99話 解せない疑問W

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「一之瀬くん、……あれ? 一之瀬くーん!」
 いつも彼が座っている椅子にいないことを、相変わらず低身長の松野藍は呼びかけてから気付く。
「アイコさん、一之瀬ならさっきトイレに行ってましたよ」
 後輩が、戸惑う松野藍にひと声かける。このアイコというのが松野藍の社内でのあだ名である。元々は一之瀬が下の名前を勘違いしてアイコと言ったのが始まりだった。
 一之瀬に用事を頼もうと思っていた松野だったが、いないのは仕方がない。待つ他ない。
「そう。……最近彼、なんだかしょっちゅうトイレに行ってない?」
「どうせ頻尿とかじゃないんすか?」
 後輩の今の一言で、オフィスにはやや笑い声が広がる。



「本当にそんなことが……」
『今理論を言ったところで君が理解できる保障は一切ない、が、それでもメカニズムを知りたければ』
「分かった……。それじゃあ頼む」
 一之瀬は他に誰もいない男子トイレの端っこで、携帯電話を通して有瀬悠介と連絡を取っていた。
 連絡を寄こしたのは向こうからだった。携帯が鳴ったときは、どうせまたアルセウスジム杯に関する用事を押しつけられるのだろうと思っていたが、それとはまるで違う話に虚を突かれてしまっていた。
 有瀬が話していたことは文字通り、一之瀬からしては「次元が違い過ぎて」一之瀬を含む常人はそんな馬鹿なと口を揃えて言うだろう。とはいえ、有瀬は嘘をつかない。元より嘘をついてもなんらメリットはない。だから一之瀬は有瀬の言葉を消化不良のまま飲み込むしか無かった。
 約束も守り真実しか言わない有瀬を信用する、だがあまりにも常識から外れすぎた馬鹿げた話が多いため、心のどこかでセーブがかかり、百パーセントは信じれていない。最も有瀬の話し方が胡散臭いのもあるのだが。
 一之瀬はふと自分の右手を見つめる。百パーセント信じれない、そんなことはどうだっていいんだ。現にとんでもないことは既に起きているのだから。能力(ちから)のこともそうだし、有瀬だってそうだし、そして自身に起きていることだってそうだ。
 有難いことなのか、有瀬によって能力に関する全ての情報を知ってしまっている。その事実を知った上で、一之瀬は自分で出来ることで手伝いたいと有瀬に言ったのだ。
 ところであんなに騒がれそうな存在である能力が世間に知られていないのは、有瀬の特殊な催眠術じみた情報操作のお陰なのだが、有瀬にも限度はあると言っていた。もし限度が来て大々的に報道でもされてみれば、世間からのバッシングから来てポケモンカードは終わりだ。
 ポケモンカードを愛し続けた一之瀬にとってそれはあまりにも耐えがたい。早く能力をどうにかしなくてはいけない。
 有瀬が言ったのはその状況を打破する方法だった。
『準備が出来た。行くぞ』
 突如一之瀬の足元の空間が裂け、そのまま重力に従って落ちていく。空間の裂け目が一之瀬を飲み込むとそこで裂け目は元より存在しなかったようにそっと消えた。
 そして別の空間に送られた一之瀬は、ゆっくりと足を地に付ける。一之瀬の目の前には、先ほどまで電話していた相手の有瀬がいた。
「会うのはしばらくぶりか」
「そうかもしれないね。そして、ここに来るのも久しぶりだ」
 相変わらずここは何度来ても慣れないな、と一之瀬は思う。空間の裂け目からを通って無理やり呼び出されたこの空間。前後左右上下ともどこまでも果てしなく黒の世界が続く。明らかに自分たちのいる世界を逸脱したここが、有瀬の領域だ。
 その黒の空間にふさわしくない白色の巨大な装置が一之瀬の目を引く。こんなものいつの間に。
「こいつが私たちの計画を進める」
 有瀬は自分の背の五倍程はある装置に触れると、装置中央にある半径一メートルはある透明な大きな玉がオレンジ色にほのかに光る。
「気になっているようだな。それでは話そう、こいつが一体何なのか」
「ああ、頼む」
「こいつは───」




「え、ええええ!?」
「ちょ、それマジ!? マジなの!?」
 ホームルーム中のクラスでどよめきが広がる。今のように騒ぎ立てるやつもいる。思わず椅子から立ち上がったやつもいる。脱力して口が金魚のようにパクパクしてるやつもいる。
 事の発端は担任の一言からだった。
「修学旅行の件だが、本来予定されていたオーストラリアには行けなくなった」
 修学旅行実行委員の俺は既に昼休みから聞かされていたが、騒ぎになるからお前は黙ってろと教師から釘を刺されていた。だからこうしてクラスメイトがさっきのようにオーバーなリアクションを取ったということだ。
「先生どうしてですか!」
「ちょ、理由は!」
 怒号が教室を轟かす。そりゃあそうだ。楽しみにしているやつが恐らく大半なのに、行けなくなったの一言で片づけられてはどうしようもない。無理なら納得させる理由をよこせ、とのことだ。まあそうなるのも当然だ。
「理由はだな。えー、最近テレビでニュースになってるように、オーストラリアで発生した連続凶悪犯罪のこともあって、PTAからの御意見と校長先生や学年の担任達で相談した結果オーストラリアには行かない、ということになった」
 再び教室はざわざわし始める。ところで、この凶悪犯罪というのは丁度俺たちが行く予定になっている地域で発生した事件だ。死傷者二十人が出るかなりの大事なのに、犯人がまだ捕まっていない。
 そんなとこにみすみす行くなんて馬鹿しかいない。いや、馬鹿でさえしないだろう。生徒の安全が第一な学校やPTA側としては行かないという判断を取るのは当然だ。とはいえ俺のように初めて海外に行くやつも多い生徒も多い。そうした海外に行けることを楽しみにしていた生徒からしたらいい迷惑だ。
「その代わり! ちゃんと修学旅行はやるぞ。行先が変わったんだ。これはさっき決定したばかりなのだが……」
 急に教室のざわめきがぴたりと止む。俺も聞いてない情報だ、おそらくホームルームの直前にあった会議か何かで決まったのだろうか。さて、一体どこなんだ。
「北海道だ」
 その一言に対してのクラスの反応は様々だった。喜ぶ者もいれば、夏に北海道かよと文句を言う者もいれば、もうとりあえず修学旅行に行けるだけでいいと言う者もいる。ちなみに俺は一番最後。
 もちろん北海道にも行ったことのない俺からすれば、どちらにせよ未知の土地であるから期待も膨らみ始める。テレビで雪がすごいイメージが強いから、夏の北海道かあ、どんなのかちょっと気になるなあ。
 北海道? そうか、そういえば確か風見は北海道にいたことがあったはずだ。
「なあなあ風見!」
「……ああ、どうした翔」
 隣の席の風見に声をかけたが、物憂げな表情から察するにどうしてか機嫌はあまりよろしくないようだ。声をかけたのはまずかったか。
「で、なんだ?」
 俺が言葉に詰まっていると、風見がさっさと言えとばかりに俺に催促する。
「えあ、北海道ってどんなとこかなあって聞きたくてさ、あはは、あはははは……」
「はぁ。それを調べるのが修学旅行委員の仕事だろう」
 まったくだ。だが、そう言った風見の目は笑っていなかった。何かある。
 首を俺の反対の方に向けて教室の窓から外を眺めながらため息をつく風見の姿は、どこか憂いのようなものがあって、いちいち探りを入れるのも悪い気がしてきた。



「拓哉、一緒に帰ろうぜー」
「あ、ごめん。今日は病院行かなくちゃダメだから」
「そっか、それ、取れるんだな。修学旅行までに間に合って良かったじゃん」
「うん。ほんと、ようやく解放されるって感じだよー。それじゃあ、またね」
「おう、明日な!」
 校門で蜂谷の誘いを断った俺の相棒は、蜂谷とは違う方向に歩きだす。
 今日、相棒はようやく左腕のギプスが取れるのだ。長い間俺のせいでギプスをつける羽目になってしまったため、そのことを考えると胸が痛む。
 よく考えるとPCCからは既に二カ月以上が過ぎたのか。長いような、短いような。
「どうしたの? 今日はやけに静かだね」
(ああ、いろいろ考えててな)
「もしかして、まーたこれが自分のせいとか考えてないよね?」
 そう言って相棒は左腕のギプスをさする。
(違ぇーよ。あれからもう二カ月経ったのかな、って思ってただけだ)
 風見杯が終わってからももちろんそうだが、特にPCCが終わってからの相棒はすこぶる良い意味で変わった。出番がないからというワガママではないが、俺が体を使って前に出る、という機会が少なくなった。
 俺は相棒の負の感情から生まれた。言うなれば俺という存在は相棒の負の感情そのものと言っても過言ではないだろう。その俺が前に出る機会が減ったということは良いことだ。きっとそれは相棒が成長したということを示唆しているのかもしれない。
 もしそうだとして、相棒がこのまま成長すれば、俺は要らなくなる……のだろうか。
 この頼りない相棒を守るために現れたこの俺という存在は、いつしか相棒が強くなることで俺は不要になって、やがて消えるのだろうか。ああ、当然のことじゃないか。俺にとっては相棒が全てだ。そうなればなったで俺は受け入れるしかないし、俺にとっても本望だ。いつか一人でしっかりと、この世界の暗いところも明るいところも受け入れるようになって欲しい。
 だというのになんだこの妙な突っかかりは。まだ俺は消えるわけにはいかない、相棒を護らなければいけない。そんな胸騒ぎがしてやまない。
 その突っかかりのうち一つはかつて俺に宿っていた能力(ちから)のこと。初めて母親を異次元に幽閉したとき、俺はカードからサマヨールを呼び出した。
 俺が出来ることは生き物を違う次元に幽閉することだけだ。なのに何故サマヨールはカードから「現れた」? 俺の能力とは関係ないはずだ。
 そしてもう一つ。能力とはそもそも一体なんなのか。これに関しては当然のように翔たちも疑問に感じているはずだ。
 いや、これだけじゃない。まだ何かがある……。
 そんなとき、ふと脳裏に一之瀬のいけすかない顔が過ぎる。なんで今あいつの顔が出るんだ。ケッ、鬱陶しい。
 今までの俺たちが見知った情報を合わせると、能力は負の感情に作用して宿り、そして対戦に負けると能力が無くなるということだ。
 事実そうだったのだ。が、負けて能力がなくなるというより、正しくは「能力が吸い取られる」という感覚だった。風見杯で翔に負けたとき、俺、いや、俺たちの体には何かを吸い取られたような、形容しがたい虚脱感が残った。そしてそれ以降、能力が使えなくなった。
 ……吸い取られる、ということは吸い取るやつが必ずいるはずだ。
 なんて至極胸糞悪い話だ。きっとまた、能力絡みの何かが起こるだろう。そのときは今度こそ、この相棒を護ってやらないといけない。もう同じヘマはしない。相棒を護る、それだけが俺の存在する理由だから……。



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