77話 絶望

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 異様な雰囲気が漂う準々決勝。その雰囲気の発生源であるこの一帯では暗い戦いが続いている。
 どちらもサイドは五枚。俺の場には超エネルギー二枚ついたゲンガー50/110がバトル場に。ベンチにはベンチシールドのついたネンドール80/80、超エネルギーのついたサマヨール80/80、ヨマワル50/50、アグノム70/70、アンノーンG50/50。
 相手である高津洋二のバトル場はパルキアG LV.X60/120、ベンチに闘エネルギー一つついたマンキー50/50、ヤジロン50/50がいる。
 そして次のターンは高津から。
「俺のターン。ヤジロンを手札からネンドール(80/80)に進化させる」
 高津の手札は僅か一枚だが、このネンドールで手札を増強させる気だ。ネンドールの持つポケパワー、コスモパワーはポケモンカード屈指のドローサポート。手札を一枚か二枚戻して六枚ドローするというトンデモ効果はほとんどのプレイヤーを助けてきた。
「ネンドールのポケパワーを発動だ。手札を一枚デッキの底に戻し、デッキから六枚ドロー」
「ちっ」
「続いて手札から闘エネルギーをマンキーにつけ、サポーターカードだ。バクのトレーニングを発動。デッキからカードを二枚ドロー。手札からマンキーをオコリザル(90/90)に進化させる」
「そんな弱小カードで何をする気だ? あぁ?」
「更にワンリキー(60/60)をベンチに出し、パルキアG LV.Xのポケパワーを発動する。ロストサイクロン!」
 互いのベンチの上空に紫と黒の混じった鈍い色の渦が現れる。
「このポケパワーは自分の番に一度使う事が出来る。ベンチポケモンが四匹以上いるプレイヤーは自分のベンチポケモンを三匹選び、その後選んでいないポケモンとそのポケモンについているカードを全てロストゾーンへと送りこむ」
「ロストゾーンだと!?」
「そうだ。ロストゾーンに一度行ったカードは二度とプレイ中に使うことはできなくなる」
 高津のベンチは丁度三匹しかいないので効果対象にはならない。一方、俺のベンチには五匹いる。二匹は必ずロストゾーン行きだ。
「だったら、ネンドール、サマヨール、ヨマワルを残す。アグノムとアンノーンGをロストゾーンに送る」
 バトルテーブルの小脇にあるロストゾーンにカードを置くと、俺のベンチ上空の渦がアグノムとアンノーンGを吸って飲み込み消えていく。幸い、この二匹にはエネルギーなどがついていないのが救いだ。
「グッズカード、ポケモン入れ替えを発動。バトル場のパルキアG LV.Xとベンチのオコリザルを入れ替える、そしてオコリザルで瓦割攻撃だ」
 走り出したオコリザルは、ゲンガーの手前まで来ると跳躍してから右手でゲンガーの頭に瓦割を叩きこむ。
「ぐあっ!?」
 と同時に俺にもダメージが飛んでくる。丁度額のところにものすごい衝撃を受け、思わず後ろにこけそうになった。なんとか踏ん張ったがこれは最悪な気分だ。
(大丈夫!?)
「まだまだ……」
 俺のもう一人の人格はまたもや心配してくれる。その気持ちはありがたいがこの戦いに情け容赦はない。
 ふと鼻の下に何かついていると思い、服の袖で拭うと血がついていた。おいおい鼻血かよ。
「降参するならまだ間に合うぞ」
「誰が降参するかよ……。この顔面グロテスクが! 舐めてんじゃねぇぞぉ!」
 ふらつく足を気合いで保ち、威嚇の意味を兼ねて吠える。そうだ。精神が先に折れたら負けだ。俺様がこんな弱小能力者に負けるわけがねぇんだよ。
「……。またその目だ」
「あぁ?」
「その俺を見る憎悪の目! 気持ち悪いものを見るかのような、そして俺を消えろと言わんばかりのそれが!」
(……?)
「お前もだ! どいつもこいつも俺をそんな目で見やがる!」
(ねぇ)
「ああ、これがこいつのコンプレックスだ」
 能力(ちから)は負の感情にリンクして生まれる力。こいつの力の由縁はもう予想がついた。
「お前も、お前も、お前も! 潰してやる……! 二度と立ち上がれないくらい!」
 自分を気持ち悪い目でみるようなヤツをまとめて全員潰したい。その負の感情がこいつの、他人にワザのダメージが直接衝撃として与える能力になったのだろう。しかしこいつに必要なのは同情ではない。
「おいおいおいおい! お前のことなんてどーでもいんだよこの弱小が! この俺様が直々にぶっ壊してやる!」
「だがお前のゲンガーはこれで気絶だ! 瓦割の威力は40だが、バクのトレーニングの効果でこのカードがバトル場の横にあるとき(サポーターは使うとその番の終わりまでバトル場の横に置く)相手に与えるワザのダメージを10追加するもの。これで合計50ダメージ、ゲンガーはきっちり気絶となる!」
「んなこと分かってんだよ! 本領はこっからだ! ゲンガーのポケパワーを発動。死の宣告! さぁ、デッドオアアライブ。コイントスの時間だ! もしオモテを出したら、このポケモンを気絶させた相手のポケモンも気絶させる!」
「っ!」
 ……だが、コイントスの結果はウラ。不発に終わる。
「ちっ、ベンチのサマヨールをバトル場に出す」
「サイドを一枚引いてターンエンド」
 これでサイドは高津が四枚。俺が一枚ビハインドだ。
「けっ。俺様のターンだぁ! 手札からバトル場のサマヨールをヨノワール(120/120)に、ベンチのヨマワルをサマヨール(80/80)に進化させる。そぉだな。ここでネンドールのコスモパワーだ。手札を二枚戻し四枚ドロー!」
 デッキの残数は二十九枚。まだまだ暴れても足りるな。
「サポーター、ハマナのリサーチだ。デッキから基本エネルギーまたはたねポケモンを二枚まで手札に加えることが出来る。俺様はゴースと超エネルギーを加え、ゴース(50/50)をベンチに出しヨノワールに超エネルギーをつける!」
 このターンのうちに体勢を立て直したい。ここはちょっと強引に行ってやる。
「ふん、こんなんじゃあまだまだ足りねえ。ヨノワールのポケパワーを使ってやる。影の指令! 自分の番に一度使え、デッキからカードを二枚ドロー。そして手札が七枚を越えたら六枚になるように手札をトラッシュ。そしてヨノワールに20ダメージだ」
 俺は手札からコール・エネルギーをトラッシュする。ヨノワール100/120は体力が減ったが、減ってこそ、その本領を発揮出来る。
「こうしてやる。ヨノワールで攻撃。ダメージイーブン!」
 ヨノワールの腹にある口が開くと、そこから火の玉が二つ飛び出る。ヨノワールの指示によって飛び回る火の玉は相手のベンチにいるネンドール80/80に襲いかかった。
「またベンチに攻撃か」
「なんとでも言え。ダメージイーブンは相手のポケモン一匹に、このカードに乗っているダメカンと同数のダメカンを乗せる。よってネンドールに20ダメージだ」
 まだまだネンドールはHPが60/80と余裕だが、これも計算の内だ。手はずは整いつつある。
「俺のターン。ベンチのワンリキーをゴーリキー(80/80)に進化させ闘エネルギーをつける。そしてネンドールのコスモパワー。手札を二枚戻して三枚ドロー」
 パルキアG LV.Xのロストサイクロンは確かに強力だが、自分の首も絞めていることになる。自分のベンチに四匹以上並ぶと自分もポケモンをロストしなくてはならないからだ。だから高津は手札にあるポケモンを処理しきれないのだろう。
「ここで俺はペラップG(60/60)をベンチに出す」
「何っ!?」
「ペラップGのポケパワー、撹乱スパイがこのタイミングで発動される。このカードを手札からベンチに出した時、相手のデッキのカードを上から四枚見て好きな順番に入れ替えることが出来る」
 相手のデッキの上を入れ替え……? いったい何が目的だ。
「……。よし、この並びだ。さあ次はパルキアG LV.Xのロストサイクロンを発動。ベンチに四匹以上いるのは俺の場のみ。この効果でペラップGをロストゾーンに送る」
 俺のベンチキルを意識した策略か? ただ相手のデッキを入れ替えることに何の意味が。
「オコリザルで攻撃する。マウントドロップ! このワザは相手のデッキの上を一枚トラッシュし、そのカードがポケモンだった場合そのポケモンのHP分ダメージを与える!」
「けっ、ペラップGはこのためか! トラッシュしたカードは……。ちっ、ゴーストだ」
「ゴーストのHPは80。よって80ダメージだ」
 再びオコリザルがヨノワールの元へ駆けて来て、手前でジャンプしヨノワールに絡みつくとマウントポジションになる。そして拳を高いところから振り下ろし脳天チョップを炸裂させる。
「かはっ……!」
 頭上からまるで鉄の棒で叩きつけられたような衝撃が走る。体の平衡を保てない。思わずおちそうになった、いや、おちた。気がつけばうつ伏せになって倒れていたのだ。
(よかった、起きてくれて……)
 もう一度立ち上がる。立ちくらみが半端なかったが、まだ行ける。服をぱんぱん、と掃う。首も回して腕も回す。俺の体は、いや、俺達の体はまだ大丈夫のようだ。
「なあ、俺はどんだけあんな風に倒れてた?」
(いや、ほんの僅かだったよ)
「ならいい」
 口の中が不快だ。ぺっ、と唾を吐くが血も幾らか混ざっていた。
「ふん」
「しぶといな……」
「七転八起は常識だろ?」
 さて、今のマウントドロップを受けてヨノワールのHPは20/120。もう一度影の指令を使うことは出来ない。自ら自滅しに行く必要はない。
「まだまだ余裕だ。俺のターン! けっ、いいもん引いたじゃねえか。ヨノワールをレベルアップさせる!」
 ヨノワールLV.X30/130になればHPに余裕が出来てもう一度影の指令が使える。レベルアップしてもレベルアップ前のポケパワーやポケボディーを使う事が出来るからだ。
「ふん。ゴースに超エネルギーをつける。サポーター、ミズキの検索だ。手札を一枚デッキに戻し、デッキからゲンガーを加える。そしてヨノワールLV.Xのポケパワーを使う。影の指令。デッキから二枚ドローし、ヨノワールLV.Xにダメカンを二つ乗せるぜ」
 これでヨノワールLV.X10/130はどんな些細なダメージでも気絶だ。だがその前にやるべきことは残っている。
「悪くねぇな。グッズカード、不思議なアメだ。ベンチのゴースをゲンガー(110/110)に進化させる。そしてネンドールのポケパワー、コスモパワーを使う。手札を二枚戻し四枚ドロー。そしてヨノワールLV.Xでダメージイーブン!」
 ヨノワールLV.Xの口から十二の火の玉が現れ、オコリザルを襲っていく。圧倒的な火の玉の量にオコリザルはあっという間に気絶していく。
「……。俺はゴーリキーをバトル場に出す」
「へ、サイドを一枚引いてターンエンドだ」
「俺のターン。手札からグッズカード、夜のメンテナンスを発動。トラッシュの基本エネルギーまたはポケモンを三枚までデッキに戻す。俺は闘エネルギーを三つデッキに戻そう。さらにミズキの検索も使う。手札を一枚戻してカイリキーを加える。バトル場のゴーリキーに闘エネルギーをつけて、カイリキー(130/130)に進化させる」
 またカイリキーか。こいつの放つワザはどれもかしこも強力だ。踏ん張らないと。
「ネンドールのコスモパワーだ。一枚手札をデッキの底に戻し、五枚ドロー。さあ止めだ。カイリキーでおとす攻撃」
 そしてそのワザの宣言と同時に高津の右手人差し指が俺を指す。いや、正確には……。
「さらなる絶望を教えてやる」
「っぐああああああああああああああ!」
 カイリキーのチョップがヨノワールLV.Xにクリーンヒットすると同時に、左肘にとてつもない衝撃が走る。思わず左手に持っていた手札をこぼしそうになった。衝撃を喰らった後、痛みが引くまでしばらく右手で患部を抑える。
「あいつめ……」
(今、狙ってきたね)
「ああ……」
 あのとき高津は俺の左肘を指で指した。そしてそこに衝撃が来た。ここから推測出来ることは高津はある程度能力を操作することが出来るということだ。
「おとすはたねポケモンを気絶させる効果だけではなく、普通に40ダメージを与えれるワザだ。これでヨノワールLV.Xは気絶」
「……、面白くなるのは、こっからだ……。ヨノワールLV.Xのポケパワーだぁ! エクトプラズマ!」
 倒れ伏せているヨノワールLV.Xを中心にドーム状に紫色の空間が広がっていく。
「何だこれはっ!?」
 バトル場を。ベンチを。俺達を。俺達が戦っている空間だけ周囲と完全に切り離された。
「どういうことだ。俺はヨノワールLV.Xを倒したはずだ!」
「それが地獄への……、トリガーだ」
(ちょっと、大丈夫?)
 相棒が実際にいたら俺の肩を揺さぶっていただろう。だが俺の肩は自力で上下に揺れていた。
「はぁ、はぁ、……エクトプラズマは、ヨノワールLV.Xが気絶したときに使えるポケパワー……」
 俺達を囲む紫色の空間のあちこちにスッと切れ目が入ると、その切れ目からたくさんの眼が現れた。濁った白目の真ん中の瞳孔はこれでもかというくらい真っ暗だ。上下左右、全方位にウン百万、ウン千万、いやもっとあるこの眼達は俺達を凝視する。まるで監視されているかのようだ。
「くっ、このヨノワールLV.Xは、相手のワザで気絶したとき、スタジアムカードとして、このLV.X一枚だけを、残すことが、出来る……。俺は次のポケモンに、ベンチのサマヨールを選ぶ」
「サイドを一枚引く。これで残りサイドは三枚だ」
 息するのが辛いぞクソ野郎、全力疾走した後みたいな疲弊だ。座り込みてぇ。だが、それはまだ、まだだ。
「さあ、ワザを使ったから、お前の番は終わりだ。はっ、はぁ、ポケモンチェックにフェイズは移行する……。エクトプラズマの効果だ。このカードがスタジアムとして場にあるなら、ポケモンチェックの度に、相手のポケモン全員に、ダメカンを一つ乗せる……。さぁ苦しめ!」
 合図と同時に高津の場の全てのポケモンが苦しそうにのたうちまわる。カイリキー120/130は四つの腕を使って頭を押さえ、ネンドール50/80は変な回転を始め、パルキアG LV.X50/120は首を振りまわしながら悲鳴を上げている。
「ははっ、いい声上げるじゃねぇか……。おいおい……。今度は俺のターンだ。ドォロー!」
 ちっ、こいつじゃない。クソ、引きも悪くなってんじゃねえか。これが翔が言う「流れ」ってやつか。
「サポーターだ。クロツグの、貢献。トラッシュの基本エネルギーか、ポケモンをデッキに五枚戻して、シャッフル……。はぁ、俺は超エネルギー三枚とゴースとゲンガーを、戻すぞ」
 減らしすぎたデッキのリカバリーだ。これで二十四枚……。
「ゲンガーに超エネルギーをつける。ネンドールのコスモパワー、手札を二枚戻して二枚ドロー。ターンエンドだ」
 そしてポケモンチェック。高津の場は地獄絵図と化し、それぞれのポケモンのHPはカイリキー110/130、ネンドール40/80、パルキアG LV.X40/120となった。
「今度こそ降参したらどうだ?」
「けっ、人傷つける割には、そんなことを言いやがって、このクズめ」
 瞼が重い。右腕でバトルテーブルを上から押して、それでなんとか体重を保っている感じだ。さすがにあんだけ連打を受ければ辛い。だが負けたくは、ない。
「不思議だな……」
「む?」
「こんなボロボロになっても、お前にだけは負けたくねぇ……」
 高津は一人笑いはじめる。紫の空間には高津の笑い声がしばらく響いた。
「口だけならなんとでも言える。お前が何と言おうと、それは意味を成さない。俺は俺を否定する奴を認めない。このターンでお前に止めを刺してやる」
(本気だよあいつ!)
「くっ……」
「俺のターン。サポーターカード、地底探検隊を発動。デッキの底から四枚カードを確認し、そのうち二枚を手札に加える。そして俺はカイリキーに闘エネルギーをつけ、レベルアップさせる!」
 ぞわり、身の毛がよだつ。カイリキーLV.X130/150、こいつはヤバい。直感で分かる。あれはダメだ。ヤバい、ヤバすぎる。あんなのの一撃をまともに喰らうと本当にどうなるか分からない。
 思わず右足が一歩下がる。しかし下がったところでどうなるものでもない。
「カイリキーLV.Xで攻撃。斬新だ」
 高津の指はまたもや俺の左肘を指す。しかしどこに衝撃が来るか分かっても対処のしようがない。
「斬新は威力はたった20。だがしかし、カイリキーLV.Xにはポケボディーがある。このポケボディーのノーガードはこのポケモンがバトル場にいる限り、相手に与えるワザのダメージと受けるワザのダメージは全てプラス60。よって斬新で与えれるダメージは80。サマヨールのHPも80。これで気絶だ。だがその前にこの一撃に耐えれるかだがな」
 走り出したカイリキーLV.X。ニンマリ笑うその顔から繰り出されるチョップがサマヨールに届いたとき。
「ぐっ、がああああああああああああああああああああああ!」
 絶叫と共に俺と、俺が左手に持っていた手札六枚が宙を舞う。



拓哉(表)「今回のキーカードはカイリキーLV.X。
      なんといってもポケボディーのノーガード。
      ダメージを受けるのはもちろんだけど、それ以上に与えるダメージ増幅がすごい」

カイリキーLV.X HP150 闘 (破空)
ポケボディー ノーガード
 このポケモンがバトル場にいるかぎり、このポケモンの、バトルポケモンに与えるワザのダメージと、相手のポケモンから受けるワザのダメージは、すべて「+60」される。
闘無無 ざんしん  20
 次の相手の番、ワザのダメージで自分の残りHPがなくなったなら、コインを1回投げる。オモテなら、自分はきぜつせず、残りHPが「10」になる。
─このカードは、バトル場のカイリキーに重ねてレベルアップさせる。レベルアップ前のワザ・ポケパワーも使うことができ、ポケボディーもはたらく。─
弱点 超+40 抵抗力 - にげる 3

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