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ヨーテリーとハーデリア(前編)


カラクサタウンまでは徒歩で約三時間の道のり。
カノコタウンを発って一時間ほどが経ったところで休憩を挟むことにしたのだが、アカツキは道端に突き出た岩に腰を下ろすと、1番道路の先――カラクサタウンの方角をじっと眺めていた。
頬を撫でる風の爽やかさを感じながらも、考えているのはこれからのこと。
カラクサタウンの次に立ち寄るサンヨウシティで、初めてのジム戦が待ち構えているのだ。
ジムリーダーがどんなポケモンで戦いを挑んでくるのか。
イッシュ地方に棲息するポケモンに違いなく、ポケモン図鑑を使えばある程度は情報を得られるだろうが、付け焼刃の知識でどうにかなる相手ではない。
とはいえ、実際に戦ってみなければ分からないことの方が圧倒的に多いことは理解しているつもりだし、今からあれやこれやと頭を悩ませていても仕方がない……と思い至り、考えを振り払う。

(そういえば……)

反対側に目をやれば、ポケモンたちが美味しそうにポケモンフーズを頬張って束の間の休憩を楽しんでいる。
アカツキのソロ、シャス。
ナナのブータ、ラミー。
チェレンのボルト、ルリス。
六体のポケモンたちは好みの味も食感も違っているはずだが、ナナは持参したポケモンフーズを種類ごとに小分けに出し、彼らを満足させていた。
人間と同様に、ポケモンの好き嫌いも千差万別。種族ごとにある程度の傾向があるとはいえ、個体によって細かな違いは当然出てくるものだ。
ポケモンフーズが誕生したのは数十年前。
当時はドッグフードやキャットフードに似た見た目と味でお世辞にも好評とは言えなかったが、現在では見た目や味、栄養素まで数千種類に及び、トレーナーやブリーダーがそれぞれのポケモンに合ったものを選べるようになっている。
辛党のソロは激辛の、甘党のブータは甘口の、シャスはレモンのように酸っぱいフーズにかじりついていた。

(やっぱり、食事してるところってみんな可愛いな~)

ナナはポケモンフーズを美味しそうに頬張っているポケモンたちを眺め、喜びを噛みしめていた。
研究所の敷地に棲んでいるポケモンたちは数が多いため市販のポケモンフーズで済ませているのだが、ソロたちには自作のポケモンフーズを与えたのだ。
ブリーダーを志すからには、ポケモンの体調(コンディション)を管理する要素の一つであるポケモンフーズは市販品ではなく、材料から栄養価までしっかりこだわったものを与えたい……だが、彼らが美味しそうに頬張っているのを見ると、今までの努力が報われたようで喜び以外の言葉が出てこない。
ブリーダー冥利に尽きると言いたげな笑顔を見せているナナの傍で、チェレンが膝を折る。

「普段あげてるポケモンフーズでも美味しそうに食べてくれてるけど、ナナの手作りは格別みたいだね。ありがとう」
「あたしの方がありがとうって言いたいよ。
あれこれ考えながら作ってみたけど、ちゃんと食べてくれるかなって、少し心配だったから」

ナナは彼の言葉に笑みを浮かべながらも、頭を振った。
ブータとラミーには前々から試作品の味見をしてもらっていたが、アカツキとチェレンのポケモンにはぶっつけ本番。
ちゃんと食べてくれるだろうか。口には合うだろうか……心配が尽きなかったのだが、杞憂に過ぎなかった。
初めてのポケモンにもちゃんと食べてもらえて、自信がついた。
毎回こんな風に成功するとは限らないが、成功体験は自信となり、これからのブリーダー人生の支えとなっていくことだろう。
ポケモンフーズを頬張るポケモンたちを微笑ましげに眺めていると、シャスが手早く食事を済ませ、小走りにアカツキに駆け寄っていく。
その頃、彼は再び道の先に目を向けていた。
ジム戦のことを考えるのも程々に、チームの戦力増強という近々の課題と向き合っていたのである。

(ジム戦の前に、ポケモンをゲットしておきたいな。あと、シャスの力も見ないと……)

数日でサンヨウシティに到着できることを考えれば、その前にポケモンをゲットしておくべきだろう。
他にも、トレーナーや野生のポケモンを相手にポケモンバトルを行ってレベルアップを図ると共に、シャスが得意とする戦い方を見極めなければならない。
当然、ソロとシャスだけですべてのポケモンのタイプに対処することは不可能であり、攻撃面での弱点を補完でき、防御面で共通の弱点となっているタイプにも有利に立ち回れるポケモンのゲットは不可欠と言える。

(この辺りにいるポケモンって、どんなのだろう……?)

ズボンのポケットから図鑑を取り出し、1番道路に棲息するポケモンを検索する。
特別機械に詳しいとは言えないが、そこは現代っ子。瞬く間に順応して検索を終える。
デフォルメされたポケモンのアイコンにタッチすると、上のモニターにそのポケモンの姿が表示された。

「ヨーテリーに、ミネズミ……両方ともノーマルタイプか」

子犬のようなポケモンがヨーテリー、後ろ脚で立ち、前脚を手のように使えるネズミのようなポケモンがミネズミ。
両者ともイッシュ地方では比較的広域に棲息するポケモンで、進化前ということもあって初心者でも扱いやすいとされている。
ノーマルタイプは攻撃面や防御面の平凡さから『可もなく不可もない』との評価を受けることが多いものの、幅広いタイプの技を覚えるポケモンも多く、トレーナーのチーム構成によって役回りが異なってくる。
ヨーテリーか、ミネズミ。どちらかをゲットして育ててみるのも悪くないか……考えがまとまったところで、ズボンの裾を引っ張られた。
顔を向けると、シャスがズボンの裾を引っ張りながらじっと見上げていた。

「どうしたんだ、シャス?」
「……………………」

シャスは問いに頷くと、手にしたポケモンフーズをアカツキに見せた。
相変わらずの無表情ながら、雰囲気は柔和だった。
ナナのポケモンフーズが思いのほか口に合ってご満悦らしい。

「美味しかった?」
「……………………」
「そっか。また作ってもらおうな」

シャスは今一度頷くと、ポケモンフーズを頬張った。
感情表現は苦手でも、自分の意思をしっかりと主張するあたりは肝が据わっていると言うべきか。
アカツキはその場に腰を下ろし、彼女の頭を撫で回した。
……と、視界の隅を何かが通り過ぎるのを認めて、顔を上げる。

(ヨーテリーだ……どうしたんだ?)

ちょこちょこと可愛い足取りで、ヨーテリーがポケモンフーズを食べているソロたちの方へ向かっていく。
大方、ポケモンフーズの美味しそうな匂いに釣られたのだろう。

「あ、ヨーテリー。良かったら食べていかない?」

少し離れたところで立ち止まり、羨ましげにソロたちを眺めるヨーテリーに、ナナが笑顔で言葉をかける。
野生のポケモンがやってくることは珍しくもなく、チェレンも特に警戒した様子を見せていない。
ソロたちも気を悪くするでもなく食事を中断し、闖入者に顔を向けたのだが……

「わぉんっ♪」

ヨーテリーは一声嘶き、口を開いてポケモンフーズにかぶり――つかなかった。
ソロの眼前にあった激辛ポケモンフーズ入りの皿を器用にくわえ、カラクサタウンの方へ駆け出していったのだ。

「え……?」
「…………?」

突然と呼ぶほかなかった。
まさか、いきなり食事を盗まれるとは……トレーナーだけでなく、食事を楽しんでいた当人たちまでも呆然としていたが、シャスだけは違った。
あるいは、常に冷静な彼女だからこそと言うべきだろうか。

「ツタっ……!!」
「あ、シャス!!」

アカツキはヨーテリーの後を追って駆け出したシャスに驚きを禁じ得なかったが、すぐさま地を蹴った。
彼女なりに、仲間を想う気持ちが爆発したのだろうか……だとしたら、うれしいものだ。

「あ、ちょっと!! アカツキ!?」

ナナが慌てて声をかけたが、当然アカツキは足を止めるどころか、爆走と形容すべき勢いで道路を北上していく。
盗まれたポケモンフーズはさほど多くないし、途中で切らしてしまったとしてもまた作ればいいだけなので、何も追いかけなくても……と思ったものの、このまま放っておくわけにもいくまい。
なにしろ、ヨーテリーが盗んでいったのは激辛なポケモンフーズ。好みでないポケモンがついうっかり口に運ぼうものなら大変である。

「チェレン、あたしたちも行こう!!」
「さすがに放ってはおけないね。いいよ」

慌てて跡片付けを始めるナナの傍らで、チェレンは小さくため息を吐いた。
面倒だが、シャスの実力を確認するという意味では有意義と言えないこともない……と、そこでソロたちも事態を呑み込めたようで、残ったポケモンたち全員でアカツキの後を追う。

(仲間のこと、ほっとけないって思ってるみたい……)

手早く跡片付けを終え、チェレンと共に駆け出しながら、ナナはポケモンたちに仲間意識が芽生えていることを喜ばしく思った。






(シャス、足速ぇなあ……)

道路を全力で駆けながら、アカツキはシャスの脚力に感心していた。
ポケモンは得てして人間とは比較にならない身体能力を宿しているが、ツタージャは特に素早さに恵まれている種族だ。
シャスの追撃を受けて必死なのか、ヨーテリーがくわえている皿から時折ポケモンフーズがこぼれ落ちている。

(素早いんだったら、蝶のように舞い、蜂のように刺す……だっけ。そんな感じでバトルするのが得意そうだな。素早さだけならソロよりすごいかも)

シャスの足取りは迷いも躊躇いもなく、明確に視線の先にいる相手に据えられている。
ヨーテリーの距離は徐々に縮まっていくが、追いつくまでには今しばらく時間がかかりそうだ。
ヨーテリーはこのままでは追いつかれると察してか、途中で右に曲がって草原に飛び込んだ。草原の先にある森に逃げ込む腹積もりでいるようだ。

(障害物が多いのは面倒だけど、森ならシャスの方が動きやすい。
この分だと森に入ったところで追いつけそうだ。そこで決めるか……)

森に逃げ込むつもりなら、そこで追いついてポケモンフーズを取り返す。
アカツキの目論見通り、森に入って程なくシャスがヨーテリーに追いついた。
ポケモンフーズを取り戻すことを優先しているからか、シャスはヨーテリーに攻撃するのではなく、先回りすることで相手の足を止める。

(……ここからが本番だ)

アカツキが追いついた時、シャスはヨーテリーと睨み合っていた。
俊足の追跡者から逃げきるのは不可能と悟ってか、ヨーテリーは背後の切り株にポケモンフーズの皿を預け、シャスを睨みつける。
皿を見やれば、ナナとチェレンが追いかけてくるに足る程度には――皿の底が見える程度に、ポケモンフーズが減っている。
食べ物を粗末にしてしまった感は否めないが、今はヨーテリーの去就に注目せねばならない。

(シャスには追いつかれたけど、結構足速いし……バトルして、ゲットしてみようか)

幸いなことに、シャスもヨーテリーも既に臨戦態勢。戦わずして切り抜ける気はないように見受けられる。
ポケモン図鑑で彼女が使えそうな技は把握している。相性は特段不利でもないし、打つ手を間違えなければ勝てるだろう。
トレーナーのやる気を背中で感じてか、シャスが肩越しに振り返ると、小さく頷きかけた。
『あたしに戦わせろ』――闘志の炎を滾らせた瞳には、躊躇いも恐れもない。全身全霊を賭して戦い、トレーナーに勝利をもたらしてみせるという自信さえ感じさせる。

(よし……)

できればシャスの力を見ておきたいと考えていただけに、渡りに舟だ。
アカツキは拳を握りしめ、指示を出した。

「シャス、蔓の鞭!!」

実戦は初めてのはずだが、シャスは指示に迅速に応えた。
蔓の鞭に姿を変えた首元の葉っぱが二本、同時にヨーテリー目がけて射出される。
距離が開いた状態で繰り出した直線状の攻撃は、相手にもよるが比較的容易に回避を許してしまいやすい。
当然、ヨーテリーが食らえば痛い攻撃を受けてくれるはずもなく、さっと横に飛び退いて蔓の鞭の軌道から逃れると、シャスに向かって地を蹴った。
攻撃中は動けないという判断だろうが、生憎とそれくらいアカツキもシャスも承知している。

「シャス、そのまま切り株に巻きつけて移動するんだ!!」
「ツタっ……!!」

無茶な動きをすれば体勢を崩し、隙を見せてしまう。
ならば、勢いに身を任せることで自然な動きで次の行動に繋げるべきだ。
シャスは突進してくるヨーテリーには目もくれず、蔓の鞭をそのまままっすぐ伸ばし、相手がポケモンフーズを預けた切り株に巻きつけた。
そして鞭を縮めることで弾丸のごとき勢いで移動し、ヨーテリーの攻撃を避わす。
相手が動けない今こそ、渾身の一撃を――そう考えていたであろうヨーテリーは、予想外のシャスの動きに驚いて足を止めた。
その表情にありありと浮かぶ、焦りの色。
軽やかに着地を決めたシャスが『今だ!!』と言いたげに鋭い眼差しを湛えながらヨーテリーに向き直る。

「体当たり!!」

俊敏な動きで迫り、逃げようとする相手に強烈な体当たりを食らわした。

「きゃうっ!!」

回避にかまけて防御を考えていなかったヨーテリーは攻撃をまともに受けて吹っ飛び、地面に叩きつけられた。
さすがに一撃で相手を倒せるほど、シャスの攻撃力は高くない。アカツキはすぐさま次の一手を打った。

「シャス、グラスミキサー!!」

技の名前を聴くが早い、シャスは尻尾をピンと立てると、先端の葉っぱを小刻みに動かした。
すると、尻尾を中心に風が逆巻き、周囲の落ち葉が引き寄せられて葉っぱの竜巻が生まれた。
グラスミキサーは葉っぱの竜巻に相手を巻き込むか、相手に竜巻を叩きつけて攻撃する技。
見た目こそ大技だが、実際の大技であるソーラービームやエナジーボールほどの威力はない。
シャスが身を翻す。
立ち上がったヨーテリーはさらなる攻撃を察して飛び退こうとしたが、遅かった。
葉っぱの竜巻が轟々と唸りを上げながら、その横っ面を激しく打ち据えた。
再度吹っ飛ぶヨーテリー。
続けざまに攻撃を食らって相当なダメージを負っているのか、立ち上がろうともがくも足元は覚束ない。
グラスミキサーを解除して軽やかに地面に降り立ったシャスは、ヨーテリーを睨みつけながら次の指示を待っている。

(シャス、思ったよりバトルに慣れてるな。これなら一から特訓する必要もなさそうだ)

サンヨウジムでのジム戦に向けて、ある程度レベルアップに励まなければ……と考えていたが、思ったほどの手間をかけなくても済みそうである。
進化を控えているポケモン同士とはいえ、シャスが戦い慣れていることと、対照的にヨーテリーが戦い慣れていないことが、いい感じにバトルが進んでいる要因だろう。
……と、そこへナナたちが追いついてきた。

「あれ、もうバトル始まっちゃってる……」
「この分だと僕たちの出番はなさそうだね」
「はあ……」

吹き散らされた落ち葉や擦れた地面を見て、チェレンは自分たちが追いつくまでの間に派手にやらかしたのだろうと思った。
数分と経っていないはずだが、ヨーテリーは立ち上がるのにも難儀するほどのダメージを受けている……ナナはため息を吐くと、すぐ傍で『つまらない』と言いたげに唸っているソロの頭を撫でた。
彼女たちの気配を背後に感じつつ、アカツキは腰に差した空のモンスターボールを手に取った。

(そろそろイケそうだな……よし!!)

それなりにダメージを与えられたし、ゲットの下準備は十分だろう。
ヨロヨロと立ち上がった相手をじっと見据えながら、手にしたモンスターボールを投げつける。
ヨーテリーは立ち上がるのがやっとなのか、一直線に飛来するボールを見つめたまま避けようとしない。

(よし、これなら……!!)

当たりさえすれば間違いなくゲットできる……心の中でガッツポーズを取るアカツキだが、予期せぬ横槍が入ったのはその時だった。

「きゃうっ!!」

傍の茂みから別のヨーテリーが二体飛び出し、バッターよろしく尻尾でモンスターボールを打ち返してきたのだ。

「うおっ……と!!」

ボールは狙い澄ましたように顔面に向けて飛んできたが、アカツキは慌てることなく片手で難なく受け止めた。

(仲間っぽいな……)

二体のヨーテリーは、手負いの仲間をかばうようにシャスの前に立ちはだかっている。
よく見てみると、シャスと戦ったヨーテリーと比べると若干小柄……と、ナナとチェレンは思い至った。

「もしかしたら、仲間にポケモンフーズを食べさせようとしてたのかな……?」
「たぶんそうだと思う。でも、だからってよりによって激辛なのを持ってかなくてもいいのにね……」

仲間と一緒に食べに来れば、別に拒みはしなかったのだ。
とはいえ、見知らぬ人間とポケモンたちの輪に飛び込んでいくのは勇気の要ることだろう。
そこで一計(?)を案じ、仲間に食べさせるべく拝借することにした……激辛フーズ入りの皿を。
食べ物を持って来ようとした仲間が攻撃を受けているのを見かねて、駆けつけてきたというところか。

(一体はそれなりにダメージ受けてるけど、さすがに三体となるとソロが一緒でも厳しいかもしれないなあ……)

実質、相手は一体欠けている状態と言っても良さそうだが、手負いの獣ほど危険なのはポケモンにも当てはまる。
体力が少ない状態であればあるほど破壊的な威力を発揮する『起死回生』、状態異常の時に威力が跳ね上がる『空元気』など、一発逆転を可能とする技を覚えているポケモンもいるのだ。
ナナとチェレンは高みの見物を決め込んでいるようだし、ここは自分の力で切り抜けなければなるまい。
ただでさえ勝手に飛び出していったのだし、都合のいい時だけ助けを求めるなどアカツキのプライドが許さない。

(相性は良くも悪くもない。ソロで攪乱しながらひとまとめにして、そこにシャスのグラスミキサーを叩き込めばどうにかなるか)

無難な作戦を組み立て、背後に控えているソロに呼びかけようとした時、シャスが肩越しに振り向いてきた。

――どうする? このまま戦う?

状況が変わり、彼女もいきなり挑みかかろうという気はないのだろう。
トレーナーの判断を仰ぐあたり、冷静な判断力はバトルの途中でもしっかり持ち合わせているらしかった。
今一度、状況を確認する。
ヨーテリーたちは仲間をかばっているだけで、強い戦意は感じない。こちらから手を出さない限り、無理に戦うつもりはないように見える。

(戦おうとしてたの、オレの方だったな……)

仲間をかばって立ちはだかっているのを、戦意ありと見て取ってしまったのは、何年も格闘技を続けてきた影響だろうか。
だが、戦うつもりのない相手と戦ったところで得られるものなどありはしない。
アカツキは小さくため息を吐くと、頭を振った。

「シャス。もう戦わなくていいよ」

言って、歩き出す。
迷いのない足取りでヨーテリーたちに歩み寄ると、彼らの前でしゃがみ込む。
一体何をするつもりだ……?
ヨーテリーたちは敵意こそ見せないものの、強い警戒感をつぶらな瞳に滲ませていた。
傍にピタリと寄り添うシャスはトレーナーの判断を信頼しているようで、ヨーテリーたちに睨みを利かせもしない。

「なあ、ヨーテリー。キミは仲間のために食べ物を集めてたのか?」
「……きゃぅ」
「そっか……仲間のこと大切に想ってるんだな。
でも、いきなり持ってったら盗まれたと思っちゃうよ。欲しいなら欲しいって言ってくれたら、別に怒ったりもしなかったんだけどさ」

ヨーテリーに悪気があったとは思えないし、他に方法が思いつかなかったのかもしれない。
言い終えるが早いか、アカツキは表情を綻ばせ、ヨーテリーの頭を撫でた。
ソロの大好物である激辛のポケモンフーズを食べたら……好みの味ならまだいいが、そうでなければ惨劇になりかねなかった。
先ほどまで臨戦態勢でいた相手が、笑顔で優しく接してくる。ヨーテリーは毒気を抜かれたような顔で眼前の少年を見上げていた。
仲間のヨーテリーも、これ以上の荒事の危険はないと判断したようで、表情が柔らかくなる。
お腹を空かせていたであろう相手をゲットするのはどうにも気が引ける。
それに、仲間と暮らしているところを強引に引き離すわけにもいくまい。
意地でもゲットしたいと思っていたわけでもないのだし、無理だと思えばあきらめる……時には思い切りの良さも必要である。
互いに多少なりとも理解を示せた以上、これ以上バトルを続行する必要はないし、ポケモンフーズの皿をかっぱらっていったことも水に流そう。
アカツキは振り返ると、ナナに言葉をかけた。

「ナナ。ポケモンフーズをヨーテリーたちにあげたいんだけど……いいかな?」
「いいよ。ちょっと待っててね」

彼が言い出すのを待っていたように、ナナは迅速に対応した。
どのポケモンでも比較的受け入れやすい、あっさりした甘味のポケモンフーズを小皿に盛り付け、手渡す。

「ありがとう、ナナ。ほら、食べな。我慢なんかしなくていいから」

アカツキはナナに礼を言うと、受け取った小皿をヨーテリーたちに差し出した。
ヨーテリーたちは野生には存在しない形状のモノに興味津々といった様子で、小皿に鼻先を近づけて臭いを嗅いでいたが、程なく三体揃ってポケモンフーズを食べ始めた。
空腹に勝てないのは人もポケモンも同じで、すごい食べっぷりだった。

(こんなにお腹空かせてたんだな……)

空腹のあまり、手段を選んでいられなかったのかもしれない。
とはいえ、ポケモン同士であれば言葉は通じるのだ。ソロなりシャスなり……あの場にいたポケモンの誰かに話をすれば、すんなり受け入れられただろう。
結果的に丸く収まったことだし、あれこれと口出しするのはやめにしよう。
ヨーテリーたちが行儀もへったくれもない動作でポケモンフーズを平らげていくのを微笑ましげに眺めているアカツキに、ソロが歩み寄る。

「クゥっ……」
「ソロ。ごめんな、置いてきぼりにしちゃって」
「クゥっ、クゥクゥっ」

理由はどうあれ、シャスを追って先走ってしまったのは事実……そう思って謝ったが、ソロは気にしていないと言いたげに喉を鳴らした。
事情は承知しているつもりだし、もしも自分が彼の立場なら同じことをしていたからだ。
彼らがそんなやり取りを交わしている間に、ヨーテリーたちは小皿のポケモンフーズを一粒どころか一欠けらも残すことなく綺麗に平らげ、満足げな表情を見せていた。

「きゃうっ、きゃうきゃうっ」
「きゃうっ」
「きゃうっ」

充足感に満ちた表情をそのままに、彼らは揃ってアカツキに嘶きかけた。
元気な声音は『美味しかった。ありがとう!!』と礼を述べているように聴こえて、アカツキだけでなくナナとチェレンも顔を綻ばせた。

「すごい食べっぷりだったね」
「うん。作った甲斐があったよ」

制作者としては、美味しそうに食べて満足してもらうことほどうれしいことはない……ナナは持ち逃げされたことを怒るでもなく、ブリーダー冥利を噛みしめていた。

「でも、あのヨーテリーたちが食べる前で良かったよ」
「……うん?」
「ソロのために用意したの、マトマの実の粉をいっぱい入れた激辛だし」
「……………………」

複数の味のポケモンフーズを持参したとは聞いていたが、まさかそこまでの味を用意していたとは……チェレンは言葉を失った。
確かに、激辛のポケモンフーズをあのヨーテリーたちが食べていたら、泡を吹いて倒れていたかもしれない。

「えっと……それより、カラクサタウンに着いたらポケモンフーズを補充するのかい?」
「うん。これからあたしたちのポケモンも増えるだろうし、野生のポケモンに食べさせてあげることもあるかもしれないし」
「じゃあ、少し長めに滞在することになるかもね。アカツキには僕から話しておくよ」
「ありがとう。助かるよ」

ナナとチェレンがやり取りをしている間に、予期せぬ事態が起こる。
シャスとバトルしたヨーテリーの身体が光に包まれたのだ。

「これって、もしかして……」

アカツキは思わず息を呑んだ。
仲間のヨーテリーも驚きのあまり言葉を失くしていたが、無理からぬことだった。
光に包まれたヨーテリーの身体が徐々に大きくなり、元の倍ほどに膨らんだところで光が弾けるように散って――そこには別のポケモンの姿があった。

「ばうっ!!」

ヨーテリーだったそのポケモンが、低い声で嘶く。

(進化……した……!!)

ポケモンは進化して、姿形が変わることがある。
進化するに相応しい力を身につけた上で、本人が進化すると決めた時。
進化の石という不思議な石に触れた時……など。
恐らく、ヨーテリーは前者だろう。理由があって進化したのだろうが、それよりも今は。

『ハーデリア。ちゅうけん(忠犬)ポケモン。ヨーテリーの進化形。
身体を覆うマントのような体毛は固く、衝撃を和らげる効果がある。
トレーナーに忠実なポケモンで、大昔からポケモンを育てるトレーナーの手伝いをしてきた』

図鑑のセンサーを向けると、アララギ博士の声で説明が流れる。
図鑑と現物を見比べてみると、やはり現物の方が雄々しく見える。

「ハーデリアって言うんだ……」

ヨーテリーは可愛くて愛くるしい印象だが、ハーデリアは凛々しくでんと構えている印象を受ける。
説明にもあった『マントのような体毛』は、動くのに邪魔にならないだろうか……そんなことを考えていると、ハーデリアがアカツキの目をまっすぐ見据えながら咆えた。

「ばうっ、ばうばうっ!!」
「……? どうしたんだ?」
「ぐるるる……」

アカツキの問いに、ハーデリアは低い唸り声で返した。
特性『威嚇』が発動しているような迫力を漂わせているが、敵意は感じられない……とはいえ、戦意は漂わせている。
先ほどの続きをしたがっているのか。いや、それだけではなさそうだ。
問答無用で仕掛けてくる雰囲気でもなさそうで、アカツキは冷静に訊ねた。

「ハーデリア。もしかしてオレたちと一緒に行きたいとか?」
「ばうばうっ!!」

返事はより大きな嘶きだった。
嘶きと共にまっすぐに向けられる眼差しは、投げかけた問いを如実に肯定していた。
何を思ってか、ハーデリアは自分たちと一緒に行きたいと考えているらしい……表情や眼差しから理由までは読み取れなかったが、本当にそれでいいのか。
重ねて、アカツキは訊ねた。

「オレたちと一緒に行きたいって思ってくれてるんだったらうれしいけど、それって仲間を置いてくことになるんだぞ?
そりゃ、ずっと一緒に旅を続けるわけじゃないと思うけど、それでもいいのか?」
「ばうっ!!」
「そっか……」

言葉がそのまま通じているわけではなさそうだが、言わんとすることは伝わっているらしい。
先ほどと変わらないように聴こえる嘶きは、明確に『愚問である』と滲ませていた。
傍らのヨーテリーたちは、何も言わない。ハーデリアがそう決めたなら、それでいいと言いたげだ。

「……で、どうするんだい、アカツキ? すんなりついて来てくれるわけじゃなさそうだよ」
「全力を尽くすだけさ」

チェレンの問いに、アカツキはハーデリアから視線を逸らすことなく答えた。
ハーデリアは『一緒に行きたいが、そこいらのトレーナーについていくつもりはない。ついていくに相応しいか、力を示してみろ』と考えている……まっすぐに据えられた視線から滲む強い意思を読み取れないようでは一人前のトレーナーには程遠い。

(だったら、その気持ちに応えてみせるだけだ)

アカツキは拳を握りしめると、シャスに顔を向けた。
『どうするの?』と判断を待つ彼女に頷きかけ、戦うことを伝える。

「……………………」

シャスは頷き返し、アカツキの前に躍り出た。
体力こそほとんど減っていないが、ハーデリアに進化した相手に無傷で勝つのは難しいだろう。
いや、持久力では間違いなくこちらが劣っている。ダメージを受けることを覚悟して、一気に攻め落とすしかない。
猛る気持ちを深呼吸で落ち着かせ、アカツキはハーデリアを指差しながらシャスに指示を出した。

「シャス、体当たり!!」






To Be Continued…

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