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初顔合わせ


シッポウシティに戻ったのは、昼を少し回った頃だった。
宿泊者の多くが外出する時間帯だったためか、ロビーは閑散としていた。
カウンターに向かう途中、ナナが先に部屋へ戻ると言ったのだが……

「あたしは部屋に戻るよ。ゲキのポケモンフーズ、作ってあげたいから」
「助かるよ。好きな味とかは……分かる?」
「アカツキ、さっき疲れて寝てたでしょ?
あの時に味見してもらったんだ。試作品だったけど、気に入ってくれたみたい」

ゲキとの激しい組手で疲れて眠っている間に、そんなことがあったとは……だが、アカツキにとってはありがたい申し出だった。
早いうちにお願いしようと思っていただけに、渡りに舟だ。

「ありがとう。お願いするよ」
「オッケー。じゃあ、また後でね」

小走りに部屋へ向かったナナの背中を眺めるのも程々に、カウンターへ。
ジョーイにゲキの回復を頼み、近くの椅子に腰を下ろす。
途中で『小休止』を挟んだし、さほど疲れも残っていないだろうと思っていたのだが、身体は正直だった。
背もたれに身体を預けた途端、疲労感が重石のようにずしりと圧し掛かってくるのを感じて、アカツキは深々と嘆息した。

(今日はしっかり休まなきゃいけないな。明日には出発したいし……)

次の目的地はヒウンシティだ。
イッシュ地方に上陸して最初に訪れた巨大都市だが、次のジムはそのヒウンシティにある。
カバンからタウンマップを取り出し、膝の上で広げる。
ヒウンシティはヤグルマの森を抜け、スカイアローブリッジを渡った先に位置する。
イッシュ地方の海の玄関口の一つで、主立った官庁が集中する行政特区でもあるのだ。
また、観光業にも力を入れており、摩天楼から見下ろす煌びやかな夜景やサンセットクルーズといった観光ツアーも催されている。
先日はナナとアララギ博士と待ち合わせをしていたし、すぐカノコタウンに向かうことになったため見て回る時間もなかったが、ジム戦を終えた後は休息がてら観光に回るのもいいだろう。
観光に傾きかけた意識も、すぐジム戦に引き戻される。

(ヒウンジムのジムリーダーはどんなポケモンを使ってくるんだろう……)

格闘タイプのゲキを仲間に加えたことで、新たにノーマル、氷、鋼、悪タイプの弱点を突くことが可能となり、戦略の幅は大きく広がった。
無論、これで全タイプのポケモンの弱点を突けるかと言われれば答えはノーであり、単タイプの弱点を突くことができても、複合タイプにより弱点を打ち消し合うようなポケモンの場合はなおのこと弱点を突きづらい。
ヒウンジムのジムリーダーのタイプによっては、相性の時点で不利な戦況を強いられる可能性も否定できないだけに、現状で弱点を突けないタイプに強いポケモンを揃えておきたいところである。
ヤグルマの森を抜ければ、ヒウンシティまで野生のポケモンが現れる場所はない。
スカイアローブリッジは上層が自動車専用道路、下層が電車線路という二層構造で、とてもポケモンが入り込める余地がないのだ。
あるいは、ヒウンシティに到着した後、ジム戦に臨む前に近場で新たなポケモンを迎えるという選択肢を考慮してもいいだろう。
今すぐ必要なことではないが、バランスのいいチームを組むためにいずれは必要となることだ。
ただ、とりあえず今は……

(ゲキの回復が終わったら、みんなと顔合わせをして……それからゲキが使えそうな技を調べてみるか)

格闘タイプの技についてはそれなりに詳しいつもりだが、それぞれのポケモンに合った使い方がある。
ゲキは空手ポケモンという分類をされているだけに、空手チョップなど相手を直接殴りつける技が得意そうだが、他にも使えそうな技があれば頭の隅に入れておくべきだ。
考え事をしていると、風が吹き込んできた。
顔を向けると、チェレンが悠然とした足取りで入ってくるのが見えた。相変わらずの無表情ながら、口の端が緩んでいる。

(チェレン、ベーシックバッジをゲットできたみたいだな。良かった)

チェレンはアカツキに気づいて口の端の笑みを深め――そのままカウンターへ。
ジョーイにモンスターボールを二つ預けると、隣に腰を下ろしてきた。

「僕より先に戻ってるとは思わなかったよ。首尾は上々だったようだね?」
「ああ。念願の格闘ポケモンゲットだよ」
「君にとってはどのタイプより慣れてるんだもんね。これで鬼に金棒かな?」
「まあな。チェレンはジム戦が終わったんだろ?」
「もちろん、バッジをゲットしてきた」
「おめでとう。お互い、初めてのバッジだな」
「あと七個……まだまだ始まったばかりだよ」

アカツキの言葉に頭を振りつつも、チェレンは口元に笑みを浮かべていた。
バッジをゲットできてうれしいが、言葉の通り、イッシュリーグ出場までの道のりはまだまだ遠い。
喜びは胸に秘めておくとして、今後のジム戦に向けて気を引き締めなければ……そんな風に考えているのだろうと思い、アカツキは拳を握り固めた。

(そうなんだよな……あと七個、バッジをゲットしなきゃイッシュリーグには出られないんだ。頑張っていかないと)

先は長いが、しっかりと足元を踏み固めながら進んでいくしかない。
……と、ナナの姿が見えないことを疑問に思ったチェレンが訊ねてきた。

「ナナは?」
「部屋に戻ったよ。ゲキのポケモンフーズを作ってくれてるんだ」
「ゲキ? もしかして、新しくゲットしたポケモンのこと?」
「ああ。ダゲキなんだ」
「へえ……」

新しい仲間の喜ぶ顔見たさに、ポケモンフーズ制作に奮闘するナナの姿が頭に浮かんで、チェレンは口の端を緩めた。

「出発は明日でいいのかい?」
「オレは大丈夫だよ。チェレンはやり残したこととかない?」
「問題ないよ。
明日の出発に響いちゃ困るし、僕は部屋で休むよ。ジョーイさんには、回復が終わったら部屋に届けてくれるようお願いしておくから」
「そっか。じゃあ、また後で」

気を遣わせてしまっただろうか……部屋へ向かうチェレンの後ろ姿を眺めながら、少しばかり申し訳ない気持ちになったが、だったら回復が終わり次第、ソロたちと顔合わせを済ませてしまおう。

(なんか、みんなに良くしてもらってばかりだし、いつかちゃんと穴埋めというか恩返ししなきゃなあ)

そんな考えが伝わったら『仲間なんだから当たり前だよ』と笑われてしまいそうだが、互いに支え合うのが友達で、仲間なのだ。
自分にできることをしていこうと思ったところに、ジョーイがやってきた。

「回復が終わりましたよ。すっかり元気になりました」
「ありがとうございます、ジョーイさん」

派手にやらかした割には、ずいぶんと回復が早い。
回復装置の性能が良いのか、ゲキの体力回復が早いのか……どちらにしても、一秒でも多く仲間と触れ合う時間を作れるのはありがたい。
アカツキはゲキのモンスターボールを受け取ると席を立ち、場所を中庭に移した。

「ソロ、シャス、ハーディ。出てこい!!」

モンスターボール三つを手に取って、頭上に軽く放り投げる。
呼びかけに応じて、三体のポケモンたちが我先にと飛び出してきた。

「クゥっ♪」
「ジャビ~っ」
「ばうっ……」

ボールの中は退屈だと言わんばかり、外に出るなり身体を伸ばしたりしてくつろぎ始める。
しばらく身体を動かしたところで、揃ってアカツキを見上げる。

「みんな、新しい仲間を紹介するよ」
「クゥっ?」

新しい仲間……その一言に、ソロたちの視線がアカツキの握るモンスターボールに向けられた。
苦楽を共にする仲間に期待を抱いているのだろう。

「ゲキ、出てこい!!」

呼びかけに応じてボールの口が開き、ソロたちの前にゲキが飛び出してきたのだが……彼らの視線を受けて少し戸惑っているようだった。
見知らぬポケモンたちが何かを期待するような眼差しで自分を見ているのだ、致し方ない。

「……………………」

真面目な性分が災いしてか、緊張しているようだ。
自分よりも小さく、身体つきも貧弱と言わざるを得ない相手だが、仲間だと認めれば緊張することもないだろう。
ここはトレーナーとして、一肌脱ぐとしよう。

「みんな、新しい仲間のゲキだ。
初対面で緊張してるみたいだけど、真面目でいいヤツだからさ。仲良くしてやってくれよな」

ゲキの肩に手を回し、仲間として親しくしたいと思っていることをアピールする。
さり気ない口調と仕草が功を奏してか、ソロたちはゲキに好印象を抱いたようだった。

「クゥっ♪」

尻尾を振りながら、ソロがフレンドリーな笑顔で話しかける。
シャスとハーディも新しい仲間を歓迎すると言わんばかりに話しかけたが、ゲキの表情はどこか固く、ぎこちない。

(ヤグルマの森で修業ばっかりしてて、他のポケモンと仲良くする機会がなかったのかもしれない。
でも、これからは一緒に頑張っていくんだし、早いところ慣れてほしいかな)

真面目でストイックなゲキらしいと言えば聞こえはいいが、互いに支え合って頑張っていくのだから、仲間と『共に在る』ことを覚えてもらいたい。

「……………………」

仲間とはいえ、初対面で他人も同然の相手である。
それなのに、ソロたちは警戒感など微塵も滲ませることなく、無防備に笑顔など浮かべていられるのだろうか。
硬い表情を崩せずにいるゲキの、心の垣根を音もなく壊してのけたのはシャスだった。

「ジャビっ♪」

陽気な声を上げながら、首元から伸ばした蔓の鞭をゲキの手首に巻きつける。
草タイプのポケモンにとって、平時に蔓の鞭を相手に巻きつけるのは親愛の感情を抱いていることのサイン。
自らの身体の一部を委ねるに値する相手であると伝える行為――とゲキが認識しているかは分からないが、彼女の明るい雰囲気に心を解されていくのを感じずにはいられなかったようで。

「……………………」
「……………………」

手首に巻きつけられた蔓の鞭をじっと見やるゲキ。
戸惑っているように見えて、本当は照れているのだと、アカツキは見抜いていた。
いじらしく見えるが、なんとも微笑ましいではないか。

「クゥっ、クゥっ♪」
「ばうっ、ばうばうっ」
「ジャビ~っ♪」

ソロたちは異口同音に『遊ぼう!!』とゲキを誘った。
自分たちはキミのことをもっと知りたい。キミには自分たちのことを知ってほしい。
仲間として共に旅をするのに、相互理解は必要不可欠。そのためにはスキンシップが一番なのだ。
とはいえ……

「……………………」

『一に修行、二に修行、三、四がなくて五に修行』とばかりに修行漬けの日々を送ってきたゲキには、遊ぼうと言われても正直ピンと来ない。
助けを求めるように向けられた表情は困惑の色が濃く、嫌がっているわけではかった。

「ゲキ。今まで修業ばっかりで、こういうのあんまり慣れてないと思うけど……緊張しっぱなしじゃ疲れるだろ?
ソロたちと遊んでこいよ。話をするだけでも違うだろうし、オレはここにいるから大丈夫だよ」
「…………ダっ」

アカツキが言葉で背中を押すと、ゲキは大きく頷き返した。
しばらくはぎこちない状態が続くんだろうか……などと思ったが、杞憂に過ぎなかった。
仲良くなりたいという気持ちが思いのほか強いようで、すぐさまじゃれ合い始めたのである。
少し離れた場所で見守りながら、アカツキは微笑ましい気持ちで胸を満たしていた。

(真面目で融通が利かないのかなって思ったけど、そういうわけでもないんだな。
でも、楽しそうにしてるし、これならオレがあれこれ言わなくても大丈夫そうだ)

真面目な性分でも、一度心を許した相手には自分のすべてをさらけ出せるのだろう。
互いに楽しみ、相手を理解しようと努めているのだから、自分が出しゃばる必要もない。見守るだけで十分だ。
ソロたちが和気藹々とした雰囲気を思う存分満喫しているのを尻目に、アカツキはタウンマップを膝の上に広げた。
もう一度、次の目的地について確認しておこうと思い立ったのだ。

(ヒウンシティって普通に歩いてたら迷っちゃいそうなんだよな……大都市とか行ったことないし)

ヒウンシティがイッシュ地方最大の都市であることは周知の事実だが、高層ビル群が屹立するその足元はメインストリートやサブストリートのみならず、毛細血管のごとく細い路地が存在している。
案内表示の整った大通りですら十本近くあるのだから、迷子にならないように気を付けなければならない。

(……ああ、ヒウンジムはここか)

まずは、ポケモンセンターとヒウンジムの位置関係と道中の目印を確認しておけばいいだろう。
タウンマップによると、ヒウンジムは港に程近い南部のポケモンセンターから大通り沿いに歩いていけばたどり着けそうだ。
これなら迷う心配もないか……そう思ったところで、手首に何かが触れる感覚。
顔を向けると、紐のようなものが手首に巻きついている。シャスの蔓の鞭だ。

「シャス……?」

蔓の鞭を辿った先には、シャスの笑顔。
尻尾を左右に振って、一緒に遊ぼうと誘っているようだ。

(こりゃ、断れないなあ……)

一頻り触れ合って、ゲキと親睦を深められたのだろう。
短い時間ではあるが、ソロたちはコミュニケーション能力が高いのだ。その辺りはシャスの笑顔を見れば十分に理解できる。
実際、ゲキも柔和な表情を浮かべているし、互いに仲間と認め合い、心を許したのは明らかだ。

(よし、オレも行くか……!!)

いい雰囲気を、自分も満喫してみたい。
ポケモン同士がコミュニケーションを深めるだけでなく、トレーナーが加わることで見えてくるものがあるかもしれない。
アカツキはタウンマップをカバンに仕舞うと立ち上がり、和気藹々としたポケモンたちの輪に加わるべく駆け出した。






To Be Continued…

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