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因縁の出会い


「キミのポケモン……今、話していたよね……?」
「話してたって、誰が?」

目の前にいたのは、薄い緑の髪を背中に伸ばした、端正な顔立ちの少年だった。
背丈が高い分、細身の身体は華奢さを殊更に引き立てていて、どこか頼りなげに見える。
アカツキは見知らぬ少年が歩み寄りながら投げかけてきた質問に警戒感を滲ませることもなく言葉を返したが、チェレンは不躾な態度を不快に感じたのか、相手を睨みつけていた。
少年は鋭い眼差しを向けるチェレンを気にするでもなく、アカツキの前で足を止めると、不思議そうな表情で見上げてくるソロに微笑みかけた。

「キミが連れているそのポケモンだよ。
……今、話しただろう?」
「ソロのことか? 話した、って……?」

『話した』という表現に、アカツキは首を傾げた。
言葉を用いてこそ『話す』のであり、彼を含めたほぼすべての人間はポケモンが話すのではなく『声を上げる』としか認識できない。
しかし、少年はアカツキの在り来たりな返答に嘆息し、頭を振った。

「そうか……キミたちにも聴こえないんだね」
「キミ『たち』って、僕もいつの間にか数に入ってるのか」

アカツキとソロしか見ていないと思っていたが、まさか自分まで頭数に入っているとは……チェレンは少年の挙動に理解の範疇を超えた何かを感じてため息を吐いた。
少年は彼の茶々を完全に黙殺したが、その自己紹介に対してチェレンは意趣返しと言わんばかりに皮肉めいた口調で返した。

「さて……自己紹介が遅れたね。ボクはN(エヌ)。キミたちは?」
「僕はチェレン。こっちはアカツキ」

面識のない相手でも、最低限の礼を失さぬよう気を付けるべし――シジマの教えに遵って、アカツキはNと名乗った少年に頭を下げた。
改めて向き合ってみれば、なんとも不思議な雰囲気をまとった少年である。
先ほどのゲーチスとかいう男とはまた違った、常人とは一風違った人物に見受けられた。

「キミたちも、ポケモンをモンスターボールに入れているんだね。
……ボクもトレーナーだが、いつも疑問に思っているんだ。
どうして幾多のポケモンをモンスターボールに閉じ込めるんだろうって。
それで、ポケモンたちはシアワセなのかって……」
「…………閉じ込めてる?」
「僕たちが、ポケモンを?」

Nが続けて投げかけてきた言葉の意味を、アカツキとチェレンは理解しかねていた。
トレーナーやブリーダーはポケモンをモンスターボールに入れて連れ歩いているが、それは閉じ込めているわけではない。
そもそもそういった認識を抱いたことがないがゆえに、彼の言葉が意味するものを理解できなかったのだが……実に嘆かわしいと言いたげに、Nは頭を振った。

「そうだよ。つくづく疑問に思うんだ。どうして、ポケモンをいつも外に出さない?
モンスターボールって居心地がいいらしいけど、だからって必要な時以外中に入れておくなんて、そんなの閉じ込めているのと同じことだよね」
「違う」
「…………?」

半ば独白めいた言葉は、ポケモンをモンスターボールに『閉じ込めている』トレーナーやブリーダーへの明確な非難。
しかし、アカツキはNの目をまっすぐに見つめ返すと、即座にその言葉を否定した。
真正面から言葉を投げ返されるとは思っていなかったのか、彼は眉を上下させた。表情こそ変化に乏しかったが、それなりに驚いているらしい。

「オレはソロ……このゾロアをずっと外に出してるけど、それはソロがモンスターボールの中が嫌だって言ってるからだ。
嫌がるポケモンをモンスターボールに入れたりしないし、ポケモンがその気にあれば、ボールの外に出てくるのは簡単だって父さんも言ってた。
だから、閉じ込めるなんて表現は間違ってる」
「…………そうだね。ポケモンはその気になれば僕たちをどうにかして逃げ出すことだってたやすい。
それをしないのは、僕たちと一緒にいたいと思ってくれてるんだって信じてる。
キミの言葉にも一理あるけれど、そんなことをしてるトレーナーはごく一部なんじゃないか?」
「……………………」

アカツキとチェレンは、それぞれが思っていることを率直に言葉にした。
二人がかりで投げかけた言葉を撃墜されながらも、しかしNは大して気にする風もなく、むしろしっかりと自分の意思を持っていることに好感を抱いたようで、口の端を緩めた。

「そうだね……アカツキと言ったか。
キミのポケモンの声を、聴かせてもらおう」

トレーナーよりもポケモンに話を聞いた方が早いと思ってか、Nは膝を折るとソロに話しかけた。
呪文を思わせる、言葉の体を成していないような文言の羅列にしか聞こえなかったが、言葉の途中でソロがNに嘶きを返し始めた。

(ソロが返事してる……もしかして、ポケモンの言葉をしゃべってるのか?)

予想外の展開に、アカツキとチェレンは揃って鳩が豆鉄砲食らったような表情を見せた。
ソロの様子を見る限り、しっかりとしたやり取りをしているように思えたからだ。
何年も一緒に過ごしてきたアカツキでさえ、ソロが何を考えているのか、訴えかけているのか……分からないと思うことが時々あるのだ。
にもかかわらず、Nは初対面のポケモンと『言葉』を交わしている……目の前の光景は、言葉による完全な意思疎通。
Nとソロのやり取りは一分弱続き――その終わりを告げたのは、Nの驚愕の声だった。

「そんなことを言うポケモンがいるのか……!?」

声に違わず、表情もまた驚きに染められていた。
少なくとも、ソロがNを怒らせるようなことを言ったわけではなさそうだが……

(……ソロ、あいつに何を言ったんだ?)

気になるのに、理解する術を持たないとは……アカツキは悶々とした気持ちを持て余していたが、すぐに気を取り直した。
二人の間でどのような言葉が交わされたのだとしても、誰かの悪口や愚痴でないことは確かだ。ならば、必要以上に立ち入る必要はない。
アカツキが怪訝な眼差しを向けていることなど気にするでもなく、Nは立ち上がるなり深呼吸した。
数回の深呼吸で気持ちを落ち着けてから、Nはソロに笑みを向けた。

「キミはそんな風に思うんだね。
……だけど、モンスターボールに閉じ込められている限り、ポケモンは完全な存在になれない。
ボクはポケモンというトモダチのために、世界を変えなければならないんだ。
それじゃあ……」

言い終えるが早いか、Nはアカツキたちに背を向けて、その場から立ち去った。
一体何がどうなっているのか……アカツキは首を傾げた。
Nはソロの言葉に納得しきれないといった様子だったが、むしろそれは自分たちのセリフだ。
何が何だかよく分からないが……変わった人だ。

「なんだったんだ……?」
「さあ……」

自分たちの理解が及ばない話をしていたわけではないだろうが、Nの人物像はまさにそれだった。
雑踏に消えたNの背中を見やり、アカツキは思案した。
ソロは人当たりこそいいが、初対面で得体の知れない相手には相応に警戒感を滲ませる性分だ。
しかし、そういった気配は感じなかった……普通に会話に応じていたところを見るに、Nはポケモンにとって『心地好い』タイプの人間なのかもしれない。

(ポケモンとの付き合い方か……まあ、オレは今まで通りでいいと思うけど)

モンスターボール云々にしても、NにはNの信じる考えがある。
考えや価値観は各々違うのが当然で、他者と違うからといって論って叩いて良いものではない。
誰に何を言われても、今までと同じように接していくだけだ。
またどこかで会うことがあったなら、その時は腹を割って話してみたいところだが……

「アカツキ、チェレン~♪」

喜びを感じさせる声に振り向くと、ナナがパンパンに膨らんだ買い物袋を両手に下げながら歩いてきた。
声音に違わぬ表情で、満足な買い物ができたようである。
アカツキとチェレンは、戦場のごとき苛烈な場所から無事に帰還した彼女を笑顔で出迎えた。

「お帰り、ナナ」
「うん。ただいま」
「いっぱい買ったんだね。目的のものは手に入れられた?」
「もちろんだよ。ソロやハーディのポケモンフーズをたくさん作ってあげなきゃいけないからね」

チェレンの言葉に頷くと、ナナは両手の買い物袋を掲げながら興奮しきった声で戦果の程を強調した。
ポケモンブリーダーとして尋常ではないやる気を滲ませている彼女に水を差すのは躊躇われて、アカツキはこの場であったことを敢えて伝えないことにした。

「……………………」
「……………………」

チェレンはどう考えているのか気になって視線を向けてみると、彼も同じことを考えていたようで、小さく頷き返してきた。
ゲーチスとかいう男がポケモンを解放しようなどと演説ぶっていたことや、その後に現れたNという少年がポケモンをモンスターボールに閉じ込めていた云々など、話したところで仕方がない。
二人が視線を交わすのを疑問にさえ思わなかったようで、ナナは意気込みをそのままに声を張り上げた。

「よーし、みんなのポケモンフーズ作っちゃうよ♪」
「そりゃ楽しみだな、ソロ」
「クゥゥゥっ♪」

重ねて言葉をかけると、ソロは早く激辛ポケモンフーズを食べたいと言いたげに尻尾を振った。
アカツキを見上げる双眸は、本当にそれでいいのかと問いかけているようにも見られたが、アカツキは敢えて知らぬふりをした。






「できたら部屋に持っていくから。それじゃ!!」

ナナはポケモンセンターに戻ると今晩宿泊する部屋に籠り、すぐさまポケモンフーズの製作に取りかかった。
勢いよく閉じられたドアの向こうでドタバタと響く物音を耳に挟みつつ、アカツキとチェレンは廊下を挟んだ反対側の部屋へ。
二つあるうち手前のベッドに腰を下ろし、アカツキは深々と息を吐いた。
ため息のつもりはなかったが、チェレンにはそのように見えたらしい。

「旅立ったばかりだけど、いろんなことがあったような気がするね」
「そうだよなあ。
でも、もっといろんなことに振り回されてヘトヘトになることもあるだろうし、これくらいでへこたれちゃいられないよ」
「まあ……それもそうか。大変なのはむしろ君だったんだもんね」

チェレンはアカツキの答えに深々と頷き返した。
掻っ攫われたポケモンフーズを取り戻すべく奔走し、シャスと共にその『犯人』にバトルを挑み、見事ゲットした後はカラクサタウンまで一気に突っ走って……今日一日、一番大変だったのはアカツキだ。
確かに、旅を続けるうちにもっと大変な局面に立たされることもあるだろう。今から泣き言を並べていては話にならない。

(参ったね……ここまでバイタリティがあると、ついていくのも大変かな)

自分から同行すると言った手前、前言撤回というのはあり得ない。
ならば、アクティブなアカツキに徹底的に食らいついていくしかないだろう。
チェレンが嘆息と同時に気持ちを固めていると、ソロがアカツキのベッドに飛び乗り、ごろんと寝転がった。
今晩、ここで寝泊まりすると理解したらしい。

「後でナナがポケモンフーズを持ってきてくれるって言うから、それまでゆっくり休んどけよ」
「クゥっ」

後でまたご馳走を堪能できると、ソロは上機嫌に嘶くと目を閉じ、寝息を立て始めた。
シャスとハーディもベッドで寝かせようか……そう思ってボールに手を触れたが、やめておいた。ボールの中でゆっくり休んでいるところを邪魔するのも気が引ける。
ナナがポケモンフーズを作って持ってきてくれるまで、それなりに時間がかかるだろう。
その間、何もしないわけにもいかないし、どうしようか。
手持無沙汰と言いたげな様子のチェレンを見やり、不意に思い立つ。

(そういえば、初めて会った時になんか敵意みたいなのを感じたけど……訊いてみるか)

今は友達として普通に接してくれているが、初対面の相手に敵意を向けていたのだとすれば、何かしらの事情があって然るべきだ。
ナナがいる前では訊きづらいし、せっかくの機会だ。
バッグからポケモン図鑑を取り出そうとしたチェレンの出鼻を挫くタイミングで、アカツキはチェレンに訊ねた。

「チェレン。訊きたいことがあるんだけど、いいかな」
「なんだい? 改まって」

そんな風に言わなくても、なんでも訊いてくれていいよ。
気さくな口調は、何を訊ねられても困ることはないと言いたげですらあって、アカツキは彼の気持ちを汲んで率直に訊ねた。

「昨日、オレと初めて会った時なんだけどさ。
チェレン、なんかオレに敵意みたいなの抱いてなかった?
気のせいだったらそれでいいんだけどさ……なんか気になっちゃって」
「……………………」
「あ、言いたくないんだったら別にいいんだ。
無理に聞き出したいとか思ってるわけじゃないし、オレの勘違いだっただけかもしれないし」
「……鋭いね。気づいてなかったかと思ったけど、やっぱりごまかせなかったか」

若干の間を置いて、チェレンは観念したように小さくため息を吐いた。
アカツキが軽い気持ちで、興味本位で訊ねたのではないと理解しているつもりだ。
答えを急かすことなく、こちらの言葉をじっと待っている相手の顔を真正面から見据え、口を開く。

「僕は君に初めて会った時、どうしようもない苛立ちを覚えたんだ。初対面の相手に、無礼極まりないって……今はそう思うよ」

苛立ち……それが積み重なって敵意へと変貌したのだろうか。
気持ちを絞り出して紡いだ言葉には、言いようのない重みが感じられる。

「君にとってはあまり気持ちのいい話じゃないけど、それでも聞きたい?」
「ああ。
オレにとって都合が悪いことだとしても、知っておいた方がいいって思うんだ」
「そっか……」

その重みには、軽い気持ちでは向き合えない気がする……アカツキは真正面から彼の言葉を受け止めようと思った。
強い意気地を真剣な眼差しから感じ取り――だからこそ、抱いていた想いを包み隠さず打ち明けよう。チェレンは呼吸と共に気持ちを整えると、言葉を発した。

「ナナから聞いたんだけど、君は五年前にご両親を亡くして、ジョウト地方の知り合いに引き取られたんだってね」
「うん」
「僕がナナに出会ったのは、君がジョウト地方に引き取られてから何日か経ってからのことだったんだよ」

両親を亡くした自分が、シジマに引き取られてジョウト地方で暮らし始めた頃――なぜ五年前の話を始めたのかと思ったが、もしかしたらその辺りから始まっているのかもしれない。
……と思いつつ、チェレンの言葉に耳を傾ける。

「僕の父さんとナナのお母さんは大学時代の友人でね。
その縁もあって、僕の家族はカノコタウンに引っ越してきたんだ。
初めてナナに会った時、彼女はベッドの上で泣いていたんだよ」
「……………………」
「なんで泣いてるのかって聞いたら、仲良くしていた友達がいなくなってしまったからだって答えが返ってきた」
「オレのことだよな……?」

アカツキが抑揚のない声で訊ね返すと、チェレンは小さく頷いた。
自分の知らないところでそんなことがあったとは……頭をガツンと殴りつけられたような心地だった。

(ナナ、オレがいなくなって泣いてたのか……知らなかった)

シジマに引き取られた後も、しばらくは自分のことで精一杯だった。
数日間はベッドの上でソロと寄り添い合って、周囲との交流を完全に拒絶していた……その後も、少なくとも一ヶ月程度は新しい環境に慣れなければと必死だったのを覚えている。
ナナのことまで気が回るだけの余裕など望むべくもなかったし、病弱ではあるがそれなりに元気にしているのだろうと考えて、連絡も取らなかった。

(ヒウンシティで久しぶりに会った時は元気そうにしてたから、安心しちゃってたけど……本当は辛い想いをしてたんだな)

再会した時に見せていた明るさは、ずっと抱えていた淋しさの裏返しだったのだろうか……?
彼女の笑顔を額面通りに受け取って、その裏に秘められていた感情も知らずに安心していたのか……事情を知らなかったことを差し引いても、そうと知ってしまったからには『気にしない』という選択肢は考えられなかった。
アカツキが思いのほか深刻に捉えているのを申し訳なく思いつつも、チェレンはさらに踏み込んだ話をした。

「君と顔を合わせた時、ナナと明るい雰囲気で話をしているのを見て思ったんだ。
君がいなくなったからナナは泣いてた……そんなことも知らないで、いい気なものだってね。恥ずかしい話、結構頭に来ていたよ。
もちろん、君はそのことを知らなかったんだろうから、それを責めるのは筋違いだって頭では分かっていたけれど。
……まあ、それだけだよ。バトルをして、まっすぐなトレーナーだって分かった。
話をして、裏表のない人だってことも分かった。
だから、今はそんな風には思ってない。僕の大切な友達だ」
「そっか……ありがとう、チェレン。
ナナがそんな風に思ってたなんて知らなかったけど、だからこそ分かって良かったと思うよ」

小気味のいい話とは言えなかったが、友達が自分の知らないところでそんな想いをしていたことが分かって良かったと、アカツキは率直に思った。
ナナに訊ねたところで否定されるに決まっているし、チェレンが話してくれなければ彼女が悲しんでいたことさえ知らないままでいたかもしれなかったのだ。
彼女が明るく振る舞っていたのは、五年間会えずにいた淋しさの裏返し……自分のことを大切に想ってくれていた彼女に、報いることはできるのか。いや、報いなければならない。
アカツキが拳を固く握りしめているのを見て、チェレンもまた話して良かったと思っていた。

「君は本当に不思議だ。普通、そういうことを聞いてそこまで清々しくしてはいられないよ」
「んー、別にそんなつもりはないんだけどな。
何があったか分かんなきゃ、これからどうするかって考えられないじゃん。それだけさ」

耳を塞ぎたくなることでも、知らなければその先を考えることなどできはしない……同い年の少年が軽い調子で紡いだ言葉には、しかし辛い過去を乗り越えてきたという自信がみなぎっているようだ。

(参ったね……まあ、こうなるんじゃないかとは思ってたんだけど)

都合の悪い言葉でも真正面から受け止め、しっかりと受け入れる姿は、本当に同い年なのかと思ってしまうほどだ。
だが、清々しいまでの潔さはむしろ、相対する側の心が洗い流されるかのよう。
これ以上、この話で時間を費やしても仕方がない。
区切りをつけようと思い至ったところで、タイミングを計ったように扉がノックされた。
二人同時に顔を向けると、ナナが扉越しに言葉を投げかけてきた。

「アカツキ、チェレン。ポケモンフーズできたよ。入っていい?」
「ああ、いいよ」

返事を聞くが早いか、彼女はトレイを両手に持って部屋に入ってきた。
トレイには小皿が二つ。
それぞれの皿にはポケモンフーズが山のように盛られているが、会心の出来と言わんばかり、ナナの顔には笑みが浮かんでいた。

「…………? クゥっ……!?」

ナナの声か足音か、それともかすかな匂いか。
ソロはご馳走の到来を察知して目を覚ますと、期待に瞳を輝かせながらポケモンフーズ入りの小皿に顔を向けた。
早く食べさせてと、寝起きとは思えない威勢の良さを感じ取り、ナナは口元の笑みを深めながら歩いてきた。

「ソロが好きな激辛も作ってきたから、たくさん食べてね。はい」
「クゥっ♪」

ベッドの傍にトレイを置くと、ソロは向かって左の小皿のポケモンフーズを食べ始めた。
先ほどハーディが誤って口にしてしまった、激辛のポケモンフーズである。
がつがつと勢いよくかぶりつく様は、空腹の度合いが尋常でないことを窺わせる。

(そういや、途中でハーディにジャマされて満足に食えなかったんだもんな……)

空腹を感じたままの状態で、文句も愚痴も言わずに今まで頑張ってきたのだ。
ユキエが傍にいたなら『行儀が悪いわよ』と厳しく言いつけるのだろうが、アカツキはソロが食事を楽しんでいるのをじっと眺めていた。
ソロの食事の音だけが響く中、チェレンもナナも微笑ましげな視線を向ける。
やがて小皿が空になり、ソロが満足げに前脚で腹を擦り始めると、ナナはアカツキに言葉をかけた。

「ハーディの分も作ったんだ。味見してほしいんだけど……」
「ああ、分かった」

こんなに勢いよく、美味しそうに食べてくれたとなれば、ポケモンブリーダー冥利に尽きるというものだ。
ソロが好きな味はこれで問題ないとして、次は『辛いのが苦手』以外よく分からないハーディの番である。
アカツキはナナの言葉に頷くと、ハーディのボールを頭上に放り投げながら呼びかけた。

「ハーディ、出てこい」

呼びかけに応えてボールが開き、ハーディが外に飛び出してきた。
回復装置と休息の併用で疲れは完全に取れたようで、凛然とした表情はいつでも戦えると主張しているようですらある。
どこか緊張して見える表情に笑みを向けながら、アカツキは言葉をかけた。

「ハーディ、ナナがポケモンフーズを作ってくれたんだって。お腹空いてるだろ、食べてみるか?」
「ばうっ」
「はい、どうぞ」

ナナがポケモンフーズ入りの小皿を指すと、ハーディは特段臆する様子も見せずにポケモンフーズを食べ始めた。
激辛ポケモンフーズがトラウマにならずに済んだようで、アカツキはホッと胸をなでおろしていた。
黙々と食べ進めていくあたり、苦手な味ではないようだが……どんな味なのか気になって、ナナに訊ねる。

「ナナ、ハーディのポケモンフーズってどんな味?」
「辛いのは無理っぽかったから、甘味を強くしてみたんだけど……正解だったみたい」
「そっか。ありがとう、ナナ。助かるよ」
「ううん。いいよ、これくらい」

どうやら、ハーディは甘みの強いポケモンフーズが好みらしい。
凛とした面持ちからは想像もつかないが、それはそれでなんとも微笑ましい。
ソロとハーディが並んで食事を楽しんでいるのを満足げに眺めているナナに視線を向け、アカツキは思った。

(ナナには笑っていてほしいな。
五年間も連絡できなかった穴埋めってワケじゃないけど……やっぱり、ナナには笑顔が一番似合う)

一緒に旅をしている間、一秒でも多く笑顔でいてほしい。明るい気持ちでいてほしい。
非はないといえど、自分がイッシュ地方を去ったことで泣いていたのなら、そのためにできることをしたい……アカツキは率直に思った。

「……? あたしの顔に何かついてる?」
「え……いや、なんでもない」

視線に気づいたナナが、振り向きながら問いかけてくる。
食い入るように見つめていたのだと今さら理解して、アカツキは驚きながらも即座に否定した。

(なんで驚いたんだ、オレ……?)

義務感にも似た強い気持ちが渦巻く胸中に、疑問という雫が一滴、したたり落ちる。
それはかき混ぜられたコーヒーに注いだミルクのように、心に模様を描きながら広がっていく。
声をかけられて驚くなんて、自分らしくもない……だったら、どうして驚いたのか。
不自然な胸の高鳴りに明確な答えを見出すことはできなかったが、やりたいと思ったことはしっかりと理解している。
後ろ手に隠した拳を固く握りしめながら、アカツキは気持ちを落ち着けようと努めるのだった。






To Be Continued…

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