HR20:「短気は損気!?」の巻

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 (あ~ぁ、みんな行っちゃったなぁ………)


 僕はうつむきながら深いため息をついていた。キャッチボールのペア決定後、それぞれのメンバーは散らばった。もちろんそれは初めての“野球”というスポーツをいよいよ験できることを意味している。普通ならばワクワクするはずだろうけども、ちっとも僕はそんな気分になれなかった。むしろ萎えてテンションが下がっていく一方である。


 「ちっきしょう。な~んでオレがこんなヤツとキャッチボールの練習しないといけねぇんだよ。こ~んな初心者のヒトカゲとやってたら練習にならねぇじゃねぇか!」
 「しょ、初心者で悪かったですね!」


 昨日“ひかりのもり”で会ったルーナ先輩。その彼の言動はとても腹立たしいものばかりだった。おかげで楽しみだった体験練習が、どうでもいいように感じてきた。


 「まぁ良いや。とりあえずとっとと始めるぞ。でも容赦しねぇからな、覚悟しとけ!わかったらとっとと準備しやがれ!」
 「はい!よ、よーし………頑張るぞ!」
 「フン!」


 彼の迫力に圧倒されながらも、僕は赤いグローブをしっかりと左手にはめ込み、心の中で「よし!」と気持ちを引き締めた。


 (いよいよだ…………いよいよ始まるんだ………)


 僕は改めて右手でぎゅっとボールを握りしめる。さっきは遅れてきたメンバーが戻ってきた関係で投げられなかったボール。今度こそこれが記念すべき僕の1球目となるんだ…………そう考えれば考えるほど、沈みかけていたワクワク感がよみがえってくる。


 「おい!おまえ、さっきから何ぼっとボールなんか眺めてんだよ?さっさと投げろ!練習時間無くなるだろうが!」
 (ハッ!!)
 「…………ったく、これだからガキは…………」


 ルーナ先輩が頭を掻きながら、面白くなさそうにブツブツとつぶやく。


 (よ、よーし!投げるぞー!!)


 僕は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そしてすかさず30mほど離れてるルーナ先輩に向かって思いきって腕を振ってボールを…………記念すべき1球目を投げたのである!


  ギューーーーン!バシッ!!
 (なっ!?コイツ…………!)


 ボールをキャッチした瞬間、ルーナ先輩は驚いた。なぜなら今日初めて野球ボールを握った新入生のヒトカゲが、とても力強く、そしてしっかりと投げ損じることなく、自分の体の正面めがけてボールを投げたのだから。


 「や………やった!届いた!届いたぞー!」


 そんなことなど知らない僕は、その場でピョンピョン跳び跳ねたくなるほど喜びを爆発させていた。…………だが!


  ドガッッッ!!
 「ぐぅっっ!な………何すんだよ!」
 「いちいちボールが届いたくらいでギャーギャーうるせぇんだよ、このガキが!練習の邪魔すんなら帰れ!」
 「くっ…………このヤロー!!」


 いきなりボールを体にぶつけられたことで、僕もいよいよ我慢が出来なくなっていた。拾い上げたボールをそのまま2球目として、力任せに彼のもとへ投げ返したのである!


 ギューーーーーン!バシッ!!
 「ちゃんとやれば出来んだろ?」
 「うるさい!こっちに思い切りぶつけといて何も言わないのかよ!?」
 「そんなの知るかよ!そんなことより、よそ見してる暇なんかあるのか!?」
 「や、やめろよ!ちゃんとグローブ持ってるんだぞ、こっちは!」
 「フン、知るかよ!元はと言えばオレの邪魔をするお前が悪いんだろ?」


 僕はこれ以上思うままにさせまいと、彼に必死に制止を求めた。………が、それも無視されてしまい、そうこうしてるうちに結局ボールもキャッチしこねてしまった。慌ててボールを捕りにいく僕の様子を見て、ルーナ先輩は腹を抱えて大笑いしていた。


 (もう………なんだよ!面白くないな!)


 僕は内心もう投げやりになりそうだった。全然自分の事なんて眼中にない彼に怒りさえも覚えた。なんでいつも自分だけこんな目に遭わなきゃいけないのか…………考えれば考えるほど投げやりになっていく。


 そんな僕の心境などお構いなしに、こんなことを彼は言った。


 「どうした?もうおしまいにするのか、練習体験。…………ま、オレはお前らみたいな新入生なんて正直邪魔だし、仮にココに入ってきても、仲良くしようなんてこれっぽっちも考えてないけどな」
 「な、なんだと!?ふざけるなー!!」
 「おーっと!そうはいかねぇぜ?」


 彼の心無い発言にますます血が上る僕。次の3球目、とっさに右手に握っていたボールを、彼にぶつけてやろうと力任せに投げた!………が、それも虚しく彼の赤いグローブの中に吸い込まれてしまったのである。


 「残念だったな。お礼にお返しだ!」


 キャッチしてすぐさまボールを投げるルーナ先輩。それは僕に向かって矢のように勢いよく飛んできた。


 「ちょっ!わっ、わわわ!」


 僕は慌ててバタバタするばかりだった。本能的に身を護ろうと、頭を横に向けてその前に両腕を持ってくる態勢をとる。すると、


  パシッッッ!!
 (あっ………!)
 「ちぇっ。グローブに入りやがった。命拾いしやがって」


 ボールは突き刺さるような乾いた音を出し、僕の赤いグローブに運良く吸い込まれていた。おかげで何とか体に直撃という事態を避けることが出来たのである。


 (でも、だからと言って次はちゃんと投げてくれるかなんて保証は無いだろうなぁ。なんでこんな不安を感じながら練習体験しなきゃいけないんだろう…………)


 僕は思わずため息をついてしまう。今日だけで一体何度目なのだろうか。
 彼には申し訳ないが、僕のことを嫌悪な目線で見てしまうのもどうかと思う。確かに昨日“ひかりのもり”で自主練習に足を踏み入れたり、さっきみたく彼の熱意に水を差すような発言をしたのは事実なのだが。だからと言ってここまで僕と敵対して、何か残るのだろうか。


 そうやって考え込んでると、またルーナ先輩から怒号が飛んできた。


 「おい!なーにまたボーッとしてやがるんだ!さっさとこっちに投げやがれ!」
 「は、はい!」


 僕は慌てて次の4球目を投げた。今度は先ほどより落ち着いた気持ちで投げれたため、何事もなく彼の赤いグローブに届く。


 「…………おーらよっと!」
 「あっっ!!とっ!」


 慌ててしまった僕だったが、このとき投げられたボールは、いたって素直なボールだった。投げる前、相変わらず彼は不機嫌そうだったのだが、このときは僕の真っ正面に届き、しかも簡単にキャッチできる…………そんなボールが赤いグローブにポスッと吸い込まれたのである。


 「…………ったく、でもしゃーねぇなぁ。昨日の件といい、これも何かの縁なのかも知れねぇし…………、ちょっとくらい面倒見てやるかぁ!」
 「ルーナ…………先輩!?」


 この彼の言葉に、僕は一気に不安が消えてくのを感じた。何せこの野球部で再会して初めて彼から優しさを感じたのだから。


 「………か、勘違いするんじゃねぇぞ!面倒見るからといって、お………お前らなんかと仲間になろうなんて、か………考えてねぇからな!」
 「はい!」
 「それからかったるくオレのこと“ルーナ先輩”とか呼ぶんじゃねぇ!“ルーナ”って呼びやがれ!普通に話しやがれ」
 「はーい!」
 「………ったく、分かったらさっさとボールを投げやがれ!」
 「は~い!」


 気づけば笑顔で彼に返事をしていた僕。相変わらずの不機嫌そうな表情、命令口調の裏に隠れた彼の優しさや親しみやすさを感じていたからだろう。キャッチボール開始前の不安はもうどこかへ飛んでいく気がした。


 「それじゃ!投げるよー!」
 「おう、早くしろよ!」


 それまでと違ったワクワク感を覚えながら、ルーナに向けて僕は思い切りボールを投げた。







 …………その頃、チコっちはますます不満が募っていた。こちらも次が4球目となるわけだが、段々と口数の減っていくジュジュ先輩に嫌気が差してるようだ。


 「そ、それじゃ、投げますね!え~い!」
 「…………」


 表面上では笑顔をごまかしながら振る舞うチコっち。ジュジュ先輩はその間も無言のままだった。フワーっと山なりの軌道を描いた彼女からのボールも、あっさり掴んでしまう。そして特に何も感じることもなく、サッと投げ返す。


   パスッ!
 「良かった………。見ましたー?ちゃんと捕れましたよー!………………?」
 「……………」


 右前脚にはめた鮮やかな緑色のグローブを左右に目一杯振り、喜びをアピールするチコっち。しかし、それでもジュジュ先輩は全くの無反応。


 (何よ………!つまらないわね!)


 それを見てぷくっと膨れっ面になるチコっち。不機嫌なまま次の5球目を投げる!


 「え~い!!」
 「………………」


 ジュジュ先輩はここも無表情のままボールをつかんだ。そしてこれまでと同様にボールをチコっちへと投げ返したのである。


 「あっ!!」


 チコっちの構えていた場所から体ひとつ分、右側に逸れていたこの時のボール。多少ビックリしたのは確かだった。………だが、どうだろう。


 「……………!?」


 気づいたら彼女はしっかりと白球を握りしめていた。緑のグローブでしっかりと。無意識に反応していたのである。この事実に彼女が一番驚いたのは言うまでもない。


 「きゃーーーっ!ねぇ、先輩!?見てました!?私、天才かも!?センスあるかも!?スゴいですよね!?」


 チコっちは嬉しさのその場で何度も飛び跳ねた。今日一番の満面の笑顔を浮かべながら。でも、今日初めて野球グローブを手にして、野球ボールを手にして、キャッチボールを経験したのだから、無理も無いだろう。だが、


 「………………」


 相変わらずジュジュ先輩は無言だった。無表情だった。彼にとっては当たり前の光景だったのだから。特に感慨深いものではなかったのだろう。何度チコっちが話しかけても無言だった。


 すると、それを見ていたチコっちから笑顔が消えた。わなわなと小刻みに震え出す。そして…………


 「………あああああぁぁーーもうっ!!なんなのよー!!ずーっと黙ったままで!!何か私が悪いことでもしたって言うのー!!?可愛いレディの気持ち、そんなにめんどくさいわけ!?これだから男は困るのよー!!」
 「!?」


 恐れていたことが起きた。チコっちの堪忍袋の尾がプツンと切れてしまったのである。まるで火山が爆発したかのように、彼女はたくさん不満を叫んだ。爆発させた。さすがのジュジュ先輩も驚いて目をハッキリと見開かせた。
 

 「落ち着いて!!チコっちちゃん落ち着いて!どうしたんだ、いきなり!」
 「だってー!だってー!わあぁぁぁぁぁぁ~~~ん!!」


 突然の出来事だったため、さすがにクールさが持ち前のジュジュ先輩も慌てはためく。オロオロと右往左往し、わんわんとその場で大声で泣き叫ぶ彼女をなだめようとする。もはやキャッチボールどころではなくなってしまった。


 (やれやれ…………一体どうすれば良いんだ?)


 途方にくれるジュジュ先輩。とりあえずわんわん泣き叫ぶ彼女が落ち着くまで、下手に話しかけるのを彼は諦めた。スッとその場にしゃがんでしまい、ため息をついてしまう。


 …………と、ここで遠くから話し声を耳にした。彼は同時に何か嫌な予感も感じていた。


 「へぇ~。カゲっちくんってそういうところがあるんだ。意外だね?」
 「はい。でも、小さいときから変わらないから、チコっちちゃんも慣れちゃいましたけどね」


 楽しそうに話をしているのはランラン先輩とピカっちの二匹。キャッチボールを終えて、最初の集合場所へ戻る途中だったようだ。当然その道中には、ジュジュ先輩とチコっちのペアがキャッチボールをしている場所もある。


 「………あれ?チコっちちゃん!?」
 「どうしたの?そんなに泣いちゃって!?」


 二匹は驚いた。何せ目の前でチコっちが大泣きして、その隣でやや茫然とした様子でジュジュ先輩が座り込んでいたのだから。
 

 「先輩が~!ジュジュ先輩が~!」
 「えっ………?ジュジュ先輩が?」
 「ちょっと、チコっちちゃんに何をしたの!?」
 

 チコっちから事情を聞いたランラン先輩に怒りの表情が浮かんでくる。その姿に本能的に身の危険を察したジュジュ先輩は思わず立ち上がり、後ずさりをしながら両手を右に左に振って否定する。


 「違うんだ!僕の話を聞いてくれ!」
 「何が違うの!?こんなに新入生のこと泣かせて!野球部に入りたくなくなっちゃったら、どう責任取るつもり!?」
 「だから違うんだ!頼むから僕の話をちゃんと聞いてくれ!」


 必死に弁解をしようとするジュジュ先輩。だが、ランラン先輩は彼の話に耳を傾ける様子が全く無い。それほど興奮して彼女はジュジュ先輩に少しずつジリジリと迫ってくる。


 一方チコっちの元にはピカっちが優しく寄り添った。そして、彼女が泣き叫ぶ理由を尋ねたのである。


 「一体何があったの、チコっちちゃん?」
 「ピカっち~~!聞いてよー!ジュジュ先輩ってば私のこと、ずーっとスルーするのよー!何も喋らないんだから!」
 (え…………っ?)
 (も………もしかして?)
 (そ………それだけ?)
 

 チコっちの発言後、ピカっちもランラン先輩も………それからジュジュ先輩も一斉に目が点になってしまった。しばしフリーズしたかのように、唖然とする。


 「ちょっと………何よ?私、何か変なこと言ったの?ねぇ、ちょっと………ピカっち!聞いてる?」
 「え?う…………うん!聞いてたよ!でもそれってきっとジュジュ先輩にも理由があったんじゃないのかな?」
 「そうかな?」


 ジュジュ先輩とランラン先輩が見守る中、ピカっちがチコっちに優しく話し続ける。


 「うん、きっとそうだよ。………そうだ!せっかくだし、ランラン先輩に聞いてもらおうよ?」
 「でも…………」
 「うん、ピカっちちゃんの言う通りだね。チコっちちゃん、ボクも聞いてみるよ」
 「すみません………」


 ランラン先輩とピカっちの優しい笑顔に対してチコっちはしょんぼりと俯く。頭の大きな葉っぱもそれを表すように萎れた感じになった。
 その一方でランラン先輩は、くるっと一回転する。


 「………それで?」
 「いでっ!!?」
 「………何なの?チコっちちゃんをスルーしてた理由は!?」


 いきなり険しい表情でジュジュ先輩にビリっと弱い“でんじは”を浴びせるランラン先輩。彼はいきなりのことで驚いたが、ランラン先輩はそんなことお構い無しに、またジリジリと迫ってくる。そんなわけで彼も決死な説明だ。


 「なんで………って、そんなの練習に集中してたんだよ!チコっちちゃんを無視してた訳じゃない!」
 「え?そうなの?」


 彼の言葉にランラン先輩は表情を緩めた。


 「そうさ!わかったらこれ以上僕を悪者扱いするのもいい加減にしてくれ!そんなに嫌なら今すぐキャッチボールを中止にしてもいいんだぞ!」
 「!?」
 「そ…………そんなぁ…………」
 「いくらなんでもそれは…………ひどいよ」


 彼の怒りに三匹とも悲しそうな表情になる。だが、彼の主張も間違いではなかった。確かに野球部に見学に来ている僕たち新入生にとっては一つ一つが楽しいイベントに思うことでも、彼ら先輩側からは個々の技術を磨く大事な練習。そのなかで集中して沈黙になるのも有り得る話だろう。


 彼だけではなかった。あれほど僕らを歓迎してくれたラプ先輩も、練習となればマーポに厳しい対応をしたし、僕と組んだルーナも始めはジュジュ先輩と似たような反応だった。それくらいみんな必死なのだ。


 「ジュジュ…………」


 ランラン先輩は彼に次の言葉を出すことができなかった。普段“れいせい”な彼がここまで息を荒くする理由をよく理解していた故に…………。新入生のうちマーポだけが既に知り、まだチコっちやピカっち、僕といった仲良し3匹組がまだ聞かされてないその理由を。


 …………と、ここでチコっちが何かを思い出したようにすくっと立ち上がる。


 「そうですね。私、先輩の邪魔でしたよね。すみません。ありがとうございました」


 思いもよらぬ発言にランラン先輩とピカっちがびっくりする。 

 「えっ?」
 「ちょっと、チコっちちゃん!」
 「いいのよ、ピカっち!これ以上ランラン先輩やジュジュ先輩に迷惑かけたくないから、私!」
 「そんな!待って!」


 ピカっちは必死に呼び止めようとしたが、チコっちはものすごいスピードでその場を立ち去る。もちろんピカっちも後を追った。


 「ジュジュ!ボクらも行くよ!」
 「えっ!?なんで?」
 「当たり前でしょ!このままで良いわけないでしょ!」


 ワンテンポ遅れてランラン先輩とジュジュ先輩も後を追い始めた。








 そんなトラブルがあることなど知らぬ僕。 まだルーナとのキャッチボールは続いていた。


   バシッ!!
 「おっ、ナイスボール!やるじゃねぇか!」
 「へへっ!」


 これが僕が投げた5球目。ちゃんとルーナの赤いグローブに収まるように意識して投げたのだが、それが見事に決まってくれた。まだ何となくだけど、ボールを投げることには少しずつ自信が持てるような気がした。………だが、


 「喜んでる暇はねえぞ!オラー!」
 「わわわ!?」


 問題は捕球の方である。たまたま赤いグローブに吸い込まれたのがあるだけで、まだイマイチその感覚がつかめない。彼から飛んでくるボールのスピード、それから方向も。またしてもタイミングが合わず、後ろに逸らしてしまう。


 「な~にやってんだ」


 ルーナが腕組みしながら呆れる。彼にとっては凡ミスなのだから仕方ない。


 キャッチボールは体をそのボールの方向に正面に向けることさえできれば、万が一グローブで捕り損ねても、体に当たって前に落とすことができて、ボールを見失わずに済むというメリットがある。逆に何度も後ろに逸らすのはあまりよろしくない………ってことはこの練習が始まる前にも、先ほどのルーナにもしっかり教わったことなのだが…………。


 (ふぇ~………。やっぱり怖いや。あんな速いボールに向かって体を向けるなんて………自殺行為も良いところじゃないか………)


 改めてキャッチボールの難しさを感じる僕。だが、せっかくの練習体験。なんとか一度だけでも上手に捕球してみたい………いつしかそんな想いが出てくる。


 (よしっ!)


 僕は砂にまみれて汚れ始めたボールを握りながら、一度小さく頷く。そして…………


 「頑張るぞ!え~いっ!!」


 ボールに熱意を込め、思い切り腕を振る僕。これが6球目だった。だが、


   パシッ!!
 「ナイスボール!投げる方はだいぶ慣れてきたみたいだな?それっ!」


 そのボールもルーナ簡単にキャッチされ、しかも勢いよく投げ返される。


 (来た!よ~し、今度こそ!)


 僕はその瞬間、ザっと地面を強く蹴ってボールの方向に向かった!今度こそはボールを怖がらずに捕りたい…………ただそれだけだった。


  バシッッッ!!
 (うわっ!!)


 その瞬間、確かに僕は赤いグローブからボールの手応えを感じていた。ボールを捕りに行ってほんの一秒か二秒か…………目をつぶったのもあるが、ちゃんとボールをつかめたのである。


 「や……………やった!今度はちゃんと捕れたぞ!よーし、この調子で…………えーい!」


 僕はまた嬉しくなり、思わずはしゃいでしまう。その流れで次の7球目を投げた訳だが、


  ………パスッッ!
 「………ったく、いちいちそんなことで喜びやがって………この!!」


 そのボールもルーナは難なく捕る訳だが、明らかにピリピリしている。そのまま再び僕に勢いを付けて投げ返してくる。


 (………来た!でもきっと大丈夫!!)


 僕も先ほどと同じタイミングで地面を蹴った。先ほども今回もそ彼のボールが凄く逸れてる訳では無い。恐らくヒトカゲである僕の体格ならば体二つ分くらいだろう。何歩か動けば良いくらいだった。でも、これは理屈の問題ではない。自分なりに体の真っ正面で捕球する癖を体に植え付けようと意識した結果なのだ。


  パシッ!!
 「よ~し!また捕れたぞ!」


 僕は再び笑顔になり、嬉しさでガッツポーズもしてしまう。明らかに成果は良い方向を向いている。練習開始直後にはおっかなびっくりだった僕も、段々とボールに向かっていけるようになってきたのである。投げては捕る、投げては捕るという単調な反復の中で確実に自信が芽生えてきたのだ。


 (何だか楽しくなってきたな!)


 こうなればさすがの僕も、もうルンルンでイケイケだ。それを表すかのようにしっぽの炎もユラユラも燃えてくる。ある意味これはほのおタイプという属性の作用でもあるかもしれない。気分が乗るとより良い方向にと勢いが出てくる感じがする。もしかしたら憂鬱さで始まった月曜日の放課後というタイミングで、今日一番の好調さかもしれない。


 「よ~し!いけーー!!」


 それが僕が投げた8球目だった。体全体で思い切り力を込めて投げたボールは、周囲の空気を切り裂きながらルーナへと向かう!


 「こんのやろ…………ごちゃごちゃと…………!?」
 「!?」


 次の光景が予想外だった。なんとルーナの赤いグローブをボールが弾いたのである。「バシッッッ!」と強烈な音を発したと思うと、方向が変わったそのボールは、そのまま転々とグラウンドを弾んでいたのだ。


 しかし、彼は小さな白球を追いかける素振りを見せることはなかった。そればかりか、被っていた野球帽を取り、そのままバシッと地面に叩き捨てたのである。

 
 「…………ケッ!もうやめだやめー!ルーキーのお付き合いなんかやってられっかってんだ!」
 「えっ、そんなぁ~!!?」
 「そんなにキャッチボールをしたいなら、他の先輩に頼むんだな!少なくともオレはもうゴメンだ!」
 「あっ!!ちょっと待ってよルーナ!!」


 彼は捨て台詞を吐くと、最初の集合場所へと戻っていってしまった。僕は彼の野球帽を拾い呼び止めようとするが、それも無駄な努力だった。あえなく僕とルーナペアのキャッチボールは終了してしまったのである。


 「はぁ~、つまんないな。せっかく楽しくなってきた所だったのに」


 僕は地面を小さく蹴り、しばらくその場に拗ねてしまう。せっかく上がってきた気分もどこかにすっとんでしまった。


 彼の被っていた野球帽は、グラウンドに叩きつけられたせいで多少土まみれにはなっていた。それでも全体的に水色で、つばの部分が白く、中央に赤い文字で数字の“9”と太陽を合わせたようなマークが描かれ、右下にも小さく赤い文字で“13”と描かれている………そんなデザインが確認できる帽子だった。ラプ先輩に案内されてこのグラウンドに入ったとき、ラージキャプテンも同じデザインの帽子を被っていたし、おそらくこれがこのあさひポケ中学校野球部の野球帽なのだろう。


 「………しょうがない…………。戻るか………」



 いつまでも帽子を眺めていても仕方ない。そう思い僕もとりあえず最初の集合場所へと戻ることにした。とぼとぼと。






 (アイツ………。カゲっちとかって言ったか。アノヤロー、なかなかのセンスをしてやる)


 ルーナは早足で歩いていた。しかし頭の中では落ち着きを失っていた。まだ自分の相手だった野球初心者の事を受け入れられなかったのだ。最初は気のせいだと思っていたが、思い返せば思い返すほどそれが事実だと認識せざるを得なかった。


 (キャッチを短い間にコツを掴みやがった。ボールにビビってたら野球になんねぇからな。そしてあのボール…………)


 一度ピタリと止まる。そしてはめていた赤いグローブをそっと取る。その白い左手は少し赤く腫れ上がっていた。


 (アイツはがむしゃらに投げていただけなんだろうけど、ずっしりと重さを感じた。あのまま続けていたら手が痺れてたかもしれない。最後はグローブが弾き飛ばさそうになりやがった)


 彼は決して投げやりでキャッチボールを止めた訳じゃなかった。垣間見えた新入生の予想外のセンスの高さに、脅威さえ感じたのだ。


 (ちくしょう………あんなのがここに入って、きちんと練習を積んだら、バッティングはどうであれ、守備では即戦力になるじゃねぇか。オレには無いものを持ってやがる。レギュラー争いが激化するかもな。うかうかしてられねえな………)


 ブツブツ色んな事を呟きながら、静かにまた彼は再び歩き始めた。
 




 



 

 
 

 










 

 


 





 





 


 





 






 

 


 




 


 










 


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