003 ボク達が思っている以上に

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星空町とは別の、紫色のクリスタルが突き刺さっている薄暗い洞窟のような場所。
夕べモモコ達を見つめていた、黒紫色のバンダナを巻いているイーブイがクモのような見た目をしているあしながポケモン、アリアドスに鼻で笑われていた。
彼もイーブイと同じバンダナを首回りに巻いていることから、チームメイトと伺える。

「全く、魔法使いにやられて帰ってくるとは情けないな、ドレンテ」

ドレンテと呼ばれたイーブイはそう言われてかなり悔しいのか、顔を真っ赤にして言い訳をしながらアリアドスに言葉を返している。 その様子は年相応の大人になりかけている子どもそのもの、親に反抗する息子のようだった。

「う、うるさいなぁグラーヴェ! 夕べは監視してただけだよ」

ドレンテを軽くあしらうように、どこからともなく現れた、右頭に黒紫色のリボンを付けたほうようポケモンのサーナイトがアリアドス____グラーヴェに話を振る。

「そんなことより、ユウリ様が朝イチでおっしゃってたわよ。 あいつが見つかったって」

それを聞いた途端、グラーヴェは飛び上がるように身体をびくつかせながら目を見開いた。

「ほ、本当か!? ソナタ!」
「ユウリ様によれば、あいつは星空町のマジカルベース周辺にいるんですって。 ドレンテ、知ってた?」
「い、いや……別に」

そのドレンテの様子はどこかシラを切っているようにも見え、グラーヴェには面白くなく見えた。

「早速、捕まえに行かなくちゃね……」

一方のソナタは、獲物を狩りに行く気を高まらせて口先女の如くニヤリと笑う。 その笑顔には同僚のドレンテとグラーヴェもドン引きだったが、3匹の気持ちはひとつ。
見つけた『あいつ』を捕らえる。

***

朝礼が終わった後、モモコはチームカルテットの3匹と共に再びモデラートに彼の部屋に呼び出されていた。
チームに正式に所属していないモモコの措置について、彼らから話があるとのことである。

「ほ、本当なの!? マスター! モモコをアタシ達のチームに入れるって!」
「ふざけんじゃねぇよ! 何で俺達のチームなんだよ!?」

ライヤに「まぁまぁ」と宥められながらも、不満を抑えきれずにミツキは身を乗り出してモデラートに申し出る。 その態度と口調に顔をしかめるマナーレとは対照的に、モデラートは穏やかな様子で4匹にその提案をした理由を伝えた。

「見たところ、キミ達同年代だし丁度いいと思ってね。 ポケモンとしての特性に関しても、欠点をカバーし合えそうだ」
「モモコはこの町についてもよく知らなさそうだし、お前達といれば安心するだろうというのも、マスターのお考えだ」
「同い年のブロンズランクのチームには、シオンとリオンのチームジェミニがいるじゃねーか! そいつらに頼めよ!」

言われてみれば、とコノハもその事実に気付く。 しかし何か考えがあってモデラート達もあえてチームカルテットを選んだのだろう。 ライヤは「うーん」とどもりながら分析する。

「でもチームジェミニのウリは、シオンとリオンの双子ならではのコンビネーション。 同じブロンズランクなら、僕達と行動した方がチーム的にもバランスが取れそうですし、それでいいと思います」
「そうね。 それに今まではガッゾを抜いたらアタシ達が最年少の魔法使いだったし。 新米魔法使いをチームに入れるって意味でもいい経験になりそう」

ライヤやコノハの意見も一理ある。 2匹にまで、言ってしまえばモデラートやマナーレ寄りの意見を言われてしまうとミツキは何も言い返せず、「ぐぬぬ」と小さく唸っていた。

「一応、魔法使いはチームを組まなくても単独で活動することは認められている。 チームを組むことを前提として考えた最有力候補があくまでもチームカルテットと考えただけで、モモコ自身が望むのであれば、他のチームや単独活動を選択肢に入れることができるよ」
「ただし、モモコを正式にチームに入れるとすれば、残るミツキ、ライヤ、コノハ全員の承諾が必要だ。 最低限の信頼関係を築けていなければ、希望を奏でることはできない」
「アタシは承諾ね。 メンバーが増えるに越したことはないでしょう?」
「僕も前向きに考えたいです。 何しろこちら側からスカウトしましたし」
「俺は絶対承諾しねーぞ」

ライヤとコノハの暖かい言葉とは対照的に、ミツキは辛辣な言葉を投げかける。 その言葉はまるで氷の槍のように冷たく、鋭く尖っており確かにモモコの心に突き刺さった。

「なんでこいつを受け入れなきゃいけねーんだよ。 自分の担当楽器のことも知らないような奴に」
「ミツキ」

ミツキを見下ろすように睨みつけるコノハの気迫は、モモコとライヤどころかマナーレまでもを圧倒していた。
ライヤもそうだったように、静かに無言で圧力をかけられるのは、もしかしたらまくし立てるように言葉責めされるよりも心をえぐられるものがある。 当然ミツキもそんなコノハの威圧に飲まれ、ひとまずは口を閉じる。

「とりあえず最低1週間は、試しという形でモモコにはチームカルテットの仮メンバーとして行動してもらう。 1週間後、もう一度お前達全員にその意思を問う。 7日もあればその頑ななお前の心も移り変わるだろう」
「ぜってー変わんねぇからな!」

あぁもう話にならない____とうとう反抗し続けるミツキを見かねたコノハは、彼のマントの裾を咥えると引きずるように去っていった。 ライヤも「すみません、失礼します」と一礼しながら去って行く。 続けてモモコもライヤの後を追おうとした時、モデラートに声をかけられた。

「モモコ」

彼に呼び止められ、モモコは足を止めて彼と目を合わせる。 ジェントルマンという言葉が似合う柔和な微笑みで、モデラートは問いかける。

「落ち込んでる?」
「うーん……全くそうじゃないって言ったら嘘になるかな、って」

えへへ、と苦笑しながら答えるモモコに素直な奴だ、とマナーレもつられるように苦笑する。 あそこまで初対面で毛嫌いされるような態度を取られると、いい気分はしないものだから無理もないとモデラートもマナーレも分かってはいた。 問題児と名高いミツキが、新米魔法使いが現れた時に衝突することは避けては通れないことと覚悟していたのだが。

「初めてのことばかりで大変だと思うし、ミツキはちょっと気難しいところあるけど……ライヤとコノハなら全力でサポートしてくれるから頑張ってね」

その言葉は、一見励ましの言葉のようにも聞こえたがミツキの態度に難色を示さない彼の様子は、懐の大きさを感じさせると共に何処か無責任さもあった。 よく言えば主体性を促し、悪く言えば無干渉。 マナーレはモデラートのそんなスタンスを把握しているのか、表情をほんの少しだけ強張らせる。
それでも自分を気遣ってくれていることに変わりないと受け止めたモモコは礼を言うとぱたぱたと先を急いだ。

モモコを見送り、チームカルテット全員がその場からいなくなるとマナーレはやっとと言わんばかりに怪訝な表情を作ると、ずっと口にしたかったその質問をモデラートに投げかける。

「マスター、どうしてチームカルテットを選んだのですか?」

モデラートはその飄々とした表情を変えることなく、「ん、なんで?」と首を傾げる。 何処までポーカーフェイスなんだこの方は____マナーレはそう思った。

「いや、ミツキがああも拒否することを分かっていながら、何故モモコを彼らに近づけようとするのですか? 同い年だからとかではなく、何か別の理由があるのでは?」

長い付き合いのマナーレとは言え、ここまで深く追求されると思っていなかったのか、モデラートはずっと笑顔で細めていた目を丸くする。 ここまで問われたら話すべきかと一瞬迷ったが、マナーレならば____マナーレだから話せる。
観念したように、モデラートはマナーレに告げた。

「マナーレ、まだこれはモモコに……いや、他の魔法使いにも伝えないって約束できる?」
「はい」

マナーレはごくりと息を呑む。 緊張している彼女の様子を見て、モデラートはやっぱり言うかどうか躊躇うが、非常に大事なことだから、という前提が彼の心を後押しした。
一息ついて間を開けると、モデラートは重い口を開いた。

「結論から言うと、あの子は____」

そのモデラートの言葉に、マナーレは大きく目を見開いた。 あまりにも衝撃が強すぎたのか、返す言葉が思いつかない。
2匹の間には、休符なんて生易しいものではないほどの長い沈黙が続く。 外から聞こえる汐風と漣のデュエットだけがバックミュージックになっていた。
ようやく、絞り出すようにマナーレが改めてモデラートに問い直す。

「それは……本当なんですか?」
「うん、間違いないよ。 以前彼らに教えてもらった同じ魔法の波を感じたんだ」
「あいつが……そんな……」

何度も「まさか」「本当に」とブツブツ呟くマナーレに、さらにモデラートは続ける。

「きっとモモコはこれから先、ボク達が思っている以上に辛い目に遭うと思う。 それはミツキ達も同じだけど」
「でしょうね……。 しかし____」
「うん、あの4匹が本当に1番大切なものに気付けばどんなことも乗り越えられると思う」

そう呟くモデラートの目線は地平線の向こうにあり、まるで遠くない未来を見越しているかのようだった。 その目には、心配よりも信頼の色が強く浮かんでいた。

***

「さてと、依頼をチェックしなくちゃね」
「それって、どこでやるの?」
「これから向かう『ポスト部屋』に行くと依頼が割り振られているんです」

そんな話をしながらチームカルテットとモモコが足を運んだのは、マジカルベース本部の1階にある、入り口から見て左側の部屋だった。
天井まで届くほどの引き出しが壁に寄り添いながら伸びており、フローラが忙しなくそれの前で動き回っていた。
手には多くの手紙が抱えられており、引き出しの中にそれらを入れていく作業をしていたのだ。

「フローラ……ちゃんは何してるの?」
「呼び捨てでいいわよ。 あたしマジカルベースの仕分け係だから、こうしてここに来ている依頼をチーム専用のポストに振り分けているの! この量1匹でやるの、なかなか大変なのよ」

器用に手や身体を動かしながら、フローラは得意げにえへんと胸を張って説明する。 小さい身体に相応しい元気さと、反面不釣り合いな大きな声を兼ね備えた女の子だ。

「早速、僕達の依頼を見てみましょう」

ライヤはそう言うと、自分の目線と同じぐらいの位置にあるひとつの引き出しに手をかけた。
中を覗いてみたが、空っぽ。 チームカルテットには依頼が来ていなかった。 フローラも自分の振り分けたものを確認することも兼ねて、ひょっこりとポストを一緒になって覗き込む。

「あー、チームカルテットは今日もパトロールね」
「なんだよ、ランクの高い依頼のひとつやふたつぐらい振り分けてやってくれてもいいじゃねーか」

ミツキはフローラに向けて口を尖らせる。

「仕方ないじゃないの。 今のチームカルテットには難しい仕事は出来ないって、みんな思ってるんだから」

そのフローラの言葉がミツキの心を逆なでしたのか、ミツキがぐっと拳を握りながらフローラを睨みつけていた。 その様子にいち早く気付いたライヤは、あわあわとしながらもミツキを宥めるように彼の拳に手を添えていた。
コノハもライヤに合わせるように、ミツキのマントの裾を引っ張りながらすぐさまその場から撤退した。

「ごめんね、フローラ! アタシ達すぐ仕事につくわね!」

ライヤとコノハの心情を察して理解しているのか、「はいはい」と手慣れたように返答するフローラの姿が見えなくなり、マジカルベースの本部から出ると、コノハはミツキに対して説教とも言える口調で諌め始めた。
流されるように共に外に出てきたモモコはというと、ただただこの一部始終を眺めていることしか出来なかった。

「あのねぇミツキ、何でアタシ達に依頼が振り分けられなかったか分かってる?」
「うっせーな、このチビがいたからだろ?」

ミツキはまるで斜め下から見下ろすかのようにモモコにその不機嫌な視線を向ける。
いちいちチビとかバカにしてきて____正直モモコも何か言い返してやりたかったが、今この状況でミツキを刺激するのは良くないこと、またここで反抗したら同レベルになってしまうと思い、一旦は堪える。

「違うわよ! アンタちゃんと日頃の行い振り返って!」
「コノハ、もうその辺にしておきましょう。 ミツキも本当は分かってるみたいですし」

ライヤはずるい、誰よりも冷静であるが故に相手の気持ちを汲み取った発言ができるのだから____コノハはライヤの目を見てそう思った。
諌めるようにコノハの肩に手を置いているライヤの姿は、第三者のモモコが見ても少し怖いと思ってしまうものだった。
口調こそは静かだったが、昨日のように「いい加減にしろ」と言いたいものを抑えているような顔をしている。
自分から目を逸らし、俯くミツキを見てコノハも言い過ぎたかな、と思い口をつぐんだ。

「さぁ、パトロールに行きましょう!」

ライヤは気持ちを切り替えるように、先程までとは想像できないような明るい表情を作っていたが、モモコは内心穏やかに切り替えられるほど器用ではなかった。
それと同時に、何故ミツキはフローラとの会話でああも不機嫌になっていたのだろうとも思った。 フローラの言っていたことは、あの反応から察するにウソとは思えないため何かミツキには抱えているものがあるのではないか、そう勘くぐっていた。

***

「パトロールって言っても、そんな堅苦しくなくていいわよ。 トラブルを起こしていたり、ミュルミュールにされてるポケモンがいないか見回るって感じ」

マジカルベースの敷地内から出ながら、コノハはモモコに説明する。 道が3つに分岐しており、自分たちのいる地点も含めればひとつの大きな交差点になっていた。

「そうよ、ついでだから星空町を案内するわね!」
「ナイスアイディアですね、コノハ!」

早速、コノハは「早く行きましょう」と駆け足で右側の道へと進んでいく。 続いてモモコも彼女を追いかけるように先を急いだ。
ライヤも続こうとしたが、 後ろを振り向き、未だ乗り気でなさそうなミツキを気遣うように一声かけてみる。

「せっかく依頼がない日ですし、気を張り詰め過ぎないでのんびりしましょう」

気を遣ってくれているライヤを見てると、ずっとイライラしていた自分が馬鹿みたいだと、ミツキは少し気が楽になった。
ライヤに手を引かれながら、ミツキも星空町の大通りへと入っていった。

星空町にはマントを羽織っていないごく普通のポケモン達が談笑したり、忙しなく道を駆けていったり、様々なポケモンで溢れていた。
カラフルな建物を店にして商売を行っているポケモンも多く、モモコからしたらまるで絵本等で見たようなおとぎ話のような光景だった。 ミツキ達からしたら、むしろ自分の方がおとぎ話の存在なのだが____これ以上考えるとややこしくなりそうだ。

「この1番広いところが流星広場っていうところで、よく演奏なんかもやったりするの!」

流星広場にはよく見ると、地面に星座のような模様が描かれている。 正に星空町に相応しい広場だ。
広場を北に進んだ方には民家が並んでいる住宅街。 その住宅街のやや海寄りの道に、この町で1番高い建物がそびえ立っていた。
波の音が住宅街の中からでも良く聞こえ、星空町が海にかなり近い町であることがこれだけでも示されている。

「これが、この町のシンボル『希望の時計台』よ。 最上階から見える景色は絶景なの!」

やや古ぼけているため傷や煤があちこちに刻まれている時計台には、五線譜を模したような神秘的ともオシャレとも言えるような彫刻が彫られており、歴史ある建物であることが伺えた。

「時計台にしては、随分広場から遠いところにあるんだね」
「元々、星空町はあの住宅街と今マジカルベースがある場所だけでしたからね。 時計台が出来てから何年もした後、ここの開拓が進んだんです」

すると、ライヤがハッと何かを思い出したように「そうそう」と話題を切り替える。

「ちなみに、この最上階はミツキの____」

ライヤが説明を続けようとしたところだった。 ミツキが何を思ったのかモモコを突き飛ばし、氷のように煌めく魔法の手裏剣を幾つも投げつける。
手裏剣は向かい側から飛んできた黒いオーラを纏った塊に相殺され、空中で爆発する。
砂煙が立ち込め、ミツキ以外の3匹は思わず顔を伏せる。

「ミツキ……?」

本当ならば「いきなり何するんだ」と怒っていたかもしれないモモコだったが、逆にミツキが突き飛ばしてくれなかったら、今頃自分はどうなっていたことか。 戦いの経験もないため致命傷だったかもしれないと思うとそうも言ってられなかった。
ようやく、砂煙が晴れてくるとチームカルテット達と対峙するように3匹のポケモンがいた。

「お前ら……!」

そこにいたのはちっ、と舌打ちをするドレンテに何やら重苦しい表情をしているグラーヴェ、そしてグラーヴェの上に足を組みながら座るソナタ。 突然襲ってくるなんて、少なくとも魔法使いの仲間ではなさそうということは、モモコでも分かった。

「ねぇ、あの3匹は?」

そっとモモコがライヤに耳打ちして尋ねると、ライヤは3匹を険しい顔で見つめながら答える。

「ポケモンをミュルミュールにしている暗黒魔法の組織『クライシス』の三幹部です」
「あ、あれが……」
「昨夜、マーイーカのお兄さんをミュルミュールにしたのもアンタ達なの?」

コノハが前に出てクライシスの3匹に尋ねると、ドレンテが真っ先にニヤリと不気味な笑みを浮かべながら答える。 雰囲気こそは自分達と変わらない年頃だが、どうしてこうも嫌らしい顔が出来るのか。 モモコが彼に抱いた印象はそんなものだった。

「その通りさ。 心に隙があるポケモンを、ボク達が放っておくワケないだろう?」

ふふん、と鼻で笑うドレンテは、まるで初めからそうしようと決めていたかのようにモモコに視線を移すとさらに口元を歪ませた。 しかし目の色は、例えるならとびきりのケーキを目にしたかの子どものような無邪気さも兼ね備えており、ますますモモコには目の前のイーブイの真意が分からなくなる。

(えっ……?)

その傍らでは、ライヤがソナタに向かって訴えかけていた。 これもまた、幼い頃によくヒーローもののテレビアニメなんかで正義の味方が悪役と対峙する際のお決まりのシチュエーション。

「これ以上、ポケモン達の心を弄ぶのはやめて下さい!」
「別にあたし達は弄んでるつもりなんてないわ。 口にできないポケモン達の悩みを発散させてあげている、そしてあたし達にとってもミュルミュールから得られる負の感情のエネルギーが集まるんだからいい餌になる。 一石二鳥じゃない」
「てめぇは……!」

今のソナタの言葉が、ミツキの神経を逆撫でした。 無防備にもミツキは先程とは違う棒型の手裏剣を構えながらソナタに向かって突進する。

「ミツキ!」

ライヤの呼びかけにも応じないミツキは、そのまま棒手裏剣でソナタの首を跳ね飛ばそうとする。
____が、それはなかなか簡単にはいかなかった。
ソナタは自分の首元ギリギリまで近づけられた棒手裏剣を片手で止めてしまったのだ。
大人の女性とは言えども、ミツキが歯を食いしばっても振りほどくことができないその強い力は、とてもではないがその華奢な腕から湧き上がるものとは思えない。

「ちょっと、やめてくれない?」

ミツキの攻撃に、手応えを全く感じないソナタは軽くあしらうようにミツキを手裏剣ごと振り払う。 小柄なミツキは簡単に地面に投げ飛ばされてしまった。

「ぐわっ!」
「そもそも、今日はあなたなんかに用があって来たんじゃないのよ」
「茶番はこれぐらいにしよう。 ね、モモコ?」

ドレンテもソナタに便乗するかのように不気味な笑顔を崩さずにそう言うが、チームカルテットが理解に苦しむ彼の態度があった。

「は、わたし?」

ドレンテは今日ここで会ってから、殆どモモコにばかり目を向けている。 そして今も、彼女が名乗ってすらもいないのにまるで昔から知っているかのように言葉を投げかけている。 当のモモコですら、何故自分に矛先が向けられているのかが分からず、目をぱちくりとさせている。

「えっ!? モモコ、あいつらと知り合いだったの!?」
「ううん、知らない! 初対面だよ!」

コノハの質問にぶんぶんと素早く首を横に振るモモコを見て、ソナタは口元に手を押さえながら愕然としている。 それでもドレンテだけでなく、グラーヴェとソナタもモモコのことは今日以前から知っていたものとミツキ達は見た。

「あたし達のことを覚えていないですって……?」
「まぁあの状況だったからな、無理もない。 これぐらいは想定内だ」

一方でグラーヴェは、言葉通り今の事態は予定の範疇だったのか、ひどく落ち着いていた。

「でも、今は完全にあたし達にチャンスが向いてるわよ」
「そうだな」

ソナタと会話を終えると、グラーヴェは今度はモモコに目を合わせると、彼女を捕らえるべく構えの体勢に入る。 目元は何かを企んでいるように笑っているのか細めており、怪しい中年のおじさんそのものだった。

「そういうわけで、改めてやっと見つけたぞ、モモコ。 俺たちと一緒に来てもらうぞ!」

間髪入れずにグラーヴェがモモコに向けて仕掛けたのは虫ポケモンが吐き出すような糸だった。 アリアドスが吐き出す糸は、他の虫ポケモンとは違って細さと丈夫さを兼ね備えていると言われており、一度絡め取られるとなかなか自力で解くことは難しい。 糸達はモモコに襲いかかると彼女の四肢を、胸元を、しっかりと捕らえて巻き付いた。

「ひぇあ!? な、何これ!」

モモコを捕らえたグラーヴェは、間髪入れずに彼女を引きずるように自分達の懐まで回収すると、今度は両手を後ろ手に固定し、その上からまた胸元に糸を絡み付けた。 これで文字通り手も足も出ず、今のモモコに許されているのは、その場で足をばたつかせて抵抗することだけだった、

「や、やだやだ! こっち来ないで! 虫ポケモンは苦手なの! 本当に!」
「ふぅん、思ったより簡単に捕まえることができたな」

必死のモモコの抵抗を無視して、グラーヴェは片足をモモコの肩にかけると、彼女をより逃げられなくするように自分に寄せ付ける。 クライシスがモモコを捕まえる理由は分からないが、今目に見える状況を考えれば助けないと____そう思い真っ先に前に出たのはコノハだった。

「アンタ達、モモコに何するのよ!」

コノハがピンク色の光を纏わせながらステッキを前足で持つと、クライシストリオに向けてその先端を向け、ハート型の炎の輪を幾つも連射する。

「親の七光りのコノハよね? あなたには関係ないわよ、くすくすくす!」

ソナタがエスパーポケモンの基本の力、サイコキネシスにより炎の輪を空中で停止させると、魔法使いサイドに返す。 コノハの魔力だけでなく、ソナタのサイコパワーと加わっており直撃したらひとたまりもない。

「コノハ、危ない!」

コノハを庇うようにライヤが前に立ちはだかり、攻撃を受けるがピカチュウである故に防御力が足りない彼1匹では受け止め切ることができず、コノハもろともねじ伏せられるように地面に叩きつけられた。

「パワーもスタミナもないライヤが、ソナタの攻撃に耐えられるワケがなかろう」
「ライヤ、コノハ!」

グラーヴェが立ち上がることすらままならない2匹を見下す傍らで、モモコは自分を縛っている糸から逃れようと、肩の関節や手首等を動かしている。 それでも細い糸は幾重にも重なっており、それでいて非常に硬い。 その上グラーヴェに身体を押さえ付けられていることもあり、力任せにこの拘束から逃れることはほぼ不可能に近かった。
そんなモモコの様子を見たソナタが嘲笑うかのように、くすくすと声を立てていた。

「引き千切ろうたってムダよ、グラーヴェの糸から自力で逃れたポケモンはいなかったもの」
「うぎぎぎ……!」
「案外チョロかったな、でもこれでユウリ様の計画もスムーズに動くことだろう」

囚われのモモコと攻撃を受けて倒れたライヤ、コノハ。 3匹をただじっと眺めながら、ミツキの頭にある光景がフラッシュバックされる。

(また、守れねぇのか?)

少し前、今にもミュルミュールにととめを刺されそうになった自分を庇って攻撃を受けた小さな影。
ミツキにとっては忌まわしき思い出。

(アイツも、ユズネみたいになっちまうなんてイヤだ!)

そう強く思うと同時に、ミツキの身体は勝手に動いていた。
電光石火の速さでグラーヴェに接近しながら、彼目掛けて泡攻撃を仕掛ける。 泡を直撃で受けた拍子に拍子でグラーヴェはモモコから足を離し、その隙にミツキがぐるぐる巻きの彼女を抱え、ライヤやコノハの近くにあたる安全な場所に避難させる。

「「!?」」

このミツキの行動にはモモコだけでなく、その場にいるポケモン全員が驚きを隠せなかった。 顔見知りのクライシスにも、ミツキが問題児であることは知られており、だからこそ同じ魔法使いの救出に真っ先に手が出ることは意外だったのだ。

「み、ミツキが……モモコを助けるなんて……」

特にコノハが信じられない、と目も口も丸くさせて動揺している。 しかし同時に、あれだけモモコを邪険に扱っていたミツキが自ら彼女を助け出したことに、少し喜びも感じていた。

「これ以上こいつらに手出すって言うなら、俺が相手になる」

キッと自分達を睨みつけるミツキを見て、ドレンテは一瞬その様子に動揺しつつも嘲笑うかのように鼻で笑う。

「キミ、星空町の問題児のミツキじゃん。 どういう風の吹き回し?」
「お前らには関係ねぇよ!」

ミツキの気迫に、グラーヴェとソナタは「何があったの」と互いを見合わせるが、ドレンテは自分が注目していたモモコが魔法使いに守られたのか、非常に不愉快な様子を舌打ちと潜めた眉で示した。
とはいえ、怒り任せになったミツキはこちら側のいいカモ____クライシスの3匹は総出でミツキの手裏剣による攻撃を制圧しようと黒い塊やサイコパワーでできた刃、毒針等で向かい撃つ。 ミツキも負けじと手裏剣だけでなく、水で作られた波動で反撃。 ところが、クライシス側からしてもミツキの攻撃を相殺するまでに留まってしまい、なかなか直撃を狙うことはできなかった。
攻撃を相殺するだけでなく、上手くかわしながら次の攻撃を狙っている。 今のミツキは一見速攻と思いきや先を読みながら戦っているのだ。 やっぱりいつものミツキと何かが違う____グラーヴェは内心危機感を感じていた。
それはライヤとコノハも感じていた。 いつも自分の目の前しか見えてないミツキが、『久しぶり』に互角にバトルしている。 誰かのために戦うミツキは強い、ライヤは改めるように確信した。

『3バカ達、手ブラでいいから至急戻ってきなさい』

クライシスの3匹目がミツキの猛攻から逃れながら次のチャンスを伺っていると、突然彼らの頭の中に声が響いてきた。 酷く冷たく落ち着いた少女の声である。
せっかくいいところであり、もしかしたらモモコを連れて行けるかもしれないのに____ソナタは彼女の指示に狼狽える。

「し、しかしユウリ様!」
『今は作戦を立て直すべきよ』

今の状況では、いつもと違うスイッチモードのミツキと戦っていても埒があかない。 グラーヴェは少々無念そうに、ソナタがユウリと呼んだ声に従うことにした。

「……分かりました」
「グラーヴェ! 本当に?」
「とりあえず、また次の機会を伺おう。 アイツも魔法使いだ、暫くはこの町に留まっているだろう」

自分より大人なグラーヴェに、ソナタは観念したようにしぶしぶ従う。 ドレンテはというと、最初からそのつもりであり特に反論する様子も見せなかった。 どこまでもマイペースなヤツだ____ドレンテを尻目にグラーヴェはやれやれと溜息を吐く。
グラーヴェとドレンテがスタッ、と音を立てながらミツキと距離を取ると、ソナタがすかさず足を組みながらグラーヴェの上に優雅に座る。 まるで戦うとは思えない彼らの態度に、ミツキもクライシス側は降参したのか、と勘付く。

「今日のところはここまでにしておくわよ!」
「日を改めて、お前を捕まえに来るからな」

ソナタと彼女を乗せたグラーヴェが捨て台詞を吐きながらジャンプして撤退していく。 ドレンテはというと、まだ言い残したことでもあるのか、2匹を見届けてその場からなかなか去ろうとはしなかった。 チームカルテット達に怪訝な顔を向けられると、ドレンテは「そんな顔しないでよ」と自嘲混じりに笑う。 そんな彼が再び視線を特に注いでいたのはやはりモモコだった。

「また会おうね、モモコ」

ドレンテはチームカルテットの方に歩み寄ると、モモコにくっつきそうなぐらいまで顔を近づける。 耳元に口が当たるようになっており、ドレンテの表情をモモコは見ることができなかったが、底知れない胸騒ぎだけは確かに感じていた。
そして、呟くようでもあり語りかけるように、ドレンテはモモコの耳元でフフッと笑う。 彼の生暖かい息が吹きかかるごとに、思わず鳥肌が立ちそうだった。

「……くれぐれも忘れないように。 キミはボクのモノだ」

モモコからの返答はいらなかったのか、ドレンテはそれだけ言うとグラーヴェとソナタを追うようにその場から撤退してしまった。 モモコはというと、怪訝な顔をしながら去っていくドレンテを見送ることしかできなかった。

「え?」

クライシスの3幹部が姿を消すのを確認すると、ミツキも戦う相手がいなくなったため、流星広場の方向へと踵を返す。

「俺、先帰るわ」
「え? 一緒に帰りましょうよ!」
「1匹で帰りてぇんだよ」

コノハの誘いにも乗らず、ミツキはそう言い捨てると駆け足でその場から立ち去ってしまった。 せっかく誘ってやったのに、とコノハは頬を膨らませるが、

「その糸、焼き払ったげるわね」

モモコが炎に弱いということもあり、コノハは加減しながら小さな火の粉を糸に吹きかける。 糸の束の一部分を焼き払うことはできたのだが、糸を介してモモコの左腕に火がかかってしまった。

「あつっ!」
「あ、ゴメン! ちょっと火傷させちゃったかも」

焼き払った部分から糸の拘束を解きながら、火が当たった部分をよく見てみると赤い痕が残っており、大事になる前に手当をした方が良さそうだ。

「あっちゃー、やっぱり。 ゴメンね」
「ひとまず、マジカルベースに1回戻りましょうか」

***

マジカルベースの宿舎の1階には、医務室も設置されていた。 人間の時に通っていた学校のそれよろしく、シーツやカーテンは白でまとめられており、薬独特の匂いが広がっていた。
先程コノハの炎で火傷してしまったモモコは、ディスペアの手当てを受けていた。 シオンの双子の妹、リオンも傍らで補佐を行っている。
炎による火傷だったため、ただ水で冷やすだけでは心配だということで保冷剤を患部に当てて布で固定するという応急処置がとられた。 軽い火傷とはいえ、くさタイプのモモコからすれば少しの火傷でさえ放ってはおけないのだが、然程大きくない火傷だったため大事に至らなかったことが不幸中の幸いだ、とディスペアは言った。 リオンも、よりにもよって魔法使い初勤務の日に火傷するなんて、と苦言していた。

「あの3匹のポケモンって、結局何者なの?」

モモコの問いに、コノハとライヤが怪訝な顔をしながら、交互に説明してくれた。

「奴らは『クライシス』。 さっきもちょっとライヤが説明してたけど、ポケモンをミュルミュールに変えている暗黒魔法を扱う悪い奴らよ」
「中でも僕達が鉢合わせた3幹部は、強い暗黒魔法の力を持っていて、よく表にも出てくるんです」
「3幹部っつても、最初はあのアリアドスのオッさんのグラーヴェだけだったけど、気づいたらサーナイトのソナタとか、イーブイのドレンテとかメンツが増えたからそう呼ばれるようになったけどね」

自分にやたらと突っかかってきたイーブイのことが話題に上がり、去り際に言われたあの意味深な言葉がモモコの頭の中でリピートされていた。
キミはボクのモノ____ただの初対面とは思えないが、今はそこに言及していてはキリがない。

「ところで暗黒魔法……って、普通の魔法と違うの? やっぱ」
「ええ、それはもちろん一味も二味も違うわね」

救急箱をパタン、と閉じながらディスペアが話に乗っかってくる。 ディスペアもまたモデラートと同じく表情を殆ど変えずに、まるでテレビ番組の話でもするかのように話している。 その様子がどうも引っかかるというか不気味というか、リオンは隣で顔をしかめていた。

「あー。 こーゆーのディスペアに聞いた方が早いかもね」
「ディスペアはお医者さんでもあるのか、そういう暗黒魔法についても詳しいんです」

ライヤとコノハに促されるように、ディスペアは説明する。

「本来なら魔法は、ポケモン達に希望を与えるための力として伝えられていたんだけど、その力を悪用したものが暗黒魔法なのよ。 ポケモン達の負の感情エネルギーが集まれば集まるほど、暗黒魔法は強力になるの。 だからクライシスは、ミュルミュールが作り出された時に生じるそのエネルギーを集めてるってワケ」

元々あった魔法というひとつの力が、理由は分からないが枝分かれして暗黒魔法というジャンルを生み出した。 作られた力の暗黒魔法は、純粋な魔法の力よりも必然的にまだ力が足りないため、ポケモン達の悲しみや憎しみ、絶望といった負の感情から発せられるエネルギーが源となっている。
そのエネルギーを集めることが、クライシスの目的とディスペアは語っているが、今日の様子から理由は不明だがモモコを狙っていることも確実だ。

「ねぇ、ディスペアって男? 女?」
「おネェよ」

モモコの声を潜めた質問に、コノハも声のトーンを合わせて即答した。

「ポケモンのミュルミュール化は、暗黒魔法のひとつに過ぎないわ。 世の中には、もっと恐ろしい暗黒魔法があるっていうウワサよ」
「も、もっと恐ろしい暗黒魔法!?」

ディスペアの言うそれに心当たりがあるのか、リオンだけでなくライヤとコノハも顔を強張らせながら目線を下に向ける。
ディスペア以外の魔法使いの変化に気が付いたモモコがその旨について尋ねようとすると、まるでそれを許さないようにディスペアが言葉を続けた。

「あまり詳しくは伝えられていないから何とも言えないけど、注意した方がいいわね」

マナーレも言っていたが、ただでさえ魔法使いはデリケートなポケモン達の心を守る仕事。 もっと恐ろしい暗黒魔法に自分は立ち向えるのか____魔法使いになることの危険さをようやく理解したモモコの中には、若干の不安が生じていた。

***

その日の夜、モモコが上に戻ると偶然にも先に上がっていたミツキと鉢合わせてしまった。
腕に布が巻かれているモモコの姿を捉えたミツキは、そこに目がいくとほんの少しだけ鋭い目を垂らし、悲しそうな表情を浮かべながら彼女から目をそらす。
一方のモモコはあれからミツキと顔も合わせていないということもあり、どう声をかければいいのか分からなかったが、伝えなければいけないことはちゃんとあった。
思い切ってモモコは、その場を通り過ぎようとするミツキの名を彼の前で初めて呼んだ。

「み、ミツキ!」

正直、無視されて部屋に戻ってしまうのでは、とモモコは覚悟していたのだが。
ミツキが面倒くさそうにも先を行くことなく、足を止めてマントを翻しながら振り返り、無言でじっとモモコと目を合わせようとしていたのだ。
これは想定外だったためかモモコはかなり動揺しており、きっと愛想笑いと驚きが混じったような可笑しな顔になっているだろうと感じていた。
それでも、喉から絞り出すように溜めていた言葉をミツキに伝えた。

「昼間は助けてくれてありがとう」
「……別に」

ぷい、とミツキはそっぽを向く。 その表情がどんなものかはモモコには確かめることができないが彼の表情には嫌悪感はなく、それどころか礼を言われて照れ臭そうな様子が現れていた。

「でも、あんだけ悪口叩いておいてどうして助けてくれたの?」
「クライシスが許せねぇんだよ、お前のためじゃねぇからな」

ミツキは背を向けたまま、素っ気なくそう言うとすたすたと自分の部屋に戻って行ってしまった。

「何それ」

1匹取り残されたモモコは、ますます分からなくなり頭を捻らせる。
普通に会話ができる相手ではあるということは分かった。 そもそも、ライヤやコノハの言葉のブレーキには従っているし、クライシスの3幹部に攫われそうになったところを助けてくれたりもしていることから正義感も強いことが伺え、ミツキは本当は悪いポケモンではないことも確信を持てる。
しかし、自分が魔法使いになることをどうしてああも認めないのか。
これが分からない。
自分に向けられている感情は嫌いだとか、憎しみだとかそういうモノではないのかもしれない。

(どーやったら、ミツキと仲良くなれるかな)

ランタンによって明かりだけが灯されている誰もいない廊下にモモコは尋ねてみたが、今はその答えを誰も教えてくれなかった。
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