番外編:最後の卒業バトル後編

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 夢の中、浮かび上がった大地の上。向き合うは僕自身とでもいえるもう一人の僕の人格。
 これはきっと、僕にとっての試練なんだ。
 彼は僕がきっと十二分に成長したと思っていて、それを確かめているために僕に挑んできている。
 僕自身はその彼の期待に応えなくちゃいけない。理屈じゃない、本能でそうした思いに火が点く。たとえそれがいかなる結果になったとしても。
「行くよ、僕のターン!」
 スタジアムはロストワールド。その効果で六枚ポケモンをロストされればプレイヤーは敗北する。そんな中、僕のロストゾーンにはすでにカードが四枚。対して、サイドは僕が三枚で彼が六枚。
 しかも痛手になるのが前のターンの探求者、ゲンガーのコンボ。手札にプリンとプクリンを戻されたが、プリンをロストされたため完全に手札のプクリンが死に札になっている。ゲンガーを気絶させない限りこのままでは向こうはかなりの確率で次のターンも僕のカードをロストさせにくるだろう。次の彼の番、ゲンガーに超エネルギーがもう一つ乗れば僕の手札を二枚ロストさせることも不可能じゃない。攻撃の手は緩められない。幸いにも今引いたのはアララギ博士。死に札となったプクリンも処理出来る。
「手札の水エネルギーをバトル場にいるガマゲロゲにつける。そして手札からアララギ博士を使うよ。自分の手札三枚をすべてトラッシュし、新たにカードを七枚引く」
「ほう、手札を増やしたのは間違いないが、プクリンが確実に浮くよりかは可能性に賭けてきたか」
「オタマロ(60/60)をベンチに出す。そしてベンチにいるガマガルをガマゲロゲ(140/140)に進化させ、バトル! ゲンガーに攻撃だ。ハイパーボイス!」
 ガマゲロゲは両腕を力強く大地に叩きつけ、やや前かがみの体勢をとる。深く息を吸い込むと、目でも大気の震えがしっかりと解るほどの音波攻撃を正面に放つ。
 地面にも放物線状の跡がくっきりと残るような振動攻撃が、ゲンガーグレート60/130に大きな傷を残す。
「一撃は無理だったけど、次の番には倒しきる!」
「いいぜ、もっと来やがれ。俺はバリヤードのポケパワー、タネあかしを発動。互いのプレイヤーは互いに手札を見せあう!」
 前の番に手札のたねポケモンはすべて処理しきった。対する彼の手札はチェレンと、探求者で手札に戻したミカルゲ。いくら今手札にポケモンがいなくとも――。
「ここでミカルゲ(60/60)をベンチに出す。分かってるとは思うがポケパワー、どろどろ渦巻きを発動だ。相手の手札をすべて山札に戻しシャッフル。そして新たにカードを六枚引いてもらう!」
「くっ……」
 引きなおした手札の中には……。ガマゲロゲ! ポケモンのカードが流れてきた。
「サポート、チェレンも使わせてもらう。三枚カードをドローだ。……ゲンガーに超エネルギーをつけてグッズカード、元気の欠片を発動。トラッシュにいるたねポケモンをベンチに出す。俺がベンチから呼び戻すのはゴース(50/50)! さあいくぜ。ここで手札にポケモンが二枚あれば勝ったも同然。ゲンガーで攻撃、闇にぶち込む!」
 ゲンガーから伸びる影が腕の形になり、僕の手札のガマゲロゲを飲み込んでいく。
「一枚か。まあいい、これで後一枚ロストすれば幕切れだ」
「まだまだ、僕のターン!」
 今ロストされたガマゲロゲ、バトル場とベンチにいるガマゲロゲ、そして既に序盤にもう一枚ロストされているものを加味すると、全てのガマゲロゲを使いきったことになる。それはすなわちベンチにいるオタマロを最終進化にまで誘う事が出来ない合図。
 そしてこのターン、方針としてはゲンガーを必ず倒すことは決まっている。問題はあの新しくベンチに出てきたゴースだ。その対応をどうするかが勝負を分かつかもしれない。今手札に残されたグッズカードをどう使う。考えなくては。
「おいおいどうした長考か?」
 煽りだってことは頭では分かっている。それでもつい体が反応してしまう。
「僕はベンチのプクリンに水エネルギーをつけ、ガマゲロゲでゲンガーに攻撃。ハイパーボイス!」
 音波攻撃に圧されたゲンガー0/130の体が宙に浮かび、この浮遊島から落ちて消えていく。
 サイドを引いてこれで残り二匹。彼はやはりか、ゴースをバトル場に繰り出す。問題はゴースで何が出来るかだ。
「さあ長く続いたこの勝負も、そろそろ終わりに近づいてきた。だがな、本当に楽しくなるのはここからだぜ。ゴースをゴースト(70/70)に進化させ、サポートカードNを発動。互いの手札を全て山札に戻し、お互いに自分のサイドの枚数だけカードをドローする」
「僕の手札を逆に減らすだって!?」
 今までは僕の手札を増やし、その手札からポケモンをロストさせる戦い方だった。それが急に百八十度ひっくり返る。何を狙っているんだ?
「ゴーストに超エネルギーをつけ、グッズ、ポケモンキャッチャーを発動。お前のベンチにいるガマゲロゲをバトル場にいるガマゲロゲと入れ替えさせるぜ。そしてそのままゴーストで攻撃。そっと乗せる!」
 ゴーストが右手と左手に、鬼火をそっと浮かべる。太陽が雲に隠れて少し薄暗くなった瞬間、バトル場にいたゴーストがいつの間にか僕のベンチに現れ、ベンチにいるオタマロ40/60に向かって鬼火を至近距離で放ち、戻っていく。
「こいつは相手一匹にダメカンを二つ乗せるワザ。その効果でベンチのオタマロにダメージを与えてやった。俺がワンパターンでしか戦えないと思うなよな!」
 わざわざガマゲロゲを入れ替えさせたのは、逃げるエネルギーが三つとコストの大きいガマゲロゲを前に出させることで、僕の攻撃の手を緩めさせるためだろう。
 そして問題はオタマロだ。元より火力の低い彼のデッキ。攻めるといってもHPの大きいガマゲロゲにそこまで手出しは出来ないだろう。せめてガマゲロゲは無理でもガマガルに進化させてHPを増やしたいところ。そのためには手札に握られているアララギ博士を使って新たな手札の補充に努めたい。その前にまず……。
「僕もポケモンキャッチャーを使わせてもらう。ベンチのメタモンをバトル場に出させる!」
 手札にエネルギーがない今のこの状況、アララギ博士を使って手札を補強しても、水エネルギーしか引けなければガマゲロゲは攻撃出来ない。ならばこちらも足止め代わりだ。
「アララギ博士を使わせてもらう。残った手札一枚を捨て、七枚カードをドロー!」
 うっ……! 引いたカードの中にダブル無色エネルギーが来てガマガルが来ない。これはポケモンキャッチャーを使うのは失敗だった!
「どうした。良いカードは引けなかったようだな」
「ぐっ、バトル場のガマゲロゲにダブル無色エネルギーをつけてバトル。輪唱! このワザは自分の場にいる、輪唱を使えるポケモンの数かける30のダメージを与える。僕の場には二匹のガマゲロゲとプクリンがいる。よって90ダメージだ!」
 ディレイを重ねながらも放たれる立体的な音波が、四方からメタモン0/40にダメージを与える。
「サイドを一枚引いて僕の番は終わりだ」
 これで僕のサイドは後一枚。そして、ロストゾーンのポケモンは五枚。泣いても笑っても次がきっと、最後の攻防となる。ただ、やはり気がかりなのはゴースト。どことなく嫌な予感がする。
「俺はゴーストをバトル場に出す。俺のターン! グッズ、ポケモン通信を発動。手札のマネネを山札に戻し、山札のゲンガーグレートを手札に加える。そしてそのまま手札に加えたゲンガーをゴーストに重ねて進化させる!」
 幾度となく倒してきたゲンガー130/130。これが彼の三枚目のゲンガー!
「決着をつけるぜ。ゲンガーに超エネルギーをつけてバトル! 呪いの滴!」
 ゲンガーが右手で拳を作ると、赤くドロッとした液体が拳から溢れて地面にひたひたと落ちる。高低差はないのに、不気味にも一直線へ僕の方へ地面を伝って流れていく。オタマロの近くまで流れ着くと、突然液体が針となり、現れた針が四つオタマロ0/60に突き刺さる。
「呪いの滴はダメカン四つを相手の場に好きなように乗せることが出来る。俺は四つ全てをオタマロに乗せる。そしてこの瞬間、ゲンガーグレートのポケボディーが発動する。このカードがバトル場にいて、相手ポケモンが気絶した場合。そのポケモンをロストする! カタストロフィー!」
 その場へ崩れ落ちるオタマロの影が手の形となり、オタマロをがっしりと掴む。そして影の手は空に浮かんだ紫色の渦の中へオタマロを連れ去っていく。
「ポケモンが気絶したことによって俺はサイドを一枚引く。そしておまえのロストゾーンにはポケモンが六匹! ワザの処理が終わった時点で俺の番は終わりだが、次の俺のターンが始まった瞬間、ロストワールドの効果を発動してジ・エンドだ。さあ、最後の一ターンで倒せるもんなら倒してみな!」
 ダメだ、バトル場にいるゲンガーのHPは満タン。そして輪唱を持つポケモンを次の僕の番だけで揃えることは出来ないから、ワザの威力を上げてゲンガーを倒す事も叶わない。
 やはり悔やまれるのは前の番。あのタイミングでポケモンキャッチャーを使っていなければ自体は百八十度変わっていたかもしれないのに……!
「おいおいどうした。びびってんのか? たった一度の、しかもプレイングミスというよりは半分運のような結果にいつまでもくよくよしやがって。誰だって何かをやるとき何かしらのリスクは冒してんだし、ミスくらいする。それをネガティブに捉えないことだ。一番ダメなことはその失敗を無駄だと思う事。見せてみろよ。成功するだけでは決して見えない、失敗したからこそ見える地平をよ!」
 そうだ、今ここで諦めたら今までの全てを否定したことと同じだ。それにまだ、ラストドローは残ってる。信じるんだ、僕自身の力を!
「おおおおおおおっ! ドロー!」
 体中から活力が漲る。先ほどまで感じていた不安や重荷が無くなっている。すっきり爽やかな気分で、どこまでも走り抜けそうな感覚。突然感じた解放感に驚きつつ、引いたカードに目をやる。グッズカード、ジャンクアーム!
「そうだ。今お前自身が感じているかもしれないが、それがお前のオーバーズ、デュアルフェイス。それがお前の本当の力! 薄紫に輝く眼。余計なものを取っ払い、あらゆる迷いや不安を振り切った、ひたすら突き抜ける解放感。光と闇、正と負の二つを知りえたからこそ辿り着く境地。これが以前から抱いていたお前の可能性だ。さあ、その力を見せてみろ!」
「手札からジャンクアームを発動。手札のクラッシュハンマー、ポケモン通信をトラッシュすることでトラッシュにあるグッズを手札に戻す。僕が戻すのはポケモンキャッチャー!」
 今までの積み重ねがあるからこそこのカードが生きてくる。きっと取り返しのつかない失敗だってあるかもしれない。それでも不利を有利に、失敗を成功にすることが出来る。そういうことなんだね。
「手札に戻したポケモンキャッチャーを発動。君のベンチにいるバリヤードをバトル場に強制的に引きずり出す! そしてバトル。輪唱攻撃!」
 二匹のガマゲロゲ、ガマガル、プクリンが奏でる音が共鳴し、地面を抉る空気の波動となって引きずり出されたバリヤード0/70を空の彼方まで吹き飛ばす。
 最後のサイドを引いてゲームが終わる。ポケモン達の姿が消えていくが、スタジアムだけは変わらなかった。きっと夢だから、っていうことなんだろう。
 今は走りきった後に似た疲労感がある。思えば夢なのに疲れてる、っていうのも不思議なことなんだけど、確かにそう感じている。
「やった、勝ったんだ……」
「ああ。これが本当のお前の力だ。もう既にお前は十分強い。一人でもやっていけるくらいにな」
 なんとなくそんな気はしていた。きっと僕が勝ってしまえば、彼はこういったことを言うのではないのだろうか。勝負の熱で目を逸らしていたが、ここに来て立ち塞がる。
「何をそんな顔をしてるんだ。現にこのところ俺が姿を出さずとも、お前は普通に生活出来た。能力もオーバーズもある。実力もある。俺がこれ以上いても、今度は俺がお前の足を引っ張り続けるだけかもしれない」
「でもっ……!」
「甘えるなよ」
 射抜くような視線と、近づくなとでも言うように正面に伸ばした左手。反射的に体が驚く。最も近しい人からの拒絶。それは母親の暴力というトラウマを想起する。
 彼がどれだけ褒め称えようとしても、所詮僕一人だけでは生きていけるほど強くない。たとえそれが自分の中にあるもう一人の自分であったとしても。
「真の『最高のパートナー』はお前自身が見つけるんだ」
 彼の表情が緩み、制していた手を降ろす。
「それに俺はお前自身だ。俺は消えるんじゃない。お前と一つになるんだ。バラバラだったものが元に戻るだけで、俺はいつでもお前と共にいる」
 彼がゆっくりと僕の方に近づいてくる。差し出された右手を重ねると、それを通じて彼の姿があっという間に消えてなくなる──。
 そこで朝が来た。起きたときは既に溢れる涙が枕を濡らした後だった。更にひとしきり泣いた後、不安になって心の中で彼を探したけれど見つからなくて、枯れたはずの涙の跡に再び涙が流れて行った。
 そうやってしばらくしたうちに夢の記憶を反芻する。夢のようで夢でない、不思議な夢。
 『俺はいつでもお前と共にいる』、ただその言葉を信じる。せめてあの夢の中で手と手が触れあった時の温もりを。そして彼がいたという事実だけは忘れないように。



「別に見送りに来なくてもよかったのに」
「いーじゃん、しばらく会えなくなるんだし。夏には顔出しに来いよ! 蜂谷は知らんが俺と翔は予定無理してでも開けるし」
 東京を離れる当日。用事で来れない風見君を除いて翔くんと恭介くん、蜂谷くんが地元の駅にて見送りに来てくれていた。
「俺も四月から姉さんが単身赴任で東北の方に行くから、一人暮らしなんだよなぁ。アレだったらうちに泊まりに来てもいいし」
「俺も浪人するからある意味家族の中で孤立して一人暮らしだぜ」
「そんなこと言ってる場合があるなら勉強しろ」
「ほんと翔はそういうとこ遠慮なくてこえーよ」
 当たり前だったこんなやりとりも、もう当たり前じゃなくなるんだ。そう考えると、胸がぎゅっと締めつけられた思いになる。
 それから意味なんて無い、いつも通りの会話を五分。逆にそっちに遊びに行かせてくれ、とか、部屋どんな感じか教えて、なんて話もしているうちに時間はやってくる。
「わざわざありがとう! ……そろそろ時間だし行くね」
 見知らぬ土地で、見知らぬ人と出会う。いつも通りがいつも通りじゃない。何も知らない場所に、身一つで飛び立つ不安感。
 手を振る皆の姿が、角を曲がれば見えなくなる。少し不安になるけども、そんな時はそっと胸に手を当てる。もう君の存在を認知することはもう出来ない。それでも、嫌味っぽく、それでいて暖かい声色で「しっかりしろ」と彼が囁いてくれるような気がした。

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