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ヨーテリーとハーデリア(後編)


「シャス、体当たり!!」

凛とした声で発せられた指示を受け、シャスは滑らかな動きで駆け出した。
進化によって全体的に能力が底上げされた相手に、どう戦えばいいのか……初手に対する反応を見てから方針を決めても遅くはない。
それに……

(一緒に行きたいって思ってくれてるんだったら、オレたちがその気持ちに応えなくてどうするってんだっ!!)

ハーデリアには何やら思うところがあったのだろう。
『一緒に行きたいが、そこいらのトレーナーについていくつもりはない。力を示してみろ』――どんな理由があるにせよ、一緒に行きたいと思ってくれている以上はその想いに応えたいと思うのは当然である。
ハーデリアが自分たちの力を見極めようとしているのと同じように、アカツキもハーデリアの力を推し測ろうと考えている。
カラクサタウンを抜ければ、次は最初のジムがあるサンヨウシティだ。パーティの戦力をしっかりと理解するのはトレーナーとして当然の責務だ。

(スピードというアドバンテージが進化によってどう変化したか……さて、どう戦うか見せてもらおうかな)

いつかリベンジを果たす時に備えて、アカツキの戦い方をしっかりと見ておきたい。
強かな打算を窺わせない、静かな眼差しを眼前のバトルに注ぐ。
一方で、ナナは固唾を呑んでバトルの行方を見守っている。
ギャラリーたちの様子を気に留めるでもなく、アカツキは昂る気持ちを抑え込み、冷静に戦況を把握しようと努めた。
相手が動いてからでも、回避は間に合う――敢えてそう考えて、シャスに技の名前以上の指示は出さない。
ハーデリアは腰を低く構え、敢えて一撃を受けて立つつもりでいるようだ。
ならば……

「ツタっ……!!」

シャスは鋭い嘶きと共にハーデリアに渾身の体当たりを食らわした。
相手の一撃を受けてから反撃する――それは確かに防御力や持久力に優れたポケモンの戦い方としては上策で、ハーデリアの特性が物理攻撃の威力を弱める『威嚇』であるところからして見事に合致しているが、その戦い方には一つだけ穴がある。
一撃を受けてから反撃するまでの間に、第二撃を差し挟む余地があるということだ。
そして、アカツキはハーデリアの構え方を見て、反撃される前に続けて攻撃を加えようと考えていた。

「シャス、蔓の鞭でつかんで投げ飛ばせ!!」

ハーデリアの脚の動きから反撃のタイミングを察し、直前で第二撃を加えられるように指示を出す。
互いに、至近距離からの攻撃で相手に手痛い打撃を与えようと考えていたのは同じようだ。
しかし、蔓の鞭を放とうとした瞬間、予想外に素早い動きでハーデリアが攻撃を繰り出してきた。

「ばうっ!!」
「…………!?」

口を大きく開き、シャスの胴体にがぶりと噛みついたのだ。
さすがに攻撃を受けている時まで普段の冷静さを保つのは難しいようで、シャスは目を大きく見開くと、慌てふためいた。

(読み違えた……!!)

ハーデリアの動きが予想以上に俊敏だったのは間違いないが、相手の攻撃の『直前』にこちらの攻撃を繰り出そうとしたのは明らかに自分のミス……アカツキは爪が食い込むほどに強く、拳を握りしめた。
シャスは必死に身体を捻るなどしてハーデリアの牙から逃れようとするが、相手の顎の力は思いのほか強く、振りほどくには至らない。
しかし、ゼロ距離だからこそできることもある。アカツキは気を取り直し、シャスに指示を出した。

「シャス、蔓の鞭!!」

位置が固定されている状態で投げ飛ばすことは不可能だが、逆に固定されているからこそ、攻撃を確実に当てることができる。
……が、ハーデリアはその目論見を見事に崩してきた。
シャスの胴体に噛みついたまま首を振り、文字通りの揺さぶりをかけてきたのである。
左右に振られて体勢が不安定では蔓の鞭を放つことなどできるはずもなく、シャスは完全にパニックに陥っていた。
アカツキは慣れていても、彼女はさほど戦い慣れていない。この経験の『差』が今は恨めしいが、即席でもそれを埋めるように立ち回るのがトレーナーの役目だ。

(さすがに、一筋縄じゃ行かない。ハーデリアが離してくれるわけはないし……せめて、シャスが少しでも冷静になってくれれば……)

アカツキは険しい表情でシャスを見やった。
ハーデリアの牙から逃れるのは厳しいが、冷静ささえ取り戻してくれればまだ打つ手はある。

「……………………」

ソロは緊迫のバトルをトレーナーの傍でじっと眺めていた。
いきなりシャスがピンチに陥ってしまっているが、このまま終わるタマじゃない……アカツキならどうにかひっくり返すと思っているからこそ、手も口も出さない。
そんなソロの考えを知ってか知らずか、アカツキはピンチをチャンスに変える一手を模索し続けていた。

(蔓の鞭も体当たりも使えないとなると、グラスミキサーしか……うん、オレはシャスを信じるだけだ。やるぞ!!)

グラスミキサーは前述の技と比べると、明らかに高い集中力が要求される。
この状況では酷としか言いようがないが、残っている技はこれだけだ。
そして、どうにかできなければハーデリアはあきらめるしかないだろう――が、あきらめるのは最後の最後でいい。

「シャス、グラスミキサー!! 大丈夫、キミならできる!!」

アカツキはありったけの声を振り絞り、シャスに檄を飛ばした。
できることが残っているうちに負けては、悔いが残る。自分だけで済むならまだいいが、シャスにそんなものを残してもらいたくはない。
トレーナーの口調から想いを受け取ってか、シャスは激しく揺さぶられることで込み上げる気持ち悪さを必死に堪え、尻尾をまっすぐに伸ばした。
グラスミキサーはゼロ距離では相手を直に攻撃することができない……しかし、そこは使い方でいくらでもカバーできる。
シャスは痛みと気持ち悪さを核にして集中力を高める。
彼女の意志に応じるように、尻尾を中心に風が逆巻き、周囲の葉っぱが勢いよく引き寄せられた。

「……!? はぐぅっ!?」

無数の葉っぱにまとわりつかれ、さすがのハーデリアも驚きを隠せない。
無意識のうちに顎の力が緩み――すぐに気づいたが、シャスは一瞬の隙を逃さなかった。
グラスミキサーを解除すると同時に身体を捩じり回すように動かしてハーデリアの牙から逃れ、地面を転がる。

(近づかれたら面倒だ。グラスミキサーを中心に攻撃していくっきゃないか……)

ハーデリアは接近戦を得意としているポケモンだろう。
恐らくシャスが唯一勝っているであろうスピードを活かし、ヒットアンドアウェイの戦い方をしていきたいところだが……
策を組み立てるだけの時間は与えないと言わんばかり、ハーデリアが猛烈な勢いでシャスに突進した。
立ち止まって考えるだけの余裕がないなら、突っ走りながら考えるまで。

「シャス、蔓の鞭であの木の上に移動するんだ!!
そしたらグラスミキサーをぶちかませ!!」

距離を空けて戦う――トレーナーの意図を瞬時に察し、シャスは蔓の鞭を前方の木の枝に巻きつけると、そのまま鞭を引き寄せて木の枝に飛び乗った。

「ぐるる……!!」

接近戦を主とするハーデリアにとって、樹木の上は相手に直接攻撃できない場所。
悔しげに低く唸るが、さすがに無策のまま無為に時を過ごすつもりはないらしい。渾身の力で木に体当たりを食らわし、シャスを振り落とそうとしたのだ。
体当たりの度に木は大きく揺れ、シャスは振り落とされまいと必死に幹にしがみつく。

(次はタイミング……)

下手なタイミングで仕掛ければ、避けられる。
それだけでも十分に痛いが、反撃を食らっては非常に厳しい。
ハーデリアの体力が尽きるのを待つか……?
バカな、その前にシャスの方が音を上げる。
持久戦はそもそも無理だし、待つだけなどアカツキの思考に存在しない。
答えは一つ。
『次の一手を起爆剤に、一気に攻め落とす』――ならば、先述の良し悪しは後で顧みればいい。

「シャス、尻尾を立ててから蔓の鞭!!」

尻尾を立てるのは、グラスミキサーの予備動作。
一瞬でも早く発動させるために、あらかじめ動作を一つ先取りしておくこと。
そして、グラスミキサーと口にしなかったのは、ハーデリアがヨーテリーだった時に打撃を被った技と警戒している可能性を考慮してのこと。
シャスはトレーナーの考えのすべてに理解を示したわけではなかったが、その指示が勝利につながっていると信じて、言われた通りに行動した。
ハーデリアは斜め上から降り注ぐ攻撃に気づいて小さく飛び退くと、地面を打って活魚のように跳ねた鞭に噛みついた。

……捉えた!!

樹上の相手を引き摺り下ろす術を得た。
確信するかのごとく、ハーデリアの眉が小さく動く。
だが、捉えたのはこちらの方だ。

「蔓の鞭を引っ込めて、グラスミキサー!! ぶちかませ!!」

指示のタイミングを理解していたように、シャスの反応は迅速だった。
伸縮自在の蔓の鞭を素早く引っ込めると、その勢いと重力加速度を味方に付けてハーデリアの顔面に体当たりを食らわした。
のみならず、グラスミキサーの一工程を省略したことで瞬時にグラスミキサーを発動させ、顔面の痛みに怯むハーデリア目がけ木の葉が逆巻く竜巻を叩きつける。
これにはさすがのハーデリアも吹っ飛び、近くの木の幹に背中から激突した。

「きゃうっ!?」
「きゃうきゃうっ!!」

ヨーテリーたちが仲間の身を案じて叫ぶ。
地面に落ちたハーデリアは頭を振りながら立ち上がるが、足元は覚束ない。思いのほか、ダメージは大きいらしい。
そろそろ頃合か……アカツキは腰のモンスターボールを再び投げ放った。
頭を激しく振って痛みを紛らわすハーデリアのおでこに、モンスターボールがクリーンヒット。
ボールの口が開き、吸い込まれていくハーデリア。
ポケモンを吸い込んだボールは地面に落ちると、小刻みに揺れ始める。ボールの中で、ポケモンがこのままゲットされてたまるかと抵抗しているのだ。

「……………………」

アカツキは無言で、揺れるモンスターボールを凝視していた。
『ポケモンをゲットする前にはバトルする』と言われるのも、元気が有り余っている状態でボールを投げつけても、易々とボールから飛び出してしまうからだ。

(大丈夫かな、ゲットできるかな……?)

アカツキよりも興奮し、手に汗を握っているのはナナだった。
ここまで頑張ったのだから、是が非でもゲットしてほしい……熱意は周囲に惜しげもなく発散され、彼女の熱い想いを感じたチェレンが怪訝な眼差しを注ぐ。
ギャラリーの動向には露ほどの注意も払うことなく、アカツキは眼前の光景を注視し続けていた。
ボールはカタカタと小刻みに揺れ続け――やがて動きが止まる。
ハーデリアの体力が尽きたか、あるいは抵抗をあきらめたか。どちらにせよ、めでたくゲットと相成ったのだ。

「よしっ……!!」

アカツキは短く歓喜の声を発すると、両手をぐっと握りしめた。
その声音と違わぬ明るい面持ちに、ソロもまた我が事のように喜びを感じていた。

「クゥっ、クゥクゥっ♪」
「……………………」

一方で、シャスは実戦のハードさを思い知ったとばかりに、無表情で荒い呼吸を繰り返していた。
アララギ博士の研究所では決して体験できなかった、本格的なポケモンバトル。
しかし、見開かれた双眸はそんな戦いをこれから幾度となく経験していくとなると知ってもなお、立ち向かおうという気概に満ちていた。
……と、彼女の視界に影が差す。
振り仰いでみれば、アカツキが笑顔で立っていた。
彼は膝を折ると、心からの労いと共に頭を撫でた。

「シャス、お疲れさん。初めてのバトルだったけど、本当によく頑張ったな。すごいぞ」
「ツタっ……」

シャスはこれくらい当然と言いたげに、背筋をピンと伸ばすと胸を張ってみせた。
表情にこそ出していなかったが、尻尾の葉っぱを左右に小さく揺らすことで喜びを表現しているようだった。
まんざらでもなさそうな彼女に言葉をかけるのも程々に、アカツキはハーデリアが入ったボールに歩み寄り、そっと拾い上げた。

「ハーデリア。オレたちを認めてくれたんだな。ありがとう……それから、よろしく」

少なくともハーデリアは自分たちの力を認め、共に行くことを選んだのだろう。
ならば、その意思を尊重したいところだが……仲間のヨーテリーたちが、淋しげな表情でやってきた。
モンスターボールに入った仲間がどうなったのか、そしてこれからどうするのか、理解しているのかもしれない。

「……………………」

本人の意思とはいえ、結果的に仲間たちと引き離してしまうことに心が痛む。
だからこそ、しっかりとケジメをつけるべきだ。
そう判断して、アカツキはハーデリアをボールから出した。

「ハーデリア、出てこい!!」

呼びかけに応じてボールが開き、中からハーデリアが飛び出した。
バトルの興奮はすっかり醒めたようで、落ち着いた物腰でトレーナーと認めた少年を見上げていたが、傍に仲間の姿を認めて向き直る。
堂々たる態度ながらも、仲間に向ける眼差しは親愛に満ちていた。

「きゃうぅ……?」
「ばうっ。ばうばうっ!!」
「きゃうぅぅぅ……」
「ばうっ? ばうっ!!」

道が分かたれたことを察したのか、ヨーテリーたちは淋しげな表情のままで問いかける。
ハーデリアもまた堂々とした態度を崩すことなく、子供を諭すように柔らかな物腰で応じた。

『またいつでも会いに行ける。おまえたちも、俺に負けないように頑張れ』

言葉は分からなくても、そんな風に話したのだろうと理解する。
最終的に決めるのはハーデリアで、その決断に口を挟むことこそ礼を逸するのだと、分かってはいるつもりだ。
ただ、だからといってすべて任せきりにしていいという理由にはならない。
一時的とはいえ、結果論とはいえ。
仲間を引き離すことになる以上、トレーナーとしての責任を果たすべきだと考えて、アカツキは膝を折るとヨーテリーたちと向き合い、思いの丈を伝えた。

「ヨーテリー。オレはハーデリアが一緒に行くと決めてくれたことを尊重したい。
いろんな場所に行って、いろんなものを見て……だけど、また一緒にここに戻ってくるよ」
「ばうっ、ばうばうっ」
「……………………」
「……………………」

――そういうわけだ、心配するな。

ハーデリアが黙りこくるヨーテリーたちにトドメの一言を投げかけて、趨勢は決した。
人間の少年と共に行くと決めた以上、自分たちが何を言っても決して己の意思を曲げはしないだろう。
今生の別れでもないのだから、今は敢えて別の道を行くと決めた仲間を応援したい……ヨーテリーたちはハーデリアに頷きかけると、背を向け茂みの奥へと駆けていった。

(ありがとう。オレも一緒に頑張るからさ)

アカツキはヨーテリーたちに心の中で謝意を述べた。
ポケモンをゲットするということは、そのポケモンを今までとは違う環境に置くということ。今後の行く末を変え、未来を預かるのと同じこと。
だから、アカツキは旅立つ時から『一緒に行きたい』と思ってくれたポケモンだけをゲットしようと決めていたのだ。
草を踏み分ける足音と気配が遠のいてから、改めてハーデリアに向き直る。

「ハーデリア。オレたちと一緒に行くって言ってくれてありがとう」
「ばうっ」

アカツキの言葉に、ハーデリアは当然と言いたげに鋭い声音で嘶いた。
これからの日々が楽しみだと主張するように、尻尾を左右に揺らしている。

「よし。それじゃあ名前をつけなきゃな。一緒に旅するんだし……」

共に旅をする仲間を種族の名前で呼ぶのは、あまりに他人行儀。
自分で考え、そして相手がしっくり来る名前で呼んでこそ、他のポケモンたちとは一線を画した『仲間』と思えるのだ。
しばし考えた末、アカツキはちょうどいい名前を思いついた。

「キミの名前はハーディだ。これからよろしくな、ハーディ」
「ばうっ!!」

トレーナーのつけた名前を気に入ってか、ハーデリア――ハーディはうれしそうな声で嘶き、尻尾を大きく左右に揺らした。
ソロとシャスは明るい表情で、新しい仲間が加わったことを心から歓迎していた。
三体のポケモンは先ほどまで敵対していたことも忘れて、頬と頬を擦り合わせてスキンシップを図るなど、早くも仲間意識を芽生えさせているようだった。
これなら、自分が口出ししなくても大丈夫だろう……一安心するアカツキの傍に、ナナとチェレンがやってきた。

「アカツキ、やったね♪」
「野生ポケモンとのバトルが初めてだと聞いてたけど、なかなか見ごたえのあるバトルだったよ」
「ありがとう。でも、まだまだだ。思ったほどうまくいかなかった」

彼らなりの惜しみない称賛の言葉を受けても、アカツキは口元を真一文字に結び、硬い表情で頭を振った。
格闘技を通じて心身を鍛える中で、『戦い』に関して常人とは一段と異なるストイックさを身に着けたのだろう……ならば、自分がバトルの内容云々に口出しをすべきではない。
己の領分をしかと弁え、チェレンは違った切り口で言葉をかけた。

「旅立ったばかりでハーデリアをゲットできたのは大きいね。
ノーマルタイプで攻め手に欠けるけど、逆に付け入る隙を相手に与えにくい」
「うん。ノーマルタイプのポケモンはチームに入れておきたいと思ってたから、正直ありがたいよ」

ノーマルタイプに対する世間の評価は『可もなく不可もないが、堅実』である。
岩、鋼タイプのポケモンには効果が薄く、ゴーストタイプに至ってはどんな大技も通じないが、それ以外のタイプには軽減されることなく普通に打撃が通るのだ。
防御面においても、ゴーストタイプの技を無力化し、格闘タイプ以外に弱点はない。
その堅実性から、一体はチームに入れておきたいと考えるトレーナーは多い。無論、アカツキもその一人だった。

「でも、これでポケモンは三体。
ダブルバトルとかトリプルバトルをすることもあるだろうし、しっかりと連携してバトルできるようにしなきゃいけないんだよなあ……」
「まあ、そこは僕にとっても頭の痛いところだけど、必要なら時間を取って練習するのもいいんじゃないかな」
「そうだな」

チェレンの言葉に首肯し、アカツキは上機嫌で尻尾を振りながらソロたちとじゃれ合っているハーディを見やった。
ポケモンバトルで最も一般的なのは、それぞれのトレーナーが一体ずつポケモンを繰り出し合うシングルバトルだ。
しかし、ポケモントレーナーが増え、各地のポケモンリーグ公式大会以外の小さな大会が催されるにしたがって、その種類は増していった。
代表的なのは二体ずつのポケモンを出して戦うダブルバトル、イッシュ地方以外ではまだメジャーとは言いがたい、三体ずつのポケモンを出して戦うトリプルバトルだ。
上記二種は二体以上のポケモンを同時に戦わせるため、ポケモン同士の連携の重要性は言うに及ばず、場に出た四体のポケモンのタイプや技、特性などを慎重に見極めた上で戦い方を組み立てていかなければならない。
当然、シングルバトルとは比較にならない難しいバトルとなるのだが、いつそのバトルに臨むか分からない……一度経験するだけでも違うだろう。どこかで練習して、少しでも勝手をつかんでおきたいところだ。
カラクサタウンに着いたら、一度チェレンと練習試合でもしてみようかと考えていると、ナナに声をかけられた。

「アカツキ。カラクサタウンに着いたら、ハーディのポケモンフーズを作ってあげたいんだけど、いいかな?」
「ありがとう。助かるよ。どんな味が好きなのかまだ分からないけど……って待ておい!!」

共に旅するポケモンたちの健康管理は、ブリーダーである自分の仕事――と言いたげに、ナナは瞳を輝かせ、息巻いていた。
ハーディの好みが分からないだけに、試行錯誤を繰り返すことになるだろうが、彼女はきっとそれを苦には思わないのだろう。
彼女がやる気をみなぎらせているのを見て頼もしいと思っていると、視線の先でシャレにならない事態が起ころうとしていた。
ハーディが、先ほどソロから強奪したポケモンフーズを一口含んだのだ。
強奪した傍から追いかけられて食事にありつく暇がなかったが、今なら大丈夫と軽く考えたのだろうが……アカツキがギョッとして叫んだが、時すでに遅し。

「ばううううううううううううううっ!! ばう、ばうばうっ!?」
「ハーディ、落ち着け!!」

ソロの大好物である激辛ポケモンフーズを口に入れた途端、ハーディの顔色が見る間に変わり、火を吹きそうな声音で叫んで暴れ始めたのだ。
少なくとも、辛味はハーディの好みからは程遠いものだったらしい……言葉では止めようがないと思い、アカツキはすぐさまモンスターボールに引き戻した。

「え、どうしたの……ああっ!!」
「やっちゃったね……」

一部始終を目撃していたナナとチェレンが、嘆息する。
まさか、何の警戒もなく激辛ポケモンフーズを口に含んでしまうとは……バトルで見せた慎重さとは裏腹に、普段のハーディはうっかりしているらしい。

「ナナ、チェレン!! 先にカラクサタウンに行ってる!! ジョーイさんに診てもらわないと。行くぞ、ソロ、シャス!!」
「クゥゥ♪」
「ツタっ……!!」

止める暇もあらばこそ。
アカツキはソロとシャスを伴い、カラクサタウン目指して道路を全力疾走していった。
あっという間に小さくなる彼らの背中に目を向け、チェレンは小さくため息を吐いた。

「しょうがないね。僕たちは僕たちのペースで行こうか。今日中に到着できればいいんだし」
「うん」

多少遅れたとしても、普通に歩いていけば今日中には到着できるのだ。急ぐ必要はない。
まあ、どちらにしても……ハーディはこれに懲りて、ソロの激辛ポケモンフーズに手を出すことはないだろうが、早いうちにハーディ用のポケモンフーズを作ってあげたいものだ。
そのためにも、急ぐ必要はなくとも一秒でも早くカラクサタウンにたどり着いておきたい。

「あたしたちも行こうか」
「ああ」






「ハーディったら、いきなり激辛のを食べなくても……」

道路を全力で駆けながら、アカツキは深々と息を吐いた。
傍らで共に駆けるソロとシャスは、トレーナーと『駆けっこ』できることがうれしいのか、妙に楽しそうな表情を浮かべている。
今に限っては、モンスターボールの中でハーディが激辛な味に悶絶しまくっていることを忘れているようである。
そんなポケモンたちと違って、アカツキは心中でハーディの身を案じていた。
まさか、ハーディがソロ専用の激辛ポケモンフーズを口にするとは……旅に出る前、ユキエが雑誌のレシピを真似て作ったポケモンフーズを試食したことがあったのだが、あまりの辛さに口から泡を吹いて倒れ、気を失ってしまったのを思い返してしまった。
強靭な肉体を持つポケモンならそこまで酷いことにはならないだろうが、油断は禁物である。

(ポケモンセンターでジョーイさんに診てもらわないとな……バトルでも疲れてるだろうし、今日はみんなちゃんと休ませないと)

初めてのポケモンバトルで、初めて野生のポケモンをゲットできた。
培ってきたトレーナーの技術を如何なく発揮できたこともあるし、あるいはそれ以上に運が味方してくれたのかもしれない。
それでも、自分たちの力で新たな仲間を迎え入れたことへの喜びは何にも代えがたい。
ハーディを案じる気持ちはあったが、歓喜の感情を押し殺すことはできそうになかった。

(旅立ったばっかりだけど、今日みたいな日がこれからも続いていくといいなあ)

頭上に広がる蒼穹を悠々と流れゆく雲。肌に触れ、吸い込む空気の心地良さ。
アカツキはこれからの旅に想いを馳せながら、ただ前だけを見据えていた。






To Be Continued…

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