1話 唐突な出逢い! 翔VS風見(前)

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 平見高校。いたって普通の東京某所にあるやや有名な私立の進学高校だ。この高校ではTCG、トレーディングカードゲームが流行している。もちろん、教師のいない休み時間に目を盗んだり、放課後に遊んだりと中々アンダーグラウンドな流行なのではあるが。もちろん、うちのクラス、一年一組でも大差なくそれは行われていた。
 そしてこの高校の一生徒の俺こと奥村翔(おくむら しょう)も、同じくTCGを楽しんでいた。
「翔、遊ぼうぜ!」
 チャイムが鳴り、先生が教室から出ていった瞬間に、窓際にいた俺の方へ廊下側から一人の男子生徒が駆けてくる。
「遊ぶってまた適当に言いやがって。これから調査、だろ」
 俺が呆れたように言い返すとその男子生徒、長岡恭介(ながおか きょうすけ)は小さくため息をついて明るい色のツンツン髪をポリポリ掻く。
「調査つっても遊ぶようなもんじゃん。なんだっけ、何調査するんだっけ」
 露骨に頭をガクッと落とし、深いため息をつく。成る程確かに何を調査するか分かってないなら遊ぶようなもんだしな。
「昨日食堂で聞いただろ? 一年生の中にポケモンカードの過去の全国準優勝者がいる、って」
「俺ポケモンカード興味無いし……。まあ翔がやるなら着いていくけどさ」
「はぁ。もうなんでも良いや。とりあえず休み時間終わる前にいろいろ調査しよう」
 席を立ち、一度大きく伸びをする。恭介はああ言ったが、俺は主にポケモンカードを遊ぶタイプ。たまたま全国準優勝者が同じ学内、しかも同じ一年生ならば是非とも対戦してみたいもの。所謂チャレンジってやつだ。
「けどなぁ。何か変じゃないか?」
「何がだよ」
 俺が机の横にかけてあった高校の鞄からカードケースを取り出していると、恭介が陽気なこいつにしては珍しく眉を潜めている。
「噂がしたのは良いけどさ、もう二学期だぜ? 遅くない?」
「いやぁ、知らんよ。たまたまでしょ」
 そんなことは今さらどうだっていいのだ。チャレンジ出来るかも知れない。そんなどきどきわくわくが俺の体の中をぐるんぐるん駆け巡っているのだ。そういうややこしい事は後から考えればいい。
「ってかそいつに会ったら翔はそいつと対戦するんだっけ」
「そうそう。そのために昨日夜更かしして新しいデッキを作って来たんだ。俺の熱き想いをこめた魂のデッキさ! 負けるつもりはないぜ!」
 そう言うと、恭介はらしいなあと言って声をあげて軽く笑った。そのとき恭介の笑い声を打ち消すかのように、俺の隣の席のイスが音を立てる。
 俺に向き合うようにして立ち上がったクラスメイトの風見雄大(かざみ ゆうだい)は、俺を彫刻か何かでも眺めるように、怖い顔でじろじろと俺全体を見渡す。いきなり何事だ。
 これも噂で聞いた話だが、風見雄大の親は電子、機械産業界では日本屈指の企業である株式会社TECKを経営しているらしい。そこの御子息が突然なんの御用やら。
 いや、よくよく風見の目線を追えばどうやら俺のデッキケースを見ているらしい。
「何か用なのか?」
 確かに風見よりは背が少し低いが、それだけでなく高校生らしからぬ威圧感がすごい。初めて言葉をかわしたが、風見が誰か他の人と会話している姿を見かけないのも分かる気がする。下手をすれば何かされるんじゃないか、という程の。
 風見はデッキケースから目を離し、すっと俺の目を見据える。凍てつくような視線が怖い。
「さっき熱き想いを。とかかんとか言ってたな」
「あ、あぁ」
 飛んできた言葉が意外と平凡だったことに、自然と強張っていた肩の力がふっと抜ける。
「それが……どうかしたか?」
「カードに気持ちとはなかなか面白いことを言うな」
 いったいぜんたい風見は何が言いたいのか分からなくて、逆に緊張する。
「だからそれが何だって言うんだ」
 風見は俺の事を数秒見つめると、ふっ、と声を漏らして背を向ける。
「放課後、準優勝者と対戦をさせてやる。もちろんただの対戦じゃつまらないから、面白いものを用意してやる」
「面白い……もの?」
 すぐに答えない風見に、嫌な気配を払拭出来ない。そんなどんよりした気分のまま、チャイムが鳴って先生が入って来た。



「ったく何なんだよなぁ、あいつ」
「うん……」
 ホームルームも終わって、放課後の教室を出た俺は恭介と共に校門に向かう。風見にそこで待てと指示を受けたからだ。校内じゃなくてどこか違う場所で対戦になるのだろう。
「にしてもすぐに準優勝者の手掛かり見つかって良かったじゃん」
「ああ」
 恭介は何が楽しいのか俺の背中をバシバシ叩く。
「あんまり嬉しそうじゃないな」
「き、気のせいだって」
 妙に鋭いヤツめ。確かにすぐに手掛かり見つかって嬉しいことは嬉しいのだが、気掛かりもある。
『カードに気持ちとはなかなか面白いことを言うな』
 風見は明らかに馬鹿にしたようにそう言った。その台詞に対して腹はもちろん立つが、そのときの風見の表情が脳裏に焼き付いて離れない。触れられたくないものに触れてしまったような、あの悲しい表情。それがずっとネックになっている。
 やがて俺たちが校門の傍に着くと、先に待っていたと思わしき風見がいた。
「ここからは多少距離があるから、タクシーを使う。そこのタクシーに乗ってくれ」
 俺は頷き、校門前で待ち構えるタクシーに乗り込む。
「俺も俺も!」
 恭介も意気揚揚と入ろうとした瞬間、風見の鋭い目つきに射られる。
「なんだよ! 翔の応援に行くんだぜ?」
「……まあいいだろう。ギャラリーがいた方が多少は盛り上がるだろうしな」
 恭介が喜んで後部座席にいる俺の隣に飛び乗り、風見が助手席に座るとタクシーが進み出す。
 会話がないままただ車だけ進む。沈黙に耐えかねて準優勝者は誰なのか、と尋ねて見たが風見は適当に誤魔化すだけで、明確な答えは返って来なかった。やがて窓から覗ける風景は、大きなビルが立ち並ぶ一帯へと入る。
「まさかとは思うけど……」
 ぽつりと呟いたと同時、大きなビルの前でタクシーが止まる。
「これって、TECKの本社か」
 人事のようにボソッと俺が呟く。タクシーから降りて目の前のビルを見上げる。てっぺんを見ようとしたら首がイカれてしまいそうなほどの高いビルだ。いや、実際にやってみるとそうでもなかったか。
「こっちだ。悪いがこれをかけてもらう」
 ビルに入り、風見から首にかけるタイプの許可証をもらう。話によるとこれがないとフロントより奥には自由に入れないらしい。こういう大きな企業ビルに入るのは初めてなのでちょっと緊張とわくわく感を感じる。隣の恭介も俺と大差ないようで、目を輝かせている。
 風見に言われた通り着いて行き、ビルに入りエレベーターに乗り込む。そして二十四階で止まった。
「この奥だ」
 エレベーターを出てすぐ目の前の扉を開ける。このフロアに人の気配はなく、どうやら俺達三人しかいないらしい。俺は鞄に入れてあったカードケースに手を伸ばす。
 このフロアは学校の教室よりもやや広いくらいか。だがそこにはそのフロアを埋め尽くすほどの巨大な機械がある。どうやらこの機械には乗り入れ口というべきか、なんと呼べばいいのかイマイチ表現方法が見つからないのだが、二箇所窪みになっているところがある。
 しかしいい加減痺れを切らした。いつになったら詳しいことを説明してくれるんだ。
「なあ。いい加減準優勝者についてちゃんと教えてくれよ。後ここは何なんだ? どうして俺を、あと恭介も呼んだんだ」
「準優勝者なら目の前にいるだろう」
 目の前にいるだと? まさか。
「恭介が!」
「俺じゃねーよ!」
「ありがとう、もう帰っていいよ」
 帰らないし! と喚く恭介をよそに、風見をきっと見つめる。灯台もと暗しとはまさにこのことか。まさか隣の席にいたとは。
「続きの説明は動きながらする。そこの窪みに入れ」
 風見がその窪みの一つに入ったので、俺も急いで真似るようにそうする。いざ入ってみると、そこにはプレイマットのようなテーブルが置かれてある。しかしプレイマットの下半分しかないのだが……。
「望み通り今からポケモンカードで対戦をする。これはそれをエキサイティングにする機械だ。そのテストプレイに協力してもらう。これでお前の望みと俺の狙いが一致したわけだが。分かったか奥村翔。……もう一人のお前、お前はその辺で見てろ」
「くっ、名前ぐらい覚えやがれ!」
 恭介の怒鳴り声に一切耳を傾けない風見は、ポケモンカードのデッキをちらつかせる。
「ルールは無論通常のものだ。ハーフデッキを使用する。サイドカードは三枚だ」
 俺はデッキをシャッフルし、半分プレイマットにセットする。このプレイマットのそばに、風見のフィールドが映されているモニターがあった。慣れない感覚が斬新で、しかも望んでいた準優勝者との対戦が叶い俄然燃えてくる。
「先攻はお前に譲ってやろう」
 風見が俺を指差した。よほど自信があるようだが、まあそれもそうか。
「後悔しても知らないぜ。互いにデッキから7枚カードを引き、そしてたねポケモンをバトル場、ベンチにセットする!」
 風見はバトル場とベンチに一体ずつセットする。この一番最初の引きが、ポケモンカードゲームでは非常に重要だ。
 この最初の引きで、俺の手札のたねポケモンにノコッチ60/60とヒノアラシ60/60が既に揃っている。ラッキー。心の中で小さく笑い、俺も風見と同じく一体ずつそれぞれセットする。
 お互いがセットしたのを確認して、プレイヤーはセットしていたカードを表向けにする。俺がバトル場に出していたのはもちろんノコッチだ。
「さあ、行くぜ──」
 張り切って行こうとした俺の目の前で、実際にノコッチとオドシシ70/70が対峙していた。
「ポケモンが……どういうことだ!?」
「言っただろう、エキサイティングと。これはうちが開発中の光学ポケモンバトルシステム。ポケモンが実際にいるように見えるだろう? ちゃんとベンチポケモンも映っているぞ」
 風見のベンチにはフカマル50/50。そして俺のベンチにはヒノアラシが。映像とは思えないほど非常に鮮明に映っていた。
 すごい。かつてないほどの強力な相手に、かつて見たことがない心踊るような舞台。最高だ。
「よし、改めて始めるぜ。まずは俺の番からだ!」
 これがこの先に続く未来への、最初の一歩となる。



翔「今日のキーカードはノコッチだ!
  このノコッチはHPが60と少なめだけど、エネルギーなしで技を使える。
  一番最初に手札に来るととても助かるパートナーだぜ!」

ノコッチLv.21 HP60 無 (DP2)
─ へびどり
 自分の山札からカードを一枚引く。
─ かんでひっこむ 10
 自分を自分のベンチポケモンと入れ替える。
弱点 闘+10 抵抗力 ― にげる 1

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