107話 動き出す歯車K

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「キングドラでバタフリーに攻撃。ウォーターアロー!」
 弓のように体をしならせたキングドラから、鋭い水砲が放たれてバタフリーを捕える。強く弾かれたバタフリーは地に落ち、弱弱しく翅を動かそうとするもやがて力尽き動かなくなる。
「サイドを引いて、これでゲームセットだ」
 対戦が終わると同時に全てのポケモンやエフェクトが消えていく。大きく一息ついて、上階部分が吹き抜けとなっているこの部屋の天井を仰いでいると、視線端にいたガラス越しでこちらを伺っていた冴木と目が合う。
「どうだ、冴木。とりあえずこれで大丈夫だろう」
『シチュエーションAQ終了、デバッグも一通りやったね。予定通りってとこかな?』
 マイク越しに聞こえてくる冴木の声に、適当に頷いて大きく伸びをする。
 いろいろあった修学旅行を終えた翌日。学校が創立記念日で休みなので、朝からTECKに入りひたすらテストプレイを行っていた。
 バトルベルトV2。七月二十日には店頭に並ぶことになっていて、今日のこのテストが最後として明日からは量産体制に臨むことになっている。
 今までのバトルベルトとの違いは大きく二つ。まずはデザインの大型変更。
 旧型バトルベルトは実際のポケモントレーナーのように腰の右側にモンスターボール状のモノが六つ並んだ構造になっているが、今回はそれを全てとっぱらった。
 普通のベルトならば金具に当たる部分、「センタースクエア」と名付けたそこに、バトルテーブルを四角に細かく折りたたんだものを取りつけた。このバトルベルトV2の止め方はシートベルトのように、カチッと組むタイプにしてある。
 このセンタースクエアにはTECKの社内ロゴが大きく描かれ、センタースクエアの下部にあるロックを解除してその隣のボタンを押せば、センタースクエアに収納されてあるバトルテーブルが展開し、見慣れたバトルテーブルが姿を現す。
 ただしこのバトルテーブルも旧型のモノに比べて薄くなり、やや小さくなっている。小型化をウリとした結果、最小限まで小さくすることに成功したためだ。
 そして小型化したことから得られる、旧型のとのもう一つの違いは軽量化。旧型バトルベルトに比べて200gの軽量に成功し、より持ち運びに適した構造になっている。
 カラーは現在八色用意しており、後に少しずつ追加する予定だ。もちろん旧型バトルベルトも使えるし、新型と旧型で対戦も出来る。
 そしてバトルベルトだけでなく、システムのバージョンアップにも大きく勤しんだ。ポケモンの動きなどをより表現し、エフェクトにも磨きをかけた。
 だが最大の特徴は「エネルギールーカス」の導入だ。カタカナが増えるばかりだが、このエネルギールーカスの導入は本当に力を注いだ。
 今まででは一目見ただけではポケモンに何のエネルギーが何枚ついているかが見づらい。HPバーの隅に記載しているのを見るか、モニターを確認するかしか無かったが、対戦する当事者はそれで見やすいものの周りのギャラリーとしてはとても見づらい。
 それを解決するために、遠目で見ても分かるように大きく改良した。それがエネルギールーカス。
 仕組みを簡単に言えば、ポケモンの周りをエネルギーが円を描くように周回するシステム。炎エネルギーなら赤色の、水エネルギーなら青色の。それぞれのタイプを象徴する色がついた淡く光る小さな球が、そのポケモンを中心として円及び楕円(ポケモンのサイズによって臨機応変に変わる)の軌跡を描くように廻り続ける。
 バトルベルトV2自体の開発は完全に終わっていて、今試していたのはエネルギールーカスがちゃんと起動するかどうかの最終テスト。
 新システムを導入したバトルベルトの最新パッチ、ver.2.01がV2の発売日七月二十日に無料で配布され、旧型バトルベルトももちろんそれを使用することが出来る。
 旧型バトルベルトが発売してから半年しか経っていないが、こちらとしてもV2への移行がこんなに早い(プロジェクト自体は前からあった)とは二か月前まで知らされていなかった。
 聞くところによればEMDCの株価がやや右肩下がりなのと関係があるのかも知れないと……。どうだか。
 バトルベルトでTECKの株価が上昇した際に、提携企業だからかEMDCのそれも上昇した。しかしEMDCの工場で四月起きた事故で下がってからは、開発組が少ししてからかなり急なスケジュールを組まされたと聞く。
 最も、ver.2.01のアップグレードにばかり没頭していて、V2の開発にはそこまで携わっていない身としては御苦労と他人事なのだが。
 ver.2.01には冴木の協力も仰いだ。どうしてもシステムの軌道が上手く行かないときには助力してもらい、テストプレイには最初から最後まで付きっきりになってもらっている。
 肝心の、前に依頼したバトルベルト内の謎のプログラムの方は進展が無いようだが、とにかくこれからもその方向でも引き続き協力をしてもらうことになっている。
 ところでこのテストプレイのために今日は朝から三十五連戦もするハメになり、非常に疲れた。試験室外の休憩室で魂が抜けたように一息をついていると携帯がバイブレーションを鳴らす。
 携帯を開いてメールを確認すれば、田中さんから『待っている』と短い文面が書かれていた。なんだ。休む暇なんて無いじゃないか。



 田中さんは父さん達とTECKを立ち上げた後もTECKに携わり続けてきた人で、今もなお役員としてTECKを支えている柱だ。
 そのため非常に忙しい田中さんだが、わざわざ俺のために時間を取ってくれた。先日遠藤との対戦に勝利した際にもらったUSBメモリ。ヤツはこれを田中さんに届けろと言っていた。わざわざ会うのはこのためだ。
 従うのは癪だが、自分のパソコンでファイルを読みとってもよく分からない数字の羅列で、何の意味を果たしているのか分からない。
 田中さんに渡して意味があるとは思えないが、残しておいても手持無沙汰なのでやむなく渡すことにした。
 社内のエレベーターを昇り、田中さんが待つ応接間に向かう。
「失礼します」
「どうぞ」
 扉のノックを二回した後声をかけ、返事を待って部屋に入る。清潔な室内に設置されたソファーに先に腰かけていた田中さんが俺を見るなり立ち上がり、久しぶりだねとひと声かけてきた。
「一年ぶりくらいになりますかね」
「それくらいになるかな。君のお父さんや遠藤に比べて会った回数が極めて少ないから不安だったけど、覚えてくれていて良かったよ」
 柔和な笑みで対応する田中さんは俺に手を差し伸べる。近づいて握手に応じようとすると、改めて田中さんの体格の良さが分かる。
 単純に背が高い。頭一つくらいの差はあるだろうか。そして肩幅が異様に広い。オールバックの髪型に、縁の細い眼鏡と、今は微笑んでいるのでまだしも一度怒ればその辺のチンピラは走って逃げそうなほどのいかつさがある。前に昔アメフトをやっていて、未だに体を鍛えるのが趣味だということを聞いた覚えがある。年を感じぬ若さがその体から滲み出ている。
「忙しい中急に会うように言ってすみません」
「君はそんなことを気にしなくていいさ。腰かけたまえ」
 言われた通りにソファーに腰を下ろすと、秘書と思わしい女性がタイミングを見計らっていたかのようにすぐさまコーヒーカップを置く。
「コーヒーで大丈夫だよね?」
「はい」
「さて、遠藤に会ったらしいが」
「ええ。それで、遠藤に勝った後、こんなものを渡されて田中さんに渡すように言われて……」
 ホワイトスノーのUSBケーブルをテーブルに置くと、異物を見たかのように田中さんは眉をひそめてそれを睨みつける。
 呼応するように、秘書の女性は急いで察してノートパソコンをテーブルの上に置く。すごい。言葉を交わさずとも田中さんが何を求めているのか分かるのか。
「渡すように、と言われたからにはもらって良いんだよね?」
「はぁ……」
 USBケーブルを接続してPDFファイルを広げた田中さんは、ざっとページをスクロールして、ふむと一息つく。
「雄大君。君はこのファイルを見たかね?」
「はい。ただ、何を示しているかさっぱり分からなくて……」
「そうか。ともかく、わざわざ持って来てくれてありがとう」
「あの、それは一体何なんですか? 数字ばかり羅列してあってさっぱり分からないんですが」
「……こちらで何とかする。それよりもバトルベルト、調子はどうかな?」
 明らかに話題を逸らされた。やはり何かある、か。知っていて、なおかつ俺からそれを避ける理由がある。
 可能な限り模索をしよう。あまり口が上手でない自負があるから、どこまで通用するかは知れてはいるが、それでも気になる物は気になる。
「特に問題無いです。むしろ順調ですね。それよりも遠藤と何かあったのですか?」
「いや、特にないよ……」
 そう言って田中さんが視線を俺から横へ逃がした途端、後ろに控えていた秘書が田中さんに近づく。
「田中様、時間です」
「おっと悪いね。これからまた別の案件があるので失礼させてもらう」
「えっ、ちょっと、たっ、田中さん!」
 急いで立ちあがって手を伸ばしたが、既に田中さんはノートパソコンを回収した秘書と共に応接間を後にしてしまった。
 なんて有能な秘書なんだ。と、感心している場合ではない。あの田中さんの挙動から、やはり何かあるに違いない……。また0から模索するしかない、か。
 遡(さかのぼ)って遠藤とのあの戦いの翌朝、目が覚めればいつの間にかホテルの別室に泊らされていた。記憶を辿るも、遠藤に掴みかかろうとしたところまでしか思い出せない。
 そんな枕元に、遠藤からと思われる手紙が置いてあった。
 その手紙は大して特筆するような事もなく、元気でやっているか、などとまるで遠く離れた友人を気遣うような文面が終始続いていたのだ。
 昨日あんなことをしておいて良く言う、と思える程だが、この手紙といい昨日の対戦といい違和感が拭えない。
 どうして遠藤は昨日の対戦で、常に俺を挑発させるような言葉遣いを取っていたのだろう。
 俺を精神的に追い詰めるならもっと他の方法がいくらでもあっただろう。なのに何故敵意を煽るような真似をする。戦意喪失させた方が遠藤にとっては良いはずだ。
 遠藤の態度といい、田中さんの態度といい、何かおかしい。遠藤らの手から追われなくなったはずだというのに、謎が深まるばかりだ。俺の知らないところで俺にまつわる何かが大きく動いているような。
 一体何なんだ? 靄は晴れるどころか一層深くなっていくだけじゃないか。くっ……!



「ごめん、待たせたね」
 都内某所の喫茶店。広い店内で一人佇む男の元に、もう一人の男が駆け付ける。
「遅かったじゃないか、一之瀬」
「硬いこと言わない言わない。それよりも有瀬にしては珍しい。別にここじゃなくてもいいのにどうして今日は喫茶店なんだい?」
「久しぶりに、いろいろと見たくてね」
 有瀬はそう言うと度の入っていない伊達眼鏡のブリッジをクイと押し上げると、一之瀬から視線を逸らして窓ガラスの向こうに映る、日常的光景をただただぼんやりと眺める。
「で、どうだったんだい? その久しぶりに見た結果とやらは」
 一之瀬の言葉に反応して視線をチラと戻した有瀬は、そうだな、と一つ呟いて思案する。
「そうだな。いつの間にやら苦しい世界になっている。人々の負の感情が、見ているだけで分かる。それだからこそ別の人にもその負の感情が伝播して、ちょっとした負のスパイラルを形成している」
「ふーん、なるほどねぇ。確かに負の感情は伝播する、気がする。ならば、負の感情ならぬ正の感情も伝播するんじゃないかな?」
「しかしちょっとやそっと伝播するだけでは足りない。やはり我々による直接の介入が必要だ。今は能力(ちから)なんて程度で事は済んでいるが、やがてそのギリギリの拮抗も崩壊する。未曾有の危機に立ち向かうためには、アルセウスジムはなんとしてでも必要だ」
「……」
「さて、これがアルセウスジムで実際に使うブレスレットの試作品だ」
 有瀬はどこからか、いつの間にか取り出したオレンジ色のブレスレットをテーブルの上に置く。
 その様子を見た一之瀬がブレスレットを取り、舐め回すようにそれを見る。
「ああ。警告しておくと、それはまだ付けない方がいい。それは一度付けると自力では外せないように仕組んである」
「おっと。にしてもこれ、一見変哲のないように見えるけど本当にこの前言ってた事が出来るのかい?」
「出来るとも。創り上げる、それが私の唯一無二の力だ。違いは無い」
「それもそうだ。はい、一度返しておくよ」
 一之瀬からブレスレットを返してもらった有瀬は、左手でそれを遊ばせると、どこに直したか気付かぬうちにブレスレットが有瀬の手から消え失せた。別段、一之瀬も驚くことなくコーヒーカップと有瀬を交互に見直しているだけである。
「それから、こっちの方の用意も出来つつある」
 有瀬は左手で拳を作り、ゆっくり開くと何も無かったはずの左手からスイクン、エンテイ、ライコウの小さなフィギュアが現れてテーブルに転がる。そんな演出をする必要もないのだが、有瀬はこういうマジシャン的な素振りをするのがどうやら好きであった。
「三つ? それくらいなら──」
「いいや、七つだ。この三つの他にもまだ残り二つと、更に二つ。ディバイドを使う」
「七つか……。楽とは言えない数字だね」
「だが『一之瀬として』という言葉を前におけば楽と言える数字になるだろう」
「ほんと、簡単に言うのはそろそろやめて欲しいね」
 有瀬は方を僅かに揺らして静かに笑うと、ブレスレットと同じように三匹のフィギュアを消す。やがて椅子の背もたれにゆっくり体重をかけた一之瀬がポロリと零す。
「そう言えば、アルセウスジムまで二週間くらいなんだね」
「ああ。それに全てがかかっている。私の力と一之瀬、君の力。そして彼らの力が一堂に会すとき、我々の理想が現実のものとなる。君もそろそろ『オーバーゲート』の調整でもした方が良いんじゃないか? 錆ついていたら困るだろう」
「……そうさせてもらうよ、最近お留守だったし」
 ふっ、と微かに笑った有瀬は、「それじゃあまた」と一言残すと次の瞬間にはその姿はどこにも無かった。やはり一之瀬は特に驚く様子も無く、一人になったテーブルで、ゆったりとコーヒーに口をつける。
 ただ寂しそうに、向かいの引かれたままの椅子が揺れてギイと音を立てた。



風見「今回のキーカードはポケモンキャッチャー。
   単純にして非常に強力なグッズカード。
   全てが番狂わせになる程の一枚だ」

ポケモンキャッチャー グッズ
 相手のベンチポケモンを1匹選び、バトルポケモンと入れ替える。

 グッズは、自分の番に何枚でも使える。

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