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いつかまた、どこかで……


共に行くと決まったからには、仲間たちと顔を合わせて親睦を深めてもらいたい。
そう思って、アカツキはベッドの傍らに置かれたモンスターボールをひったくると頭上に放り投げた。

「みんな、出てこい!!」

トレーナーの呼びかけに応えてボールが開き、中からそれぞれのポケモンが飛び出してきた。
ソロ、シャス、ハーディ、ゲキ。
ポケモンたちは飛び出すなり、アカツキの傍らに佇む小柄なポケモンに視線を向けた。

「クゥっ♪」
『おう、さっきはありがとな~』
「クゥ、クゥクゥっ♪」

灯台の地下室で遊んでいたソロが、パッと表情を輝かせる。
あれからどうなったのか、気掛かりに思いながらモンスターボールの中で過ごしていたのだが、アカツキ共々無事だったことを喜ばしく思ったのだ。
再会を喜ぶソロの傍で、ビクティニと初対面のシャスたちは「誰?」と言いたげに怪訝な面持ちだった。
アカツキが傍にいるのだから警戒するとまでは言わないが、自分たちと旅をすることになる相手なのかと見定めているのである。
初対面といえばエリーザも同じなのだが、人間である彼女よりも、自分たちに近いポケモンの方が気になるのだ。
少々凝り固まった気持ちを抱いているであろうシャスたちの胸中を察し、アカツキは笑顔でビクティニを紹介した。

「シャス、ハーディ、ゲキ。これから一緒に旅をする仲間だよ。
ビクティニのティニだ。明るくていいヤツだから、よろしく頼む」
「ティニ?」
「名前……でしょうね」

ティニとは、種族名から取った名前だろう。
突拍子もない名前よりは分かりやすくていいか……ナナは苦笑したが、エリーザはポケモンにニックネームをつけることを好ましく思っていた。
誰かが決めた種族名ではなく、親愛の情と共に名前を付けることで、自分と相手が対等の立場であることを示すと共に、余計な気遣いなどせずいつでも本音で接してほしいという想いを伝えるのだ。

(……と、いつだったかそんなことを言っていましたか。
まあ、あの子にそこまでの考えがあるかは分かりませんが)

かれこれ二十年近くも前にもなるか。
コウタと出会い、ライバルとして切磋琢磨していた頃に、子供っぽい性分に似合わぬ小難しい顔でそのようなことを言っていたのを思い出す。
あどけない顔立ちの少年を通じて旧友との思い出を振り返っていると、アカツキがティニをソロたちの前に押し出した。

「ティニ。みんないいヤツだから、仲良くしろよ。
性格はみんな違うけど、一緒にいて楽しいって思えるからさ」
『お~、任せとけ~♪
……って、ティニってオレの名前?』
「そうだよ。一緒に旅するんだから、名前がなきゃ。
ビクティニなんて誰かが決めた種族の名前で呼ぶんじゃ、他人みたいで淋しいじゃん」
『ん~、分かった~』

二百年以上も前になるが、ティニは富豪と共に暮らしていた頃も、ニックネームをつけられたことがないらしい。
だからこそ、違う名前をつけられて、その名前で呼ばれることに新鮮味を感じているようで、まんざらでもなさそうな表情を見せていた。
本人が気に入っているなら、ニックネームは問題ないだろう。
次は……

「ソロはさっきティニと遊んでくれたから、みんなと仲良くできるように間に入ってくれないか?」
「クゥっ」
「ああ、頼んだぜ」

他の誰よりもティニのことを理解しているであろうソロに間を取り持つよう頼んだが、頼まれた当人は任せておけとばかりに息巻いている。

(イッシュリーグはダブルバトルとかトリプルバトルもあるって話だし、今からコンビネーションを磨いていかないとな。
あと、ティニがどんな技を使えるのかも知らなきゃいけないな……後で聞いてみるか)

ポケモン同士で仲良くなってもらう大きな理由は、イッシュリーグにおけるバトル形式である。
ダブルバトルやトリプルバトルという特殊な形式でのバトルは、ポケモン同士のコンビネーション――阿吽の呼吸が重要となるのだ。
そこで、まずはコミュニケーションを図り、相互理解を深めるところから始めてもらいたい。
そして、ポケモンバトルに備えてティニの実力や技も把握しておきたい。
ポケモン博士であるアララギ博士でさえ知らない(ポケモン図鑑でも認識されない)ポケモンだけに、手探りで研究していくしかない。
ソロが間に入って和気藹々とし始めたところで、アカツキはエリーザに顔を向けた。
何でも訊ねて良いと言いたげな視線を受けて、口を開く。

「エリーザさん、イッシュリーグの四天王ですよね」
「ええ、そうです。その話をする前にリバティガーデン島の異変を見つけて、話す暇もありませんでしたが」

問いかけに、エリーザはあっさり頷き返した。
隠す必要は感じられなかったし、そもそも相手はそうと理解した上で質問をしてきたのだから。

「エリーザさん、アカツキが気づいてるんじゃないかって言ってたよ」
「そりゃあ、あれだけ父さんのことを知ってるんだったら四天王しかいないだろうし」

ナナの言葉に、アカツキは肩をすくめた。
公私混同をしないという実父の、仕事の話をそこまで知っている相手は同僚以外にはいないだろう。
眼前にいる淑やかな女性が、イッシュリーグ四天王……物腰から察するに、同じ四天王でもシキミやレンブよりも『上』かもしれないと思っていると、エリーザが改めて名乗りを上げた。

「改めて名乗りましょう。
わたしはイッシュリーグ筆頭四天王・エリーザ。先ほどシンボラーをお見せした通り、得意なタイプはエスパーです。
コウタとは同僚で、戦友で……そして、かけがえのない親友でした」

言い終えた時には、彼女の顔に朗らかな笑みが浮かんでいた。
親友の息子にすべてを打ち明けることができて、肩の荷が下りたと言わんばかりだが、実際にそうなのだろう。

(シキミさんが、筆頭四天王なら父さんのこと知ってるって言ってたけど……エリーザさんだったんだな)

落ち着いた物腰は鋼のごとき強靭さと、竹のごときしなやかさを兼ね備えているよう。
これが、チャンピオンに次ぐ力を持つ筆頭四天王……威圧感も迫力もないが、厳然とした『強さ』を感じさせる。

「エリーザさんは父さんとどんな風に出会ったんですか? ちょっと気になっちゃって……」
「あ、それあたしも気になる」

父の親友だったという彼女は、一体どのようにして出会い、絆を深めたのか。
アカツキは純粋な好奇心から訊ねたのだが、ナナは年頃の少女らしく『男女の馴れ初め』に興味があるらしい。

(興味のあるものには貪欲に食らいつくあたり、母娘ですね……)

目をキラキラ輝かせる少女がアララギ博士に重なって見えて、エリーザは苦笑した。
こちらも特に隠すほどのことではないし、せっかくなので話して聞かせよう。

「わたしがコウタと出会ったのは、今から約二十年ほど前のことです。
その頃のわたしは、イッシュリーグ優勝を目指して旅をしていました。今のアカツキ君と同じですね」

エリーザはイッシュ地方出身で、十二歳の誕生日にトレーナーとして旅立ってから、イッシュリーグ優勝を目標に腕を磨いていた。
旅に出て数年後、そろそろリーグに挑戦しても良いだろうと自信がついたところで、コウタと出会ったそうだ。

「声をかけてきたのはコウタの方でした。
ジョウト出身の彼にとって、見慣れないポケモンは皆新鮮に見えたのでしょう。
わたしのポケモンに興味が湧いたと言っていましたが、かくいうわたしも彼のポケモンに目を奪われていました。
言葉を交わすうち、互いに違う地方の出身であることが分かったのと、イッシュリーグ優勝を目指していることを知って意気投合しました」

初対面だというのに、コウタの人懐っこい性格もあってすぐに仲良くなり、互いに昔からの知人と話しているような気分になったと、エリーザは言った。
かけがえのない思い出を懐かしむ郷愁の面持ちは、イッシュリーグの筆頭四天王としてではなく、一人の女性としてのものだろう。
相当に親しい間柄だったのだろうと思っていると、エリーザは会ったその日にコウタとポケモンバトルをした話を聞かせてくれた。

「本当は三対三のシングルバトルだったのですが、互いにヒートアップして止められなくなって、気が付けばフルバトルになっていました。
互いに知らないポケモンが相手だというのに、一進一退のバトルは最後の一体まで縺れ込み、それから一時間以上も決着がつかなかったので、話し合いの上で引き分けとなりました」
「一時間……」
「トレーナーもポケモンも、真剣にバトルを楽しんでいたからこそそこまで長引いたのでしょうね」

出会ってすぐに挨拶代わりのポケモンバトル、は分かる。
だが、まさかフルバトルまで縺れ込むとは……しかも、互いに最後の一体だけで一時間以上も戦い続けるとは、どれだけ凄まじい戦いだったのだろう。
審判がいればある程度時間が経ったところで引き分けとするだろうが、審判どころか第三者すらいなかったとなれば、止めるに止められなかったに違いない。
そこまでのポケモンバトルを繰り広げたからには、その場限りの関係で終わりはしなかったのだ。
アカツキはすごいと感心しながらも、同時に羨ましく思った。
方々で子供っぽいと言われる実父には、今もなお懐かしみ、想ってくれる親友がいるのだ。そんな父親の息子であることを、誇りに思わずにはいられない。
胸の内が暖かくなるのを感じて顔を綻ばせるアカツキに笑みを向け、エリーザは言葉を続ける。

「コウタはイッシュリーグに出場するためにジョウト地方から渡ってきたそうです。
出会ったばかりではありましたけど、互角以上に戦えたものでしたから、互いに相手をライバルと強く認識するのは当然の流れでした。
それからは各地で出会う度に全力でぶつかって、切磋琢磨していきました。
勝つ時があれば負ける時もあり、出会った時のように引き分けに終わることもありました。
そして、その年のイッシュリーグの決勝戦で、わたしとコウタはこれまで培ってきたものすべてを賭して、雌雄を決するのです」
「……………………」

アカツキは唾を飲み下した。
イッシュリーグの本選――今の自分が当面の目標として目指している大舞台。
そこで、コウタとエリーザは全身全霊を賭して戦い、雌雄を決した。
シジマも、アララギ博士も。きっとその時の光景を、テレビを通して観ていただろう。固唾を呑んで見守っていただろう。
トレーナーとしての技量も、ポケモンの能力も、ほぼ互角。
どちらが勝ってもおかしくないだけに、結果が気になる。
逸る気持ちを抑えているつもりでも、隠そうとして隠せるものではない。
自然と前のめりになって、食いつくような眼差しを向ける親友の息子の面持ちに、微笑ましい気持ちが浮かぶ。
エリーザは一拍置いてから、続きを聞かせた。

「激戦に次ぐ激戦の末、勝利を収めたのはコウタでした。
とはいえ、あのバトルはどちらが勝ってもおかしくなかった……と、わたしもコウタも考えてはいました。
悔しい気持ちはもちろんありましたけど、それ以上に、彼の強さと健闘を素直に讃えたいという気持ちの方が強かったですね」

コウタに軍配が上がったものの、一片の悔いも残らぬほどに精一杯戦い抜いた。
悔しさはあっても、自分たちを下した相手の健闘を称え、死力を尽くして戦ってくれたポケモンたちに深い感謝を伝えたと、エリーザは言った。
出会いからイッシュリーグの決勝戦までの話を聞いただけでも、アカツキはコウタとエリーザの間にある絆の強さを感じ取っていた。

(オレのライバルはチェレンだけど、父さんとエリーザさんとは全然比べ物にならないや。
オレたちも……そんな風になれるかな)

旅立ったばかりの自分たちでは、歴戦のトレーナーたるコウタとエリーザと比べるべくもないのだろうけど……彼らのような関係こそが理想のライバルと呼べるのだろうと思う。
『次に戦う時はイッシュリーグ』と決めて別れた相手と、旅を続けるうちにどこかでバッタリ出くわすこともあるだろう。
その時はそれまで培ったすべてを出し切ってバトルして、互いの健闘を讃え合うことになるのかもしれない。
そうして切磋琢磨しながら、より高みへと登り詰めていければいい。
自分とライバルのこれからに想いを馳せていると、エリーザはその後のことを話してくれた。

「とはいえ、時が経つほどに悔しい気持ちというのは募るもので、わたしは翌年のイッシュリーグに出場し、雪辱を果たしました。
そして、決勝戦を観戦していたチャンピオンからスカウトを受けてイッシュリーグ四天王となったんですが、その数ヶ月後に四天王の一人が一身上の理由から職を辞することになって、適任はいないかと話を持ちかけられました。
コウタ以外にもライバルと呼べる間柄の相手はいましたが、その中でもやはり彼は別格でした……彼を推薦するのは当然のことと言えたでしょう。
コウタ自身も割と乗り気でしたし、チャンピオンもポケモンバトルの腕前に惚れ込んでいたようだったので、あっさりと了承をいただいて、四天王として共に働き始めました。
そこから先はシキミから聞いているでしょうから、わたしから改めて話すこともないでしょう」

イッシュリーグ四天王となったコウタは、引退までの数年間、ポケモンバトルで完全無敗を誇った。
エリーザの言う通り、シキミから話は聞いているし、四天王としての仕事の話は守秘義務などもあって聞けるものではないだろう。

(父さんのこと、少しは分かった気がする。
子供っぽいって言われてるけど、家族とかライバルとか、本当にいろんな人やポケモンを大事にしてきたんだって)

自分の知らない父の一面、交友関係の一端でも垣間見ることができて、より一層目標意識が高まったのは事実だ。
アカツキはエリーザに頭を下げ、謝意を伝えた。

「オレ、父さんのことずっと知りたかった。
子供っぽい性格で、だけど強いトレーナーだったってシジマ父さんからは聞いてたんですけど……それ以外のこと、全然知らなかったから。
コウタ父さんを知ることができて、本当に良かった。ありがとうございます、エリーザさん」
「マイカ以外ではわたしが一番彼のことを知っている……だから、わたしの口から話させるべきと考えて、多くを伝えなかったのかもしれませんね。
感謝は無用ですよ。その代わり、あなたはあなただけの道を突き進んでください。コウタの息子だからと身構える必要はないのですから」

痛いほど伝わる謝意に、しかしエリーザは頭を振った。
目標としている相手をより深く理解できたなら、なおのこと『相手のようにはなれても、相手と同じ道を行くことはできない』と分かるはずだ。
感謝の想いを力に変えて、夢へと続く果てなき荒野を突き進んでいってもらいたい。
厳しくも、暖かい……彼女なりのエールに、アカツキは拳を強く握りしめた。

(知らないところで、オレはたくさんの人に支えられてた。
だったら、これから頑張らなきゃ。オレが頑張って、夢を叶えることが支えてくれた人たちへの恩返しになるんだ)

恩を返すために頑張るのではない。
頑張って、頑張って、頑張り抜いて――自分の道を歩み抜いて夢を叶えるという結果が、恩返しになるのだ。
そのためには避けて通れないものがいくつもある。
もしかしたら、両手の指では数えきれないくらい存在しているのかもしれない。
その中の一つは……
アカツキは顔を上げ、エリーザの目をまっすぐに見据えた。
緊張に引き締まった面持ちに、刃を思わせる鋭い眼差し。
十数年前の、イッシュリーグ決勝戦――フィールド越しに向けられたコウタの表情を髣髴とさせて、エリーザは相対する少年の意図を察しながらも、口元に笑みを浮かべていた。

「エリーザさん。もし良かったら、オレとポケモンバトルをしてもらえませんか?」

相手は筆頭四天王。イッシュリーグのチャンピオンに次ぐ実力者にして、他の四天王と比しても頭一つ分以上は抜きん出ている存在だ。
四天王のシキミを相手に、相性のいいポケモンを出しても惨敗を喫した有様で真正面から勝負を挑むなど、正気の沙汰ではない。
だが……

(アカツキのことだから、避けては通れないと思ったんだろうね)

ナナは特段、驚きもしなかった。
旅立って間もなく、サンヨウジムの最強ジムリーダートリオに真っ向勝負を挑むなど、アカツキは格上の相手に勝負を挑むことに躊躇も恐れもない。
もしかしたら、筆頭四天王と知った上で挑むのではないか……と思っていたのだが、案の定だ。

「……………………」
「……………………」

如何ともしがたい実力差があることは最初から承知の上。
負けることになっても、バトルの中で一つでも二つでも得られるものがあるなら上等と考えているのは明らかだ。
ややあって、エリーザは頭を振った。

「今日はやめておきましょう。
あなたは起きたばかりですし、そんな状態ではあなた自身が満足するバトルには程遠いでしょう。
それに……」

言葉を途中で区切り、ソロたちに顔を向ける。
アカツキが視線を追うと、部屋の隅でポケモンたちが和気藹々とじゃれ合っている。
コウタの話を聞くことに夢中になるあまり、彼らがどうしているのか気づけなかった。
エリーザは『全力のあなたと戦いたい』と言ってはいたが、ポケモンたちのこともちゃんと見てやれと暗に言いたかったのかもしれない。

(うう、なんか恥ずかしいな……)

ソロたちを軽視していたつもりはないが、ちゃんと気を配ってあげられなかったことがどうにも恥ずかしい。
穴があったら入りたい気持ちに襲われながらも、アカツキは気を取り直し、エリーザの言葉を受け入れた。

「分かりました」
「もっと強くなったあなたと、全力で戦えることを楽しみにしていますよ」

四天王である彼女の『全力』は、今の自分がまともに戦ったら瞬く間に打ち倒されてしまうに違いない。
つまるところ……一日も早く全力で戦うに値するトレーナーになれと発破をかけているのだ。
イッシュリーグの出場資格である八個のリーグバッジをゲットした頃か、はたまたイッシュリーグで優勝できるだけの実力を身に着けた後か。
どちらにしても、頑張らなければならない理由がまた一つ増えたのは間違いない。

(望むところさ。
父さんが互角以上に戦ったっていうエリーザさんと戦えたら……オレも、父さんのように強いトレーナーになれるんだから)

やんわりとはいえ、バトルを断られたことに不満は感じていない。
むしろ、もっと頑張らなければという気になる。やる気の炎がいつになく燃え滾るのを感じるのだ。

「またどこかでお会いすることもあるでしょう。
わたしはこれで失礼しますが、しっかりと話ができて本当に良かったと思います。
では、今後とも気を付けて旅を続けてください。ご健勝をお祈りしていますよ」
「いろいろとありがとうございました、エリーザさん」

やる気になったアカツキに笑みを向けて一礼すると、エリーザは部屋を出ようと踵を返し――ふと、何かを思い出したように振り返る。

「一つ、言い忘れていました。ティニのことです」
「? ティニの……?」

ティニは自分と共に行くことになった。
知らないことはこれから知る努力をしていけばいい。
とはいえ、世間に知られていないポケモンではそれも簡単ではないだろうと思ってか、エリーザは助け舟を出してくれた。

「ティニはエスパータイプと炎タイプを併せ持っています。
とはいえ、使える技はわたしにもユイにも分かりません。あなた自身がティニと絆を深め、経験を積むことで知っていくしかありません。
そして、大変珍しいポケモンですから、プラズマ団やポケモンハンターに狙われることがないとも限りません。
共に旅をするのは平坦な道のりではないでしょうが、あなたたちならどんな障害も乗り越えていけるでしょう。
どうか、ティニに広い世界を見せてあげてください」
「はい、分かりました」

厳しい言葉は激励の裏返し。
アカツキが深々と頷き返すと、エリーザは満足げな笑顔で会釈し、部屋を出ていった。
遠ざかる靴音を小耳に挟みながら、視線をソロたちに向ける。
自分たちの会話など埒外とばかり、ティニを中心に和気藹々とした雰囲気でじゃれ合っている。
ソロが間を取り持ってくれていることもあるだろうが、ティニ自身が持ち前の性格を活かして皆に溶け込もうとしている結果だろう。

(心配はしてなかったけど、これなら大丈夫そうだ。
疲れるまでこのまま遊ばせておいてあげよう)

ソロたちも、新しく加わった仲間を気に入っているようにも見えて、アカツキはホッと胸を撫で下ろした。
疲れれば遊ぶのを止めるだろうし、気が済むまで好きにさせてやろう。

(それに……そろそろヒウンジムのジム戦のこと、考えなきゃいけないもんなあ)

エリーザによれば、ティニは炎タイプの持ち主とのこと。
ヒウンジムのジムリーダー・アーティは虫タイプのエキスパートだ。
防御面こそエスパータイプによって耐性が相殺されてしまうものの、攻撃面では強気に打って出られる。
とはいえ……

(ティニの特性とか技とか、全然知らないからなあ……)

自分のポケモンの戦い方を満足に知らない状態では、いくら相性が良くてもジム戦を挑むのは無茶を通り越して無謀である。
アーティは当分、プラズマ団の対応を各所と協議しなければならないため、その間はジムを閉めざるを得ない。
ジム戦を受けられる状態になったら連絡すると約束してくれてはいるが、それがいつになるか分からない以上、いつ連絡が来てもいいようにしておかなければ。

(さすがに今日は厳しいよな……明日あたり、バトルの練習をしっかりやっておきたいな)

ティニにポケモンバトルがどんなものか教えなければならないし、自分はトレーナーとしてティニの特性や技を把握しなければならない。
ジム戦までにやるべきことをしっかりやれるかどうか、時間が足りないのではないかと思うが、それでもベストを尽くすしかない。

(ソロとシャスじゃ相性が悪いし、ゲキは攻撃も防御も決定打にならないし……ハーディなら炎の牙とかで弱点を突けるけど、相手に近づかなきゃ攻撃できない)

灯台の地下室で出会った時のことを考えるに、ティニは近接戦闘よりも遠距離から技を放つ戦い方が得意だろう。
相手に近づかずとも弱点を突けるとすれば、大きなアドバンテージとなり得る。
無論、それはティニがしっかりとポケモンバトルを理解し、立ち回れるのが最低条件なのだが、そこはトレーナーの腕の見せ所だ。

(ティニを出すかどうかは別にしても、ポケモンバトルをちゃんと教えておかなきゃいけないな)

最低限のことは仕込むとして、ジム戦に出すのがそれでも不安ということになれば、最悪ティニ抜きで勝負することも考えなければならない。
とはいえ、それはその時になってみなければなんとも言い難いところではある。
できることなら今すぐにでも行動を起こしたいところだが……

(今はこのままにしてあげたいなあ)

楽しく遊びながら親睦を深め、互いに相手のことを深く知り、コンビネーションを発揮する礎としてもらいたい。
いずれそれが役に立つのだから……と、頭に浮かんだ苦しい言い訳に苦笑しつつ、アカツキは微笑ましげな表情をティニたちに向けていた。






To Be Continued…

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