Milestones B-part 1

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#4

『ハリウッドで成功している人のほとんどは、人間として失格です』Marlon Brando



 壁は回り込むに限る――

 寂れた酒場のカウンター、アクロマの二つ隣にジュジュベは座った。注文したのは一杯のジン。シガレットに火を点すと、惑い煙に身を隠し。

 「いいのですか? 報道でもされれば双方困ると思いますが」
 笑みを返す。それはタブレットの中と同じ、鋭さを封印したもの。
 「パパラッチを撒くのも実力のうちよ」
 プライベートらしい。オフホワイトのジーンズに、ピンクのキャミソールとヒールを合わす。夜色の髪と瞳の赤だけが、昨夜の彼女と変わることなく。

 「少々調べさせてもらったわ。腕のたつバッカルーらしいわね?」
 前置きもなく切り出す。
 「ただのしがない賞金稼ぎですよ」
 紫煙ごと吐き出す答えに抑揚はない。
 「ねぇ、賞金稼ぎさん」

 「捕獲に協力するって言ったら、どうする?」

 ため息の出るような、低く甘い声だった。 

 「……何が目的で?」
 絡み合う二本の煙。
 「ニコラのやつ、最近調子乗ってるから。たまにはポケウッドから離れて、頭を冷やしてもらいたいの」
 霞みがかる酒場に蕩けた、
 「大切な弟分ですもの」
 伏し目がちに覗く赤。

 「――やはりポケウッドは恐ろしい」
 すらりとした指が3本目の煙草をもみ消し。
 「今年のシューティングスター作品賞。あなた主演の快作か彼主演の怪作か、どちらに『星の十字架像』を贈呈するかまだ決まっていないそうですね」
 女の瞳は動きを止めた。
 「少々調べさせてもらいました」
 灰皿から上る煙に生気はない。病的に青白い頬が、意味深な笑みを浮かべる。


 「ここは気に入った?」
 仕事の顔を取り戻し、女優は問うた。
 「ここ、というのは?」
 「汚い街に逃れの町。どっちも」
 タチワキシティ。ポケウッド。金の奥が、喧騒立ち込める昼と眠り知らぬ夜を思い出す。
 
 「少々外に出て、幾らか人に会って、心持ち経験を積みました。ですが」
 
 人。ポケモン。雑踏。レッドカーペット。酒。煙草。騒音。港。工場。ゴミ箱。足音。コンクリート。

 「混沌と無がここまで調和している場所を見たのは、初めてです」

 すべてを見下ろす、鉛色の雲。

 「そう」
 シガレットをもみ消す。
 灰皿から上る煙に生気はない。つやりとした赤が、意味深な笑みを浮かべる。
 「そこに救われたの。私は」


 「バッカルー暮らしも悪くなさそうね。スリルがあって」
 音もなく現れたフーディンを見、女は立ち上がった。ふるり渦巻き散る煙。残ったジンを飲み終えると、ピンヒールが規則正しく床を叩き。
 「基本的にわたくしの人生は退屈です。お恥ずかしいことに」
 「そうかしら?」
 
 握る手は冷たく、熱く。
 耳に流れ込む声は低く、甘く。

 「少なくとも、あの娘といる時のあなたは退屈そうじゃなかったわ」



 鼻をくすぐる残り香は淡い。
 握られた手を開く。丸まった紙にはJの文字と数字の羅列。
 「……無銭飲食も実力のうちですか」
 ライターを近づける。灯火に食われたJは瞬く間に姿を変え、灰皿へと消えた。







 「〈でんこうせっか〉!」
 「ぴぅーあっ!」
 
 それは一度身を縮め、刹那脇腹に突っ込んだ。電光石火。一撃必殺。弓なりに体を反らし、どさり倒れるスーツアクター。

 「ハッハッハッ! そんな技、正義のヒーローニコラ様と愛機ホワイトコップ3号には効か…………て、あれ?」
 スーツアクターは動かない。異変に気づいたニコラオスが急いでかけ寄る。
 肩に乗ったゴルバットが飛び立ち妖しく羽ばたいた。スタジオに立ち込める〈しろいきり〉。背後では哀愁漂うソロトランペットが鳴り響き。
 「おいっ! どうしたホワイトコップ3号!? しっかりしろ……!」
 スーツアクターは動かない。気絶したらしい。それだけ、なのに、
 「ホワイトコップ3号!! あっ、し、死ぬなっ、ホワイトコップ3号!!! オレのホワイトコップ3号うぅぅうう!!!!!」
 迫真の演技。顔も服もぐしゃぐしゃにしニコラオスは嗚咽を漏らす。
 霧のなか二人にフォーカスを合わせたカメラは、その後段々フェードアウト。同時に音数を減らし、もの悲しさ増すトランペット。
 悲壮なシーン。きっと『white cop 3』の見せ場になるだろう。インカムマイクに入らぬ小声で、少女はひとり呟いた。
 「か、勝っちゃった……」


 
 「わー! これ、すごいのできちゃうんじゃない? ねぇ、ポケットくん!」
 「え、えぇ……予想外の展開だわ……」
 『white cop 3』撮影班は本日の撮影を終えた。こっそりスタジオを離れようとした、少女の肩をウッドウが叩く。
 「アロマちゃん、トイくん、おつかれさま! スカウトマンから『スターの可能性がにじみ出てる』って聞いてたけど、彼の目に狂いはなかったようだね! ボクもズギューンときちゃった!」
 「あ、りがとうございます……」
 「ぴーあっ!」
 空いた片手でトイを撫で。華奢な肩に手を置いたまま、ポケウッドのボスは主演男優にも声をかけた。
 「ニコラオスもさすがだよー! トラブルを見せ場に変えちゃうなんて! ゴルちゃんのサポートもすごかったし! ありゃVFX顔負けだねぇ!」
 「ボス! ありが――」
 労いの言葉に彼が礼を述べようとした、その時。
 「いくらオーナーでもそれは聞き捨てなりまへんなぁ!」
 自己主張の激しい足音。ずかずかと、俳優とボスの間に割り込むひとりの男。
 「ああ、またキミか……」
 ウッドウがうんざり顔を背ける。日常茶飯事らしい。彼の挙動に目もくれず、男はひとり必死に息巻く。
 「キミやないです、ボルドーです! ええですかオーナー、今のポケウッドはVFXに支えられてるいうても過言やありません! それをポケモンに負けるだのと」
 「あの、ぶいえふえっくすってなんですか?」
 「ぴーぃ?」
 
 しばらくの、沈黙。
 
 こほん。ひとつ咳払いの後、ボルドーは少女とトイを見下ろした。
 「ええですか、アンタ? VFXってのは『Visual Effects』の略。コンピュータを使って映像を加工する技術なんです。ここポケウッドの映画にとって、VFXはキモなんですわ。さっきアンタの技で倒れたアズールも、ほんまはウチらVFX特殊班の一員でしてな」
 アズール。あのスーツアクターが。トイの猛攻を思い出し、少女もこっそり顔を背ける。
 「ちょっとちょっとー、ポケウッドのスター候補に『アンタ』なんて言っちゃダメだよー」
 「はいはい! 人間ポケモン至上主義のオーナーに、どうせVFXの重要性は通じませんよーだ! ほな自分編集ありますんで!」
 言うだけ言って満足したのだろう。大量の機材を小脇に抱え、ボルドーはスタジオを後にする。小さなため息をひとつつき、ウッドウは振り返ると。
 「ごめんねーアロマちゃん、映画人ってめんど……こだわりの強い人が多くてさー」
 またしても小さなため息。だが続く言葉に憂いはない。
 「それでいて――いや、だからこそ映画はアメイジングなのよ! たくさんの譲れない思いがぶつかって花開く……その驚き、そして感動を、アロマちゃんも一緒に提供していってくれたら嬉しいな!」
 発想の転換。折れることないプラス思考。さすがポケウッドのボスと言うべきか。
 「それじゃボクはそろそろ行くから! これからも頑張ってね、アロマちゃん!」
 小躍りでも始めそうな足取りでウッドウは去る。残されたのは少女とトイ、そして
 
 「――やっと二人、だな」

 光も遮る巨体の下。
 アロマ、否バッカルーは暗い笑みを浮かべた。







 ――壁を壊した? こちらはとっくに回り込みましたよ……はい? 全身緑タイツの男? 変態ですか、それ?…………分かりました。そうしましょう……では

 「よう兄ちゃん! 恋人かあ!?」
 「聞き捨てならぬ台詞ですね。そもそも彼女は恋人ではありません。ただの同居人――いうなれば知り合いです」
 「おうおうよぉ! 恋してるやつに限ってみんなそう言うぜぇ!」
 
 空のグラスに落ちたため息。酒場はこれで何軒目だろう。
 大女優との逢瀬を終え、アクロマは新しい店を訪れていた。賑わいの加熱する街角。夕暮れに指を伸ばすのっぺりとした雲。
 「話の続きを聞かせてもらえますか?」
 飲兵衛相手になけなしの銭をはたく。酒を入れれば入れるほど彼らは口を開くのだ。こういう場合、素面の切れ者より酔った庶民の方が都合も良かったりする。
 「おうよぉ! で、なんの話だったっけなぁ?」
 「俳優ニコラオス、または昨夜の爆発について」
 「そうだそうだ! お前、なんか知ってるか?」
 ご機嫌な男が隣をドつき。並と注がれた液体を飲み干し、老人は酒臭い息と荒々しい言葉を撒き散らす。
 「あいつぁただのスキャンダル多き大根役者だぜぇ! ま、それがヤツのイイとこだけどよぉ! 俺はあいつの熱っ苦しい演技、嫌いじゃないぜぇ!」
 「それは先程も聞きました……」
 じわじわグラスを満たすため息。酔った庶民の都合悪い点。それは、無駄銭を生みやすいことだ。
 「ニコラオスなんてほっときな!」
 傍にいた若い男が、顔を赤らめ声を飛ばす。
 「それより昨日の爆発さ! なんでも〈だいばくはつ〉だっけか、ポケモンのわざ使ってやりやがったらしい! 爆破の衝撃と毒ガスで数名搬送されたって話だしさ! 犯人は行方知らず、勝手に女の尻追っかけて勝手にひっぱたかれるニコラオスよりよっぽど迷惑だよ!」
 
 毒ガス。
 ポケモン。
 だいばくはつ。
 
 昨夜の異臭と、言葉がつながり。
 
 「――やはりそうでしたか……」
 交互に組まれるすらりとした指。赤ら顔は疑問符を浮かべた。
 「やはり、ってなんだよ?……あんた昨日あそこにいたのか?」
 「嗅いだ覚えのある臭いだったのです。さしずめドガースと……あの生ゴミ臭はヤブクロン辺りでしょうか」
 薄い唇の洩らす呟きに、男達は驚愕し。
 「お、お、大当たりだよあんた! あの後、酒場から瀕死のヤブクロンとドガースたちが見つかったんだ!」
 「大勢いたのがドガースで幸運でした。ヤブクロンなら一週間程寝込むことになっていたでしょう……それにしても」

 
 誰が、なぜ、何のために?


 脳裏に湧く問いは、爆風に掻き消された。






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感想

お名前:θ⇔η さん
お久しぶりです!
紆余曲折あって再び戻って参りました(笑)
また読んでいただけたら幸いです(*^^*)

ポケウッドシーンのあれは、カルトEDパターンですね
攻略サイトと睨めっこしながらコンプしたのを思い出します(笑)

私は基本的にコメディ描写が苦手(テクニック的に)なので、小江戸さんの書き方はすごく参考になりますし尊敬してます!
書いた日:2017年12月10日
作者返信
θ⇔ηさん
お久しぶりすぎますどこ行ってたんですかあああああ!!! そして感想ありがとうございます! カルトEDに気づいてくださったようで、全小江戸が小躍りしてます。コメディもシリアスも書けるようになるのが目標! ですので、今後もお互い切磋琢磨して参りましょう! θ⇔ηさんの再開小説もまた覗きにいきますね、改めまして感想ありがとうございました!  小江戸
書いた日:2017年12月19日
お名前:きとら さん
最後。
あの、最後。

順調に映画スターの道を歩んでいく青ちゃんトイちゃん好きいいいって心の中で叫んで二度も読み返したのに、その後のラストシーンよ!!
アクロマさんの思考のついでに僕のも吹っ飛んじゃいましたよ、どうしてくれるんですか!!(?)
このまま後編も引き続き読ませて頂きますが、手足の一本でも飛んでいこうものなら……いや小江戸さんはそんな事しないと信じて、次のページをめくります!
書いた日:2017年12月17日