48話 訪問者

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 電車を乗り継いで自宅のあるマンションへ向かう。23区内にある築六年、2LDKのそこそこのマンションが俺の家だ。
 一人で暮らすにはちょっと広すぎて寂しい。家と云っても勉強するスペースとパソコン、ベッドと風呂トイレがあれば問題なかったのだが、なんだかんだでここに決めてしまった。アクセスが良いのが何よりだった。
 まだ新しいエレベーターに乗り込み、俺の家がある九階に止まる。外廊下はまだ冷える風が直接かかって少し寒い。
 そして風見と表札に書かれた自宅の前にたどり着いた時、家の中から誰もいないはずなのに僅かに声が聞こえた。
 泥棒か? と、逸る気持ちが胸の鼓動を早くさせるが、盗られて困るような物は特にない。落ちついてとりあえず様子を見てみよう。こういうときこそ冷静にならないと。
 玄関の扉に耳をあてる。冷たさに体が一瞬震えたが、すぐに慣れて中の声が聞こえてきた。
「風見君は何作ったら喜んでくれるかなー? ラザニア? チャーハン? カルパッチョ?」
 聞こえた声は泥棒とはまるでかけ離れた平和なものだが、それはある種、俺にとっては泥棒よりも驚異的な存在だ。
 足音を立てないよう、こっそりとエレベーターホールへ逆走する。
 なんだってあいつがいるんだ。
 あいつ、というだけあって『一応』知り合いである。知り合いたくなかったがどうしてか知り合ってしまった。
 それは京都の大手の製薬会社の跡取り娘の久遠寺麗華(くおんじ れいか)。繰り返すがどういうわけか知り合ってしまい、俺に一目惚れしたらしい。
 かつて北海道に居たときにパーティーだなんだで偶然向こうから話しかけられて以来、感覚的に余り良い印象が無い。
 そもそも俺が東京にいることすら教えていないはずなのだがどうしてここに、というより家の中にいるんだ。鍵は俺が持ってないはずだ。確認してポケットに手を伸ばせば、確かにそこにあった。
 とりあえずあいつがどこか行くまで誰かの家に厄介しよう。携帯を取り出して目ぼしい相手に連絡をつけてみる。
『すまんな、さすがに無理だ』
『俺は行けるけど親がなぁ』
『この電話は電波のつながらないところに───』
 翔、蜂谷、恭介諸共壊滅。恭介に至っては電波がダメ。次にあてになりそうな人は……。藤原の家にかけるのは億劫だな。親子仲がよろしいという感じの話を一度も聞いたことが無い。
「退くわけにはいくまい」
 家に泊めてくれと言えそうな人はもうこの人しかいない。
「もしもし、風見です」
『あら、風見くん。珍しいわね』
「松野さん、えーと、無理を承知で言うんですが、家に泊めてくれませんか?」
『……は? ごめん。なんかあったの?』
「実は──」



 結局OKをもらってしまった。
 松野さんの家は同じ23区内だが区が違う上に離れているので徒歩では行けず、東京メトロを駆使して約二十分かけて松野さんが住むマンションに向かう。
 大きくないが駐車場まで完備してあるしっかりとしたマンションだ。インターホンを潜り抜け、七階までエレベーターで昇ると、エレベーターホールで松野さんが待っててくれていた。それにしても中廊下はいいな、風が来なくて暖かい。
 松野さんの家は黒色のソファーと透明なテーブルのようにシックな家具が多く、大人な雰囲気を放つ……のだが、ところどころにあるポケドールが折角のシックさを削っていく。
「風見君はご飯食べてるの?」
「いえ、食べてないです」
「じゃあ何食べたい? ある程度のものなら作れるつもりなんだけど」
「うーん。それじゃあお世話になります。……しっかりしたものが食べたいです」
「それじゃあそぼろ丼でも作るわ。適当にくつろいどいて」
 と言われてもやることがない。なんとなくテレビを見ながらソファーでごろごろしていよう。こういう無意味な時間を味わうのが久しぶりなような気がして、どこか新鮮な感じがする。
 ……しかしテレビを観てもまるで面白さを感じない。それにしてもソファーが気持ちいいが、このままでは寝てしまいそうになる。いつもより重力がかかっているように感じられる体に鞭打ち、ソファーから立ち上がらせる。
 が、疲れからか足元がふらついてよろけてしまう。両手をばたばたさせて何か支えになるようなものを掴めないか手さぐりする。
 あった。右手でがっちり握る。……と、そのとき取っ手が動いた。完全にバランスを崩した俺は尻もちをついてしまう。
 だけならよかったのだが、さらに大量の衣類が被さってきた。
 どうやら握ったのはくの字型に開くクローゼットで、掴んだはいいものの体の重心が後ろに傾き、それと同時にクローゼットを引いてしまったらしい。
 そしてクローゼットに無理やり山積みにされてた衣類が大雪崩を引き起こしたのだ。
 良い感じに動けない。体の四方をどっさりと衣類で囲まれ、ついでに頭には紫色のブラジャーがちょこんと居座っている。
 目の前のブラジャーのタグを見ると、Bとしっかり表記されていた。……、Bあったのか。ちなみにこの間、ソファーから立ち上がってわずか三十秒足らず。
「大きな音立てて何かあったの──ってちょっ、風見くん!」
 物音を聞いて様子を見に来た松野さんがお箸を片手に慌てふためく。
「すみません、動けないんで助けてください」
「あ、うん。そうね。そうよね」
 いつもは冷静な松野さんがこんなに取り乱すなんてちょっと意外で可笑しい。
 松野さんの懸命な救出作業の甲斐もあり、なんとか動けるようになった。何やってんのよと怒られて弁明したが、むしろなんでこんなにたくさん衣服が積まれてたんですかと返すと顔を真っ赤にして背を向け、返事をせずに逃げるようにキッチンへ向かった。
 そういえば松野さんのデスクもいろいろ物がかさばっていたような記憶が──。
「風見くん、そぼろ丼出来たわよ」
「おっと、ありがとうございます」
 キッチンから戻ってきた松野さんの両手にはおいしそうな匂いのする茶色のどんぶり茶碗。松野さんは先に食べといて、と言って再びキッチンへ戻った。
「いただきます」
 そぼろ丼だなんて中々食べる機会がないな。折角だから堪能しよう。木製のスプーンで掬いあげ、口に入れ咀嚼する。ふんわりとした卵と肉汁が溢れるようなミンチ肉が食欲を更に加速する。これはおいしい!
「気にいった?」
 微笑みながら戻ってきた松野さんの両手にはワインとワイングラス。
「そぼろ丼にワインですか?」
「あは、私はこれでも結構ワインが大好きなのよ。毎週火、木、土曜日はワインっていう自己週間」
 まるでゴミ出しの曜日みたいだ。
「風見くんも飲む?」
「遠慮します。それよりもアレ……」
 未だに事故現場となる大量の衣類に視線を移す。
「……私実は片付けが苦手なのよ」
 あははと乾いた笑みを浮かべる松野さん。すみません知ってました。
「片付け手伝いますよ」
「それじゃあ折角だし、い、衣服は自分でやるから他のを頼もうかしら……」
「はいはい、分かりました。ご飯奢ってもらうだけでは申し訳ないですし。それより一人暮らしなんですね」
「……。まあね、私は実家が嫌で東京に逃げ出したクチなの」
「東京出身じゃないんですか」
「ええ。広島よ。でも小さい頃からこっちにいたから広島弁は抜けてるけどね」
「そうだったんですか」
「うちの親父がうるさくてちょっといろいろね。中学から東京の女子校に寮住まいしに上京してたわ」
 やはり複雑な家庭事情を抱えているのは俺だけではない、か。誰もが何かしらの事情を抱えている。そんなことは分かっている。ただ、それでも自分の方がと心のどこかで奢っていたのかもしれない。松野さんの瞳を見て、ふとそう思った。
「……ごちそうさまでした。そぼろ丼おいしかったです」
「それは結構」
 松野さんがにっこり笑う。それにつられて、俺も頬の筋肉が緩んだ。食器を下げようと立ち上がると、家のチャイムが鳴り響いた。
「あら、結構遅い時間なのに。宅配便かしら。まだ食べてるから代わりに出てくれない?」
 タイミングが悪い。折角立ち上がったばかりなのに、食器を再びテーブルの上に置き直して玄関へ向かう。
 後から思えば玄関のごく小さい丸窓などで一体誰が来たのかを確かめずに、玄関の扉を無警戒で開けたのが失敗だった。
 なぜなら扉を開けた先には、わざわざ捲いたはずの久遠寺麗華がいたのだから。



風見「次回のキーカードとなるギャラドスだ。
   三種類の技で多彩に攻めろ!
   テールリベンジの威力には素晴らしいものがある」

ギャラドスLv.52 HP130 水 (破空)
─  テールリベンジ
 自分のトラッシュの「コイキング」の数×30ダメージ。
水無  あばれまくる 40
 ウラが出るまでコインを投げ続け、オモテの数ぶんのカードを、相手の山札の上からトラッシュ。
水水無無無  ドラゴンビート 100 
 コインを1回投げオモテなら、相手のポケモン全員から、エネルギーをそれぞれ1個ずつトラッシュ。
弱点 雷+30 抵抗力 闘-20  にげる 3

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