Milestones B-part 2

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#5

『たいていの人はむやみに脱ぐと逮捕されるけど、僕はお金がもらえるんだ』Ewan McGregor 




 ――変態じゃありません。スーツアクターですよ、スーツアクター。ほんとはぶいえふえっくす? とかなんとかの人なんですけど、仮眠室から消えちゃって。見かけたら連絡ください……んじゃ


 「おいアロマちゃん! 恋人かあ!?」
 「そうだって言ったら、どうします?」
 「決まってるだろ! 相手見つけて、その面ひっぱたいてやるぜぇ!」

 薄暗くなった路地へ落ちるため息。下卑た笑みを見せられたのはこれで何度目だろう。
 賞金首を捕える間もなく、少女はアズール探しに駆り出された。仮眠室へ運ばれたあと姿を消したらしい。「まだ近くにいるはず」というウッドウの指示のもと、ポケウッド内では大規模な捜索が行われている。

 「ぴぃいっ!」
 ロケバスの近く、四方をくんくんしていたトイが戻ってきた。
 「何か見つけた?」
 「ぴあっ!」
 嬉しそうに少女へ見せるはアズール探しの手がかり――ではなく撮影用のみがわり人形。「……返してきなさい」。主の冷たい指示に、彼は頬を膨らます。
 
 「旧知の仲、ってやつか?」
 「えっ?」
 かけられた意外な言葉に振り向く少女とトイ。ニコラオスは笑みを絶やさず、一人と一匹を見つめるだけだ。
 旧知。ではない。知り合ったのはごく最近。仲。確かに悪くない。思えば出会った夜から連携はとれていた。まるで互いの動きを知り尽くしているかのように。
 何より窮地に陥った彼女を幾度も救ったのは、他ならぬこのポケモンだ。それでも
 「――知りませんよ、こんなやつ。付き合ってあげてるだけ」
 そっぽを向く緑。素直じゃないその反応に、おどけた風に男は笑って。
 「そうかあ? オレには、生まれたときから一緒にいるパートナーにでも見えるけどなぁ」



 どうしてその気になったのだろう。

 「……良いこと教えてあげましょうか」

 荒々しくも優しい瞳のせいか。
 
 「アロマなんかじゃないのよ、私」

 下卑た笑みの奥、垣間見える人の好さのせいか。


 「誰でもないし何でもないの。ある日気づいたらあの場所で、あの姿で、呼吸をしてた」


 すべてを告白し終えた頃、

 「それが『私』だった」

 訪れた夜を彩るかのように、ネオンが瞬き始め。



 「へぇ。そうなのか」
 返された言葉の単調さに
 「へぇ。びっくりしないんですね」
 単純に驚いた。
 闇を裂く羽ばたきの音。空からの捜索を終えたゴルバットを腕に乗せ、男は続ける。
 「訳もなくポケウッドに来るヤツなんていねぇ。なんたってここは『逃れの町』だからな……オレだって、」
 
 何を言おうとしたのだろう。
 何を飲み込んだのだろう。
 ひとつ呼吸し言葉を綴る後ろ姿は、まるで
 
 「映画なしではここから出られない、臆病者なのさ」

 映画(フィルム)の一場面だった。



 

 ずどん





 熱風。停電。焼け焦げた臭い。
 鈍い音と共に跳ね上がった床板へ、酒場の衆は咄嗟に伏せ。


 違う。第一の直感がそれ。毒ガスも生臭さもない。代わり増した威力に、間もなく聞こえる呻き声。

 直感が告げる。走れ。走れ。
 長身痩躯は立ち込める煙のなかへ。レアコイルの〈フラッシュ〉に導かれ、開けた視界で鉢合わせたのは


 全身緑の、


 「待ちなさいっ!」
 もちろん待つ訳ない。再度煙へ還った男を、アクロマは急いで追いかける。
 酒場は修羅場と化していた。煙。呻き。金切り声。逆走する緑も影も、絶妙な身のこなしで人混みを掻い潜り。
 男は酒場の奥、厨房へ。熱を帯びる空気。爆心地の近くらしい。続く賞金稼ぎも、早と足を踏み入れる。

 「〈ソニックブーム〉っ!」
 
 壁に沿って旋回した衝撃波が天井を抉る。凄まじい轟音と共に剥がれたそれは、追っ手の一人と一匹を押し潰
 
 「〈トライアタック〉!」
 「ンンンビビビッ!」
 黄。青。赤。3つの光線に砕け散る瓦礫。寸でのところで助かるも、男は既に姿を消していた。
 
 
 少女の言葉を思い出す。間違いない。彼こそが変態――ではなくスーツアクターだ。そしておそらく、再三にわたる爆破事件の犯人。

 騒がしくなる表をよそに、朧影は爆心地へ近づいた。その足は厨房と食料庫を結ぶ廊下で止まる。
 「ン ヴー……」
 無機質な声に悲しみが混ざる。タイプの好みよしみがそうさせるのか。
 「ええ……爆発はこの〈じばく〉によるものでしょう。〈ソニックブーム〉も同種族が放ったかと」
 レアコイルとアクロマの見下ろす先。
 廊下に転がった瀕死の、赤と白。
 
 爆弾魔はあの足でポケウッドへ戻るだろう。これ以上追うのは難しい。連絡しろとは言ってきたが、少女も恐らく賞金首にかかりきりだ。今動けるのは


 ――捕獲に協力するって言ったら、どうする?

 焼きついた赤が、脳裏で散り。


 起動。
 電波のせいかテキストしか受け付けないライブキャスターに舌打ち。
 燃やした記憶をなんとか探り、すらりとした指が小さなスクリーンをなぞった。





 『VFXニ注意 A』





 「どう注意しろっていうのよ……」
 あからさまなため息が女のライブキャスターを曇らす。闇を遮断する窓。夕暮れを握りしめるのっぺりとした夜。
 騒動は街の酒場だけでなかった。ポケウッド内部、スタジオ近くのロケバスも同時刻に爆発。「逃れの町」で起きた非常事態に、路上は逃げ惑う住民で溢れかえる。
 
 A。紫煙に霞む金を思い出す。賞金稼ぎなんてもったいない。そう思わせるほどの容姿、立ち振舞い、オーラ。
 口許がゆるり綻ぶ。後悔だけでない、笑みの奥に沸き上がる感情は、どこか後ろ暗いもので。
 スタジオ1階、休憩スペースにジュジュベはいた。爆発現場に向かう途中、ライブキャスターが彼女の足を止めたのだ。電源と笑みをオフ。立ち上がるその目に入ったのは

 全身緑の

 知っている。VFX特殊班の、確かしたっぱ。スーツアクターは総じて若輩者に課せられる仕事だ。
 妙ね。勘が女に告げる。緑の全身タイツはぼろぼろに破れ、どう見ても撮影後ではない。男の歩いた後からは、微か焦げた臭いさえ漂い。

 VFXニ注意

 後を尾ける。もちろん無音で。ヒールの音など、サイコパワーでどうにかなる。
 スーツアクターはせわしない。きょろきょろ周りを警戒しながら、その足は上へ。
 ……確か、ボスのいる
 そこはウッドウの利用する部屋だった。男が入室したのを確認し、扉へ耳を押し当てる。
 そこから放たれた第一声に、大女優は凍りついた。


 「ご苦労だった。それで、爆破は完了したか?」







#6

『明るい光は、暗闇があるからこそ存在するもの』Katy Perry



 「完了も何も、大成功ですよボス! 派手さも威力も段違い! 昨夜の酒場もロケバスも比べ物になりません!」
 使い物にならなくなったスーツを脱ぎながら、緑の男――アズールは息巻く。熱っぽく語るその様にご満悦でワインを傾けるのは、ポケウッドのオーナー、ウッドウ。
 「なるほど……ヤブクロンやドガースとは比較にならん、か。やはり本物は違うな」
 「えぇ! 元祖バクダンボールは最強です!」


マルマイン
ボールポケモン
膨大な エレクトンエネルギーを 溜め込んでおり 少しでも 衝撃を 与えると 体内の エネルギーが 溢れて 爆発する  バクダンボールという あだ名で 怖がられている


 スーツアクターと…………ボス?
 信じられない、信じたくない会話とその(ぬし)に、ジュジュベは神経を集中させる。扉の向こうでは二人の爆弾漫談が加熱し始め。
 「やはり特殊効果は実物に限る! ビジュアルエフェクトなど足元にも及ばん!」
 「自分もそう思います! VFXなんてただの玩具ですよ!……俺、感動したんです。気を失う直前に見た、ニコラオスさんのゴルバットに。本物の涙に本物の独奏、それを演出する本物の霧――あれは機械じゃ絶対生まれないグルーヴですよ!」
 「VFX班に理解ある者がいてくれて嬉しい。私もそう思うのだ。映画は生身で作らなきゃならん! 役者、ポケモンだけじゃない。霧も光も、煙も音も爆発も!」
 何言ってんのこの人たち? ニコラの涙が本物なわけないじゃない。
 怒声をこらえ女優は耳をそばだてる。
 「で、これからどうしますボス? バクダンボールならまだまだ使えますよ!」
 部屋の隅に置かれた隙間だらけの木箱。大量のモンスターボールがそこから覗いていた。ボールの中にいるのもたくさんの赤と白――ビリリダマとマルマイン。いつかの夜、男が密船から受け取ったものだ。
 「もう1、2件爆破して威力を確認します? それとも掘削場を借りて、どういう環境で爆発しやすいのか確認し――」
 「いや、まどろっこしいのは好かん」
 ワイングラスを空にすると、
 
 「ニコラオスとアロマの映画で使おう。全部!」
 
 ウッドウの顔に浮かんだのは、満面の歪んだ笑み。
 
 青ざめる。
 アズール。そして、ジュジュベも。
 「ぜ、全部なんて……街が吹っ飛びますよ! それに俳優を危険な目にあわせるのはちょっと」
 「かまわん! 賞金首になった俳優などこっちから願い下げだ。危険な男はウケるが危険すぎる男はウケんからな。退職金を払わずに辞めさせる、絶好の機会だろう?」
 スーツアクターの方を見もせずウッドウは言葉を続けた。街ひとつ無くなっても、人ひとり傷つけても問題ないらしい。彼の求める「映画」のためなら。
 「でも、アロマさんは……」
 「あいつはアロマなどではない。ニコラオスを追ってきたただの賞金稼ぎだ。一緒に始末しても問題なかろう」
 空のグラスに注ぐワイン。酔っているわけではなかった。これがポケウッドのボス、ウッドウの裏の顔。
 そして、真の姿。

 「……分かりました。その代わり、責任はボスが」
 「責任をとるのが私の仕事だ。行け! 明日の撮影準備だ! 機材もポケモンも念入りにチェックしておくように!」
 言われるがままに駆け出す男。扉に向かって走る。ノブを回す。開く。

 大女優は既に姿を消していた。







 KEEP OUT。
 丸焦げになった車体を囲む、自警団と野次馬の群れ。

 「アロマちゃんっ、アロマちゃんっ! しっかりしろっ! 頼むから、死ぬな――っ!!」
 
 男優の悲痛な叫び声がこだまする夜。
 
 「……いちいち芝居がかってるのよ、あなた」
 
 逞しい腕のなかで、少女は気怠そうに瞼を開いた。



 打撲、捻挫、骨折なし。爆心地付近にいたにも関わらず、幸い掠り傷で済んだ。元々丈夫な体と、寸前異変に気づいたリボンのおかげだろう。
 「また借りができちゃったわね……」
 救護テントの椅子の上。絆創膏を貼った手が、足元のトイを優しく撫でる。

 「アロマちゃんっ」
 こちらも怪我ひとつない巨体が女優のもとへ。
 「動けるか? 自警団の連中が呼んでんだ。爆発直前の現場(げんじょう)を知りたいらしい。無理なら俺が黙らせて――」
 面倒くさい。うっかり口をつきかけた言葉。
 だがKEEP OUTの向こう側、バスの前にずらり座ったものを見、彼女はやおら立ち上がった。
 

 ダンゴロ。テッシード。クヌギダマ。ヤブクロン。ドガース。

 ――ちょっと待ってください。この臭いどこかで

 昨夜の言葉と、瀕死のポケモンがつながり
 

 「先、行ってて」
 「おいっ!」
 少女は歩き出す。黒焦げになったロケバスの、反対方向へ。
 起動。話し中なのか会話を受け付けないライブキャスターに
 「――くだらない時にくだらない連絡はしてくるくせに……っ」
 舌打ち。しなやかな指は小さなスクリーンをいたずらになぞった。







 「という訳で協力しなさい」
 「頼み事をするにしては、随分高圧的な物言いですね」

 ライブキャスターが二人を繋ぐ。
 ひとりはシアター。誰もいない喫煙所。
 ひとりは路地裏。もたれかかる壁の下から、ゆあり流れる煙と色香(いろか)

 「映画のために街を破壊する? しかもポケモンを使って?……許さない。あの男も、ボスも」
 耳に流れ込む声は低く。暗く。
 「気持ちは理解できます。しかしこちらに利がありません」
 返事はあまりにも、淡々としたものだった。

 「爆弾魔、探してたじゃない」
 「好奇心からです。目的と犯人が分かった今、もう興味はない」
 受話器のあちらとこちら。絡み合う二本の煙。

 淀んだ空気に赤い瞳が閃いた。
 「ニコラが来るの。その撮影」
 口許を綻ばせ、溢したのは最後の切り札。
 「……つまり」
 「そう。あの娘も一緒」
 盛大なため息が鼓膜をくすぐる。
 それは承諾の合図に他ならない。



 「ちょっとだけ、昔話をしていいかしら?」
 「耳を貸す保証はありませんよ」
 どうしてその気になったのだろう。
 くすり笑うと、2本目のシガレットに火を灯し。

 「――ずっと人気者だった。ずっと嫌われ者だった。成功者であって敗北者であり、愛されると同時に憎まれてきた。今になって分かるの。どちらにせよみんな……みんな、意味の無いことだ。ってね」
 すらりのびた指が吸い殻を手放す。
 ゆらめく煙がアスファルトから立ち上る。
 「でもここは違った。成功も敗北も、愛も憎悪もない。とてつもなくごちゃごちゃで、とんでもなく何もない。それが私にとって救いだった」
 艶とした唇が煙を吐き出す。
 鋭い瞳も口許も、その甘さにゆるり綻ぶ。
 「何もない。何も気にしなくていい。私が私のまま生きられる、唯一の場所なの」

 古ぼけた街灯に照らされる、濁った金。
 淡い照明に照らされる、穏やかな赤。

 「逃れの町。汚い街。こんな場所のために私は命を張るわ。あなたにその気はある?」
 女はわずかに語気を強める。受話器の向こう、見えるのは嵌め込まれた金の強張り。
 「……命、ですか」

 長い睫毛が光を失った金を覆い
 青白い皮膚に包まれた喉仏が微かに揺れ


 「張りましょう。わたくしの――いえ、わたくし達のために」
 紫煙ごと吐き出す答えに善意はない。
 それでも、

 「そういう人間の方が、信頼できるってものよ」
 
 受話器の向こう。
 浮かんだのはため息の出るような、柔く甘い笑みだった。






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