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ウイニング・プライド


弧を描きながらフィールドに投げ入れられたボールから、ティニが飛び出す。
ジム戦デビューに心がときめいているのか、ティニは目をキラキラと輝かせ、元気いっぱいな様子だ。

『おーっ、行くぞ~っ!!』

ジム戦という大舞台を前に、まるで臆した様子を見せない。
それどころか、やる気が燃え滾っているようですらあり、なんとも頼もしい限りである。
真剣勝負をどこまで理解しているかは分からないが、なんでもとにかく楽しもうという超ポジティブな思考は持ち前の無邪気さの為せるワザか。
ともあれ、消去法でティニを出さざるを得ない以上、どうにかして策を思い浮かべ、勝利しなければならない。

「ティニ、頼んだぜ」
『おう、任せとけ~』

アカツキの言葉に、ティニは無邪気な表情をまるで崩すことなく、ガッツポーズなど取ってみせた。
一方で、カミツレは見慣れないポケモンに怪訝な眼差しを向けていた。

「……他の地方のポケモンかしら? でも、やる気なら頑張らなきゃね」

イッシュ地方のポケモンなら大体知っているつもりなのだが、二百年以上も人の目に触れることのなかったビクティニを知らないのも無理はない。
他の地方に棲息するポケモンと勘違いするのも当然ながら、どんなポケモンであれ戦う意思があるのなら、ジムリーダーとしての責務を全うするのみ。

「ところでアカツキ君。
あなたのポケモンなんだけど、種族名を教えてもらえるかしら」
「ビクティニって言います」
「ビクティニ……初めて聞いたわ。ありがとう」

カミツレの問いに、アカツキは素直に答えを返した。
審判が判定を下し、様々な宣言を行うためにポケモンの種族名が必要と理解していたからだ。
なお、ジムリーダーと挑戦者のポケモンが同じ種族の場合は『ジムリーダーの』『挑戦者の』と前置きするのが暗黙のルールとなっている。
……ともあれ、これでバトルの準備は整った。泣いても笑っても互いに最後の一体だ。

「それでは、バトルを再開します。
ゼブライカ対ビクティニ、バトルスタート!!」
「ゼブライカ、電磁波!!」

最終決戦の火蓋が切って落とされるや否や、カミツレが指示を出す。
未知なるポケモンの力を見極めるべく、怒涛の勢いで攻めることを決めたようだ。
ゼブライカはカミツレの指示に応え、全身に溜め込んだ電気を一気に放出した。
電撃波ほどのいきおいではないにせよ、電撃が空気絶縁を切り裂きながらティニ目がけて迸っていく。
速攻が持ち味のゼブライカ相手に防御に回れば、確実にジリ貧……だが、それでも電磁波による麻痺だけは確実に防がなければ。

「ティニ、神秘の守り!!」
『おう!!』

ティニはアカツキの指示に腕をぐるぐると振り回し、周囲に淡い青のヴェールを生み出した。
神秘の守りは麻痺や毒、火傷などの状態異常を一時的にシャットアウトする防御技。
ヴェールはすぐに音もなく消えたが、その効力は技の名前通り、神秘なる力でティニに守りの加護をもたらすだろう。
だが、その守りがいつ消えるのかはアカツキには分からない。なるべく早くゼブライカを倒さなければ。
ヴェールが消えて程なく、ゼブライカの電磁波がティニに襲いかかるが、見えない壁に弾かれたように周囲に逸れて消えた。

(よし、ここから一気に攻める!!)

麻痺で動けなくなることが一番恐ろしい。
当面の憂いを断ったからには、ゼブライカの勢いに負けずこちらも攻め立てるのみ。

「ティニ、空に飛び上がって火炎弾!!」
『お~っ!!』

ティニは滑らかな動きで飛び上がると、掲げた手のひらに炎の球を生み出し、ゼブライカ目がけて放った。

(火炎放射じゃないから避けるのは簡単。でも、これは面倒ね……)

カミツレの表情が険しくなる。
火炎弾は火炎放射と違って攻撃範囲が狭く、念力などで軌道を強引に変更しない限りは直線上の相手にしか攻撃できない。
しかし、ティニは炎の球を『投げ放つ』という動作(モーション)を見せずに放ったのだ。その気になればどこにでも放り投げられるという意味に受け取って、カミツレは警戒を高めていた。

「ゼブライカ、避けて10万ボルト!!」
「ぶるるるるる……」

ゼブライカは軽いフットワークで飛来する火炎弾を避け、強烈な電撃をティニに向けて放つ。
地上付近に引き摺り下ろし、接近戦で仕留める腹積もりだろう。
直後、ゼブライカの背後で火炎弾が炸裂し、周囲に炎を撒き散らして消える。見た目は炎タイプ版のハイドロポンプといったところか。

「ティニ、避けろ!!」
『おう!!』

ティニはアカツキの指示を受けるまでもなく、見るからに痛そうな電撃から身を躱した。
優雅に飛び回りながら攻撃のタイミングを計り――

「逃がさないわよ。ゼブライカ、雨乞い!!」

引き摺り下ろす手段は、何も一つではない。
そう言いたげな笑みを口の端に浮かべ、カミツレがゼブライカに指示を出す。
彼女が何をしようとしているのか瞬時に察し、アカツキはギョッとした。

(雨乞い……やべっ!!)

『雨乞い』はまさに読んで字のごとく、局地的に雨雲を生み出し、降雨をもたらす技だ。
しかし、ただ雨が降るだけではない。
雨が降っている間は炎タイプの技の威力が下がり、対照的に水タイプの技の威力が上がる。
雨雲に遮られて光が届きにくくなる影響で光合成、月の光といった回復技の効果が半減し、ソーラービームを放つためのチャージ時間が長くなり、さらに威力が下がる。
そして、もう一つ。
今回のジム戦の肝になる効果……それが実に厄介だ。

ぶるぶるるるるぶるぅぅぅっ!!

ゼブライカの激しい嘶きに応じるように、フィールドの上空に雨雲が生まれ、ポツリポツリと雨が降り出した。
瞬く間に勢いを増した降雨で、フィールドがうっすらと煙って見える。

『なんだあ? 雨が降ってきたぞ……?』

降り注ぐ雨が珍しい(二百年近くも見ていなかったのだから無理もない)のか、ティニはなんとも呑気に構えているが、当然、そんな悠長なことなど言っていられないわけで。

「ティニ、電光石火から思念の頭突き!! ゼブライカに急いで攻撃を仕掛けるんだ!!」
『お、おう!!』

有無を言わさぬ強い口調での指示に、ティニは慌ててゼブライカに攻撃を仕掛けた。
アカツキが何かに急き立てられているようにすら思えて、本格的な危険を感じたのだ。
電光石火の勢いでゼブライカ目がけて急降下、そのまま思念の頭突きに繋げて大ダメージを狙う。

(なかなかいい動きをするわね。でも、雨が降り出した以上、いくら拙速でも関係ないわ)

カミツレは口の端に浮かべた笑みを崩さない。
雨乞いを発動した時点で、その後の策は決まっていたからだ。

「ゼブライカ、雷!!」
「やっぱりそう来たか……!!」

カミツレの指示に、アカツキは舌打ちせざるを得なかった。
雨乞いの次は雷を仕掛けてくると分かっていたからだ。雨乞いを防げなかった時点で、すでに後手。
せめて思念の頭突きを当ててゼブライカを怯ませることができればと思ったが、遅かった。

(雷を食らっちまうけど、神秘の守りの効果はまだ残ってるはず……麻痺さえしなければ、まだどうにでもなる!!)

ゼブライカが全身から放った激しい電撃――雷を避けることはできない。
防ぐことならできるだろうが、生憎とティニは『守る』や『見切り』を覚えていない。
フィールドに降りしきる強い雨がもたらす厄介な効果……それは、威力は高いが命中率に難がある『雷』をほぼ確実に相手に命中させる『導電効果』である。
空気中の水分や降りしきる雨を伝うことで命中率を限りなく高められるため、雷を覚えさせているポケモンには雨乞いをセットにしていることが多い。
ティニは迫る雷に怯むことなく突っ込んだ。
全身を突き刺すような痛みと鈍い痺れを堪えながら雷を突っ切り、渾身の力でゼブライカに思念の頭突きを食らわした。
ゼブライカは大きく吹き飛ばされると地面に叩きつけられ――その威力にカミツレは思わず目を剥いた。
小柄なポケモンの攻撃で吹き飛ばされるなど、初めてだったからだ。

(へえ、やるじゃない……? でも、麻痺が入ったようね?)

雷に打たれ、たまらず地面に降り立つティニ。
身体の表面でバリバリと電気が散っており、身体を動かすこともままならない。

「麻痺した……!? 神秘の守りの効果が切れた……!?」
『うー、困ったぞ~。身体動かないぞ~』

驚愕するアカツキに、ティニからのテレパシーが入る。
緊張感に乏しい口調だが、持ち前の性格からか、それとも雷に打たれて元気がなくなっていたからか。
だが、神秘の守りの効果が切れて麻痺になってしまうとは……これでは攻撃することはできても、防御や回避がままならない。
無理やり空を飛ぼうものならバランスを崩して致命的な隙を晒してしまうことにもなりかねない。
それでも、攻撃ができる以上は勝ちの目が消えてなくなったわけでもない。
早くどうにかしなければ……という焦りはある。
急き立てるような焦燥感を抱えながらも、倒すべき相手に向ける眼差しから闘志の衰えは感じられない。

「ゼブライカ、充電から雷。一気に決めちゃうわよ」
「ぶるぶるるるる……」

カミツレの指示に、ゼブライカが嘶く。
これで決めてやると、荒い気性と共に絶対の自信を滲ませる嘶きだ。

(ヤバい、今のうちに倒さないと負ける……)

充電は次に放つ電気タイプの技の威力を大きく引き上げる技。
電気を蓄えるという副作用で、一時的に特殊攻撃に対する防御力を高めることもできるが、そんなことは然したる問題ではない。
雨が降っていて、雷を避けることはできない。ただでさえ威力が高い技をさらに強烈に昇華した一撃を耐えられるか……
ゼブライカが充電を開始する。
恐らく十秒とかからずに充電は完了するだろう。その時点で攻撃の一発も出せなければ観念せざるを得まい。

(攻撃しかない……!!)

座して敗北を待つなど、恥辱以外の何物でもない。

「ティニ、電光石火から思念の頭突きだ。ぶちかませぇっ!!」

ありったけの声を振り絞り、ティニに指示を出す。
その声に勝利への執念、渇望を感じ取ってか、ティニも自分が頑張らなければと強く思った。

『よ~し、こうなったら……』

痺れて思うように動かせない身体に力を込め、身を起こす。
そして、身体の奥底に秘められた『力』を揺り動かし、トレーナーに分け与えた。

(…………!! まさか……)

滾々と湧き上がる、泉のような力強さと神秘さを感じさせる『何か』。
得体の知れなさを憶えながらも、不思議と不安を抱かせない暖かさ……ティニが何かをしたようには見えなかったが、アカツキにはその正体がすぐに分かった。

「やめろ、ティニ!!」
「…………?」

張り上げた声は、窘めるというにはあまりに強烈な怒声だった。
一体、何をやめろというのか……カミツレは怪訝な面持ちで眉をひそめたが、怒声を投げかけられたティニはトレーナーの予想外の反応に身体を小さく震わせた。

『…………!!』

アカツキに力を分け与えて勝利に導く……あるいは勝利の糸口をつかませると考えていたティニだが、それが彼にとって『敗北を待つ以上の恥辱』であることを知らなかった。

「ティニ、キミのその力をバトルで使うな!!」
『え、でも……』
「ズルをして勝っても、何の意味もないんだよ!! 前にも話したじゃん!!」

ティニが、是が非でもトレーナーを勝利させたいと思った気持ちは理解できる。ありがたいとも思う。
だが、その方法は『ズル』以外の何物でもない。
自分たちが持ち合わせている以上の力を以って勝利するなど、イカサマでしかないのだ。
アカツキが烈火のごとき怒りを発しているのは、格闘技ではいかなるイカサマも通用しない、力と技がすべてであると理解していたから。戦うことに対して人一倍ストイックだからだ。
力及ばず負けて悔しい想いをしても、それは自分たちの力が足りなかったから。
何度も何度も悔しさを噛みしめながら挑み続けてきたからこそ、ズルやイカサマの類は自分たちが有利になるものであろうと許せない。

(どうしたのかしら……?)

アカツキがいきなり怒りだしたのを見て、カミツレは首を傾げた。
ティニのテレパシーが聴こえていない彼女には、アカツキが一方的にティニに怒鳴り散らしているようにしか見えなかったのである。
カミツレだけでなく、充電中のゼブライカさえ、敵陣のゴタゴタに唖然としていた。

『……………………』
「……………………」

良かれと思ってやったことで怒鳴られるとは夢にも思っていなかったのか、ティニは今にも泣き出しそうな顔で双眸を潤ませていた。
一方、アカツキは怒りが収まらないようで、険しい表情に浮かべる眼差しは刃のように尖っていた。

「ティニ、戻れ!!」

ティニの力を借りれば、あるいはカミツレの裏を掻く作戦を思いつけるかもしれないが、ズルに頼ってまで勝ちたいとは思わない。
そうやって『本来の自分たちにできないことを可能にする手段』に頼ってしまったら、自分たちで努力を積み重ね、強くなることを忘れてしまう。
そんなことになるくらいなら、負けてもいい。
アカツキはモンスターボールを掲げ、ティニを戻そうとしたのだが……

『うう……うわああああああああああああんっ!!』
「…………っ!?」

ティニは絹を引き裂くような大声で泣きじゃくると、麻痺しているとは思えない俊敏な動きで飛び立ち、ジムの壁をぶち破って外に飛び出してしまった。
事前にバトルに対するスタンスを話していたとはいえ、怒りの感情を真正面からぶつけられたことに相当なショックを受けたようだ。

「あ、ティニ……!!」

『ズルをしちゃいけない。一度ズルを覚えたらやめられなくなる』と言いたかっただけなのに、どうして強い言葉を怒りの感情に任せて叩きつけてしまったのだろう。
ティニは……明らかに傷ついたような表情を見せていた。

(傷つけるつもりなんてなかったのに……でも……)

ティニは良かれと思って――アカツキに勝利の糸口をつかんでほしいと思って力を分け与えようとしただけだ。
そんなことは分かっている。分かっているが……いや、何も言うまい。経緯はどうあれ自分はティニを傷つけてしまったのだ。
拳を固く握りしめる。
爪が食い込んで痛い。
だが、それがどうした。
ティニは心にそれとは比べ物にならない痛みを受けたのだ。

「カミツレさん、ごめんなさい!! 失礼します!!」

ティニを追いかけなければ……ジム戦の勝敗など頭から完全に吹き飛んでいた。
アカツキはカミツレに詫びると、ライモンジムを飛び出した。

(ティニ……!!)

傷つけるつもりはなかった、などと言い訳をするつもりはない。
だが……だからこそ、ちゃんと向き合って話さなければならない。その結果嫌われ、ティニと別れることになろうとも。
ジムを飛び出し、全方位を舐め回すように見渡すと、東の方角へと飛んでいく小さなポケモンの姿。
遠目からでは断定はできないが、小さいながらもシルエットは酷似している。ティニの可能性は高いと判断し、すぐさま追いかける。



ジム戦でのすれ違いから始まった一連の出来事が彼らの絆をさらに深め、強固なものにする契機となろうとは、この時点で誰も予想できるはずもなかった。






To Be Continued…

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