87話 新たなカードN

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「めんどくせー、四組とか今日休みだぞ?」
「五組と六組と八組も休みらしいな」
 四月七日の木曜日。蜂谷と恭介が春休みなのに入学式の在校生代表として出なくてはいけないことにケチをつけている。
「仕方ないだろ。担任がくじ引いて、うちのクラスが在校生代表で出ることになったんだし。それに卒業式の在校生代表は入学式に出ないクラスが出るし、プラマイは0だろ。先になったか後になったかだけじゃん」
 と、なだめてみたものの恭介は先に出る分損した気分とまたまた文句を言う。
「そういうのを朝三暮四って言うんだ」
 風見が鼻で笑いながらかつ若干のどや顔で恭介に忠告した。春休みは皆それぞれ都合が合わず、集って遊ぶことが出来なかったためこうして喋るのは久しぶりなのだが相変わらずで安心した。
 いや、相変わらずというのもやや違う。拓哉はPCCで左腕を骨折したためにギプスを巻いているのが物凄く目立つ。痛々しく、それを見る度に能力(ちから)の事を考えてしまう。本人は事情を知らない俺と風見以外には適当にいって誤魔化している。
 余談だが、うちの高校は他の高校とは違って学年が変わってもクラス替えは行わない。これはクラスでの結束を高めるためだとからしいのだが、険悪なムードを持つクラスだったら一たまりもないと常々思う。うちのクラスはそんなこともなく極めて穏やか。
「なあなあ、これって昼までだろ?」
 蜂谷が唐突に切りだす。
「入学式終わったら飯食いに行こうぜ」
「どこにだよ」
「それは決めてないけどさ、街に繰り出してさ!」
 ノープランなのは御愛嬌、ってか。何か考えてから言ってもらいたい。っていうか前日に言え。
「俺お金あんまり持ってきてないぞ」
「えー。翔の財布は寒いなあ!」
 所謂オタマロ顔で言う蜂谷に、事実だから言い返せないのが悔しい。が一発殴りたい。殴らせろ。しかしここは堪えてきっと睨みつけておくだけに留めてやろう。
「風見は大丈夫?」
「構わん。行く」
「拓哉は?」
「僕もいいよ」
「で、恭介はどう」
「うーん、行きたいのはやまやまだけど俺今日家族で出かけるからさ」
 どうしたものかとふーっ、と鼻息を鳴らす蜂谷。
「そうだ。定食屋の二割引きチケットあるんだけど翔それ使うか?」
「百六十円くらいで食べれる?」
「絶対無理」
「だよねー。ということで俺もパス、三人で行ってこい」
 俺がお金の貸し借りを、風見杯の頃のこともあってか極端に嫌っているのを知っているので、皆は俺にそういうことを言ってこない。
 そしてまたどうでもいいことを喋っているとようやく校内放送がかかり、在校生は体育館に行けとアナウンスを鳴らした。



 俺が振り返ることでパイプ椅子がギィと悲鳴を上げる。そんなことはどうでもよく、振り返って蜂谷の頭をバチンとボタンを虫を潰すように叩きつけた。
「ちょっかいかけるな!」
「いや、だって」
「だってじゃない!」
 やや興奮気味に喋っているが、式典会場ということなので小声で怒鳴っている。あまり悪目立ちしたくないのに。喋る程度なら他の生徒もいっぱいしているため百歩譲るが、後ろを振り返るのはどうしても目立つ。
 丁度真後ろに座っている蜂谷が、俺がくすぐりに弱いのを知っていながらやってくる。もちろん我慢できるわけもなく大きなリアクションを音とともに上げてしまった。その腹いせに一発。さっきの殴りたかった分も込めたので若干鈍い音が響いた。
 アナウンスが鳴って新入生が体育館の後ろの入り口から入場してくる。新品のぴっちりした制服を着た新入生が顔を強張らせながら入ってくる。
 初々しいなあと思っていると、後ろで蜂谷と、メタボ体系で顔にいわゆるブサイクゆえに逝ケメンというあだ名を付けられた野田 義弘(のだ よしひろ)が新入女子生徒の品定めをしている。左隣りの風見は腕組みして目をつぶっている。寝ているのか。
「お、翔! 向井いたぞ!」
 肩をぱしぱし叩きながら蜂谷が興奮気味に告げる。新入生の歩く花道を見れば、気弱そうな顔が冷や汗でトッピングされて見ていて気の毒だった。そんなに緊張しなくても。
 向井の所属する二組が着席し、三組、四組と続々入場する。そして五組でようやく薫を見つける。向井とは対照的に、落ちついた表情でしっかりと歩いていた。
 薫こっち気づくかな、と思うとちらとこちらを振り向いてくれた。バッチリ目も合い、笑ってくれた。部活に参加してない俺としては数少ない後輩とのつながりである。
 新入生全員が着席し、式典が始まる。新入生在校生起立だの礼だの着席だの、後は校長とか来賓とかの話を聞いたり校歌を歌ったりと無駄に時間を過ごしてちょっと眠ったりもした。
 式典も終わり、新入生と保護者が退場してからは入学式に来ている二年生だけで体育館に並べられた大量の長椅子の片付けを行う。風見と一緒になって長椅子を四つ同時に持っていこうとしたがそれが崩れ、恭介の右足に長椅子が落下して変な声を上げたことしかあんまり覚えていない。
 もう帰っていいと言われたので、締りがないものの俺と恭介は一足お先に帰らせていただくことにした。新一年生は教室に行っていろいろ説明を受けているようなので、待っているとあと一時間はしそうなので今日のところはパスさせてもらう。



 金欠と用事で帰った翔と恭介を除く、俺と拓哉と蜂谷で昼食を取りに行くことになった。校舎を出たのは良いものの、どこに食べに行くかを知らない。
「一体どこに食べに行くんだ?」
「全然決めてないけど、拓哉はどこか食べに行きたいとこある?」
「僕はどこでもいいよ」
 ノープランなのか。予想はしていたが一体どこにいくのか。
「とりあえず駅前まで行ってから考えよう」
 蜂谷の鶴の一声で三人揃って駅に向かう。この学校の辺りは飲食店がほとんどなく、駅前まで七分ほど歩いて行かないとまともなものが食べれない。
 ようやく駅前まで来るものの、結局考えるのがめんどくさいと投げだした蜂谷が目に着いたマクドナルドに入って行った。三人思うように注文する。骨折して片腕しか使えない拓哉のために、俺が拓哉の分と二人分のトレイをテーブルまで運んで行った。
「あー、二年生かあ。全然実感ないなあ」
 蜂谷がポテトを齧りながらぽつりと呟く。それはそうだろう。
「学年が上がってもクラスのメンバーは変わらないしな」
「なんでも受験は団体戦だから結束をうんたらっていう学校の方針だったよね」
「なーんだそれ、新鮮な感じがしないなあ」
 ぶーぶー不平を言う蜂谷だが、何かあったのだろうか。まあ詮索して気まずい空気になるよりは明るい話をしよう。
「新鮮というのならこういうのはどうだ」
 鞄からハーフデッキを三つとりだす。ついでにプレイマットと、ダメカンとコインとマーカーのポケモンカードをプレイするために必要な物一式だ。
「どこがどう新鮮なんだ?」
「ポケモンカードゲームBWだ。今までのポケモンカードとはルールなどが改正され、ある意味新鮮だろう。お前のことだからどうせ知ってないと思ってな」
「失礼な。ルール変わったとか言われても知らないけども」
 食べ終えたトレイを端に除け、プレイマットを広げる。
「対戦しながら説明するのが一番だろう。今用意してあるのははじめてセットという構築済みスターターセットだ。ポカブデッキ、ツタージャデッキ、ミジュマルデッキの三種類がある。好きなのを使って良いぞ」
 夢中でデッキを確認する蜂谷。カードを見ながらほーだのへーだの変な声を一々上げるのだが恥ずかしい。
「ミジュマルデッキにするぜ。ホイーガとかいてかっこよさそうだ」
「どんな基準で決めたんだ。そこはいいか。拓哉、蜂谷の相手をやってやれ」
「え、僕が?」
「折角の機会だし、お前の代わりに俺が手札を持ってプレイする。お前はどのカードを使うかとかの宣言だけしてくれればいい」
「うん。じゃあポカブデッキでやるよ」
 あえて水タイプメインのミジュマルデッキに対して炎タイプメインのポカブデッキにするか。そして対戦をする、となってもいつものようにもう一つの人格の方は出ないようだ。
 隣の席にいる拓哉の補助をするのは若干遠いため、椅子を隣り合わせにして近づく。拓哉からは女性と同じような甘い匂いが。特に長い髪からシャンプーの強い香りがして、どうも近づくのはあまり得意ではないがここは割り切る。
「よし、じゃあデッキをシャッフル。手札を七枚引いて、たねポケモンをセットだ」
 蜂谷がバトル場にポケモンを一匹だけセットしたが、こちらはバトル場に一匹、ベンチに一匹の計二匹をセット。
「続いてサイドを三枚伏せる。スタンダードデッキじゃないから六枚伏せるなよ」
「馬鹿にしすぎ」
 とはいえ蜂谷だし何をしでかすかわからん。初めてポケモンカードのルールを教えたときもモノになるまで大変だった。
「そして伏せたポケモンをオープン」
 蜂谷のポケモンはバオップ70/70。こちらはバトル場にダルマッカ70/70、ベンチにポカブ60/60。
「よし。じゃあ先攻は僕がもらうよ。ドロー!」
 デッキからドローするのは拓哉の役目。ドローしたカードを俺に手渡す。拓哉はうーん、と場と手札を睨みつける。
「まずはダルマッカに炎エネルギーをつける」
 言われた通りカードをつける。ダルマッカは炎エネルギー一つでワザが使えるポケモンだ。この選択に迷いはない。
「さらにグッズカード、モンスターボールを発動。コイントスをしてオモテの場合、自分のデッキからポケモンを一枚に加える。コイントスも代わりにやってくれる?」
「ああ。……オモテ、成功だ」
「じゃあチャオブーを手札に加えるよ。そしてダルマッカで火を吹く攻撃! このワザの基本威力は10だけど、コイントスをしてオモテなら更に10ダメージ追加出来る!」
 コイントスをすると再びオモテ。二連続でオモテを決めて中々幸先がいい。20ダメージ与えたことによってバオップの残りHPは50/70。
「じゃあ俺のターンだな! えーと、まずはバオップに超エネルギーをつける。そしてバオップのワザ、持ってくる! このワザの効果でデッキからカードを一枚ドローする。ターンエンド」
「僕のターン。それじゃあ、シママ(60/60)をベンチに出して、シママに雷エネルギーをつける。さらにポカブをチャオブー(100/100)に進化させてもう一度ダルマッカの火を吹く攻撃!」
 二度目の火を吹く攻撃もコイントスはオモテ。再び20ダメージを喰らい、バオップのHPは更に削られ残り30/70だ。
「まだまだ! 俺のターン! フシデ(70/70)をベンチに出し、フシデに超エネルギーをつける。更に俺もグッズカード、モンスターボールを使うぜ」
 しかしオモテが三回続く拓哉に対し、蜂谷のコインはウラ。ツキの良さが両極端だ。
「くっそ、でも手札の枚数は俺の方が拓哉より多い。バオップのワザ、持ってくるでカードを一枚引いてターンエンドだ」
 確かに拓哉の手札は三枚で、蜂谷の手札は六枚だ。しかし手札だけが全てを決めるわけではない。そのことを教えてやれ。



風見「今回のキーカード、というよりは次回のキーカードになる。
   水タイプの大型ポケモン。ダイケンキだ。
   ロングスピアで敵を丸ごと襲いかかれ!」

ダイケンキ HP140 水 (HS)
無無 ロングスピア  30
 相手のベンチポケモン1匹にも、30ダメージ。[ベンチへのダメージは弱点・抵抗力の計算をしない。]
水水無 なみのり  80
弱点 雷×2 抵抗力 - にげる 2

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