屠殺人は孤独という名の自由に踏み出す

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 リーグチャンピオンのみが座ることを許された、白い石造りの椅子に四葉は座る。椅子の周りを取り囲むように大蛇のポケモン、ジャローダを侍らせて。目の前でわざとらしく膝をついている少年へ言葉をかけた。

「報告はレポートでもいいと伝えたけど、わざわざ会いに来たのには理由があるのかな? 千屠」

少年の傍には、蛇のような獣であるオオタチが伏している。千屠は顔を上げて、明るく笑ってみせた。

「いやー、巡たち見てるとレポート書くのって面倒くさそうだったし。四葉姉ちゃんの顔が見たかったからね」
「……随分嬉しいことを言ってくれるね?」
「何言ってるの水臭いなー。姉ちゃんは俺の命の恩人だよ?」

 千屠の言葉は、命を扱う発言であればあるほど軽い。名は体を示す、という格言の通り命を屠ることに何の疑問も感じないのが、千屠という人間だ。

「じゃあ聞かせてもらおうかな。涼香達が今までどんなふうに旅をしてきたのか」

 四葉が予定通り千屠へ聞く。彼も、あらかじめ用意していたであろう淀みない言葉を返した。

「えっと、まずは旅慣れない新人たちに引率者がアドバイスしていく形で旅が始まったんだよね。まあなんていうか、ほんとにトレーナーの旅っていうか野外学習って感じのやつ」
「町の外へ出たこともあまりないような子供にいきなりポケモン一匹与えて外へ放り出す今までの慣例が異常なんだけどね」
「四葉姉ちゃんは優しいよねー。ま、ともかくそんな感じで外の世界を楽しみつつレポート書いてたところで初めて俺と出会うことになったんだ」
「……ちゃんと人やポケモンを殺さずコンタクトを取ってくれて安心したよ。ありがとう」
「ははっ、不安だった? 大丈夫、俺が四葉姉ちゃんを裏切るわけないじゃーん」

 話す千屠の様子はまるで学校であったことを姉に話す弟のようで、四葉もそれを薄く微笑んで聞いていた。

「俺としては引率者の方とバトルしたかったんだけど、まあ新人くんたちがやるっていうから軽くやっつけてー。とりあえず一旦お別れしたんだよね。また会おうって」
「巡のレポートに君のことが書かれていたよ。ロクなやつじゃないとか次はコテンパンにやっつけるとか……まあ、君の意見自体には納得できないわけじゃなかったみたいだけどね」
「えーひどーい。あの時生かして帰しただけありがたく思ってほしいんだけど。なあダチー」
「オンッ?」
「あのフォッコをちょっとイジメた時だって。お前食べ損ねてちょっと不機嫌だったろ?」
「オオッ!!」

 千屠の傍らのオオタチが誰だっけ?と言いたげに首を傾げた後、思い出して頷く。彼のオオタチにとっては、新人のトレーナー達とのバトルなど記憶にも残らないのだろう。……狐っぽいポケモンが好みらしいのかそっちで記憶していたようだが。四葉はため息を吐く。

「奏海のだね……彼は手持ちも含めてナイーブなんだからあまりやりすぎないであげてくれよ」
「もー、気を付けろよダチー」
「オオーー」

 明らかに気のない返事。とはいえ千屠はなんだかんだオオタチのことはしっかりコントロールしているのでそれ以上心配することなく続ける。

「それでとりあえず途中の町に立ち寄った一行なんだけど、あろうことか博士誘拐の疑いをかけられちゃったんだよねー……本当の犯人のことも知らずにさ」
「玄輝は暴走しがちだからね。さすがにいきなり四天王とぶつける気はなかったのだけれど」
「でも、まあさすが一度はチャンピオンリーグを勝ち進んだトレーナーだよねー。邪眼の力を舐めるな!闇の炎に抱かれて消えろ!って感じで撃退しちゃった」
「……邪眼? まあ、玄輝から涼香と戦ったという報告は受けているけれども」

 四葉が初めて首を傾げる。

「あー、四葉姉ちゃんゲームとかやらなそうだもんね。とにかくヘルガーとヒトモシと一緒に怨念の力を使った炎でルガルガンを倒したんだよ。Zパワーに近くて、後物理的な炎じゃなくてゴーストか悪タイプの技に分類されそうだったね」
「強い憎しみを持つ彼女が人間を怨むヒトモシとヘルガーを連れたからこそ怒った現象かな……うん、流石は涼香だね」

 何か含みがありそうな四葉。千屠はそれを察したのか、次の言葉まで少し間を置いた。

「だけどさすがに引率者さんも疲れちゃったみたいでさ。そのあと倒れちゃったんだけど……新人くんたちはいいやつでねー。ちゃんと看病してあげた後、自分の罪を告白する引率者さんのことも割とあっさり許してたよ」
「……涼香は、もう話したのかい? 一年前の決勝戦のことを」
「うん、まあやむを得ずって感じではあったけどね」

 四葉は意外そうな顔をした。一年間、誰にも話せず、誰とも関わろうとしなかった涼香がそのことを打ち明けたことに対して何の感情を抱いているのかまでは、誰にも読み取れない。

「で、ここからが俺が直接四葉姉ちゃんに伝えたかったことなんだけど……」
「……涼香達はまだ第一ジムにもついてないはず。重要なことでもあったかい?」
「それはね……」

 千屠は立ち上がり、四葉の耳元で囁く。四葉の目が見開かれ、震えた声で言葉を漏らす。

「まさか……確かに今の話を聞く限り兆候はあるけれども……」
「あくまでこっそり見てた俺の勘だけどもねー。覚悟しておいた方がいいんじゃない?」
「……」

 その時、四葉の携帯するトレーナーカードが震える。一通のメールが届いたようだった。そこには、この旅の引率者からのメールが送られてきたと書いてあった。


『四葉。大事な話があるの。三日後の夕方、第一ジムの裏で会いましょう』


 二人はメールの内容を見る。簡素だが、意志の籠った文面に、それぞれ感じるところがあるのか。四葉も千屠も真面目な表情になった。

「……どうするの?」
「行くよ。君が今教えてくれたことを確認したいし……涼香の頼みだからね」

 そこで四葉は、千屠の頭を細く冷たい手で撫でる。

「ありがとう、君が涼香達の状況を教えてくれたし、コンタクトを取ってくれる役目を引き受けてくれたおかげで僕の計画は実行できた……これからもよろしく頼むよ」
「まあ、そうしないと俺は罪人としてギロチンだったからってのもあるけどさ……うん、俺が平気で人を殺すヤバい奴って知っててこうしてくれる四葉姉ちゃんのことは、嫌いじゃないよ」

 千屠は人殺しだ。捕まり、然るべき罰が与えられるべきところへ四葉が目をかけた。頭を撫でられることは少し恥ずかしそうにするものの、千屠は四葉の想いに悪い気はしないのかしばらくそのままにしていた。

「確かに君は、人殺しさ。だからこそそれを自覚出来ているなら救いがあって然るべきなんだ。悪人だからどんな最期を遂げても自業自得だとは、僕は思わない」
「……最初からそう言えばいいのに、四葉姉ちゃんは回りくどいなー」

 微妙に噛み合わないやり取りの後、千屠は四葉から離れ、オオタチと一緒に出ていく。
 





「四葉姉ちゃんはこれからもよろしくっていうけどさあ……それは無理だと思うんだよね」






 一人になった千屠は、歩きながら呟く。その目は四葉と語らっていた時の姉を慕う弟のようなそれとは全く違う、養豚場の家畜を品定めするような、命に対する冷酷な目。

「うん……多分、こうなるかな。その時は……苦しまないように終わらせちゃおうか、ダチー」
「オオンッ」

 千屠の想像する未来には、血まみれで倒れる四葉の姿が映っていた。自らが何より信じるダチに気さくに問いかける。気負う必要や罪悪感を感じる必要などない。今まで自分が千ほど繰り返してきた、いつものことだ。

「引率者さんの苦しみも、四葉姉ちゃんの計画も、俺が屠殺してあげるよ……この名前に懸けてね」

 彼の動く理由は、自らの名前。それを刻みながら、少年は歩み続けた。 

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