失った者たち

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「…はい、体調は元に戻りましたよ。ですが…」

治療を終え、医者に体を診てもらうバネッサ。無事、退院になることは決まったが…事情を知る医者は複雑な表情を浮かべていた。

「ありがとう…ございます」
「あ、はい…お大事に」

バネッサに礼を言われ、医者は慌てて頭を下げた。
…バネッサに、帰る場所はない。パートナーを失い、隊としては活動出来ないバネッサに、やれることは現状無い。

「…はぁ」

思わず溜め息をつくバネッサ。ラピを失った辛さは未だに消えない。ラピを思い、涙を流すことは減ったものの…胸の中心に穴が空いたような気分だった。

「…バネッサ!退院か?」
「ガイラル…さん」

そこに、ガイラルが急ぎ足で向かってきていた。バネッサの姿を見て、笑みを浮かべている。

「はい。後遺症もなく、無事完治しました」
「そっか、良かったな。…とは、言いきれないか」
「…いえ、良かったのだと思います」

ラピの事を思い、言葉を濁すガイラルにバネッサは微笑を浮かべた。

「…今、時間あるか?話しておきたいことがあるんだ」
「?はい、大丈夫です」
「そか。…ここだと人目に付く、な。場所を移そう」

バネッサは頷き、病院を後にする。

………

「…ボスゴドラを、倒したんですね」
「ああ。コジョンドやマニューラの協力が合って、だがな」
「そうですか…少し、気が晴れました」

二人で広場のベンチに座り、ガイラルがボスゴドラを倒した事を聞いた。ほんの少しだけバネッサの気持ちが軽くなった。
━━━これで、悔いはない。

「…なぁ、バネッサ。お前もしかして…兵士を辞めるのか?」
「えぇ。そのつもりです。…ラピがいたからこそ、私は前を向いて歩むことが出来た…そのラピがいない私に、出来ることなど…もう…」
「……」

今にも泣き出しそうなバネッサの表情を見て、ガイラルは黙る。暫くして、口を開いた。

「…お前が選ぶ事だ、止めはしないさ。…だけど…ラピがいたから成長出来たのは事実でも、バネッサ自身が踏み出したからこそだと俺は思うぜ。誰かに引っ張られなきゃ、前を歩けないほどお前は弱くないさ。中級まで上がれたのは、紛れもなくお前が頑張ったからなんだ」
「…ありがとう、ございます」
「おう。…俺としてはまだ兵士を続けて欲しいが…まぁ、無理強いは出来ないな。それじゃ、俺はこれで。もう少しいたかったが…時間が無い」
「時間…ですか?」

ガイラルは頷く。

「俺は自由に動くためにミラウェルを辞めた。そして、その時間を使って…諸悪の根源を叩くために今は活動してるんだ」
「諸悪…」

━━ボスゴドラのようなポケモンと、まだガイラルさんは戦い続けているんだ。

「…嫌になりませんか?昔は悪神アルセウスと戦って、今はそいつらと戦って…怖くは無いんですか?」
「怖いさ。いつだって戦いは怖いし恐ろしい。でも、俺はやらなきゃならない。誰かが手を汚さなきゃ、この戦いは終わらない。罪のないポケモンが殺されるのを…二度と見たくない」
「……そう、ですか…」

二度、と。その言葉を話すガイラルはとても辛そうだった。

「じゃあな!また会うことがあれば、よろしくな」
「…ぁ、はい。…さようなら」

ガイラルは急いで走っていき、直ぐに姿が見えなくなった。

一人残されたバネッサは、自分の心に話し掛ける。…バネッサが辛いときに、思い出すのは昔の自分だった。

「(…運動や人と話すのはあまり得意ではなかったけど、他の人の手伝いとかは好きだったな。決して活発では無いけれど…善い事をすれば、心が満たされた。母さんにも優しい子だねって言われたっけ…はは)」

そこで、バネッサはとある事に気が付く。

「ぁ……私、自分から兵士になろうとしたんだ」

━━━━人見知りを直すため、というのも理由。でも、故郷でアンノウンに拐われたポケモンがいると聞いたとき…私にも出来ることはないのか?と思ったんだ。

「…そっか、私…は」

━━━ラピに背中を押してもらったけど、踏み出したのは、間違いなく私自身…いつの間にか、こんな事を忘れてたのか。ガイラルさんの言う通りだ。
ラピに憧れて、ラピの様になりたいと思って。いつの間にか、ラピがいなきゃ何も出来ないと思い込んでいた。それは…違うんだ。…だとしたら、今。私はミラウェルを辞めるべきなのか?…きっと、否だ。間違いだ。

「バカ、だな…私は」

━━ここで辞めて何になる?善き事をするために自ら入ったミラウェルを、頼りになる存在を失ったからと辞めて正しいのか?それこそラピは、そんな事を正しいと言ってくれるのか?
━ラピの事を想って兵士を辞める事を、絶対にラピは喜ばない!

「…そうだよね、ラピ」

バネッサは、立ち上がる。決意を込めた目をしながら。

………

「隊の増員、か」
「お兄ちゃん?何見てるの?」

自室で何やらタブレットを器用に前足で操作するヴォルフを見て、シルフィが不思議そうに覗き込んだ。

「隊員を募集している奴等が使ってる、ミラウェル内の電子掲示板だ。隊として活動したいから人員を集めてるやつとか、戦力の増強を図る奴とか…逆に隊に入りたいとか…まぁ様々だな」
「ふーん…私達のチームも隊員を増やしたいの?」
「んー…俺は強いが、やっぱ一人だと一体多だと後手になっちまう。ガイラルが言ってた通りに、中々キツいこともある…とはいえ」

━どーにも心許ない奴ばっかだな。ルト隊とかヤイバ隊くらい優秀な奴がいれば良いんだが。

と、内心で文句を言いつつ掲示板を更新すると…新たに知った顔が上の方に表示された。

「…こいつぁ確か…バネッサ・エトランジェ」
「バネッサ?…あ、ドットで見た顔だね…」
「あぁ」

…ドットでの戦いで、仲間を失ったポケモンの一人。仲間を失い、残された隊員は殆ど兵士を辞めたとか聞いたが…バネッサは違うんだな。ドットの戦いの前に見たときは、そんなに心が強そうな奴にはとても思えなかったが。

「…中央広場にて待つ、か。…」
「お兄ちゃん?」

ヴォルフはすっと立ち上がり、ドアの前まで歩く。

「少し会いに行ってくる。シルフィは待ってろ」
「あ、うん…わかった。いってらっしゃい」
「おう」

ドアを開け、ヴォルフは中央広場に向かった。

………

広場に着くと、バネッサは直ぐに見付かった。人通りが多いというのに、一人だけベンチに座っていたからだ。

「…話を聞きに来た。アンタがバネッサだな?」
「…!」

ヴォルフは近付いて、バネッサに話し掛ける。バネッサは少しだけ驚き、ヴォルフの顔を見る。

「…貴方、は…ルトの、知り合いの…」
「そうだ。ルト達から誘われて兵士になったヴォルフ・ラングルドだ。…バネッサは隊員になりたいらしいが…その…」
「…パートナーを失ったのに、って?」
「!」

ヴォルフは体が僅かに跳ねた。…図星だからだ。

「…そうだ。…アンタは俺をあまり知らないだろうが、俺はルト達からアンタらの話は少し聞いてる。…仲、良かったんだってな?」
「…うん」
「辛くは、無いのか?」

思い出したくない事を思い出させるようで、ヴォルフは少し罪悪感を感じていた。だがバネッサはそれを気にせず、ヴォルフの目を見た。

「辛いです。凄く。でも、私はまだ生きている。…生きている者は、亡くなってしまった者の為に…強く生きていかないといけないと私は思います。…ラピは、途中で降りるなんて事は絶対にしなかった。…なら私も、ここで逃げだすような真似は…出来ません」
「…まァ、その気持ちは俺にも心当たりはあるよ」

ヴォルフの脳裏に、殺された弟が映る。ヴォルフは思い出す前に咳をし、バネッサを見た。

「とりあえず、聞きたいことは聞けた。俺が思ってたよりも、お前は強いやつなんだな。…気に入ったぜ」
「え…まさか…?」

そう、と頷きヴォルフは言った。

「俺らのチームに入ってくれ、バネッサ」
「…!」

バネッサは、目を輝かせ…頷いた。

「━━━━はい!」


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