若白髪の若頭

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:7分




 ――寒い。目を開けて最初に抱いた感想がそれだった。
 見渡す限り一面が氷の大地に変わっていた。その中心に、黄色い目を光らせる巨大な竜の姿があった。全身に氷を纏った竜は、体の至る所から白い冷気を吹き出していた。
「素晴らしい!まさに伝説!これぞ伝説!」
 氷の巨竜の足元で、一人の人間が高笑いを上げた。その姿はぼやけていてよく見えなかったが、その声は確かに、彼らの頂点に立つ男のものだった。
「やりましたね、ボス!」
「コスモ団が世界統一する日は近いぞ……!」
 口々に歓声を上げる団員たち。傍らで見ていた彼自身も、ようやく野望が叶ったと思いつつあった。
「そうだな……まずは手始めに」
 静かに告げたボスは、冷気の靄の中でもよく分かるほどに口角を釣り上げて言った。
「ここにいる全ての者を、氷漬けにしてみようか」
 歓声を上げていた団員がその言葉の意味を図りかねているうちに、氷の竜が白く冷たく輝く息を吐き出した。傍にいた団員たちを一瞬にして呑み込んだ白い息が晴れた時、そこにいたものは皆、氷の彫像と化していた。
 歓声が、どよめきに変わった。
「ボス!何をするんですか!」
「俺たち、これから世界へ羽ばたくんじゃぁ……」
 団員の中から不安の声が漏れる。信じてついて来た者にこうも簡単に裏切られるなど、ほとんどの者が考えていなかった。
「一つ間違いがあるな。世界へ羽ばたくのは、私一人で十分だ」
 冷たい笑みを浮かべた男は、歪んだ笑みを携えて高らかに言い放った。
「お前たちは、私がこのサート地方を、後にこの世界を支配するための駒に過ぎないのだよ」
 団員たちが抱いていた一縷の望みが、音を立てて崩れ去っていった。身の危険を感じて逃げ出そうとした団員は直ちに氷の息吹に包まれて、悲鳴を上げる間もなく凍り付いていた。
「全てを統べる力を手に入れた以上、お前たちはもう用済みだ」
 信じ難い、信じたくない一言。だがしかし、それは確かに氷の竜を従える男の口から聞こえた声だった。
 体はひとりでに動いていた。
 左手が腰に掛けたモンスターボールのスイッチを叩いた。ボールから鳥人間が飛び出しざまに飛び膝蹴りを放った。目にもとまらぬ速さで打ち出された技は、氷の巨竜の首筋にクリーンヒットした。にもかかわらず、氷の巨竜はうめき声を上げるだけで怯んだ様子はない。 いくら効果が抜群の技とはいえ、一撃で倒せるとは彼自身も思ってはいなかった。しかし、これほどまでに効かないものなのかと、軽く絶望しそうになってしまう。
「ほう。伝説を従えた私に楯突く愚か者がいたか」
 男の視線が、彼を射抜いたのが分かった。次はお前の番だと、言葉にせずとも男の目がそう語っていた。しかし、彼は怯まない。恐怖はなかった。部下をこうも簡単に切り捨てる人間への怒りが、そんな人間にこれまでずっとついてきてしまった自分への怒りが、恐怖という名の感情を刈り取っていた。
「いいだろう。私に歯向かうとどうなるか、見せしめてやろうではないか」
 向かい合った男の瞳が、怪しく輝いた。





 次の瞬間、全ての音が消えた。
 自分の耳が聞こえなくなったのか、張りつめた極寒の空気が、はたまた裏切られた絶望感がそうさせたのかは分からない。
 彼らの頂点に立つ男の口が、やれ、と動く。
 氷の巨竜がその口を開いて――
 全てを凍てつかせる息吹が、彼ら目がけて吐き出された。









   *










 バチッ
 そんな音がするほどに勢いよく目を開けると、うさ耳フードの少女――ペルシャが彼の顔を覗き込んでいた。
「どうしたんですか。この世の終わりみたいな顔してますよ~」
ゆっくりと体を起こす。徐々に覚醒していくのを確かめつつ、所々に白髪が混じった青髪の男――ジュノーは何と答えたものかと思案する。ペルシャの指摘は半分間違いだが、半分は合っている。確かに世界が終わりの音を奏でようとはしていた。しかし、あくまで夢の中での話である。変に掘り返されても困るが、嘘をついてもすぐにばれてしまうだろう。
「ああ。少し悪い夢を見た」
「どんな夢ですか~?」
「悪いが、思い返させないでくれ」
 いつにもまして低い、威圧するような声が出て、ジュノーは自分でも驚いてしまう。ペルシャはといえば、一瞬だけびくりと体をこわばらせたのち、すぐにいつもの調子のいい雰囲気を取り戻した。
「何ですかもう。怖いじゃないですか」
 唇を尖らせて文句を言うその姿は、まさしくいつも通りのペルシャだった。
「たまには相談してもいいんですよ~」
「……すまない。先に行って、団員たちに指示を出しておいてくれ」
「分かりました~。ジュノーさんがいないと締まらないでしょうから、早く来てくださいね~」
 ひらひらと手を振って、ペルシャは一足先に部下の元へと向かっていった。
一人残されたジュノーは、それまで見ていた夢の内容を思い出して考え込んでいた。ひどく現実じみた、しかしそれ故に現実離れした夢だった。少なくとも、ジュノーから見た彼らのボスは、得体のしれない所はあるものの信頼に足りる人間だった。
(俺は、疲れているのだろうか)
 思い返してみれば、気苦労の絶えない日々の連続だった。エンタン島ではホウオウを洗脳することが叶なかった。ハトバ島でのフーパ捕獲作戦はジムリーダー含む五人のトレーナーによって失敗に終わった。ドクサ島では、用意していたポケモン洗脳装置を何者かに破壊された。
 しかし、幾多の障壁を乗り越えて今のコスモ団がある。より広域のポケモンたちを確実に洗脳し、コスモ団の配下とする強力な洗脳装置。そして、最果ての島で何とか捕獲に成功した氷の巨竜、キュレム。既にほかの島の伝説たちを捕縛する作戦も始まりつつある。
(俺は、本当にあの人を信じてもいいのだろうか)
 ほんの一瞬だけ脳裏をよぎった疑念を、すぐに首を振って打ち消した。彼は天王星(ウラノス)に忠誠を誓った身。何があろうと、ボスの命令は絶対である。コスモ団がサート地方に眠る全ての伝説のポケモンを手中に収め、このサート地方を、そしてあわよくば、この世界の全てを支配するために。




公式キャラクターより、コスモ団幹部のジュノーさん、ペルシャさん、コスモ団ボスのウラノスさんをお借りしました。ありがとうございました。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想