第16話 いざ、王の間へ

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 あの後、トレーナーとは中々遭遇しなくなり、またピラミッドの構造上、上るごとに一階あたりの面積も少なくなったことで、上へあがるペースは予想よりも早くなっていた。7階から8階へは十歩ほど歩くだけで次の階段を見つけることが出来たほどだ。
浮遊するポケモンに逃げ場を奪うポケモン、氷漬けにしてくるポケモンや会った瞬間大爆発を仕掛けてくるなど多彩なポケモンがいたが、階段を上ったところのアドバイスを慎重に読めば対処できた。とはいえ8階分の迷路と階段を上って、体力のあるジェムといえどもさすがに疲れてきた。クチートやラティアスのメガシンカを使うペースも徐々に増えてきたのも理由の一つだろう。

「後一階……最後は何が出てくるのかな?」

 石板をライトで照らす。文字のあるところをわざわざ探さなくても大きくなった明かりが全体を照らした。

「王の御前には、天地鳴動の力を持つ怪物こそが相応しい、か」

 恐らくは、戦術の傾向云々よりも直接強いポケモン達が出てくると見ていいのだろう。バーチャルで再現できるのだろうかという疑問はあるが、ホウエンに限らず様々な伝説のポケモンを統べるジャックが協力しているのだ。そうだとしても不思議ではない。

「なら……ラティ、ルリ、クーで行くよ!」

 クチートを手持ちに加え、歩き出す。これが今の自分のベストメンバーだ。そして出てきたのは――鋭く尖った黄金の羽が纏う紫電に猛禽の眼光。見慣れたはずのバーチャルはまるで本物のポケモンのようにジェムたちにプレッシャーを放つ。まごうことなき伝説のポケモン、サンダーだ。

「バーチャルポケモンも手加減なしってことね……ラティ、お願い!」
「ひゅうん!」

 ボールからラティアスを出して、先制で竜の波動を放つ。終盤にもなってくると、どの技をあとどれくらい使えるかはポケモン自身がわかっている。故に、重要でない局面なら下手な指示は出さないほうがいい。
螺旋を描いて飛ぶ波動をサンダーが睨んだかと思うと、その巨体をきりもみ回転させて躱した。技の『見切り』を使ったのだとジェムは察する。避けて体を回転させたまま、サンダーはすかさず翼に溜めた紫電を大放出してきた。

「ラティ、『守る』!」

 ラティアスの周りを念動力が包んで、飛来する電気のダメージを無効化する。だが部屋全体に放たれた電撃はこの階全体をしばらく光に包んだ。すかさず周りを確認する。他に進める道は今はないようだ。

「特性のプレッシャーに『見切り』、まともに相手にするのは難しそうね。なら『ミストボール』!」

 ラティアスの口から虹色の球体が放たれ。サンダーの眼前で霧散する。突然閉ざされた視界にサンダーは後ろに下がった。バチバチと、放出した電気を再び纏う音がする。『充電』だ。
霧が維持されている間にジェムはポケモンを交代し、さらにシンカさせる。

「クー、翼に『冷凍ビーム』よ!」

 メガシンカによって一回り大きくなったクチートがシンカの象徴である二口から二本の冷凍ビームを放つ。霧の中であっても、サンダーの巨体のシルエットは浮かび上がっている。正確にサンダーの両翼に直撃した光線は、翼を凍り付かせ地に落した。地響きの音がすると同時に、クチートは前へ飛び出す。飛行タイプのサンダーに氷の技は効果抜群とはいえ、『充電』によって特殊防御の上昇したサンダーが二発で倒せるとは思えない。
翼を凍らされたサンダーは口から『電磁砲』を放つが、霧に阻まれて姿の見えないクチートに命中させることなど出来はしない。

「『じゃれつく』で止め!」

 二口がジャックナイフのように振り回され、大槌のようにサンダーの体を上からたたく。凄まじい叫び声が響いたかと思うと、サンダーの体はすっと消滅した。どうやら倒せたようだ。

「倒せたけど、結構技使っちゃったね……」

 特性『プレッシャー』により技を放つのにより力を入れなければならない。特別な技ゆえに連発できない『ミストボール』やそもそもメガシンカしなければタイプ一致以外の遠距離技が使えないクチートの『冷凍ビーム』は後一発が関の山かもしれない。
最終層は、今までのような迷路ではなかった。曲がり角は基本的に一本道である。自分とポケモンの足音以外何もしないことが、ここにいるトレーナーは自分一人だと教えてくれた。
何本目かの曲がり角を曲がる直前、冷凍庫を開けた時の数倍の冷気が襲ってくる。反射的に後ろに下がって、角の向こうを覗いてみると、すぐ近くにまたしても伝説の鳥ポケモン、フリーザーが翼を広げていた。明らかにジェムを待ち構えている。

「ルリ、お願いね」
「ルリィ!」

 マリルリの体力を確認して、2人で前に出る。対面すると今まで動き回って熱くなっていた体が急激に冷えていくのを感じた。長期戦では自分の体力も持っていかれそうだ。

「いつも通りいくよ、『アクアジェット』!」

 フリーザーの口に一際強い冷気が溜まっていくのを理解したうえで、マリルリは尻尾から水を噴射する。『冷凍ビーム』を受けながらも、水タイプであり、また分厚い脂肪を持つマリルリには効果は薄い。勢いのまま一気にフリーザーの正面へととびかかる。

「せーの、ジャンケン、『グー』!!」

 バトルピラミッドを回りながら鍛えた、『腹太鼓』を応用して拳一本に攻撃力を集約させた『じゃれつく』が伝説のポケモンを地面に叩き落とす。空中で宙返りした時には、マリルリの尻尾は何倍にも膨らみだしていた。『アクアテール』で一気に終わらせるつもりなのだろう。
巨大な水球は極度の冷気によって凍り付きまるで巨大な鉄球のようになり、本来飛行タイプにとっては受けないであろう頭上からの一撃を浴びせる。ガラスが割れるような破砕音が響き、攻撃を終えたマリルリは後ろに飛びのいて、ジェムの元に戻ってきた。

「ご苦労様、ルリ。良い動きだったわ」

 自分のポケモンを褒め。体が冷たくなっていることは理解した上で抱きしめようとする。だがそれは油断だった。ジェムが触れようとした瞬間、マリルリの水風船のような体が凍り付いていく。

「え……まさか、まだ!?」

 こんなことが出来るのは、当然フリーザーしかいない。伝説のポケモンといえど、マリルリの強化された攻撃を受けて倒れない道理はないはずだ。だがその理由は、再び翼を広げたフリーザーを見てはっきりする。
フリーザーの周囲には、大粒の氷塊が散らばっていた。そしてさっきのアクアテールは、ガラスが割れるような音がしていた。それをジェムはアクアテールが凍り付いた故だと思っていたが、それだけではなかった。音の正体はフリーザー自身が作り出した氷の『リフレクター』が破壊される音だったのだ。『リフレクター』によって『アクアテール』の威力は殺され、とどめはさせなかった。
そしてマリルリを凍り付かせたのは『フリーズドライ』。本来氷タイプの技は水タイプには効果が薄いが、この技は水を凍らせるための技ゆえ、逆に抜群の威力になる。

「ごめん、ルリ。後で治してあげるね……」

 氷漬けにされてしまったマリルリをボールに戻す。すぐにでも道具の氷直しを使ってあげたいが、今はフリーザーを倒さなければいけない。ドラゴンタイプのあるラティアスは出したくない以上、出すポケモンは決まる。

「もう一度お願い、クー!『ラスターカノン』!」

 クチートをボールから出し、大口から鈍色の光弾を発射させる。フリーザーも『冷凍ビーム』を吐き出し相殺した。相手の方が威力が高く、勢いに押されて前へ進めないクチート。
その隙にフリーザーはゆっくりと上昇する。そして――単なるプレッシャーとは違う、殺意のような眼でクチートを見つめた。行動の意図はジェムにはわからない。だが二人は尋常でない雰囲気を感じ取り、咄嗟に再びのメガシンカをさせる。

「『十万ボルト』ッ!!」

 メガシンカした状態でなければ使えない遠距離の雷撃。速攻性のある一撃はフリーザーが次の行動を起こす前に体を焼き、今度こそ倒した。ヴァーチャルで出来たフリーザーの体が消えていく。

「危なかった、ね……」

 クチートのメガシンカを解く。ジェムは知らないが、もし今ので倒せていなければ『心の眼』によって回避不可能となった一撃必殺の技『絶対零度』が飛んできていた。それを回避できたのは、ジェムの才能だろう。
ともあれクチートをボールに戻し、マリルリに氷治しで氷を溶かす。体の霜が落ち、目をぱちくりさせて意識を戻したマリルリを抱きしめてジェムはようやく安堵する。ジェムの体が、膝から崩れ落ちてへたりこんだ。

「あれ……おかしい、な」

 体に力を入れることが出来ない。今までの疲労に、急速な体温の低下。そして予想外の仲間の危機とメガシンカによる体力の消費。考えてみれば当たり前だ。
あまりよくない状況だが、もう冷気は消えた。バトルピラミッドには時間制限や立ち止まることを禁止するルールはないし、ここならトレーナーがやってきてバトルを仕掛けて来ることもない。少しここで休んだ方がいいだろうと前向きにとらえるジェム。
マリルリ自身を回復させる意味でも、『アクアリング』を使ってもらう。自己回復の技と解釈されやすい技だが、水のリングの中に入ってさえいれば他者も恩恵は受けられる。

「昔はよく、こうしてもらってたっけ。懐かしいね」

 まだジェムがポケモンを使役出来ないくらい幼かったころ。ポケモン達とおくりび山で遊びまわって足が棒のようになってしまった時は、こうしてくっついて元気にしてもらったり、おんぶして運んでもらう時もあった。
そんな話をすると、マリルリはジェムの頭を軽く触った。撫でようとしてくれたのだろうか。それとも、あのころに比べて大きくなったねと言いたいのかもしれない。

「ふふ、ありがと。頼りにしてるわ。勿論、みんなのことだよ」

 マリルリだけでなく、今はモンスターボールの中にいる他の手持ち達とも話す。仲間になった時期はそれぞれ違うけれど。物心つく前からこのポケモン達と過ごしてきたジェムにとってはみんな大事な友達で、兄や姉のような存在で、頼れる相棒だ。
5分か10分ほど手持ち達とお喋りしたあと、ジェムは立ち上がる。疲労感が取れたわけではないが、もう体はしっかり動く。これで十分だ。マリルリはちょっと心配そうに見つめてきたが、両手で拳を作って胸の前に当てる。

「大丈夫。もうすぐジャックさんが本気で戦ってくれるんだもの。あの人退屈なのが苦手だからあんまり待たせちゃいけないわ」

 手持ちのみんなが頷いた。仲間とのもう一つの共通点は、みんなこのピラミッドを支配するジャックと何度も戦ってきたことだった。誰よりも老いているけど子供っぽいあの人は、きっと自分たちをうずうずして待ってくれているだろう。
ジェムたちはジャックとおくりび山で毎日のようにバトルをしたが旅に出る直前の一度しか勝てなかったし、一度も本気で勝負してくれたこともない。「手加減してあげるから、全力でかかっておいで!」というのが彼の口癖だった。

「それじゃ、行くよ皆!お父様みたいに、ジャックさんをびっくりさせて楽しませてあげるんだ!」

 気合を入れて、歩き出す。ぐるぐる曲がる道を歩いていくと、最後の階段が見えた。だが焦って走り出すことはしない。ここで素通りさせてくれるほどバトルフロンティアは甘くない。フリーザーの時とは逆、突然むせ返るような暑さが空間を支配した。言わずと知れた火の鳥、ファイヤーの登場だ。

「だけど読めてたわ。ラティ、『波乗り』!」

 サンダーフリーザーと来れば、最後に出てくるであろうポケモンが何かは予想がつく。今度は先手を取ってラティアスが発生させた大波が、出現した直後のファイヤーを打ち付ける。一瞬体の炎が鎮火したが、無論一撃で倒せる相手ではない。
だが、既に詰めの準備は出来た。ファイヤーが再び己の炎を燃え上がらせたときには、ラティアスは下がり、マリルリが波に乗っている。

「せーの、ジャンケン『パー』!」

 マリルリが掌を開いて相撲のツッパリのようにファイヤーの体を押す。特性『力持ち』と技『腹太鼓』によって強化されるのは筋力に留まらない。その手の平から、『ハイドロポンプ』すら凌駕するエネルギーを持った『アクアジェット』が噴射され、ファイヤーの体を吹き飛ばし階段に打ち付けた。フリーザーの時のような防御すら許さない、まさに波状攻撃というにふさわしいものだ。
普段は後ろに噴射して素早い動きをするために使う『アクアジェット』を強化した勢いで大技に匹敵する威力を持たせることに成功して、ジェムは誇らしい気分になった。

「決まったね、ラティ、ルリ!」

 ファイヤーの体が消えるのを確認した後、ジェムと二体でハイタッチ。伝説の鳥ポケモン3体を倒し、ありったけの道具で回復させたあといよいよ師匠でありブレーンのジャックの元へ、階段を上る。
手持ちのライトによる人工的な明かりが消え、温度のある自然な日の光が差し込んできた。やっと最上階まで来たんだ、という実感がわいてくる。
登り切ると、今までとは打って変わった、古びた石造りの一本道が続いていた。この奥にジャックはいるはずだ。仲間と共に一歩ずつ進むと、段々楽しそうな声が聞こえてきた。彼のものだ。

 歩き終わった一本道の奥は、王者の空間。床も壁も調度品も何もかも、黄金に輝いている。部屋の四隅には、王冠や金剛石、宝剣などが雑多に置かれていた。ただ、彼の見据える正面に置かれた大きなディスプレイだけが、空間の中で異彩を放つ。その画面は今も動いていて、デフォルメされたニャースとピカチュウが足をぐるぐる回して家の中での追いかけっこに興じている。
ピカチュウが廊下を曲がった後に近くのアイロンを角に置くと、全力疾走するニャースは思いっきり頭を打ち付けて顔がまっ平らになった。痛みに悶絶するニャースをよそに、ピカチュウはアイロンをつけた後今度はニャースの足に置いて、自分の電気でアイロンの仕事をさせた。突然の高熱に飛び上がって悲鳴を上げた後、真っ赤になった足をふーふーするニャース。ジャックは手を叩いて大笑いだ。
 
「楽しそうね、ジャックさん」

 部屋に入ったジェムは、声をかける。ジャックは振り向いて、画面には一切の未練を持たずに電源を切った。自動的に雰囲気を乱すディスプレイは収納され、部屋は王と王の財宝が眠る部屋と化した。

「ずっと待ってるのは暇だって言ったら、緑眼の子が用意してくれたんだ。あの子も気が利くようになったね」

 緑眼の子とはダイバの父親、エメラルドのことだ。フロンティアの主催者であり、ホウエン地方全体に名が轟く彼もジャックにとっては子供扱いである。さっきまでアニメを見て笑っていたのと同一人物とは思えないが、そういう老人と子供の両方の性質を持つ人である。
しかしジェムとしては、自分が挑戦しに来たのに反対方向を向きアニメを楽しんでいたのはなんとなく釈然としない。ちょっぴり拗ねたように言ってみる。

「邪魔しちゃったわね。アニメが終わるまで、待ってた方がよかったかしら?」
「まさか。所詮はヒマつぶしだよ。挑戦者が――ましてや僕の弟子がここまでやってきたんだ。もう待ち切れないくらいだったよ」

 ジャックの表情が変わる。いつでも楽しそうな表情をしているジャックだが、それは半ば演技であることをジェムは知っている。彼の退屈を本当の意味で癒せるのは、ポケモンバトルだけ。

「ジェム。君にはおくりび山でポケモンバトルの基本を教えた。あの時既に、君はトレーナーとしても十分な実力を持っていたさ。だけど、強者の集まるこの地では通用しないことも多かっただろう?」
「……そうね。もう大変な目に合ったわ。ジャックさんがいなかったら危なかったし、私って弱いなあって思ったよ」

 ブレーンや主催者は勿論、寡黙で容赦を知らない少年。自分の地位を利用するため他人を意のままに操ろうとする男。弱者を許さない誇り高きドラゴン使いの女性に、生きた人間である自分を、人形のように愛でようとする少女。皆が基本的なことしか知らない自分が弱弱しく思えるほど己の信念、己のポケモンバトルを持っていた。

「だけど、それでへこたれるほど君の受け継いだ遺伝子は弱くない。ここまで来たことがそれを証明しているしね」
「うん、いっぱい考えて……今は少しずつ、お父様に近づけてる気がする」

 お父様、か。そうジャックは小さく呟いた。ジェムには、聞こえていない。

「今はまだそれでもいいのかもしれないね。少なくとも、彼に救われた僕が否定することじゃない。さあ、それじゃあ見せてもらうよ。ポケモンだけじゃない、君の進化と真価を」
「本気、出してくれるのよね?」
「当然だよ、やっとこの時が来たんだ。君のお父さんが約束を守れているかどうか、確かめなきゃね」

 ジャックは間違いなくワクワクしている。そしてどこか、期待外れになることを恐れているような気がした。ジェムの父親とジャックがどんな約束を交わしたのかは知らない。だけど、失望させるわけにはいかない。
 
「なら絶対に、負けられない……!」
「良い目をしているね。師匠として、ブレーンとして、いざ勝負!幾重もの層を突破し、王の座を手に入れんとする力強くも美しく輝く二色の眼持つ者よ!ピラミッドのキングは一人、この僕だ!!」

 ジャックはたまに、ジェムやその両親のことを目の色で呼ぶ。ほとんどの場合、それは真剣な時だ。ブレーンとしての口上も合わせて、勝負の開始を宣言する。

「行くよ、ルリ!」
「現れろ、王潤す清水運びし水の君!スイクン!」

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