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強く、しなやかに(中編)


アカツキは5番道路の中ほどに位置するポケモンセンターに到着し、先ほどのバトルで力を尽くして戦い抜いたソロを休ませることにした。
ジョーイにモンスターボールを渡したところで、傍らに立つアデクが部屋をリクエストした。

「人が近くにいない部屋は空いているかね?」
「そうですね……三階の東端であれば空いています。良ければそちらをお使いください」
「ありがとう」

宿泊するトレーナーから部屋のリクエストを受けることは少なくないのだろう、ジョーイは快く応じたのだが、決してそれだけでないとアカツキは思っていた。
眼前にイッシュリーグのチャンピオンが立っていることを理解した上で、他言できない話をしても問題ないよう手配してくれたに違いなかったからだ。
程なく、ジョーイがカードキーを発行し、アデクに手渡した。

「ありがとう。
わしらは部屋に向かうから、ポケモンの回復が終わったら内線で知らせてくれるかな?」
「承知しました。どうぞごゆっくり」

バッフロンのボールをジョーイに預け、アカツキたちを伴いカードキーに記された部屋へ。
アカツキはアデクの背中からチャンピオンとしての風格が漂っていることに気づき、思わず息を呑んだ。
先ほどまでの好々爺とした雰囲気とは明らかに異なる気配に、背筋に電撃めいた衝撃を憶え――しかし、それは一瞬だった。すぐに穏やかな気配に戻ったのだ。

(……やっぱり、アデクさんはチャンピオンなんだな)

そう理解するのに十分すぎる『間』。
あるいは、アカツキに自分の立ち位置を理解させたかったのかもしれないが、果たして。
数分ほどで部屋にたどり着くと、アデクはソファーに腰を下ろして小さく吐息した。

「ふむ……こういった場所の方がやはり落ち着くな」
「本部はそんなに落ち着きませんか? 可能な限り配慮はされているはずですが」
「人の多い場所は苦手だ。誰も彼もわしをチャンピオンとしか見ないというのもあるな」
「そうですか。立場が立場ですから、致し方ないでしょう」

エリーザがテーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろしながら応じるが、彼女の眼差しが鋭さを増したように見えた。
……恐らく、気のせいではあるまい。
アカツキは素知らぬ顔でアデクの隣に、ナナがエリーザの隣に座った。
全員が文字通り腰を落ち着けたのを待ってから、アデクが口を開く。

「エリーザ。
わざわざわしに会いに来たんだ、相応の話があるのだろう?」
「察していただけるなら、本部にお戻りください。
すでに聞き及んでいるかと思いますが、プラズマ団という組織が活動を活発化させています。各地で騒動を起こしていることも、ご存知でしょう」

エリーザの表情は真剣そのもので、言葉にはトゲのような鋭さがあった。
四天王として上司であるチャンピオンと向き合っているのだから、当然と言えば当然か。

(オレたち、ここにいて大丈夫なのかな……)

仕事に関する話を、知己の息子とはいえ部外者の前で平然としても問題はないのだろうか。
アカツキが疑問符を浮かべるのは当然で、ナナに視線を向けると、彼女もまた同じことを考えているとばかりに小さく首肯を返してきた。
そもそも、人が近くにいない部屋を取った時点で仕事の話をするであろうことは予想していたのだが、それならばなぜ人払いをすることなく話を始めたのか。
聞かせてもいい……最初から聞かせるつもりでいたのだろう。
アカツキの考えを読んだように、エリーザは躊躇うことなく言葉を続けた。

「ポケモンを『解放』すると称してトレーナーから奪い取る事案も発生しています。
主立った調査は警察に任せていますが、イッシュリーグとしては何もしないわけにもいきません。
イッシュリーグも本腰を入れたことを内外に示すためにも、チャンピオンであるアデクさんには本部に戻ってきていただきたいのですが」
「ふむ……そろそろ潮時ということかな」
「ええ。むしろ遅すぎるくらいです」

プラズマ団については、各地を回っていればその活動を見聞きする機会があったことだろう。
アデクとて、イッシュリーグの置かれた立場を理解していないはずがない。
ゆえに……

「……………………」

口元の髭を手で撫で回しながらしばし思案を巡らせ、観念したように口元を緩めて頷き返す。

「さすがに、これ以上わしの我がままで皆に迷惑はかけられんな。
明日、本部に戻る。今晩はここに泊まっていくが、エリーザはどうする?」
「わたしもここで一泊させていただきます。
必要な指示は出してありますし、シキミに任せて問題ないでしょう」

チャンピオンが陣頭指揮を執るための下地はすでに整えているということだろう。
動員される人員の手配、警察との連携に備えた根回し……アデクが不在だった分を、エリーザをはじめとする四天王が担ってきたに違いない。
必要な話は済ませたと、エリーザは表情を緩めた。
四天王としての仕事はここで終わりとばかり、アカツキとナナを交互に見やりながら微笑む。

「そういうわけで、今晩はアデクさん共々ご一緒させていただきますが、構いませんか?」
「はい。オレは構いません。ナナは?」
「あたしもいいよ。チャンピオンと話をする機会なんて滅多にないし」
「はは、なかなか言いよるわ」

ナナの言葉に、アデクは声を立てて笑った。
チャンピオンとはいえ、仕事から一歩離れれば好々爺。そうでもなければナナとてそこまでは言わないだろう。
互いに納得したところで、アカツキはエリーザに訊ねた。

「エリーザさん。さっきの話なんですけど……オレたちに聞かせて良かったんですか?
顔見知りでも、オレたちは部外者じゃないですか。イッシュリーグのことなんて、聞かせちゃまずいんじゃないですか?」
「あなたたちは誰彼構わず話したりはしないでしょう?
それに、プラズマ団に関しては、あなたたちは関係者と言えます。
シッポウシティ、ヤグルマの森、ヒウンシティ、ライモンシティ……各地でプラズマ団と遭遇しているでしょう?」
「まあ、それはそうなんですけど……」

そう言われればあながち無関係というわけでもないが……本当にそれでいいのかと思う気持ちは否めない。
尤も、エリーザに言わせれば、聞かれても問題ない内容を選んで口にしていたので、彼らが気にすることではないのだが。

(まあ、それならいいか……)

聞かれて困る話をするなら、最初に席を外すよう求めていただろう。
四天王としての話が終わったのだから、これ以上自分たちがああだこうだと言うのも筋違いかと、考えに一区切りつけていると、エリーザが問いを投げかけてきた。

「アカツキ君の当面の目標はイッシュリーグ出場だと思いますが、その後はどうするか考えているのですか?」
「一度、ジョウト地方に戻ろうかなって考えてはいますけど……本当にそうするかは決めてません」

アカツキは頭を振った。
イッシュリーグ出場が一つの区切りとなることは確かだ。
一度、ジョウト地方に戻って羽を伸ばすなり、イッシュリーグ出場を目指すなり、考えていることならいくつもある。
ただ、そこから先はまだ考えていない。
最終的にはシジマやコウタのようなトレーナーになることが目標だが、まずは眼前の目標に向けて取り組むのが最優先だ。

「アカツキ、ジョウト地方に戻っちゃうの?」
「父さんと母さんに元気な顔を見せてあげたいし、他の地方のリーグに挑戦するのもいいんじゃないかなって考えてたりはするんだよ」
「そっか……」

ジョウト地方に戻るつもりでいると口にすると、ナナが淋しげな表情を浮かべた。
口元をきつく結び、あふれ出しそうな感情を堪えているようにも見えて不安になったが、すぐに何事もなかったように口元を緩める。

「そうだよね。アカツキのお父さんとお母さん、心配してるもんね。
あたしだって、いつまでもアカツキに頼ってちゃダメだもんね……」
「……………………」

折を見て、イッシュリーグが終わったらジョウト地方に戻ろうと伝えるつもりではいたのだが、いつ伝えても恐らくは同じ反応だったのだろうと思う。
共に旅をしている幼なじみが離れた地方へ戻るのだと知れば、淋しく思うだろう。

「……でもね、最初から分かってたんだ。アカツキならいつかジョウト地方に戻るんだろうなあって」
「……………………?」
「イッシュ地方はアカツキが生まれた地方だけど、あんまりいい思い出はないんでしょ?
ジョウト地方なら育ててくれたお父さんとお母さんもいるし……」
「まあ、それはそうなんだけど。
一度戻って、今までのこととか振り返って、そこからまたどこかに旅に出たいなって考えてるんだよ。
父さんと母さんに甘えるような歳じゃないし」

ジョウト地方に戻るのは、父母に元気な顔を見せたいという理由が第一だ。
それ以上のことはその時に考えてもいいだろう。

(でも、今のうちにちゃんとしておいた方がいいのかもしれない)

ナナに伝えなかったことも含め、曖昧にするつもりはなかったが結果的にはそうしていたのだ。
イッシュリーグが終わったら、ジョウト地方に戻る。
エリーザが今後のことについて訊ねたのが、一つの契機になったと考えればいい。

「オレ、イッシュリーグが終わったら一度ジョウト地方に戻るよ。
その頃には今よりずっと強くなってるだろうから、シジマ父さんともポケモンバトルでガチンコ勝負したいって思ってるんだ。
あと、親孝行とかもしなきゃいけないしさ……でも、またイッシュ地方に来たいな。いろんなところに行って、いろんなポケモンも見たい」
「あたしは他の地方に行こうって考えたことないんだ。ブリーダーの経験を積むんだったら、他の地方のポケモンも知っておくべきだとは思うんだけど」
「じゃあ、ジョウト地方に来ないか?
イッシュ地方じゃ見かけないポケモンが本当に多く住んでるよ」
「そうだね……考えておくね。
その時にならなきゃ分からないこともあるだろうし、他にやりたいことが見つかるかもしれないから」
「そっか、分かった」

やり取りの中で、互いに将来のことを考えなければならないと痛感したのだろう。
遠い将来は無理にしても、遅くとも一年以内には訪れる『近い将来』に向けて、足元をしっかりと固めた上で歩いていかなければならない。
目指している場所が違う以上、いつまでも同じ道を歩いていけるはずがないことも知ってはいるつもりだったが……向き合う良い契機となった。
いざその時になって慌てふためくよりも、あらかじめ心構えを抱いているのといないのとでは大きく違うのだ。
後遺の憂いを断てたと妙な清々しさすら感じるアカツキだったが、話に区切りがついたのを待ち構えていたように、部屋の電話が鳴った。
一番近い位置にいたアデクが、受話器を取った。

「もしもし。
……ああ、了解した。こちらから伺おう。
ポケモンの回復が終わったようじゃ」

短い会話を終えると受話器を置き、アカツキに一緒にポケモンを受け取りに行こうと告げる。

「ジョーイさんに持ってきてもらうのも気が引けるのでな。
アカツキ、一階へ向かうとしようか」
「分かりました」
「では、わたしたちはここに残りましょう。ナナさん、少々お話ししたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」
「まあ、大丈夫ですけど……」

ポケモンを預けたのはアカツキとアデクだ。
食事時でもないのに他の二人が付いて行っても仕方がない。それならばと、話ついでにエリーザはナナと留守番を買って出てくれた。
尤も、ナナはどんな話をされるのか少し不安げな様子だったが。

「じゃあナナ、行ってくるよ」
「うん」

少々気がかりだが、エリーザなら変な話はしないだろう。
アカツキはアデクと共に一階のロビーへと向かったのだが……道中、アデクから思いもよらない話をされた。

「アカツキ。きみはゾロアークを使っていたが、コウタのゾロアークは覚えているかね?」
「父さんのゾロアーク……?」

アカツキは訝しげに眉をひそめた。
コウタはイッシュリーグ四天王の一人・悪タイプのエキスパートとして活躍していた頃、あらゆるバトルで完全無敗を誇っていたと聞いている。
そして、彼が事故で落命した時、片時も離れることのなかったゾロアークが行方不明になったことも。

(父さんがゾロアークを連れてたのは知ってたけど、どんなゾロアークだったのかは覚えてないな)

難を逃れたことだけは確かだが、果たして今、どこで暮らしているのか。
気になってはいても、探す宛てもない以上、達者でいることを願うばかりだ。

(ソロもゾロアークに進化したし、父さんのゾロアークとバトルでもできたら良かったんだけどな……まあ、コテンパンにされちゃうだろうけど。
でも、どこで何をしてるんだろう。おばさんのところにはいないよな。カノコタウンに行った時に会わなかったし)

ゾロアと進化形のゾロアークはイッシュ地方以外では非常に珍しいポケモンだ。
イッシュ地方に戻っていれば、アララギ博士の元に身を寄せていても不思議はないし、アカツキがカノコタウンに赴いた時に引き合わせてくれたかもしれない。
今、どこで何をしているかは分からないが、もしどこかで会うことができたなら、ぜひとも手合わせを頼みたい。
四天王として完全無敗を誇ったポケモンに今の自分が勝てるとは思えないが、勝ち負けはともかく、実父と共にいたポケモンを知りたい。
口に出さずとも実父のゾロアークに想いを馳せているのは傍目からも明らかで、アカツキの表情を見てアデクは口の端を吊り上げた。

「コウタのゾロアーク、ディオという名前だったか……ヤツは強かった。
わしのポケモンでも、勝つのにだいぶ骨が折れたからな」
「そうなんですか?」
「うむ」

チャンピオンでも勝つのが大変とは……アカツキは舌を巻いたが、アデクは気にするでもなく言葉を続ける。

「俊敏な動きと力強さを併せ持つポケモンだった。
悪タイプが苦手としている格闘、虫タイプのポケモンですら打ち負けてしまうほどに」
「格闘タイプと言うと、レンブさんのポケモンでも勝てないくらいなんですか?」
「実際に戦ったことがないから、どうなるかは分からんが……少なくとも、ワンサイドゲームになることだけはないだろう」
「……………………」

実力が伯仲しているほど、わずかな差が命取りとなる。
増して、苦手としているタイプとのバトルは言うに及ばず。最初から苦しい展開になっても不思議はないのに、アデク曰く『一方的なバトルにはならない』という。

(父さんとレンブさんが戦ったらどうなるか、見てみたかったなあ……)

四天王として席を置いていた頃は完全無敗を誇っていた悪タイプのエキスパートが、苦手とする格闘タイプ使いの四天王と戦うのだ。
手に汗握る屈指の好ゲームとなるのは間違いあるまい。

「なに、君も強くなる努力を欠かさないことだ。
ソロといったか、いずれはディオに勝るとも劣らぬ強さを身に着けることができるかもしれん。
まあ、焦らず地道に、マイペースで頑張っていくことじゃよ」
「はい。ありがとうございます」

月並みな言葉でも、チャンピオンの口から発せられると抗いがたい重みが感じられる。
強くなるには努力が欠かせない。他者のペースに流されることなく、地道な積み重ねを継続していくしかないことは、アカツキがよく心得ている。

「さて、話はそれくらいにしておこうか」

程なく、二人はロビーにたどり着いた。
相変わらずジョーイは助手のタブンネと忙しく働いているが、アデクの姿を認めるなり回復を終えたボールを二つ、カウンターに乗せた。

「お待たせいたしました。回復が終わりましたよ」
「うむ、ありがとう」
「ありがとう、ジョーイさん」

アカツキとアデクはそれぞれのモンスターボールを手に、ジョーイに礼を言った。
ソロはモンスターボールの中でゆっくり休んでいるだろう。外に出てきたければ自分から出てくるだろうと思い、そっとしておくことにしたのだが……

「……アカツキ?」

名前を呼ばれ、アカツキは顔を上げた。
アデクに呼ばれたのかと思ったが、そもそもの声質が違う。
声のした方に顔を向けると、見覚えのある少年の姿があった。

「チェレン!!」

こちらへ向かって歩いてきたのはチェレンだった。
目が合うなりチェレンは笑みを浮かべ、小さく手を振りながらやってきた。
ヒウンシティで別れた時と比べて面持ちが堅くなっているように見えるが、気のせいだろうか。

「奇遇だね。今晩はここで宿を取るのかい?」
「ああ。さっきポケモンバトルしてソロがダメージ受けちゃって。ついでに一泊していこうかと思ってさ」
「なるほど。ナナは部屋にいるのかな?」
「ああ。ソロのボールを受け取りに来ただけだから、部屋で待っててもらってる」

別れてさほど日が経ったわけでもないのだが、何ヶ月も会っていなかったような心地だった。
長いとは言えない日々の中で、互いにいろいろと経験してきたということか。
久しぶりの再会に、木漏れ日を浴びたような温もりを噛みしめていると、アデクが顎鬚を弄りながら問いかけてきた。

「おや、友達かな?」
「はい。オレのライバルです」
「ほう、それはいいことよ。
切磋琢磨しながら、互いにより高みを目指して競い合える相手がいるのは、実にすばらしいことだ」
「アカツキ、この人は……え、まさか……!?」

アカツキの傍らに立つ初老の男性にようやっと意識を向けたチェレンだが、言葉の途中でその表情が驚愕に変わる。
周囲の人々は誰一人として彼の正体に気づいていないにもかかわらず、チェレンはイッシュリーグのチャンピオンがこの場にいることに気づいたのだろう。






To Be Continued…

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