Page 46 : 収束へ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ポニータはアメモースを見て、何かを話すように声をあげた。それにアメモースはこくりと頷く。ポニータは一足先に動いた。自身に渦巻く炎、そのまま突進、一匹のザングースと激突する。短い助走ながら力強いそれは体重が自分より重いザングースを突き飛ばす。
 炎が晴れた瞬間を狙う他の猫イタチ。クロはそれを助けに向かおうとすると背後からやってきた他の獣の対応に追われる。体の動きはやはり鈍い。しかしクロの傍を離れなかったアメモースは翅を大きくばたつかせ、鋭い風の衝撃波を作りだす。いくつものエアスラッシュの猛攻。道に面した建物の薄黒い壁に白獣は次々に叩きつけられていく。だが止んできた頃に跳び込んでくる。火閃を振るう、刃と爪との金属音が走った。じりじりと力比べをしている最中に、アメモースが思い切り体当たりをしてザングースを突き放す。
 しかし終わらない。二方向から電光石火でやってくる。目にもとまらぬ速さをまともに食らいクロとアメモースはそれぞれ別方向へ転がっていく。倒れこんだところ目を開くと、クロは眼前にザングースの顔が近づいてくるのが分かった。犬歯を剥き出しにし、食いちぎらんとしているのか。咄嗟に火閃を正面に立てた。
 躊躇いは一抹も無い、刃は口内から脳天まで一気に貫く。手にザングースの唾液が付着する。鋭く光る歯がクロの手を噛み砕くその前に手元に力を入れた瞬間、ザングースの中で炎が膨らんだ。思いっきりみぞおちを蹴りあげて火の玉と化そうとするそれを離すと、直後、鼓膜が張り裂けそうな断末魔の叫びが響きわたった。
 しかしそれはすとんと呆気なく途絶えた。
 何時の間にか地上に降り立ちピジョットをボールに戻した女性によって小さな休息地に収納される。女性は冷たい表情を浮かべクロを見つめていた。
 血の匂いが充満している。元々この場所に携わる生ものの匂いも相まって、独特の異臭を作り出す。
 クロは立ち上がろうとした。体内が破裂してしまいそうな痛みに表情は苦渋した。前のめりになって膝をつき、項垂れた。突如腹の中から一気にこみ上げてきたかと思うと、白濁した嘔吐物がその場に散乱する。アメモースが戻ってきたことにもすぐに気づくことはできなかった程注意力は散漫している。
 視界が霞む。みるみるうちに血液は流れ出していく。
 彼の服装は元々血赤色だったのではないかというほどその色に染まりきっていた。
 いつの間に自分はこんなに弱くなっていた?
 クロは自問する。
 ザングース達が異常な程興奮している理由は薬物投与が簡単に思い浮かぶし、短期間の力の増強も恐らく黒の団による実験を繰り返した賜物によるものだろう。
 けれど。
 彼は顔を上げる。
 それでも、どうして、こんなに弱くなった。もっと、動けていたはずなのに。
 近付いてくるザングースに対してアメモースは電光石火で応戦する。しかし体重が段違いであり、鍛え上げられたザングースには大したダメージを与えられない。大きな触覚を掴み地面に叩きつける。クロは思わず悲痛な叫びをあげた。しかしアメモースもまだ止まらない。きっと目をザングースに向けると、一度畳んだ触覚を花開かせ、直後に散布されたのは痺れ粉だ。ザングースはその黄色く輝く粉末を思いっきり吸い込み、その場に崩れ落ちる。生まれた隙を逃すわけにはいかない。クロは地面に円を刻む。頭の中でイメージを一気に膨らませる。最早呼称は無い。そのザングースを炎の柱が貫いた。
 一匹一匹、確実に数は減っていく。ポニータは、とクロは視線を上げた時、息を呑んだ。
 戦力を分散させるためか、あえてクロとアメモースから離れ一匹狼として戦っていたポニータをザングースは突き飛ばし、遂に地に崩れ落ちる。
「アメモース、ポニータを!」
 指示を出したクロも咄嗟に動き出した。アメモースは振り返り瞬時にポニータを救出に向かう。
 無情にもクロの目の前にやってくる別の猫イタチ。きりが無かった。
「どけ!!」
 金切声に等しい。視線の向こう、止めを刺さんと白獣は黒い爪を突き立てた。
 高速移動の如く空を走り抜いたアメモースはスピードそのままに特攻しようとしたが、そのザングースはアメモースに気が付いて腕を振り回しアメモースを殴りつけた。物理攻撃に対して貧弱なアメモースは高き空へと突き飛ばされてしまう。
 その姿が一コマ一コマ視界に張り付き、クロは自分がが対峙したザングースの対応に遅れる。刹那の後、首を掴まれ地面に押し込まれる。頭全体が激しく震盪する。今にもシャットアウトしそうな意識。声をあげるどころか、呼吸すらできない。冷たい爪が首を握りつぶそうとしているのが分かった。対抗しようとした時、左手から火閃が滑り落ちてしまったことに気付く。空いた左手で毛に覆われたその手をどかそうとしたが、体に力が入らない。徐々にザングースの力が強まっていく。荒々しい吐息がかかる。牙から滴る唾液。見開かれた瞳孔。全て、遠くなっていく。
 深緑の瞳が黒い影に染まりきった時。
 一瞬のことだった。
 その爪がふわりと離れていく。ふと静まったようにザングースは動きを止め、宙を浮く。一呼吸後に、独りで遠くに飛んでいく。ぎゃ、という悲鳴が壁に衝突した音と同時に聞こえてくる。
 呆気にとられたクロは茫然と飛ばされていったザングースを見つめ、首に震える手をあてる。血は通い、か細く震えたものながらも呼吸は確かにできている。
 何が起こった? クロは女性を思わず見る。彼女も予想外の出来事だったのか、見開いた目で飛ばされたザングースを見つめていた。
「クロ!!」
 聞き覚えのある高いトーンの突入にクロは驚愕の表情で左方向を振り返った。
 エーフィとブラッキーが走ってくるその後を追うようにやってきたラーナーがクロの元に少しの迷いも無く駆け寄る。
 その場にいる誰がこの光景を想像しただろうか。おびただしい血溜まり、脳がくらりと揺れるような刺激臭、ザングース、彼女のトラウマが渦巻くフィールドだ。彼女がこれに対し平然といられているだろうか、答えは否だ。証拠に冷や汗が病的な程噴き出している。
 にもかかわらず恐怖に震える心を鬼にして、ラーナーは強い瞳で辺りを見回した。
 エーフィは続けざまにサイコキネシスで今度はポニータに張り付いていたザングースを飛ばす。圧倒的な念力に何もできず猫イタチは散っていく。
「逃げよう、クロ。ポニータとアメモースのボールはどこ!?」
 鬼気迫る声にクロはたじろぎ、ウェストポーチに手を伸ばす。すぐにラーナーはそれに気が付き彼より先にその中を漁り、二つのボールを取り出した。
 しかし逃さないとザングースがやってくる。ラーナーは気付けない、クロは気付いてもラーナーがいて動けない。爪が彼女に接近したところ、ブラッキーが跳びこんだ。見えない壁のようなものがブラッキーの目の前に現れ、それにぶつかったザングースは自身がダメージを受け跳ね返される。渾身の“守る”だ。
 ラーナーは戦闘不能となったポニータをクロの代わりにボールに戻す。
 空中からザングースを翻弄していたアメモースに、エーフィの攻撃が加わる。いくつもの星を象ったものがエーフィの額の前で形成され、一気に放出される。放散されたスピードスターは動きの素早いザングースに対しても確実にヒットする。怯んだところをアメモースは痺れ粉で鎮める。気絶とまではいかなくとも、体力を十分に失いつつあるザングースには効果的だ。
 ブラッキーはクロとラーナーの元から少しも離れず、守護役に徹していた。そしてその位置から、黙ったままつまらなそうな顔をした女性を睨みつけていた。
 耐え抜いた末、形勢は徐々に好転していく。それに女性が気づかぬはずもなく、肩を落とした。
「あーあ」
 女性は溜息を吐いた。まるで背中に一筋の冷たさが辿ったように、その一声だけでこの場の雰囲気を一風変える。
「もうおしまいね。リミットだ」
 そう言って空のボールを出す。慣れた手つきで次々にザングースをその中へと戻していく。ごちゃごちゃとしていた場が一気に整理されていき、籠りきった息苦しさも僅かに和らぐ。しかしまだ緊張感は張られたまま、途切れない。
「まさかこんなに早く助っ人が集まるとはなあ。つまらない」
 エーフィとアメモースはまだ戦意を喪失させず、クロ達と女性の間に立ちはだかる。ふふと彼女は笑った。
「デルビルは倒したのね」
「……分かってたの」
 ラーナーは睨みつけたままようやく声を出す。
「分かってたわよ、盗聴してたことでしょう。デルビルがあなたを殺そうと逆にやられようと、私にはどうでも良かったし。私の目的は、そっち」
 そう言ってクロの方に視線を移す。ラーナーは庇うようにクロの上に前のめる。
「あは、必死ね。そんなに大切なんだ、意外。まあいいわ、殺すことが目的じゃないもの。不満だけどその必死さに免じてここはこっちが引き下がりましょう」
「……クロをどうするつもりだったの」
「さあ、どうでしょうね。知りたいなら本人に尋ねなさいな」
 平然と流す女性に対しラーナーは悔しそうに唇を噛む。
「ま、こっちも大分暴れたし、アメモースはまだ動けるしそのエーフィやブラッキーを更に相手にするほど体力も残っていないし。退かざるを得ないわね」
 一つのボールを取り出し開閉スイッチを押す。中から出てきたのは大きな翼を持ち、端正な目つきと美しい毛並を携えたピジョットだ。慣れた足取りでその背に乗る。
「じゃあね。ああ、まだ交渉は続いてるから。よく考えた方がいい。楽しみにしてるよ」
 クロは最後自分に向けられたメッセージを聞いた瞬間体を動かそうとしたが、ラーナーが無理矢理抑える。首を思いっきり横に振って全身で拒否を示す。
「もうやめて!」
 悲痛な声とピジョットがその場を飛び去ったのはほぼ同時のことであった。
 ようやく緊張は解かれて静寂が訪れ、クロはラーナーの全身が小刻みに震えているのにようやく気が付いた。思わず自分を介抱する彼女の顔を見る。
 ラーナーは彼女なりに戦い抜いた末、今の瞬間まで必死に我慢していたものが崩れ落ちそうだった。
 圭によって知らされた実質的な爆弾の存在から始まった。エーフィの予知能力を頼りにデルビル達を見つけ、倒した。混乱する市内の波を逆行し、道を辿り鼻に飛び込んできた血の匂い、ザングースの群れに重なるウォルタの記憶。今にも殺されそうなクロの姿。今までクロに守られ続けてきた彼女が自分から暗い道に踏み込んだが、重く混濁した光景は傷を更に深く抉るものだった。
「やめてよ……」
 絞り出した声が、弱まりつつある炎の音に溶けていった。

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