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『次』へ向けて


『アカツキ~。あれがジム戦か~、すごかったぞ~っ♪』

ポケモンセンターに戻り、全霊を賭して戦ってくれたハーディとゲキをジョーイに預けた後。
ロビーの長椅子に腰を下ろして一息ついているアカツキの目の前で、ティニが興奮しきりにテレパシーを投げかけてきた。
トレーナーに向ける双眸にはポケモンバトルへの興味がありありと浮かび、今すぐにでもやってみたいと思わせるほどだ。

「ありがとな、ティニ。
さっきのバトルを見て興味を持ってくれたんだったら、オレとしてもうれしいな」

背もたれに深くもたれかかりながら、笑顔でティニの頭を撫で回す。
身動きが取れない状態からカウンターで二体同時に撃破という、良く言えば劇的な、悪く言えば一点突破も甚だしい運任せな結果ではあったが、それでも手に汗握る熱戦だったらしい。
虫タイプのエキスパートであるアーティのポケモンに対して、ティニは攻撃面で優位に立てるのだが、ポケモンバトルを知らない状態でジム戦に出すのはあまりに無謀。
……ということで、まずはバトルを見せてみて、興味を持ってくれるようなら実戦に出してみようと思っていたのだが、幸いなことにティニはバトルに興味津々のようだ。

(これならバトルに出しても大丈夫そうだ。少しずつ慣れさせていって、いずれはジム戦にも出せるようになりたいな)

次のジム戦に出せるかどうかはともかく、ティニの力はそこらの野生ポケモンと比べれば圧倒的に強い。
興味があれば、すぐにコツをつかんで実戦に臨めるようになるだろう。
……と、隣に腰を下ろしたナナが、クスクスと笑いながら言う。

「アカツキは分からなかったと思うけど、ティニ、すごく興奮してたよ。
あんな風に全力でポケモン同士が戦うところ、見たことがなかったから……いろんなこと、あたしに訊いてきたんだよ」
「そうなんだ……ありがとう、ナナ。いろいろとティニに教えてくれて」
「ううん、あたしも楽しかったもん」

確かに、ジム戦に意識を集中していたから、フィールドの外でティニがどんな表情を浮かべていたのか全然分からなかった。
だが、ナナがそこまで言うからには生半可な興味ではないらしい。

「ティニはあんな感じのバトルをやってみたいって思う?」

ポケモンバトルをしたいかと、アカツキはストレートに訊ねた。
イエスかノーか、二択を迫る問いかけの方が、相手の想いを汲み取りやすい……案の定、ティニは強い興味を秘めた眼差しをアカツキに据えたまま、深々と頷き返してきた。

『オレもやってみたい!! ハーディもゲキも、すっごくカッコ良かったぞ~!!』
「じゃあ今度、やってみるか?」
『おう!!』

迷いも躊躇いも、一切なし。
本気でやりたいと思っているのがひしひしと伝わってきて、これなら多少辛いことがあっても気持ちが折れることはないだろうと、アカツキは確信した。

(そうなると、これからどうしようかな……)

手に入れたリーグバッジは二つ。
このヒウンシティから一番近いジムは、北のライモンシティにあるライモンジムなのだが……思案した矢先、ナナから訊ねられた。

「次のジム戦はライモンシティかな?」
「うん。ライモンシティに行くしかないかなって思ってるんだけど……」

問いに頷きながらも、アカツキにしては珍しく歯切れの悪い回答だった。
というのも、ヒウンシティとライモンシティは徒歩で行けば数日はかかる距離ながら、その間はバトルらしいバトルをすることが『できない』からだ。
普通の道路であれば、旅をするポケモントレーナーが往来し、バトルの誘いを受けたりもするのだが……

「ほら、4番道路って砂漠だろ?
歩いてじゃとても行けないし、かといって地下鉄じゃあっという間に着いちゃうからバトルもできないし……どうしたもんかと思ってさ」
「ああ、なるほどね……」

アカツキの言葉に、ナナは納得が行ったとばかり首肯した。
彼の言わんとすることは、尤もだ。
ヒウンシティとライモンシティを結んでいる4番道路は、道路とは名ばかりの砂漠地帯である。
砂漠を縦断する道路を敷設しようという計画が持ち上がっていたのだが、季節を問わず吹き付ける砂嵐のため計画は頓挫し、『4番道路』という名前だけが敷設予定地に残ってしまった。
しかし、ライモンシティはヒウンシティに次ぐ大都市であり、大都市間を結ぶ交通網は必須……そこで、砂嵐に影響されない地下鉄の敷設が決定したという経緯がある。

「できればすぐにでもジム戦に行きたいけど、少しライモンシティの近くでバトルして、レベルアップに励んだ方が良さそうだなあ」

アカツキは嘆息した。
徒歩で4番道路を踏破するのは危険だし、そもそも好き好んで悪路を選ぼうとするトレーナーがそうそういるはずもない。

『んー、どうしたんだ?』

どうしたものかと頭を悩ませているアカツキに、ティニが怪訝な面持ちで首を傾げながら言葉をかけた。
何をそんなに悩んでいるのか分からなかったのか、なんとも間延びした口調だった。
見るモノすべてが新鮮で、何も知らないからこその無邪気さを目の当たりにして、悩むのもなんだかつまらないと思えてくる。
アカツキは頭を振ると、ティニに言葉を返した。

「ティニ、バトルしたいか?」
『おう!! オレもやってみたい!!』
「だよなあ。そうなると、ライモンシティの近くで適当にトレーナーを捕まえて勝負を吹っ掛けるしか……」

ライモンシティへの移動中はポケモンバトルができないものと割り切るしかない。
ヒウンシティの近辺で……とも考えたが、何らかのトラブルに見舞われて地下鉄が不通になれば目にも当てられない。
だが、アカツキは知らなかった。イッシュ地方の地下空間を網羅する地下鉄が『変わり種』と評されていることを。

「アカツキ、バトルサブウェイって知ってる?」
「いや、知らないけど……なに、それ?」

ナナの問いに、アカツキは首を傾げた。
サブウェイ……地下鉄を指しているのだろうかと疑問符を浮かべていると、ナナが言葉を続けた。

「ヒウンシティとライモンシティをまっすぐ結んでる路線は普通の地下鉄なの。
それでね、遠回りになっちゃうけど、地下鉄に乗りながらポケモンバトルができる路線もあるんだよ。その路線がバトルサブウェイって呼ばれてるの」
「ポケモンバトルができるの!? マジで!?」
「う、うん……」

移動中は諦めるしかないと思っていたところに、思いもよらぬ助け舟。
爛々と目を輝かせ、息巻きながら顔を寄せるアカツキに、ナナは思わず口元を引きつらせながらも頷き返した。
彼女の言う通り、地下鉄の路線のうちいくつかは、ポケモントレーナーが存分にバトルしても周囲に影響を及ぼさずに済むよう、特殊な工法で強化された車両と設備が使用されている。

「でも、それなら思いきりバトルしても大丈夫そうだな。ナナ、教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」

こんなにいい施設があるとは……ナナが教えてくれなかったら、知らないままライモンシティに到着していたかもしれない。
アカツキが笑顔で礼を言うと、ナナも笑顔を返してくれた。
バトルサブウェイでのバトルは各々の実力に応じて数段階の難易度が用意されており、ジム戦と違って気軽に挑戦できるのがウリである。
ティニをバトルに慣れさせるには、実におあつらえ向きだ。

「ティニ。思いきり暴れても大丈夫な場所が見つかったぜ。頑張ろうな」
『おう!!』
「それでアカツキ。ティニがどんな技を使えるのかって、分かったの?」
「……………………」

やる気になった二人に水を差すのは躊躇われたものの、ナナの問いにアカツキは返す言葉を失った。
ぐうの音も出ない正論を真正面からぶつけられたとあっては、無理もない。

「それが……調べてみたんだけど、分からなかった。
そもそもビクティニってポケモン自体世間じゃあんまり知られてないみたいだし、ネットにも載ってなかったんだよな」

無論、手をこまねいていたわけではない。
バトルするのに最低限押さえておかなければならない特性や技、能力についてインターネットを用いて調べてはいたのだが……分かったのはタイプと特性だけだった。
まず、ティニのタイプは炎とエスパーの複合タイプ。これはエリーザの言葉通りで枚がいなかった。
次に、特性は『勝利の星』。
これはティニが近くにいる状態(モンスターボールに入っている状態も含むらしい)では、味方の技の命中率が上昇する常駐特性。
そして、肝心な技なのだが……残念ながら分からなかった。
ティニ自身も、遊びで攻撃することはあっても、本気で戦ったことがないために己に備わった力に疎かったのである。

「そういえば、そうだよね……
ティニは二百年以上あの島で暮らしてたけど、その頃はポケモンバトルもないし、記録だって残ってないもんね」

確かに……ナナも困ったものだと言いたげに嘆息した。
二百年前といえば、日本で言うなら江戸時代。ポケモンバトルなどという概念が存在していたかどうかも疑わしい時世である。
記録などそうそう残っているはずもないし、こればかりは手探りで一つ一つ試していくしかないか。
そう考えるアカツキだったが、ナナがまたしても助け舟を出してくれた。

「ティニのこと、ママに話しておいたんだ。
ポケモン図鑑、出してくれる?」
「……? あ、ああ……」

何を話したのかと疑問に思いつつも、彼女に言われた通りポケモン図鑑を取り出す。
世間ではあまり知られていないポケモンでも、研究者のアララギ博士ならあるいは、何か知っているかもしれない……ナナなりに気を遣ってくれたのだろう。
……と。

『お~、なんだこれ~?』

アカツキの手にあるポケモン図鑑を、ティニが興味深げに覗き込む。
リバティガーデン島の地下室で出会った時やヒウンジム戦でも見たことはあったが、いずれも遠目に見るばかりで、近くで目の当たりにしたのは初めてだったのだ。
様々な角度から舐め回すように図鑑を見やるティニに、アカツキは苦笑しつつも説明した。

「ティニ、これはポケモン図鑑って言うんだ。
ここにセンサーがついててさ、ポケモンに向けると、どんなポケモンなのか教えてくれるんだ。ナナのお母さんが作ったんだよ」
『へ~、すっげ~』

どんなものであれ、好奇心を向けるのは良いことだ。
興味を持てば積極的に行動できるようになるし、いろいろと学んで知識をつければ、それを応用してさらに多くのことができるようになる。
これから多くのものを見て、様々な人やポケモン、事象……いろんなものに興味を持ってほしいと思っていると、

「あった。これだね」

ナナがカバンを漁り、小さなチップを取り出した。
一センチ四方の、黒いチップだ。

「アカツキ、図鑑貸してくれる?」
「いいけど……何をするんだ?」
「ポケモン図鑑の機能って、ポケモンのことを調べるだけじゃないんだよ。
えっと……ここをこうして、と。ここに挿して……よし、できた」

アカツキが図鑑を手渡すと、ナナは慣れた手つきで図鑑の裏面のカバーを外し、先ほど取り出したチップを内部の拡張スロットに挿入する。
そして、元通りにカバーを閉じて図鑑を起動させると、暗転した画面に『New Program Installing…』と表示されたのを確認して、アカツキに返した。

「えっと……新しいプログラムを入れた?」
「ママがいくつか作ってくれた機能をインストールしてるの。
ポケモンが技を使ってる時にセンサーを向けると、どんな技なのか説明してくれるんだよ」
「じゃあ、ティニが適当に技を出しても、どんな技なのか教えてくれるってこと?」
「うん。ポケモンの動きやエネルギーを感知して、膨大なデータベースから検索してくれるんだってママは言ってたよ」
「へえ……」

ポケモンのことを調べられるだけでも十分だと思っていたが、それ以外にも有益な機能を搭載しているとは……アカツキは驚嘆するしかなかった。
アララギ博士はナナから現状を聞いて、彼が今一番必要としている機能を寄越してくれたのだろう。ありがたい話だ。
画面から文字が消え、再起動がかかる。

「あとは図鑑が立ち上がれば、新しい機能が使えるようになるはずだよ」
「よし、やるかっ!!」

鉄は熱いうちに打てとばかり、アカツキは図鑑をズボンのポケットに押し込むと、席を立った。
息巻く彼に微笑ましげな視線を向け、訊ねる。

「試してみる?」
「ああ。明日には出発するから、早くティニの技を知っておきたいんだ。
……ナナ。悪いんだけど、ハーディとゲキが戻ってきたら、ボールの中でゆっくり休ませておいてほしいんだ」
「いいよ。ブータたちのブラッシングもしたいから、ここで待ってるよ」
「ありがとう。ティニ、行くぞ!!」
『おうっ!!』

頼みを快諾してくれたことに感謝しつつ、アカツキはティニを連れてポケモンセンターの中庭へ向かった。
出発は明日。今のうちにできることをして、バトルサブウェイに備えたい。
思いきりの良さと言うべきか、それとも行動力の高さと評すべきか。
やると決めたらすぐ行動に移すアカツキの積極性を、ナナは素直に見習うべきだと感じていた。

「…………強いなあ、アカツキは」

自動ドアの向こうへと消えていく少年の背中を見送りながら、小さく嘆息する。
両親の逝去、母方の親戚のたらい回しと、幼子にはあまりに辛い境遇をどうにか乗り越えられたこと、そして養父のようになりたいと努力を積み重ねたからこそ身に着けた、彼にしかない強さだろう。
自分自身という軸がブレることなく、だからこそ前だけを見て突っ走っていくことができるのだ。

(羨ましいって思うのは簡単。
でも、あたしだって頑張らなきゃ……アカツキとアーティさんがいなかったら、ムーちゃんを助けられなかったもん。
ムーちゃんだけじゃない、ブータとラミーだって、あたしが守らなきゃいけないんだもん。変わらなきゃね、あたしも……!!)

やるべきことをやるというのは、簡単なようでいて、難しい。
アカツキの行動に背中を押されたように、ナナはこれからの自分がやるべきことを思い浮かべながら拳を固く握りしめた。






ポケモンセンターの中庭は、大都会の喧騒と隔絶された景色が広がっていた。
豊かな緑にあふれ、小川まで流れている。
所々にトレーナーやブリーダーの姿が見受けられ、小型のポケモンたちが水を掛け合って遊んでいるのがなんとも楽しそうだ。
思い思いの時を過ごしているのを邪魔するのも気が引けて、アカツキは中庭を練り歩きながら、ティニが暴れても問題なさそうなスペースを探した。

「ティニは思いっきり暴れたことってあるか?」
『ないな~』
「そっか。ポケモンバトルは思いっきり暴れるのに似てるから、その練習をするんだぞ」
『へ~』

話をしながら歩くうち、ポケモンセンターの本館から離れた一画に空きを認め、急行して場所を確保する。
敷地の内外を隔てる分厚い塀もあるし、よほど無茶をしなければ周囲に影響を及ぼすこともないだろう。
バトルの練習をするほどのスペースはないものの、一人で技を出させるには十分な広さはある。

『ここでやるのか~?』
「ああ。ソロ、シャス、出てこい!!」

アカツキは足を止め、腰のモンスターボールを二つ掴み取ると軽く放り投げた。
トレーナーの呼びかけに、二体は競い合うようにボールから飛び出してきた。

「クゥっ♪」
「ジャビっ……」

二体ともヒウンジム戦で出番がなかったことが不満なわけではないようで、飛び出すなりうれしそうな表情で『やっと外の空気が吸える』と言いたげに身体を伸ばしていた。

「ソロ、シャス。ハーディとゲキが頑張ってくれたおかげでジム戦に勝てたんだ。
ほら、ビートルバッジさ」

それぞれの頭を撫で回しながら、先ほどのジム戦でゲットしたビートルバッジを見せる。
リーグバッジがどういったものか理解しているようで、二体ともパッと表情を輝かせた。

「ソロ、シャス。ティニはバトルをしたことがないんだって。
技を意識して出したこともないって話だから、ここで思いきり技を出してもらおうと思ってるんだ。
何かアドバイスできることがあったら、いろいろと教えてあげてほしいんだけど、いいかな?」
「クゥっ!!」
「ジャビっ!!」

ソロとシャスはアカツキの頼みを快諾した。
ポケモンの動きや技の使い方は、人間よりもポケモンがアドバイスした方が良いだろうと思ったのだが、ソロたちなら親身になってあれこれとアドバイスしてくれるだろう。
『先生』も得たことだし、善は急げ。早速始めよう。

「ティニ、壁に向かって思いきり暴れてみてくれ。
ソロとシャスがいろいろ教えてくれるから、ちゃんと言うことを聞くんだぞ」
『おう、やってみる!! うおぉぉぉぉぉ!!』

アカツキの言葉を受け、ティニは文字通り大暴れし始めた。
羽ばたきもせずに高速で飛び回ると、敷地の内外を隔てる壁に向かって炎を吐き出した。
炎は壁にぶつかると小さな炎に分かれて弾け、周囲に飛び散った。

(電光石火に弾ける炎か。へえ……)

ポケモン図鑑のセンサーを絶え間なくティニに向け、技を認識させる。
その後もティニが技を繰り出すたびに、画面に技の名前が追加されていく。

(ニトロチャージ、捨て身タックル、思念の頭突き……これだけ使えてバトルしたことないなんて、信じられないなあ)

自身のタイプである炎、エスパータイプの技が使えるのはいいとして、捨て身タックルのような反動が痛い技まで使えるとは。
ティニは遠近両刀、距離を選ばずに戦えると見ても良さそうだ。

「クゥっ……」
「ジャビっ……」

ティニが様々な技を使っているのを――否。使いこなしているのを見て、ソロもシャスも目を丸くしていた。
バトルの経験がないと言いながら、しっかり使いこなしているではないか。
二体の仲間が驚いているのを尻目に、ティニは大暴れして気分が高揚しているようで、とっておきの一撃を繰り出した。
真上に掲げた手のひらに炎の球を生み出し、地面に向けて放り投げようとして――

(いや、さすがにこれは……!!)

芝生の地面に炎などぶっ放せば延焼は必至。
アカツキはギョッとして、慌ててティニを止めた。

「ティニ、ストップ!! もういい!!」

見るからに強力そうな技だし、これほどの技が使えると分かっただけでも収穫だ。
トレーナーの制止に、ティニは放つ直前で技を止めた。
手のひらの上で燃え盛る炎の球は力の供給が途絶えて小さくなり、小さく弾けて消えた。

『お~、どうした~?』

水を差された格好ながら、ティニは気にするでもなくアカツキに蒼穹の双眸を向けた。
思いきり身体を動かして、体内で滾っている力を放出してスッキリしたのか、なんともご機嫌な表情だ。

「ティニ、ホントにバトルしたことないんだな……?」
『お~。ないぞ~』
「その割にはちゃんと技を使えてたし、オレが慌てて止めた技なんてすごそうだったし……」

念押しするも、結果は変わらず。
ポケモン図鑑の画面を見やれば、『火炎弾』という見慣れない技の名前。
調べてみると、炎の弾丸を撃ち出して相手を攻撃する技とある。
威力は火炎放射を上回り、着弾した地点で弾けると周囲に猛烈な炎を撒き散らすとも記載されている。
技の説明を読む限り、炎タイプ版のハイドロポンプといったところか……とはいえ、これほどの技を使えるとは恐れ入った。

(あとは実際にバトルをしてみればいいんだろうけど、ティニなら案外すぐ慣れちゃいそうだな)

バトルを意識したわけではないだろうが、動き自体は悪くない。
技もそれなりに強力なモノも使える……となれば、実戦慣れさえすればエースとして大活躍することも難しくないだろう。
思いのほか手ごたえを感じているアカツキだったが、そこで緊張の糸が切れたのか、ぐるるる……と腹の虫の騒ぐ音が小さく響き渡った。

「あ……」

まだ昼食には早い時間ながら、ジム戦で長時間の緊張を強いられて、知らず知らずに空腹に陥っていたのかもしれない。
腹の虫の音を聞き取っていたのはソロとシャス、ティニだけだが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
アカツキは気まずそうな表情で顔を逸らすと、頬を掻いた。

「クゥ、クゥっ♪」
「ソロ~、からかうなよ……恥ずかしいんだからさあ……」

思いもかけずパートナーの頬に朱が差すのを目撃して、ソロが妙に上機嫌な声で嘶く。
シャスとティニは彼らのやり取りを怪訝な面持ちで見ていたが……

『アカツキ、腹減ったのか~? オレもお腹空いた~。メシ食いに行こ~!!』
「あ、ああ……そうだな。メシにすっか!!」

ティニが自分も空腹を感じていると伝えると、アカツキは気を取り直して昼食に行こうと切り出した。
出発は明日。
ライモンシティへの移動手段として地下鉄を利用するが、バトルサブウェイというポケモンバトルが可能な地下鉄を選ぶつもりだ。
ソロたちには、今日はしっかり食べて、しっかり休んで英気を養ってもらいたい。

「みんな、行くぞ!!」

湧き上がっていた恥ずかしさを吹き散らすように声を張り上げ、アカツキはポケモンたちを伴って食堂へと向かうのだった。



そして数十分後。
食事を終えて部屋に戻るなり、アカツキはベッドに倒れ込むようにダイビングした。
ベッドから押し返される力に小さくため息を漏らす彼に、ティニが声をかける。

『お~、どうした~?』
「ちょっと疲れたかな……って」

ベッドの上という一番リラックスできる場所に戻って完全に緊張が解けてか、ティニに返す言葉には疲労が色濃く滲んでいた。
ジム戦で矢面に立つのはポケモンだが、ポケモンたちを勝利に導くために策を練り、指事を出すのはトレーナーだ。
前衛と後衛が分かれているだけで、ポケモンバトルはポケモンとトレーナーが一体になって戦うものだが、そういった意識を持つトレーナーは、残念ながら多いとは言えないのが現実である。
格闘技を通じて『戦う』ことに関して大の大人以上に弁えているアカツキだからこそ、自分も共に戦っているという意識が強いのかもしれない。
それはさておいて。

「ティニも見てただろうけど、今回のジム戦はホントにギリギリだった。
運が良かったから勝てたようなモンでさ……次はもうちょっとちゃんと勝てるように頑張らなきゃなあ」
『ふ~ん。そうなのか~』
「そうだよ」

伸るか反るかという心が熱く滾るバトルなら、疲労感よりも爽快感や充足感が上回るだろう。
だが、今回のヒウンジム戦は終始アーティのペースで、最後の最後で運が味方して辛うじて勝利を掴み取ることができた。
たまたま運が良かったから勝てたなど、そうそう何度も続くものではないし、運の要素は可能な限り排除した上で、実力で勝ちたい。
アカツキの言葉から彼の想いを察してか、ティニはそのことについてこれ以上は触れなかった。
話に一区切りついたと判断して、アカツキは身を起こすと、別の話題を口にした。

「ティニってさ、結構いろんな技が使えるんだな。
ソロもシャスも驚いてたけど、正直、オレもあそこまでやれるとは思わなかった」
『へへ~ん。身を守るためだって、いろんなこと教えてもらってたんだ~』
「そうなのか……」

さり気なく褒めると、ティニは羽をパタパタさせながら胸を張った。
得意げなその表情は、二百年生きているとは思えないくらい子供っぽく、それでいて妙に自信に満ちていた。
実戦経験はないものの、護身術の一環として技を教え込まれていたらしい……なるほど、それならあのような動きができたとしても不思議はないか。
心得があるなら、実戦に入るのにさほど時間はかかるまい。

「じゃあ、明日からバトルしてみるか?」
『おう!! やるぞ~っ!!』

ポケモンバトルを見て、自身も覚えている技を披露して、完全にやる気になっている。
距離を選ばずに戦えるのは、大きな武器だ。
経験を積めば大活躍間違いなしだし、その分だけティニに自信となって跳ね返ってくるだろう。
息巻くティニを微笑ましげに見やりながら、アカツキは腰のモンスターボールを手に、中で休んでいるポケモンたちに呼びかけた。

「みんな、出てこい!!」

呼びかけに応じ、競い合うように四体のポケモンたちが飛び出す。
ジム戦で死力を尽くして戦ってくれたハーディとゲキもすっかり回復して、控えだったソロとシャスと変わらない様子だった。

「ハーディ、ゲキ。本当に頑張ってくれてありがとうな。おかげでバッジをゲットできたよ」
「ばうっ」
「ダっ……!!」

笑顔と共に投げかけられた心からの労いに、ハーディとゲキは当然と言いたげに元気な声を返した。
今回のジム戦で、少しでも手ごたえを感じてくれたのならば、トレーナーとしてはありがたいところだ。

「みんな。出発は明日だけど、次のジム戦までポケモンバトルをする機会が結構ありそうなんだ。
ティニをバトルに慣れさせておきたいけど、できるだけみんな同じくらいバトルに出てもらおうと思ってる」

本題に入ると、ポケモンたちの表情が引き締まる。
アカツキはすでに次のジム戦を考えている……トレーナーがどのような想いを胸に抱いているのか、しっかりと理解しておきたいと考えているのだろう。
バトルサブウェイでどれだけポケモンバトルができるか分からないが、ティニの力量を計りつつ、他のポケモンたちのレベルアップも兼ねていかなければならない。
ポケモンたちの頑張りは言うまでもなく、トレーナーとしての裁量が試されるとも言えよう。

「やるからには勝つつもりで行くからな。みんな、頑張るぞ!!」
「クゥっ!!」
「ジャビっ」
「ばうっ!!」
「ダっ……!!」
『お~、任せとけ~っ!!』

アカツキの言葉に、全員が揃って言葉を返した。
ただならぬやる気を感じて、自然と気が引き締まる。

(たぶん明日中にはライモンシティに到着できるはずだ。
明後日に挑戦するかどうかは、到着した後でコンディションを確認してから決めてもいいかな)

聞いた話では、バトルサブウェイを降りて地上に出ればライモンシティの中心街らしい。
ジム戦を前に、コンディションを整えるのは当然として、その際に相手の情報を仕入れておくべきか。

(ノーマル、虫と来て、次はどんなタイプなんだろうな……後で調べてみるか)

ライモンシティはイッシュ地方随一の歓楽街。
あらゆる娯楽が集い、街の面積の二割以上を占めるとも言われる巨大な遊園地や、ポケモンミュージカルという風変わりな施設も建設されたとか。
そんな街のジムリーダーは、一体どんな人物で、どんなポケモンを繰り出してくるのか……疑問符を浮かべたところで、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

「……? はい、今行きます」

アカツキは声を上げると、戸口へ向かった。
廊下に立っている相手は彼の足音から接近に気づいたのか、扉越しに言葉を投げかけてきた。

「アカツキ、起きてる? ナナだけど……」
「ナナ?」

疑問符がもう一つ増えた。
昼食の後、夕食まで各自好きに過ごそうということで別れたのだが、夕食の時間にはまだ早い。
何かあったのかと思いながら扉を開くと、ナナがぎこちなさを感じさせる表情を浮かべて立っていた。

「ごめんね、いきなり。ちょっと話したいことがあって……時間、いい?」
「ああ、入りなよ」
「うん……ありがとう」

見たところ、深刻な悩みを抱えているわけではなさそうだが、奥歯にモノが挟まったような言い方が気になる。
せっかく頼って来てくれたのだから、力になりたい。
ナナを部屋に迎え入れると、ソロたちが口々に嘶いて彼女を歓迎してくれた。
ポケモンたちにニッコリと微笑み返す表情からは、思いつめた様子も見受けられない。
彼女を椅子に座らせ、アカツキはベッドに腰かけて正面から向き合う。

「話って?」
「うん。明日、バトルサブウェイに乗るでしょ? ちょっと、そのことで……」

バトルサブウェイ……?
確かに、ライモンシティへの移動手段とポケモンのレベルアップを兼ねた夢のような地下鉄だ。乗らない理由が見つからない。
夕食の席で話しても良さそうなのだが、わざわざ訪ねてきたのだから、彼女にとっては夕食を摂りながら片手間で済ませるような話ではないのだろう。

「ティニに実戦を経験させたいし、次のジム戦に備えてレベルアップも図っておきたいからさ。
足りないと思ったら明後日以降も乗ろうかなって考えてはいるんだけど、どうかした?」
「お願いがあるの。あたしと一緒に、バトルサブウェイに挑戦してほしいの」

アカツキの問いに、ナナは真剣な表情を浮かべながら言葉を返した。
バトルサブウェイに挑戦したい……つまり、ポケモンバトルをしたいということか。

「じゃあマルチバトルかな。構わないよ」
「え……」

断る理由はないし、マルチバトルはダブルバトルの練習にもなるから、こちらにとってもありがたい話だ。
アカツキが、彼なりの考えを持ってバトルサブウェイに臨もうとしているのは分かっていたから、自分本位な申し出に違いないと思っていたのだが……こうもあっさり首肯されるとは予想だにせず、ナナは鳩が豆鉄砲食らったように拍子抜けしていた。

「えーと……いいの? ホントに? ジム戦の前だよ?」
「うん。マルチバトルってパートナーとの息が合ってないと上手くいかないだろ?
ダブルバトルとかトリプルバトルでも活かせることがあるんじゃないかって思うんだよ」

彼は何も考えず、二つ返事でOKをしたわけではなかった。
マルチバトルはシングルバトルとは勝手が違う。シングルバトルとの違いが、他の形式のバトルにも応用できるのではないかと考えて、申し出を受けてくれたのだ。

「……………………」

アカツキは、しっかりとこれからのことを考えている。
そんな彼に、理由も告げずにお願いを聞いてもらうのは気が引ける。申し訳ない気持ちになる。
ナナは膝に置いた手を握りしめながら、胸の内を告げた。

「ムーちゃんが、プラズマ団に連れ去られたでしょ?」
「ああ。大変だったよな」
「あの時ね、分かったの。
あたし……アカツキたちに甘えてたんだって」
「……………………」

突然の独白に、アカツキは困惑を隠さずにいた。
甘えていたと言われても……むしろ、彼女は自分にいろいろと教えてくれた。甘えていたのは自分の方ではなかろうか。
だが、ナナが言いたいのはそういうことではなかった。

「いざって時はあたし自身がなんとかしなきゃいけないんだって。
いつでもアカツキが傍にいてくれるわけじゃないって、知らないうちに忘れちゃってたんだなって思ったの。
あの時だって、アカツキとアーティさんが駆けつけてくれなかったら、ムーちゃん、帰ってこられなかったかもしれないもん」
「……………………」
「あたし、精一杯バトルしたけど、手も足も出なかった。
でも、負けて分かったの。あのままじゃダメだ、あたしの大切な友達を守れるくらい強くならなきゃいけないって」
「そっか……」

口を真一文字に結び、真剣な眼差しを向ける彼女の真摯な表情に、アカツキは並々ならぬ意志……覚悟を感じたような気がしていた。
負けて初めて分かることがある。勝つよりも、負けることの方が学ぶことは多い。
ナナはそれまでポケモンバトルなどロクにしたことがなかったのだから、分からなかったのだとしても無理はない。
だが、だからこそ、あの一件が彼女の中にある『モノ』を変えたのだろう。

(ナナも強くならなきゃって思ってるんだな。だったら、なおさら断れないじゃん。オレだって頑張らなきゃいけないよな)

ポケモンバトルを見ることはあっても、まともに取り組んだことがないのでは、やはり雲泥の差がある。
バトルをやり始めたところでいきなり強くなれるわけではないが、そこのところは彼女も承知しているに違いない。
アカツキが思案しているのを見て、ナナが慌てて言葉を付け足す。

「あ、でもトレーナーになるつもりはないんだよ。その、自衛のためっていうか……」
「ナナの夢はブリーダーだろ? 分かってるって。
だったら、できることを一つ一つ頑張っていけばいいんだ。すぐ強くなれるわけじゃないけど、オレで良ければできるだけ付き合うからさ」
「うん……ありがとう。話ができて本当に良かったよ。なんか、スッキリした気分」

ブリーダーになりたいという夢を曲げてまで……というつもりがないのは百も承知だった。
アカツキが笑顔で頷き返すと、ナナはホッとした表情で小さく吐息した。
自分の足を引っ張ってしまうのではないか、無茶だと言われるのではないか。断られるのではないか。
そんな心配を抱えながら申し出たのだろう。
だが、それは杞憂に過ぎない。強くなりたいと本気で思う相手の願いを無下に扱う理由などないのだから。

「足引っ張るかもしれないとか、そんなの気にしなくていいからさ。
ジム戦じゃないんだから、気楽に行こうぜ」
「うん。あたし、頑張るね」
「おう、よろしくな」

アカツキが軽い調子で言いながら差し出した手を、ナナはギュッと握りしめた。
消えていく不安や心配の代わりに、安心感が泉のように滾々と湧き上がるのを感じて、自然と笑みが深くなる。
同時に、漲るやる気に突き動かされてか、ナナが席を立つ。

「そうと決まったら、ちゃんと勉強しなきゃ。アカツキ、また後でね!!」
「ああ。あんまり無理しすぎるなよ」
「大丈夫、分かってるよ。じゃあね~」

軽やかな足取りで退室する彼女の背中を見送り、アカツキは自分の目的を果たすのも程々に、彼女の成長も考えなければと思った。
ポケモンバトルで強くなろうと思うなら、PDCAが不可欠だ。
PLAN(目標の計画、設定)、DO(実行)、CHECK(評価)、ACT(改善)。
これを繰り返すことで策定した目標へと近づくという、主に企業活動に用いられるものだが、視点を若干変えることで多くの物事に応用が利く。
『やってみて、言って聞かせて、させてみて。褒めてやらねば人は動かじ』とも言うし、失敗してもリスクのないことならまず挑戦させてみるのが一番だ。
その点、バトルサブウェイはナナにとって最適と言える手段だろう。

(トレーナーとブリーダーじゃ目的地は全然違うけど、ナナは強くなりたいって思って、頑張ろうとしてる。
オレも、負けないように頑張らなきゃな……!!)

バトルサブウェイをさらなる成長の糧にしようと考えているのは、自分も同じだ。
ならば、互いにより高みへと到達できるように頑張りたいと思うのは自然な感情であろう。

「みんな、何も言わずに見守っててくれてありがとう。
明日はナナとバトルサブウェイに挑戦するけど、全力で頑張ろうな」

今の今まで黙っていたポケモンたちを振り返り、アカツキは謝意を伝えると共に発破をかけた。
嘶かず、揃って頷き返してくれた彼らに笑みを向け、今日はしっかり休養を取る旨を伝える。

「明日からまた忙しくなりそうだから、今日はしっかり休もう。
オレも夕方まではのんびりするつもりだからさ、みんなも思いっきり羽を伸ばしていいぜ」

言い終えるが早いか、仰向けに倒れ込む。
ポケモンたちに休養を勧めるなら、まずは自分が実践してみせなければ……彼らに対して模範を示すのがトレーナーの役目。
そんなトレーナーの心中を知ってか知らずか、真っ先にくつろぎ始めた彼に倣って、ポケモンたちも思い思いに羽を伸ばし始めた。






To Be Continued…
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