132話 僕だけに出来ること

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「……今度は貴方が相手ですか」
 心拍数が上がって火照る体を動かし、首を縦に振る。
 もう一人の僕がここにいた、ということは翔くん達はこのスイクンが立ちはだかった先の洞穴にもう入っていったんだろうか。
 先へ進むためにも、もう一人の僕のためにも、このスイクンを倒さないといけない。
 本当は一緒に戦いたかったけど、この空間ではお互いに離ればなれになって、それが出来なかった。そしてここで久しぶりにひとりぼっちになって、気付いた。
 いや、本当はもう少し前から薄々と気付いていた。ずっともう一人の僕に頼りっぱなしだったということ。
 自分の意志で何かをやろうとして、でもいざ困れば彼に頼ってばっかりで。そんな逃げ道がここで絶たれて、自分の無力さが痛いほど分かった。
 だからこそこの世界では逃げられないから、逃げたくなかった。少しでも成長して、きっといるはずのもう一人の僕に出会って、その成長した証を見せたかった。
 だというのに僕のパートナーで憧れだった彼の近くにようやくたどり着いたと思っても、あの氷の檻が邪魔をして何も出来なかった。それどころか目の前で敗れ、消えてしまうところを見て、心が折れそうになった。でも、最後に、後を託された。おそらく僕への初めてのお願いだ。
 それを裏切れるはずがない!
 怖くないといえば嘘だ。でも、怖くてもやらなくちゃいけないことはあるし、やってみせる。
 足は少し震えているが、ここで逃げたらまた僕は弱いままで、本当に全てが無駄になる。それだけは嫌だった。
「いいでしょう。時間はまだありますから。そして今度こそ、貴方たちが口ずさむ希望が何も為せないことを骨身に染み込ませてあげます」
「なんと言われても構わない!」
『使用可能なバトルテーブルをサーチ。パーミッション。スタンダードデッキ、フリーマッチ』
 僕の最初のポケモンはプリン70/70、相手の最初のポケモンはクチート60/60のみ。
 スイクンはさっきの対戦中、自分に時間稼ぎは通用しないと言っていたんだ。だったら速攻で押していく!
「先攻は僕がもらう! 手札からサポート、ポケモンコレクターを発動。たねポケモンを山札から三枚加え、手札に加える。僕はプリンとオタマロ(60/60)二枚を手札に加え、全てベンチに出す! そしてプリンに水エネルギーをつけて攻撃。歌う!」
 プリンの穏やかな歌が、クチートを夢の世界へ誘っていく。体を丸くして横になったクチートからは、小さな寝息が聞こえる。
「貴方の番が終わったことで、ポケモンチェックを行います。コイントスをしてオモテならば眠りから回復。そしてウラなら眠りが継続します。……ウラ」
 よし、これで次の番クチートは動けない! クチートは進化先がないポケモンだから、状態異常の回復手段はグッズ、なんでもなおしだけだ。でもなんでもなおしを使う状況を懸念するとデッキへの採用率はきわめて低い。それを合理性を優先するこのスイクンがデッキに入れることはきっとない!
「私の番です。手札からサポート、チェレンを発動。その効果でカードを三枚引きます。そして手札のナゾノクサ(40/40)、チョンチー(60/60)をベンチに出します。続けてチョンチーに雷エネルギーをつけ、私の番は終わりです」
 予想通り、クチートは動けなかった。スイクンの番の後のポケモンチェックではオモテを出し、クチートがようやっとむくりと立ち上がる。
「僕はバトル場のプリンをプクリン(90/90)に進化させ、ダブル無色エネルギーをプクリンにつける。ベンチに新たなプリン(70/70)を出して、同じくベンチのオタマロをガマガル(80/80)に進化させる! ここでグッズ、ポケモンキャッチャーを発動。ナゾノクサをバトル場に出させる!」
 ポケモンキャッチャーの効果で、相手のベンチポケモンを強制的にバトル場へ呼び出す。ナゾノクサのHPはわずか40/40。これなら簡単に撃破出来る!
 それにあのナゾノクサは進化すれば厄介なポケボディーを持っているはずだ。だったら今のうちにその芽を摘んでおく!
「プクリンで攻撃。催眠波動!」
 息を深く吸い込んだプクリンの口から、紫色の波紋がナゾノクサ0/40の体を震わせて、弾き飛ばす。
 威力は60。相手を眠らせる追加効果もあるけど、一撃で撃破した以上意味はない。
「サイドを一枚引いて僕の番は終わりだ!」
「ならば私はバトル場に新たにチョンチーを出します。手札のランターングレート(110/110)をチョンチーに重ねて進化します。ランターンにダブル無色エネルギーをつけ、サポート坊主の修行を使います」
 坊主の修行は山札の上から五枚を確認して二枚を手札に加える効果を持つ。スイクンはポケモン入れ替え、ベル、レインボーエネルギーをトラッシュして残り二枚を手札に加える。
「ここでグッズ、研究の記録を使います。その効果で山札の上から五枚を確認し、任意の枚数を任意の順で山札の上下に置き換えます」
 スイクンは二枚を山札の上に置き、残り三枚を山札の底に置く。この配置の仕方はまさか……。
「手札のグッズカード、レジェンドボックスを発動!」
「っ……!」
 いやな予感が本当に当たってしまった。このままじゃあ彼と一緒のパターン!
 バトル場の隣に現れた金色の大きな玉手箱から裏向けのカードの映像が十枚分現れ、順番に反転していく。
 めくられていく順に、エンテイ&ライコウLEGENDの上パーツ、下パーツ、不思議なアメ、クサイハナ、炎エネルギー、雷エネルギー、アララギ博士、ポケモンキャッチャー、セキエイ高原、炎エネルギー。そのうちLEGENDの一組が組合わさって強烈な光を放つ。
「レジェンドボックスの効果で、めくった十枚のうちにLEGENDが一組揃っていた場合、それをベンチに出し、めくったうちのエネルギーを全てそのLEGENDにつけます」
 大地を割るようにベンチの地面が隆起して火柱が噴き上がり、間髪無くその隣に一筋の雷が飛び込んでくる。天変地異はすぐに収まり、やがて光の中からエンテイ&ライコウLEGEND140/140が、身をよじらすほどの大きな雄叫びと共に顕現する。
 これが僕の相棒をあっさりと薙払った敵のエースカード……。
「ランターンで貴方のプクリンに攻撃します。パワフルスパーク! パワフルスパークの威力は基本値40に加え、私の場のエネルギーの数かける10だけ増えます。今の私の場にはエネルギーは六つ!」
 そうか、別にランターンについているエネルギーだけじゃなくてベンチのエネルギーの数もカウントするのか! だとするとパワフルスパークの威力は40+10×6=100ダメージ……! 単純な威力ではエンテイ&ライコウLEGENDよりも上回っている。
 ランターンの額の提灯のような箇所から、辺りいっぱいに眩しい光が放たれる。その光を受けたプクリン0/90は、目を塞ぎながら、仰向けに倒れた。
「サイドを一枚引いて私の番は終わりです。さあ、遠慮は要りませんよ」
 ダメだ。今の僕のポケモンじゃあランターンを一撃で倒せない。その上あのパワフルスパークに耐えれるポケモンがいない。もし倒したとしても、エンテイ&ライコウLEGENDがその後ろにエネルギーが十分な状態で控えている。
 どうしたらいいんだ。やっぱり僕の相棒に出来なかったことが僕に出来るはずが無かったんじゃないのか。
「……もう諦めるのですか?」
「あ、諦めはしない!」
「ならば早くかかってきてください。時間は限られています。……もう半分ほど太陽が沈んでいますが、それが完全に沈みきれば貴方たちはゲームオーバーです。それでも良いと言うのであれば一向に構いませんが」
「ぼ、僕はガマガルをバトル場に出す!」
「……いいでしょう。貴方の心に陰りがあろうと無かろうと、私はただ全力で戦うだけです」
 ちょっとムッとした目つきでスイクンを睨み返す。自分で分かっている弱さを、他人に指摘されることほど腹立たしいものはそんなに無い。
 結局のところ、僕はここまでうまくなんとかやり過ごせていただけで成長らしき成長が出来ていなかったんだ。いざやる気になったつもりでも、少しつつかれれば簡単にメッキが剥がれてしまう。
 別にスイクンが怖いだとか、エンテイ&ライコウLEGENDが怖いっていう訳じゃない。
 自分に自信がもてない。
 元から自分がそうした気性であったけど、それは風見杯の辺りからより一層深みを増していった。
 なかなか他人に伝えることは出来なかったが、単純に僕は僕よりいろんなことが出来る僕の相棒自身に嫉妬をしていたんだ。
 同じ『僕』なのに、どんどん差が開いていく。彼はそんな僕に感づいていて、それをフォローしようとチャンスを与えてくれた。でも、それは余計に溝を広げていくだけだった。
 彼が僕にいつも何かきっかけをくれて、そこで僕は足が竦(すく)んでしまう。何も出来ない自分自身は言うまでもないけど、そう易々ときっかけをくれる彼自身にもだ。やがて僕は彼がいないと億劫になって、そんな依存してしまう僕に自己嫌悪をしてしまう。
 彼はいつか自分が消えてしまったら、と仮定の話をしていたけど、むしろ消えてしまうのは僕の方じゃないか? こんな情けない僕がいない方が周りにも彼にも良いんじゃないか。
 その顕著な例がPCCだ。PCC予選は確かに自分の力でがんばった。でも、そこが自分の限界だと勝手にラインを引いて彼に本戦を任せてしまった。やりたいと思えば快くやらせてくれただろう。
 そして高津と戦って、彼が意識を失ったとき。時間制限を僕がなんとかオーバーしないようにキープしていたけど、逆に言えば僕が代わりに戦うことが出来たはずだ。それなのに、ここでも彼に押しつけて任せてしまっていた。
 ここでも、ここまでは自分の力でなんとか出来た。でもやっぱり大一番でこのサマだ。少し形勢が悪くなっただけだというのに。
「何を迷う必要があるのですか」
 見かねたのかスイクンが声をかけてくる。そこまでバツの悪い顔をしているのか。
「今、貴方は何を望んでいるのですか?」
「……勝ちたい」
「誰にです?」
「もちろん、スイクンに!」
 いいや、違う。スイクンにも勝ちたいことは勝ちたい。でも、本当に勝ちたいのはもう一人の僕にだ。
「力あるモノに嫉妬をするのは決して悪いことではありません。もっとも、嫉妬の矛先を嫌がらせなどのような愚かな方向に間違えなければですが。大切なのは自分に足りないものを探すことより、自分にしか出来ない、自分だけのオウンシップを探すことです。貴方には何が出来るんですか」
 ああ、やっぱりそんな気はしていたけど、完全に僕の心を見透かされている。どうしてそんなことを言ってくれるかは分からないが、スイクンのアドバイスは盲点だった。
 彼に出来なくて僕に出来ること。果たしてそんなことがあるのだろうか。僕は一体何が出来るんだ?
 僕は彼のように相手を自分のペースに持ち込むような心理戦が出来るほど、他人の感情をうまくコントロールすることが出来ない。
「そのままでは日が暮れてしまいますよ。貴方もここまでたどり着いた人間であるなら、戦いの中で探し当ててみなさい」
「戦いの中で……。僕のターン!」
 来た、ガマゲロゲのカード! このポケモンならHPが100以上ある。ランターンのパワフルスパークは耐えきれる!
「僕はバトル場のガマガルをガマゲロゲ(140/140)に進化させ、手札からクラッシュハンマーを発動。コイントスをしてオモテなら、相手のポケモンのエネルギーを一つトラッシュする。……ウラなので効果は不発。ならばここで手札のサポート、アララギ博士を発動! 手札をすべて捨てて手札が七枚になるようにカードを引く。僕の手札は今は0枚。よって七枚ドロー!」
 僕は翔君みたいに、人を集めてしまう力もない。風見君みたいに論理的でもない。
「手札のダブル無色エネルギーをガマゲロゲにつけ、ベンチのプリンをプクリン(90/90)に、オタマロをガマガル(90/90)に進化させる!」
 ましてや恭介君みたいに場を和ませたり、蜂谷君みたいに特別運が良いわけでもない。
「バトル! ガマゲロゲでランターンに攻撃、輪唱!」
 ガマゲロゲが体のこぶを震わせながら不思議な旋律を歌い出すと、ベンチのガマガルとプクリンが後を追うように同じリズムで同じ歌を歌い出す。するとそれが音波を生み出し、ランターン20/110に襲いかかる。
「輪唱は自分の場の輪唱を覚えているポケモンの数かける30ダメージを与える。僕の場の輪唱を覚えているポケモンはガマゲロゲ、ガマガル、プクリンの三体。よって90ダメージ!」
「くっ……! 今度は私の番です。ベンチにナゾノクサ(40/40)を出し、ランターンでガマゲロゲに攻撃。パワフルスパーク!」
 ランターンから放たれる強烈な光がガマゲロゲ40/140の体を突き抜ける。でも、耐えきったのは確かだ。耐え切れたならばまだ戦える。ガマゲロゲは水タイプだけど、弱点は草タイプ。なんとか相性に助けられた。
「僕はベンチのプクリンにダブル無色エネルギーをつけ、グッズ、デュアルボールを発動! コイントスを二度してオモテの数だけたねポケモンをデッキから手札に加える。……オモテ、ウラ。その効果で僕はオタマロを手札に加え、オタマロ60/60をベンチに出す」
 僕は向井君みたいに意志が強いわけでもないし、石川さんほど優しくもない。じゃあ、僕の出来ることってなんなんだ。何が出来るんだ!
「手札からチェレンを使うよ。山札の上からカードを三枚ドローする」
 皆一つに限らず長所を持っている。そんな中で、僕の出来ることなんて――。
「ほら、貴方にもあるじゃないですか。自分にしか出来ないことで悩める、ということは他人を認めることが出来るということ。それは決して簡単なことではありません。それが貴方の出来ることではありませんか?」
 衝撃で胸が撃たれたような。ただ、阿呆みたいに口を開けてスイクンの顔を見上げていた。
 やや強引な解釈かもしれないが、それでも今の僕には十分すぎる光だった。
 自分の閉塞的な部分がそんな見方もあるんだとは思ってもみなかった。言われてみれば、確かに僕がそうやって閉塞的になるのは、周りの皆のいろんな良い所が見えていて、それを認めることが出来ていたからかもしれない。
 ただ、どうしてスイクンがそんなことを言ってくれるかは分からないことが、いまだ僅かにその光に影を落とす。
 でも例えそれがスイクンの口車だったとしても構わない。
 もう僕だけ立ち止まるのはイヤだ! どんなに小さな力でも、たとえまやかしの力でも良い! 僕を僕たらしめるだけの何かが欲しいんだ! スイクンの言うことに陰があるというのなら、スイクンを倒すことで。そして彼を越えることでその陰を打ち払う!
「僕はガマゲロゲで攻撃。輪唱!」
 ガマゲロゲと共にベンチのポケモン達がリズムを揃え、強烈な音波がランターンを吹き飛ばす! これでランターン0/110のHPが尽きた。サイドを引けば、まだスイクンより一枚少ない。今後の状況は厳しいが、少なくともそれになんとか耐えきれるかもしれないほどのリードは保てた。
「ふふ……こうでなくては。私とてつまらない相手と戦うほど退屈なことはないですから。ですがここから先は温情の入る余地のない血肉が騒ぐ戦いです」
 そして、スイクンの表情が僕の相棒と戦っていたときのような厳しい顔立ちになり、その号令と共にエンテイ&ライコウLEGENDがバトル場で僕の行く手に立ちふさがる。



拓哉「今回のキーカードはプクリン。
   たくさん並べて輪唱のダメージを上げて、
   催眠波動で相手を眠りにしよう!」

プクリン HP90 無 (BW3)
無無 りんしょう  20×
 ワザ「りんしょう」を持つ自分のポケモンの数×20ダメージ。
無無無 さいみんはどう  60
 コインを1回投げオモテなら、相手のバトルポケモンをねむりにする。
弱点 闘×2 抵抗力 - にげる 2

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