021 わたしのため、ってどういうこと?

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 星空町から見て西の方角にある荒野地帯。広々とした荒れ野の中に、幾つもの不思議のダンジョンが発生している。音の大陸の中でも最も広い地帯なだけあり、暗黒魔法の影響を大きく受けている。周りのポケモン達は皆気が立っており、迂闊に通ると襲いかかってくる危険性もあった。
 そんな荒野地帯の中にある、鮮やかな赤い葉をつけた木々に囲まれている『紅の荒野』。そこにモモコは連れて来られていた。

「んっ」

 ふと、頭にぽつんと冷たいものが降ってきた。見上げてみると、空はミルク色の雲で覆われており、ぽつ、ぽつと雨が降り始めている。
 モモコを背負ったままのドレンテも、雨が降ってきたことに気づき先を急ぐ。紅の荒野に来たことがあるのか、ドレンテはおおかた道を知っている様子で何処かに向かおうとしていた。
 そしてようやく、一軒の木造の小屋の前に辿り着く。1階建てと思われるその小屋は、見たところを一言で言うと“おんぼろ”だった。木でできた壁は、雨水によって色が濃くなっている。
 ドアを開け中に入ると、薄暗い空間の中に申し訳程度にテーブルとシングルベッドが、物悲しく設置されていた。割と小綺麗にされており、定期的に誰かがこの小屋に入り浸っているものと考えられる。
 ドレンテは扉を閉めるとモモコを背中から下ろし、ふたつの呪文を続けざまに唱えた。

「『コンキリオ・ルーメン』」

 まずは、この薄暗い小屋の中を明るくする魔法。まるでランタンでも灯したかのように、辺りが明るくなる。部屋の中に蛍光灯やテーブルランプがあるワケでもないのに、なんと不思議なことか。

「『コンキリオ・リベルタ』」

 続いて、モモコにかけられた拘束魔法を解く。身体を縛っていたロープも、口を塞いでいた猿轡も紫色の光に変わり消え飛んだ。ここまで連れて来ておいて、何のつもりだろうか。ただでさえ謎の多いドレンテではあるが、今日の様子はやはりおかしい。

「わたしをどうするつもりなの?」

 警戒心を隠しきれないモモコだが、ドレンテからすればそれも想定内。動じることなくドレンテは、説明口調でモモコに語りかける。

「別に取って食いやしないよ。手荒なマネをしてごめんね」
「いや、手荒すぎるよ……。これでもわたし、病人、じゃなくて病ポケなんだから」

 ごほ、ごほと相変わらず咳をしながらも、モモコは不満タラタラだ。

「いずれにせよ、あのままボクが来ないままマジカルベースにいたら、グラーヴェとソナタがキミを捕まえに来ていた。キミがあの2匹に捕まる前に、ボクが先回りしたってワケ」

 ここで分からないことがある。グラーヴェとソナタといえば、ドレンテの仲間であるクライシス3幹部。3匹共、モモコの捕獲を目的としているものだと思っていたが、ドレンテ的にはあの2匹に、モモコの身柄を渡すワケにはいかないようだ。

「この荒野地帯は、暗黒魔法の影響を特に大きく受けているから実力のある魔法使いしか近寄らない。きっとグラーヴェ達を撒く時間稼ぎになるし、ここなら雨宿りにもなる」
「グラーヴェ達とは仲間じゃないの? どうして別行動してるの?」

 怪訝な顔をしてモモコが尋ねると、ドレンテは普段の余裕のある表情とは打って変わって、切迫した顔付きで呟いた。

「……あいつらにキミを引き渡せば、キミがキミでない“ナニカ”になる」

 そのドレンテの言葉の意味は、今のモモコには理解することはできない。



* * *



 一方、星空町マジカルベース宿舎の居間。既にミツキ達が仕事から帰って来ており、ガッゾからことの経緯を聞いたところだ。緊急事態であるため、モデラートとマナーレも同席している。

「ええぇええーっ!? 何ですって!?」
「モモコがドレンテに攫われたって、本当ですか!?」

 ライヤとコノハは、口をあんぐり開けて驚いていた。ミツキに至っては、驚きを通り越して絶句。ほんの一瞬の出来事だったため、モデラートとマナーレも把握できず、特にマナーレは「マジカルベースに私とマスターがいながら、こんなことになるなんて」と、自分達の不甲斐なさに項垂れていた。

「ごめんなさいだゾ……。ドレンテのおにーちゃんが、魔法でオイラに目隠しして……」

 唯一の目撃者でもあるガッゾは、申し訳なさから今にも泣きだしそうだった。ドレンテがマジカルベースを去る際、目隠しの魔法をかけられてしまったガッゾは彼の行く先を追うこともままならなかった。現状、モモコを助けに向かうにしても何も手がかりがないのだ。

「私、帰って来る途中でモモコちゃんとドレンテちゃんを見たわ」

 ディスペアがにゅっと効果音を付けるように現れたのは、そんな時だった。学会が終わって、マジカルベースに戻って来たのだ。

「ディスペア! どっから出てきたのよ」
「ごめんなさいね、学会に出ていたらこんなことになっていたなんて……」
「それで、ドレンテはどっちの方に行ったんだ?」

 ミツキは切羽詰まった様子で、ディスペアに問い詰めた。胸倉をつかむ勢いだったものだから、ライヤやコノハがどうどうと窘めようとする。当のディスペアは、ミツキの感情に飲まれることなく、冷静に説明した。

「ここから北西の方へ行ったわ。『紅の荒野』に入っていくのを見たの」
「だったらこうしちゃいられねぇ! 紅の荒野に行くぞ!」
「待って、ミツキ」

 ミツキが宿舎を飛び出して行こうとするところを、モデラートがすかさずミツキの腕を掴んだことで制止する。これまで放任主義のようなところが見られたモデラートだったが、直々にワンクッション置こうとするあたり、荒野地帯にミツキが立ち入ることはかなり危険であることが分かる。

「でも……!」
「紅の荒野は、暗黒魔法の影響が特に広がっている荒野地帯だよ。近くにはクライシスのアジトがあって暗黒魔法が集結している場所だし、何が起こるか分からない。今回ばかりは、キミも生きて帰って来れるか分からないんだ」

 いつになく真剣な顔でミツキにそう告げるモデラートに、マナーレも続ける。

「マスターの言う通りだ。ここはチームアースやチームキューティが帰ってくるのを待って__」
「お言葉だけど、マスター、マナーレ。アタシも今からモモコを助けに行きたい。自分達のチームの仲間は、まずアタシ達で助けたいの」

 マナーレの言葉を遮ったのはコノハだった。いつものように強気な口調ではあるものの、足はぷるぷると震えている。暗黒魔法の集結する場所であること、そこにモモコがいるということで恐怖と不安で押し潰されそうになっていた。
 それでも、何もできなかったユズネの時と同じことを繰り返さないように。コノハの意志は固かった。

「今のモモコは、ただでさえ風邪で熱があるんです。喘息の発作も出ていますし……下手をすれば、命の危険だってあります」

 ライヤも続ける。今はモモコの体調不良が重なり、状況がかなり厳しい。クライシスや強力な暗黒魔法との直面のおそれ以前に、時間との勝負でもある。

「コノハ。ライヤまで……」

 ライヤもコノハも、ミツキと同じなのだ。仲間を一度不甲斐ない自分達のせいで失っている。せっかく仲間として迎え入れたモモコを、こんな形でまた失うことはゴメンだった。
 決意を改めたミツキは、もう一度モデラートとマナーレに向き直る。

「約束する、マスター! 絶対モモコを連れて生きて帰ってくる!」
「僕からもお願いします!」
「アタシからも!」

 3匹は揃ってモデラートに頭を下げる。モデラートもまた、3匹の気持ちを理解していた。ユズネの一件があってから、彼らの意識が明らかに高くなったのだ。また、モモコを助け出したいという彼らの思いから出た言葉にも、一理ある。具合が悪い状態のモモコを放っておけば、何が起こるか分からないのは同じことだ。

「キミ達なら、そう言うと思ったよ」

 いつものにこやかな笑顔ではなく、3匹を信頼している目で笑みを投げかけるモデラート。彼の表情が、ミツキ達の荒野地帯への出場を許可するものだとすぐに判断でき、ミツキ達もぱあっと表情を明るくさせる。

「ただ、荒野地帯はとても広いんだ。もう紅の荒野から離れている可能性もある」
「それならアタシに任せて! 暗黒魔法の魔力とモモコの魔力が入り混じってる場所を特定すればいいのよね!」

 星空町で魔力がどこにあるのかを感知できる魔法使いは、モデラートとマナーレ以外ではコノハのみ。普段何気ない気持ちで使っていた彼女の能力が、今こそ重要な役割を果たす時だった。

「分かった。その辺りはコノハに任せよう」

 コノハが暗黒魔法とモモコの魔力が混ざっている場所を感知し、畳み掛けるようにそこへ向かう。至ってシンプルな目的だが、リスクは高い。ミツキ達は、ことの重大さをしかと心に受け止め、階段を降りようとした。

「ミツキ、ライヤ、コノハ」

 ふとマナーレに呼び止められた3匹は、マナーレの方へ踵を返す。ミツキ達を見つめるマナーレは、今にも泣き出しそうだった。それでもなお、マナーレは涙を振り払うように、いつもの厳格で気丈な上司を演じとおした。

「約束してくれ。お前達全員がモモコを連れて、生きて帰ってくると」
「任せろ!」

 ミツキの力強い返事を聞いたモデラートとマナーレは、何故だかその強い意志に賭けてみようという気持ちになった。今のチームカルテットは、もう1年前までの彼らとは違う。強い意志と行動力、そして“チームとして”の絆が、モモコが加わってから増しているのだ。
 モデラート達に見送られた3匹は階段を駆け下り、外に出るとすぐにほうきに乗り込んだ。雨が降っているため、水に弱いコノハだけは雨避けのレインコートを着込んでの出動となった。

(待ってろ、モモコ。絶対助けてやるからな)

 雨空の中をほうきで駆けていくミツキはモモコを助け出す一心で、さらにスピードを上げた。



* * *



 ミツキ達が荒野地帯へ向かったのと同じ頃。黒字に白レースが施されたゴスロリ風の傘をさしているソナタを乗せて、グラーヴェが星空町の民家の屋根を飛び越える。
 ソナタがエステから帰ってくるのを待っていたら、あいにくの悪天候。グラーヴェとしては不満タラタラだ。

「全く、エステというものは時間がかかるものだ。お陰で雨が降ってきたではないか」
「あ、の、ねぇ! お肌はあたしの命なの! 定期的にお手入れしないと、ダメになっちゃうんだから!」

 そう言い切るソナタの肌は、心なしか化粧ノリがいつもよりも良くなっている。エステに行った直後は良くなっているものの、比較的雑な性格をしているソナタは、すぐにコンディションがエステに行く前のそれに戻ってしまうのだが。

「ほら、そろそろマジカルベースに着くぞ」

 グラーヴェの声掛けで、ソナタは改めて目の前に視線を移す。とてもクリスタルが敷き詰められた自分達のアジトとは対照的な、大きな木をそのまま住処にしたようなマジカルベースの宿舎が見えてきた。いつもは青い空と海に囲まれているマジカルベースも、どこか輪郭がぼやけており海の色も雨で淀んでいる。
 グラーヴェとソナタは早速、ユウリの情報をもとにモモコの部屋へと乗り込もうとしたが。

「なんですって!?」
「モモコがいない……だと……」

 モモコの部屋はもぬけの殻。枕元には風邪薬と思われる袋と、コップ一杯の水が置いてあるのみ。床に敷かれた丸いカーペットの上には、スポーツドリンクの入ったペットボトルが転がっていた。
 風邪で寝込んでいるのなら、確実にマジカルベースにいると思ったのだが。ふとソナタは、ハッとしたように今ここにはいない仲間のことを思い出した。

「そういえばドレンテは? リード買いに行くとか言ったきりよね?」
「アイツも行方不明、ってことか……」

 頼み綱であるドレンテも、星空町に来てから一度も見かけていない。モモコと関与しているかどうかまでは確定できないが、普段からドレンテはモモコが絡むとどうも様子がおかしくなる。2匹が一緒に失踪していても、何ら不自然ではないというのが、グラーヴェとソナタの本音だった。

「ヌホーッホッホッホ! 3幹部はキャリアが短いヤツが多いから、どぉおぅも詰めが甘いもんねー!」

 項垂れている2匹の背後から、やたやとテンションの高い声が聞こえてくる。振り向くと、首にクライシスの印である黒紫のスカーフを巻いているぎゃくてんポケモンのカラマネロが、窓の外から顔を出していた。空が飛べるため、魔法のほうきを使わずに、そのイカのような身体を宙に浮かせている。

「お前は……!」

 グラーヴェが言いかけた時、途端に頭に少女の声が響く。

『グラーヴェ、ソナタ、聞こえる?』
「ユウリ様!」

 声の主はユウリだった。 ソナタの頭にも同じ声が聞こえているようだ。

『ドレンテがモモコと一緒にいることだけは、あたしの方でも把握しているわ。ネロちゃんを派遣したから、至急一緒に探しなさい』

 目の前のカラマネロは、ユウリからネロちゃんと呼ばれている。ドレンテとモモコが一緒にいることに間違いがないことを伝えると、ユウリはグラーヴェ達との通信的能力を中断させた。言いたいことを簡潔にまとめて言い、要件が終わればすぐに切り替えるタイプなのだろう。

「はっ!」
「……ったく、めんどくさいわねぇ」

 それから暫く。
 部屋の主がいないモモコの部屋で、グラーヴェ、ソナタ、ネロちゃんとで気まずい空気が流れる。クライシスの3幹部同士は仲がいい様子が伺えるが、グラーヴェ達とネロちゃんとでは、あまり折り合いがうまく言っていないことが見て取れる。
 いつまでも長い休符が続いても仕方ない__ようやく、グラーヴェが仕方なさそうに口を開いた。

「おい、イカ」
「ヌホーッ!? イカとは何ぞやイカとは!」

 イカと呼ばれたネロちゃんは紅潮する。

「このメンバーの中では俺が歳上だ、俺のいうことを聞け」

 グラーヴェは40代ぐらいの、言ってしまえばふしぎ博士ほどではないがおじさんポケモンだ。ソナタは20代後半ぐらいと見られ、ネロちゃんはどうも読めないが、グラーヴェよりは若いポケモンであることだけは雰囲気で察しがつく。

「ヌホーッホッホッホ! 何を戯言抜かしてるんだ! この中じゃ、ユウリちゃんの側近のオレっちがトップだもんねー!」
「チッ……」
「まぁ誰でもいいじゃないの。とっととドレンテ探して、ついでにモモコも捕まえるわよ」

 自分より明らかに歳下のくせに、突然威張り始めるネロちゃんの態度にグラーヴェは舌打ちをする。ソナタは不満タラタラな彼をたしなめると、モモコとドレンテを探すために外に出るようグラーヴェ達に促した。



* * *



 荒野地帯へと先を急ぐミツキ達。彼らが舞う空模様は次第に怪しげなものへと変わっていき、遠くからは雷の音も聞こえてくる。午後になってから、一気に天気は下り坂だ。
 コノハが微かに暗黒魔法の力を感じ取っており、仲間達を先導した。彼女に続く形でミツキとライヤも、時折強風でよろめきながら空を飛んでいる。

「コノハ、大丈夫そうですか?」
「レインコート羽織ってるから、どうってことないわよ」

 バタバタという風の音を立てながら、コノハの羽織るレインコートが風ではためく。濡れたレインコートがコノハの肌に張り付いているものの、持ち前のタフさを武器にコノハは余裕の笑みを見せる。
 もしかしたらモモコを助けるために、ここでへばってはいけないと強がっているのかもしれない。証拠に、正面に向き直ったコノハの顔が真剣なそれに切り替わっていた。

「見えてきましたね、あれが荒野地帯です」

 やがて、周りの景色が平坦な土地ばかりになってきた。モデラートの言う通り、この荒野地帯だけでも星空町の何倍もの広さを誇る。こんな広いところから、どうモモコを探せばいいのか。コノハの力があるにしても、暗黒魔法の影響を強く受けているとなれば一筋縄ではいかない__ミツキは抱いていた緊張感をより高まらせる。

「紅の荒野ってことは、紅色の荒野探せばいいってことだよな?」
「……はっ!」

 悪天候による悪い視界で辺りを見回しながら、紅の荒野らしきものを探しているとコノハが大きく目を見開く。コノハが毛を逆立てたり、突然目を見開いている時は強い魔法の力を感じ取っていることは、ミツキ達も周知のこと。何か大きな手がかりを感じたのかもしれない。

「どうしたんだ? コノハ」
「ミツキ、ライヤ! こっちよ! モモコの魔力をこっちから感じるの!」

 コノハが高揚しながら示す方向は、紅い木達が立ち並んでいる。そこから魔力が感じ取れるとなればビンゴ__紅の荒野が、すぐそこにあった。

「ナイスです!」
「よし、行くぞ!」

 ミツキとライヤはコノハに続いて紅の荒野へと飛び込もうとする。思ったよりも早く辿り着いた。
 かのように思えた。
 仲間達が安堵していた時、ライヤが自分達の目の前に迫る、ある異変に気付いた。

「ミツキ、コノハ! 止まってください!」

 ライヤの声で、ミツキとコノハは急ブレーキをかけるようにほうきの動きを止める。それとほぼ同時に、鳥ポケモン達の群れがこちらに迫ってくる。オニスズメやケンホロウ、オオスバメといったポケモン達が、敵意をむき出しにしてミツキ達を睨みつける。

「な、なんだこいつら!?」
「暗黒魔法の影響で、暴走しているポケモン達です! ナワバリに入らないようにしているのかも……」
「……蹴散らすしかねぇってことか!」

 一般ポケモンとの戦いでは魔法は使えない。ポケモンとしての技でしか太刀打ちできないが、ここを突破しないと。3匹は、鳥ポケモン達の群れに飛び込んでいった。



* * *



「ぜぇ、ぜぇ……。げほっ、げほっ」

 紅の荒野にある小屋では、ドレンテがモモコをベッドに寝かせていた。天気が崩れ、気温も下がっている今、モモコの体調も下降の一途を辿る。

「はー、はー……」

 喘鳴音と息苦しさも相変わらずであり、何度かおでこに手を当ててみたものの、人間の体温と大差ないイーブイであるドレンテよりも熱い。熱も下がっていないようだ。

(天気が悪くなってきた。モモコの具合の悪さも天気に比例している)

 次第にクレッシェンドしていく、雨粒が屋根に打ち付けられる音をバックに、ドレンテは窓から見える雨風が強まる外と目の前で浅く短い呼吸をしながら横たわるモモコを交互に見る。
 時折激しく咳き込んでは、横たわる体勢から身体を起こして座るような体勢を取り、かと思えばまた寝込む。そんなことを繰り返すモモコの辛そうな姿を見て、ドレンテは罪悪感に駆られていた。

(またボクのせいでモモコを苦しめてるのは分かってる。でも、でも……ユウリ様の手に渡らないようにするには、これしかないんだ)

 ドレンテとしてはこれが最善策だが、当のモモコに本当のことは言えない。そのことが余計にドレンテからすればもどかしく、歯がゆく、心が痛む。
 一方で何も知らないモモコからすれば、この状況はなかなかに奇妙なものだった。風邪で静養していたところを拉致されたかと思われたら、こうして小屋の中で匿ってもらっている。その理由を知ろうとしても、ドレンテはなかなか本質を見せてくれない。

「……ねぇ、ドレンテ。聞きたいことがあるんだけど」

 ベッドの上で仰向けになったまま、掠れた声でモモコは問う。

「ドレンテって、なんでクライシスやってるの?」

 その質問が意表を突かれたものだったのか、ドレンテは思わずモモコの方を三度見ほどした。

「……え?」
「なんかドレンテって、他の2匹と微妙に違うっていうか、なんていうか」

 ぴくり、とドレンテのこめかみが微かに動いたのが分かる。やっぱり、何となくだがドレンテはクライシスでありながら、何か別の信念を持って自分と関わっている。モモコの予測は、確信へと近づいていた。

「どういう意味だい?」
「こう、うまく言えないんだけど……クライシスなのに、クライシスっぽくない」
「……別に、深い意味はないよ」

 図星を突かれたのか、誤魔化すようにドレンテはふてくされたフリをして答える。あと少しでドレンテの本心を知れそうなのに、掴みきれない。モモコにとっても、まるで絡まった糸が解けないように、こんな状況が続くことがもどかしかった。

「そしたら質問変える。どうして今こうやって匿ってくれてるの? わたしのため、ってどういうこと?」

 質問の仕方を変えられたドレンテは、内心どきっとする。心臓が跳ねるような大袈裟なものではなく、まるで自分の核心に触れられそうになっているような感覚だった。
 どうせなら、今ここでカミングアウトしてしまおうか、今ここにいるのは自分とモモコだけならば。

「それは__」
「こんなところにいたのね、ドレンテ」

 背後からソナタの声がした。ドレンテがまさかと思いばっと思い切り振り向くと、グラーヴェ達が扉を開けっぱなしにしたままで佇んでいた。ドレンテはというと、この世の終わりのような顔をして足がぷるぷると震えている。モモコからすれば、ネロちゃんとは初対面であるためか「誰あのポケモン」という表情で彼らを見つめる。

「ぐ、グラーヴェ! ソナタ! それに……側近のイカまで……」
「ヌホーッホッホッホ! オレっち達より先に、そいつを捕まえたことには感謝する! でも、どうしてアジトに直行しないで、寄り道なんてしてるんだぁー?」

 ネロちゃんが煽るように、ドレンテの顎をくい、と持ち上げ、自分に近づける。ネロちゃんの吊り上がったように笑う目と、生暖かい吐息が、ドレンテとは相性があまりよくなかった。不愉快そうに顔をしかめるドレンテの意思に反するように、ネロちゃんはドレンテをすぐには解放しない。
 傍では、グラーヴェに座っているソナタが、自分達が有利であることが分かっているのか余裕の笑みを浮かべていた。

「でもまぁ、今のモモコは手も足も出ないほど弱ってるものねぇ。くすくすくす……!」
「早くアジトに連れて行くぞ」

 グラーヴェはそう言うと、すかさず糸を吐き出しモモコの腕に巻き付けた。このまま引きずるように連行していくつもりなのだろうか。引っ張られるワケにはいかまいと、モモコは反射的に自由が効いている片腕でもう片方の腕を抑える。
 ここは何としてでも説得しないと__気がつけばドレンテはモモコの前に飛び出し、グラーヴェ達をとっさの判断で説得する。こういう時は、理屈で分からせるのが大人の彼らには向いているのだ。

「ま、待ってよ! ユウリ様の目的達成の条件。それはまだ揃ってないだろ? なのに今モモコをユウリ様のところに連れて行っても、あんまり意味ないんじゃ……」
「そんなん、今捕獲しておく分に越したことはないもんねー!」

 ネロちゃんは再び、ドレンテを小馬鹿にしたようにケラケラと笑う。今のドレンテからは、グラーヴェ達を阻止しようとする意志が、クライシスとしてのドレンテではなく、ドレンテではない誰かがモモコを守ろうとしている様子が見て取れる。

(……ドレンテ、やっぱり、クライシスっぽくない。なんであんなに必死なんだろう。なんであんなに苦しそうなんだろう)

 その時。八分音符よりも短い間隔で。グラーヴェの吐き出している糸を貫くように、手裏剣がひとつ飛んできた。

「そうはさせねぇぞ!」
「その声は……まさか!」

 グラーヴェがハッとしたように振り向くと、小さな3匹のポケモンが自分達を睨みつけている。

「ドレンテ! ついに見つけたわよ!」
「モモコを返してもらいます!」

 ミツキ、ライヤ、コノハの3匹が、身体を雨水で濡らし傷をあちこちに作った状態で、そこにいた。

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