前後のイメージで書いてます。見た目15歳の女の子が「300歳なの」とか笑って抜かしてる世界です!

・確かにくっついて具体的な相手の過去や思いが言葉で見えてはいないんだろうけど…それ以外で繋がってはいそうな気がして……→ありがとうございます、小江戸もそう思います(傍観)!

・この文章全体を芸術として見るなら記憶喪失であることの解説と300の話については、他の部分から趣旨がここだけ離れていて、ちょっと余計かなと感じました。私は。→なるほど~ありがとうございます。そのような指摘もっとしていただければ感謝です!

・ところでeye-catchingが今回は名(タイトル)が体(内容)を表してるんだけど偶然だろうか。→尊いおぶ尊い。正直言及されるまで小江戸は気づきませんでした。気づいてからgkbrしました。たまにあるんです、こう、自分の知らないところで何かができあがっちゃってるかんじ……

・いやあ突然の直球ですね。そして最高です。読者へのデッドボール。私はこれで少し創作意欲を取り戻した~略~文章(の、主に可能性)への情熱を注いでくださり、ありがとうございます。 →こちらこそおっかなびっくり(ほめ言葉)な感想感謝です! こんな感じのがこれからも続いたり続かなかったりしますが、ゆるりお付き合いいただければ幸いです。改めましてありがとうございました~~!!  小江戸
書いた日:2018年01月10日
お名前:円山翔 さん
何と申しましょうか。参考にさせていただきますというのが第一声。二人の関係が進展した――ように思わせての、いつも通り。言葉でちりばめられたフェイント。上から目線のつもりはないですが、見事でした。夢を見ない、水が落ち着く。二人のそんな一面が見られたことも嬉しく思います。
書いた日:2018年01月04日
作者返信
円山さん
感想感謝です! いつも通り。そしてフェイント。「まさに!」な的射まくりのお言葉をいただき嬉しい限りです。3歩近づいたら20歩離れてしまう※言い過ぎ ようなふたりですが、これからもゆるり見守っていただければ幸いです~円山さんの作品も楽しみにしておりますぞ(圧)! 改めまして、感想ありがとうございました!  小江戸
書いた日:2018年01月10日