51話 決別

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:16分
「風見君、変わりましたわね」
「どういうことだ?」
 俺がデッキからドローする前に、久遠寺が急に話しかけてきた。
「昔の風見君と今の風見君、だいぶ変わりましたわね」
「そういうことか、当然だ。俺はこの半年で自分を変えてきた。そして俺は過去と決別する」
「それじゃあわたくしも過去なの? これだけ風見君の事を想ってるのに! ここまで来てすぐ向かいにいるのに!」
「っ……」
「今までわたくしが貴方に接してきたことも全て無になるってこと?」
 正直こいつに関してはロクな事があった試しが無い。もっとも、今もそうだが。
「そうだ。そういうことになる」
「あんまりです! ど、どうしてそういうことにっ……。あああああああああああああああ!」
 鼓膜が爆発しそうな叫びだった。両手で耳を塞ぎ、姿勢を低く維持する。正面にいる久遠寺の表情は、既に涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「風見君、もうちょっと他になかったの!?」
「いや、だって……」
「だってじゃない! 余計無駄に怒らせちゃって……、逆に勢いづけてどうするのよ」
「どうするも何も、元より勝つしかないでしょう」
 そう答えると、松野さんが深くため息をついて、好きにしなさいと投げやりに言い放った。
「久遠寺、俺がお前とのこの勝負で俺の意志を見せてやる! 俺の番だ」
 まずは目の前のハッサムをどうにかしなくてはいけない。先ほどのターン、ハッサムはアクセレートでガブリアスLV.Xを倒したためこのターンはワザのダメージと効果を一切受けない。
 俺のバトル場はエネルギーが二つついたガブリアス130/130。ベンチにはユクシー70/70とレジアイス90/90とギャラドス130/130。一方の久遠寺のバトル場は達人の帯をつけ、草エネルギーが二つついたハッサム30/120、ベンチには同じく草エネルギー二つのハッサム100/100とエネルギーなしのチェリムが二匹。それぞれ60/80、80/80。
 久遠寺の手札は五枚、サイドは四枚。俺の手札は今九枚でサイドは五枚。スタジアムは久遠寺が発動させた破れた時空がある。押されているがまだいくらでも押し返せる。押し返して見せる。
「水エネルギーをガブリアスにつける。まずはそのハッサムを退けてやる。グッズカード、ワープゾーンを発動。互いのバトルポケモンをベンチポケモンと入れ替える。入れ替えるポケモンを選ぶのは各々だ」
 ガブリアスとハッサムの真下に青い穴が現れ、穴が二匹を青い闇に吸い込む。
「俺はその効果でギャラドスを選択する」
 ベンチのギャラドスも同じように青い穴に吸い込まれた。久遠寺からは声がしなかったが、ベンチのハッサムを選択したようで、同じように青い穴に吸い込まれる。
 そして吸い込まれた計四匹のポケモンはバトル場とベンチを入れ替えて青い穴から現れた。これで俺のバトルポケモンはギャラドス。久遠寺のバトルポケモンは達人の帯がついていないハッサムに変わる。
「更にサポーターのクロツグの貢献を発動。トラッシュのポケモンと基本エネルギーを合計五枚までデッキに戻し、シャッフルする。俺はフカマル、ガブリアス、ガブリアスLV.X、ニドラン♀、水エネルギーの五枚をデッキに戻してシャッフルする」
 この一連の操作が、ボタン一つで出来るのはかなり進んだものだなと我ながら思う。デッキポケット隣の青いボタンを押すと、トラッシュからカードを自動回収(オートサルベージ)してバトルテーブル内を通ってデッキポケットに収まり、自動でシャッフルするのだ。
「行くぞ、ギャラドスでハッサムに攻撃。テールリベンジ!」
 ギャラドスが大きな尻尾を勢いよくハッサムに叩きつける。轟音と巻き起こる煙とともにハッサム0/100は軽々と吹き飛ばされ地面にバウンドし、仰向けに倒れる。
 やられればやられた分だけやり返してやる。リベンジテールの威力はトラッシュにあるコイキングの数×30。今トラッシュにはコイキングは四枚。よって30×4=120ダメージでお返しだ。
「サイドを引かせてもらうぞ」
 ようやくイーブン、互いにサイドは四枚か。だが確実に良いペースを掴めている。久遠寺は先ほどベンチに戻されたハッサム30/120をバトル場に出すも、そのHPに限度は見えている。
「わたくしの……ターン。草エネルギーをチェリムにつけますわ」
 久遠寺は力ない声と動きでカードを動かす。少し震えている唇からは荒れた吐息が絶え間なく続く。松野さんは能力者との戦いは精神戦と言っていたが……。
「ハッサム、で、振りぬく、攻撃っ」
 壊れそうな久遠寺とは打って変わってハッサムの動きは相変わらず機敏にギャラドスに襲いかかる。130あったHPが僅か鋏の一振りで20/130まで削られた。元の威力でさえ高いのに、達人の帯やチェリム達がその威力を増長させる。
「俺の番だ。まずはグッズカード、夜のメンテナンスを発動。トラッシュのポケモン及び基本エネルギーを三枚までデッキに戻してシャッフル。俺はコイキング一枚とニドクインの計二枚をデッキに戻す。夜のメンテナンスで戻せるのは三枚までなのであって、三枚以下であるなら何枚でも可能だ!」
「コ、コイキングをデッキに……?」
「まだだ。俺は手札のスージーの抽選を発動。手札のアンノーンGとミステリアスパールをトラッシュして四枚カードを引く。……ハッサムにはハニカムディフェンダーというポケボディーがあるのは知っている。ハッサムにダメカンが六個以上のっている時、ハッサムが受けるダメージは-40されるという優秀なポケボディーだ。だが、そのハニカムディフエンダーを適用した上でも俺のギャラドスの攻撃は防ぎきれない。ギャラドスでハッサムに攻撃だ、リベンジテール!」
 ハッサムは体を硬化させ、攻撃による衝撃を和らげようと動いたものの、それでも威力は90-40=50。これだけあればハッサム0/130を気絶させるのには十分すぎる。
「お前のハッサムには達人の帯がついている。達人の帯はつけたポケモンは最大HPもワザの威力も上がるが、それがついているポケモンが気絶した場合、俺が引けるサイドは二枚となる。これで優劣が一気に変わったな」
 中盤でのサイド差二枚。淀んだ表情の久遠寺は、肩で息をしながらバトルテーブル上のカードを動かす。次のポケモンは先ほどエネルギーをつけたチェリムだ。
「ま、まだですわ……。負けるわけにはいきませんの。わたくしの、番です。ベンチのチェリムに、草エネルギーをつけてチェリムで攻げ、コホッ! 攻撃です。甘辛花粉!」
 ワザを指定されたチェリムは一度花弁を閉じると、勢いよく開いた。開くと同時に黄色の細かい花粉がギャラドスに襲いかかった。甘辛と名のつくだけに、ギャラドスは花粉に反応して大きな体をぐねらして暴れている。
 甘辛花粉の威力20。もっとも、チェリムのポケボディーの効果で20+10×2=40ダメージまで与える威力が増えていく。花粉を振り払おうとギャラドス20/130は、ある程度暴れるとそのままぐたりと動かなくなった。
「風見君、チェリムの甘辛花粉はダメージを与えるだけじゃないわ。自分のポケモン一匹のダメージカウンターを二つ取り除く効果もあるわよ」
 松野さんが背後から声を掛けてくれた。ベンチのチェリムの目をやると、先ほど撒き散らされた花粉がベンチのチェリムにも行き届いていたようなのだが、チェリム80/80は回復して元気よく花弁を開かせる。なるほど。どうやらギャラドスにかかったのは辛い花粉で、チェリムにかかったのは甘い花粉ということのようだ。
 俺はガブリアスを次のポケモンとしてバトル場に投入した。久遠寺がサイドを引いたのを確認してから俺のターンを始める。
「行くぞ、コイキング(30/30)をベンチに出す。スタジアムの破れた時空の効果により、この番出したばかりのポケモンも進化させられる。その効果でコイキングをギャラドス(130/130)に進化させるぞ!」
 手札の残り枚数が危うくなる。手札を増強するカードも手元にないためハンドアドバンテージも稼げない。ならばその分パワーで稼ぐだけだ!
「ガブリアスでチェリムに攻撃。スピードインパクト!」
 低く姿勢を落としたガブリアスが急に見えなくなると同時、チェリムの元で衝撃と風が発生する。物凄い初速で突撃したガブリアスの攻撃を受け、チェリム0/80は呆気なく吹き飛ばされて倒れる。
「スピードインパクトは120から相手のエネルギーの数かける20分だけ減らしたモノが威力になる。この場合は与えるダメージは100! チェリムが気絶したことによってサイドを引かせてもらう」
 これで残りのサイドは一枚。油断は最後まで出来ない。俺の場にはまだガブリアスもギャラドスもいるが、下手に凌がれるとどうなるか。久遠寺の最後のポケモンは草エネルギーが一枚ついた二匹目のチェリムだ。
 しかし久遠寺は固まったまま動く気配が無い。電池が切れたロボットのように。
「どうした久遠寺」
 何も答えは返ってこない。先ほどまでドンパチしていたのが嘘のように、ただただ夜の風が駐車場をなぞる。
 大人げないだろうと思われるかもしれないが、黙られるということに対してひどく嫌悪する。一体俺に何を思い、何を伝えたいのか分からない、その苛立ちからだ。
「……。黙っていても名にも伝わらないぞ」
「わたくしはどうすればいいのか……。分からなくて……」
「貴女、風見君を見て何も感じてないの?」
 久遠寺にどう言葉を返そうと迷っていたところ、松野さんが鋭く一声放った。久遠寺は驚いた様相で顔を上げ、俺の後ろに居る松野さんを見つめる。
「風見君はこの対戦に自分の未来を、進むべき道を懸けているの」
「進む……べき道?」
「そうよ。貴女も自分の望むモノのためにここに来たんでしょ? だったらそれをぶつけないと」
「ぶつける……。わたくしの望むモノ……」
 呪文のように幾度か小さく呟いた久遠寺は、やがてハンカチで涙で濡れた顔を拭き、元の強気の表情に戻った。
「風見君! わたくしも全力で戦います。わたくしは、わたくしのために。だからもしわたくしが勝てば──」
「いいだろう。お前が勝てば好きにすればいい。しかし俺は負けるためには決して戦わない。立ちはだかる者は誰であろうと容赦はしない!」
 久遠寺は小さく頷いて、デッキトップに手を乗せる。
「わたくしの番です! 草エネルギーをチェリムにつけて、グッズカードを。ポケブロアー+を二枚、発動!」
 虚空から赤い手が現れ、ガブリアスを掴む。それだけではなく、再び虚空からもう一つの手が現れてベンチのギャラドスも掴んだ。そして掴んだまま二匹を持ち上げ、二匹それぞれの場所を入れ替える。
「ポケブロアー+は一枚だけで使うときと二枚同時に使うときで効果が異なるカードよ! 今のように二枚同時に使った時は相手のベンチポケモンを一匹選んでバトルポケモンと入れ替える効果を持つわ」
 松野さんが背後から再びアシストしてくれる。しかしなぜ、ガブリアスからギャラドスに変えたのか。ギャラドスはエネルギーなしでもワザが使えるのに。
「わたくしはまだ諦めてませんわ! チェリムに草エネルギーと達人の帯をつけて、甘辛花粉!」
 ポケモンの道具、達人の帯の効果でチェリムのHPが100/100まで上昇し、ワザの威力も20上がる。チェリムのポケボディー、日本晴れの効果も加えてギャラドスに襲いかかるダメージは合わせて20+20+10=50ダメージ。
 花粉を受けて苦しむギャラドス80/130は、しばらくのたうつと花粉を振り払い、大きく吠えて威嚇する。そうだ。まだまだギャラドスは戦える。
「そうだ、立ち向かって来い! 俺のターン。ならばギャラドスで攻撃する。リベンジテール! トラッシュのコイキングは三枚。よって90ダメージを与える」
「チェリムは、水タイプに抵抗を、持っていましてよ! それによって受けるダメージは70ですわ」
 つぼみを閉じてチェリム30/100はなんとか身を守り、ダメージを軽減する。そう、このせめぎ合いこそが本当の戦い!
「わたくしの番ですわ! 草エネルギーをチェリムにつけて攻撃」
 久遠寺の視線が、静かに闘志を燃やしながら真っすぐ俺を見つめる。そして彼女は右腕を真上に上げて叫んだ。
「ソーラービーム!」
 突如夜にも関わらず、太陽を直視したような眩い光と平衡感覚を揺るがす轟音がチェリムから真上に放たれ、やがてギャラドスに降り注いだ。眩さ余り、思わず目を閉じ右腕で顔を覆う。
 視界は防がれても、音で何が起きてるかはわかる。ギャラドスのHPバーが尽き、ギャラドス0/130が大きな音を立てて崩れ落ちる。
 ようやく視界が戻ったときには久遠寺が五枚目のサイドを引いていたところだった。
「くっ、ソーラービームの元の威力は50、帯とポケボディーで80まで威力が上がったか。確かにギャラドスを倒すには十分……」
 バトルテーブルでベンチにあるガブリアスのカードをバトル場へと動かす。それに対応するようにガブリアスが足音を出しながらバトル場へ歩み寄る。
「だがお前の反撃もここまでだ。これが、俺の望むべき道! 今度はガブリアスで攻撃! スピードインパクトォ!」
 ガブリアスが突進する前に、久遠寺の目じりに涙が浮かんでいるのを見かけた。その次の瞬間、ガブリアスの突進によって巻き起こる砂煙のビジョンで久遠寺が見えなくなる。
 スピードインパクトの威力はその効果によって120-20×3=60ダメージ。衝撃波がフィールドを駆け、撥ねられたチェリム0/100が宙を舞う。
 最後のサイドを引くとガブリアス達の映像が消え、そして砂煙のビジョンも晴れる。そして向かい側の久遠寺は、うつ伏せに倒れていた。
「はぁ……、はぁ……」
 その刹那、物凄い脱力感が包み込み、疲労が体を支配する。苦さと苦しさに少しだけ目頭がジーンとしてきた。
「風見くん、大丈夫?」
 松野さんが必死に背中を支えてくれて、ようやく平静を取り戻した。それでもまだ疲労は残っているが、とにかくバトルテーブルをバトルベルトに戻す。これが能力者との戦いか。風見杯のとき、翔は藤原拓哉と戦ってなおかつまだ俺と戦っていたのか。改めてその強靭さを、こうして身で知るとは。
「なんとか、大丈夫……です」
「それじゃあ私は久遠寺麗華をどうにかするから、悪いけど自力で私の家に行って、ベッドとかでもいいから休んでおきなさい」
 松野さんが家の鍵を手渡した。携帯電話で誰かと連絡を取り始めた松野さんをよそに、息を整えてから一人先に駐車場を後にする。
 最後にもう一度だけ振り返り、うつ伏せに倒れている久遠寺を見る。別段、こうして互いにぶつかりあった以上可哀想とは思わないが何かこう、胸に来るものがあった。
 これが俺の決別、その最初の戦い。やがて次の来るときまで、俺は力を蓄えるだけだ。



松野「今回のキーカードはポケブロアー+。
   一枚だけでは効果は微妙だけれど、
   二枚使うと相手のポケモンと入れ替えれるわよ」

ポケブロアー+ グッズ
 このカードは、同じ名前のカードと2枚同時に使ってもよい。
 1枚使ったなら、コインを1回投げる。オモテなら、相手のポケモン1匹に、ダメージカウンターを1個のせる。
 2枚使ったなら、相手のベンチポケモンを1匹選び、相手のバトルポケモンと入れ替える。(この効果は、2枚で1回はたらく。)

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想